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書庫・南インドとムンバイ

★ 大都会と楽園  【ムンバイ・ゴア・南インド】

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インド最大の商業都市ムンバイ。
そこから南下していくと、イスラムの影響を受けた北とはまた違ったもうひとつの「インド」がありました。

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インド、ムンバイにある「チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅」、世界遺産です。

この建物は、イギリス植民地時代の1888年、フレデリック・ウィリアム・スティーヴンスという建築家によって建造されました。


建物は、とにかく豪奢。

ビクトリアン・ゴシックにインド風のドームを融合させたその壮麗な姿は、インドに君臨した大英帝国の威光を見せつけています。


建造当初、駅は、当時の英女王にちなんで、「ヴィクトリア・ターミナス駅」と呼ばれていましたが、近年のナショナリズムの高まりにより、1996年に「チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅」と改名されました。


ボンベイが「ムンバイ」に、カルカッタが「コルカタ」に、マドラスが「チェンナイ」に改称されたのと同じですね。


「チャトラパティ・シヴァージー」は、17世紀にイギリスやムガル帝国と戦った人物です。

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「チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅」の駅構内です。


この駅はインドで最も乗降客数の多い駅なのだそう。

1日300万人以上の利用があるそうです。


長距離列車も発着しており、私もここからゴアへと向かいました。

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これは、駅の向かいに建っていた建物。

これまた立派な建物ですね。


「チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅」と同じような建築様式で建てられています。



このムンバイは、インド最大の商業都市なのですが、旅行者にとって辛いのは、他のインドの都市と比べて物価がやたらと高いこと。

宿の選択の余地が少なく、超高級ホテルか収容所のような宿のどちらかしかない。

特に私が泊まった宿は、本当にひどい有様でした。
↓リンク



楽園の風景をとくとお楽しみください。

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コヴァーラムの青い海と空、白い砂浜、そして、踊るようなグリーンの椰子の木のフォルム。

地元の女性たちも身振り手振りがオーバーアクションで、まるで葉をゆらゆらと揺らす椰子の木のようです。

さすが、ケーララ(椰子の国)州!

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夕陽ですね。
夕暮れ時になるとみなさん、海岸沿いに集まってきます。

椰子のシルエットが見事です。

波の音と椰子の葉のさざめきが心地いい。。。

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夕暮れ海岸を走る男。

名前も知らない彼は、私が撮った、この地球の一大スペクタクルドラマの中の主人公です。

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夕陽が沈み、辺りは徐々に闇に包まれていきます。
闇に溶けた海岸を散歩し続ける人々。

盲目の背の高いインド人男性とショートカットの白人女性のカップルが、手を繋ぎながらいつまでも海岸線を行ったり来たりしていました。


黒い帳の降りるコヴァ―ラムの海岸。
いつしか、人の姿は見えなくなりました。。。



さあて、夕食です!

海岸を眺められるオープンレストランで、キリッと冷えたキングフィッシャービールと。
そして、今日はどんな魚を食べようかな。

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イメージ 9 イメージ 10 どれにしましょうか。

詳しい地図で見る


ケーララ州の州都トリヴァンドラムのほど近く、コヴァーラム・ビーチの朝です。

早朝、私は南インドにある楽園、コヴァーラム・ビーチの海岸をぶらぶらと散歩しました。
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ビーチの周りは椰子の木で埋め尽くされています。

日の出は陸側から昇るため、その姿を拝むことは出来ませんでしたが、赤紫に彩られた海は綺麗でした。

けれども、ここでびっくりさせられるようなことが。。。

早朝のこの時間、地元の人々が続々と海へと向かって歩いていきます。

そして、みなさん海岸の岩場にしゃがみます。

なんか力が入っています。

何でしょう?

そうです。用を足しているのです。

排泄されたみなさんのウンは波にさらわれ、美しいエメラルドグリーンの海に溶け込んでいくのでした。。。
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砂浜を歩き回っていると、地元の漁師たちが漁に出掛ける現場に出くわしました。

写真に写っている木の舟で出掛けるのです。

何本かの木材を束ね、端をロープで締めて舟を造ります。

毎日舟を造ってまたバラのでしょうかね〜。面倒臭くないのかな〜。
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出発の準備が整いました。

漁師たちが舟を砂浜のスロープにセットし、海に向かって押していきます。

ずいぶんと日の光が強くなってきましたね。
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沖合いへと進んでいく舟。

どこまで出掛けるのでしょうか。

大漁だといいですね。

夕飯時、彼らが獲ってきた魚を我々旅行者は食べるのですから。


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インド最南端カニャ―クマリから西海岸を北上すると、そこはケーララ(ヤシの木)州でした。

10月下旬、雨季真っ盛りの東海岸、タミル・ナードゥ州から西海岸のここ、ケーララへと入ると雨はなく、からりとした青空が広がっていました。

標高約1500mの西ガーツ山脈の存在により、両岸の雨季の時期は異なっているのです。


ケーララ州はインドの三角形の南西の端に位置する細長い州です。
ケーララとは地元の言葉で「ヤシの国」の意。

アラビア海に面したこの地域では古くから交易が盛んで、紀元前の時代からエジプトやフェニキアなどといった国と活発に交流がありました。
そのせいか、ここケーララにはイスラム教徒、ユダヤ教徒、そして、キリスト教徒もたくさんいます。

古くからの交易により、様々な文化や宗教が流入していたのでしょうね。

特に、キリスト教流入の歴史は古く、十二使徒の一人である聖トマスがここに来て布教を行ったという伝承が残されていて、現在でもその末裔がいるのだそうです。
彼らは聖トマス・クリスチャンと呼ばれているのだといいます。

また、ここには原初のキリスト教だけでなく、ザビエルらの布教によるカトリックやイギリス植民地時代の布教によるプロテスタントの信者もいます。

ケーララのキリスト教人口は全体の約20%ほどだそうです。


政治的な面でいうと、現在この地域では共産党の力が強いそうです。
その共産党の政策によって、ケーララ州は教育水準がかなり高くなっているのだそうです。

なんと識字率は約100%!


ケーララ州で話されている言語はマラヤ―ラム語。文字は丸まっちい字です。タミル文字やスリランカのシンハラ文字ともまた違った感じの文字です。

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州都トリヴァンドラム(ティルヴァナンダプラム)の中心、バドマナーバスワーミ寺院です。
ここはかつてのトラヴァンコール藩王国の首都でありました。

正面のゴプラム。ケーララの寺院は本来インドには珍しい木造建築が主なのですが、あれは石造のタミル式です(マドラスのゴテゴテ寺院と同じ形ですね)。

寺院の内部にはルンギー(インドの男性が巻く腰巻)でないと入れないようで、この時、ルンギーを巻いていなかった私は入ることができませんでした。

写真の右下に歩いている人の格好、あれがルンギーです。

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寺院の参道にはケーララ様式の木造建築が並んでいました。

この地域は雨季は雨がかなり降るようで屋根の勾配がかなりきつくなっています。

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これはネピエル博物館。

コロニアル様式とケーララの木造建築の様式を融合した素晴らしい建物です。
英植民地時代、R・F・チザムという建築家が建てたそうです。
切妻屋根と西洋風の窓、壁のピンク色のレンガの装飾も綺麗ですよね。

内部にはシヴァやヴィシュヌなどの彫像やハンディクラフトが多数展示されていました。



それから写真はないのですが、トリヴァンドラムでは、駅前にある円筒形で内部が螺旋状になった「インディアン・コーヒーハウス」という喫茶店に行きました。

螺旋状になっているため階段がまるでない、不思議な建物でした。

ここで食べたマサ−ラ・ドーサとコーヒー、うまかったな〜。


また、これまた写真がないのですが、インドの古武術「カラリパヤット」の道場へ行き、練習風景を見学しました。

カラリパヤットとはその成立が14世紀にまで遡るといわれる古武術で、少林拳の始祖、達磨大師もここの出身だという話もあります。

昔、大ジャンプしてキックするアリナミンのCMがありましたね。
あれです!

しかし、残念ながらその日は大会が終わった後だったようで、簡単な基本と移動練習しか見ることができませんでした。。。

下はカラリパヤットのWiki記事リンクです。

カラリパヤット 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
YOU TUBE カラリパヤット動画



インドの最南端、カニャ―クマリで日の出を見ました。

ムリダンガムの単調なリズムと、それに合わせた女性シンガーの狂的な歌声が聴こえます。
スピーカーから何度も何度も繰り返される音割れしたそのキンキラ声。

寺院から流される祈りの歌声でしょう。窓の外に目をやると、空は漆黒ではなく濃い群青色に変わっていました。

朝です。今日という一日がもうすぐ始まろうとしているのです。


宿を出た私は海に向かって歩いていきます。目指すは海岸沿いのガート(沐浴所)。そこで日の出を見るというのが私の早起きした目的でした。

ここはインド最南端。海から昇った太陽が、また海に沈む所、カニャ―クマリです。

アラビア海とインド洋、そして、ベンガル湾という三つの海が出会うこの岬は、インド最南端の聖地としても知られています。
この町はガンジス川沿いの聖地、バラナシのような猥雑と喧騒はありませんが、のんびりと落ち着いて祈りの風景を楽しむにはいいところです。



ガートへと向かって歩いていくと方々から人々が集まってくるのが見えました。皆、日の出を拝み、朝の沐浴をしにいくのでしょう。

ふと、顔を上げると既に空が明るくなってきていました。

ガートに着いて驚きました。人が多い!

ガートとその周りの海岸沿いが人で埋め尽くされているのです。どこにこんな大勢の人が隠れていたんだろう。。。
そう思えるほど海岸は混雑していました。

私は大勢のインド人に混じってガートの端っこに腰掛けました。

打ち寄せる波。海の色はまだ深い藍色です。水平線と空の境を見やると、そこは、ぼんやりと赤みを帯びてきていました。
もうすぐです!

浜辺を埋め尽くす人々は皆、今か今かと日の出を待ち続けていました。

空がオレンジ色に輝き始めます。海の色が紫色になり、沖合いに浮かぶヴィヴェーカーナンダ岩の建物の輪郭がはっきりとしてきます。

雲に朱色の光線が当たって、そのうち、真っ赤な火の玉がヴィヴェーカーナンダの建物の影からひょっこりと姿を現しました。

イメージ 1  

空と海全体に放射状に広がっていく太陽の光。

美しい。

偉大な太陽。神が降臨するとはこういう情景のことをいうのではないかと、ふと、思いました。

太陽が顔を出すのと同時に人々はぞろぞろと沐浴を始めました。祈りながら老人たちが海に入っていきます。
朝日をバックに写真を撮る家族。日の出をただ呆然と眺め続けるおやじ。そういった人々にポストカードや貝殻で出来た首飾りを売ろうとする連中。。。

静かな町、カニャ―クマリがこの時だけは活気を見せていました。

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最南端の聖地で沐浴する人たち。この海の先にはもう陸地はありません。はるか南に南極があるだけです。

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昼間のヴィヴェーカーナンダ岩。船や舟がたくさん係留されています。


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