・西アフリカ灼熱日記
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まず先にこちらを読んで↓
http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/11459778.html とにかく熱気に耐えながら、街の方々を見て周ります。 仮面屋です。マリの様々な民族の仮面が掛かっています。かわいい人形もいます。 ジャンベ工場です。でかいのから小さいのまでいろいろあります。 床屋の看板です。いろんなヘアースタイルがあるんですね〜。右下の漫画が笑えます。 石炭かなんか詰めているんでしょうか。ノリのいい兄ちゃんがポーズを取ってくれました。 でっぷりとしたおばちゃん(もしかして若いのかな?)のファッションもいいです。 あまりの暑さにバマコでは、結局土産物屋が並ぶアートセンターとマルシェ(市場)しか見ることが出来 ませんでした。といっても他に見るところなどほとんどない街なのですが……。 街をしばらくぶらついた後、宿から15分ほど歩いたところにあるスーパーへ向かいました。 しかし、暑いです。我慢できるレベルではありません。 けれども、驚くべきは、こんなに暑いのにみんな普通に歩いたり仕事したりしているということです。 平気なのでしょうか……。 私は、通りを行き交うボロボロの緑色ミニバスを眺めたり、信号のところで歌っている大道芸人の子供の 美しい歌声を聴いたりしながら何とか楽しもうとしていましたが、ダメです。 歩いていると直射日光と熱気のため頭がくらくらしてきてしまいます。 凍らせたペットボトルの水がいつの間にか熱いお湯になっています。 想像を絶するところです。 スーパーには冷たく凍った水やジュースがたくさんありました。 その時の私にとって、それらは宝の山です。 キンキンに冷えたジュースを喉に流し込むときの幸せと言ったらありません。 人間は肉体的な苦痛を感じたり、過酷な環境を強いられたりすると、その欲望はどんどん低次元になって いってしまうようです。 私はマリにおいて、北部にある世界遺産の都市「ジェンネ」や神秘的な民族「ドゴン族」の村などを訪れ る予定だったのですが、もうそんな所へは行きたいとも思わなくなってしまっていました。 恐らくそれらの場所は、ここよりさらに暑くマラリアの危険度も高いのです。 とにかくその時の私の欲望は、この暑さから逃れたい、そして、マラリアの恐怖から解放されたい、ただ それだけでした。 貧弱旅行者です。冒険家にはなれません。。。 バマコでの日々はシンプルでした。 朝、起きて水シャワーを浴びた後、冷房の効いたパン屋で朝食を摂ります。 2、3時間粘ってから、意を決して酷暑の街を見て周ります。 しばらくすると熱気で頭がぼーっとしてくるので、帰り際スーパーに寄り、水とジュースを何本か調達し ます。 昼、パン屋へ。 ヤッサやリ・ソース(マフェのマリ版のような食べ物)を食べ、クーラーの効いた店内でコーラをちびち びと大事に飲みます(たくさん飲みたいけど節約)。 宿に戻り30分おきに水シャワーを浴び、次第にぬるくなるジュースや水を飲みながら猛暑の昼を乗り切 ります。 夕方近く、またスーパーへ行き、夜の分の水とジュースを調達。 夕食はパン屋や食堂で食べるか、バナナとマンゴーを露店で買って宿で食べます。 夜、マラリア防御を完全にし、1時間おきくらいに水シャワーを浴びながら寝苦しい夜を乗り切ります。 まったくうんざりする様な生活……。 しかし、とにもかくにも、いつでもシャワーが使えるということは大いに助かりました。 シャワーのみならずこの宿に移ったのは正解でした。 笑顔が優しいおばちゃんは買ってきたマンゴーを冷蔵庫で冷やしてくれたし、若い従業員は蚊帳を吊るロ ープを私にくれました。宿の人々は皆、親切でした。 次の日、結局私はマリの旅を断念しダカールへ戻ることに決めました。 貧弱旅行者、情けないです。 言い訳するようですが、そもそも時期が悪かった。 この時期は3月、最も暑く、最もマラリア蚊の多い時期だったのです。 ジェンネやドゴン村に行くことが出来ないのは残念でしたが、外を歩くだけでふらついてしまうような気 候では観光していても楽しくはないでしょう。 おまけにフランス語も話せないし、重篤なマラリアにでも掛かって、奥地から緊急空輸されることにでも なったら大迷惑になってしまいます。 諦めよう……。 航空券を変更し、2日後に戻ることが決まると、正直私はホッとしてしまいました。 真夏のアフリカに挑戦するには、どうやら私の経験地は足りなさ過ぎたようです。 私は甘ちゃんでした。アフリカは舐めちゃいけない。私はアフリカに敗北したのです。 宿の人々にダカールへ帰ることを言うと、 「モプティやジェンネに行くんじゃなかったのか、どうして帰るんだ」 と聞いてきました。 「あまりに暑くてだめだ」 と言うと、優しいおばちゃんがいかにも残念そうに、 「今度は12月に来なさい。その時期なら涼しいわよ」 と言ってくれました。。。 せっかく彼らの国、マリに来たのに何も見ないで帰ってしまうのです。なんかみんなに悪い気がします。 「また、必ずここに来るよ」 私は、心の底からそうみんなに言いました。 2日後、私はダカールへと向かいました。 宿の人々と挨拶し、おばちゃんと握手し、タクシーに乗り込みます。 砂漠の遊牧民「トゥアレグ」の血を引いているというタクシーの運ちゃん。 彼に「バマコは暑くてだめだった」と言うと、 せせら笑うようにこう言います。 「今の時期バマコは45℃になるけど、奥地のトンブクトゥは48℃で、隣国ニジェールは52℃にもな るんだぜ。このぐらい普通の暑さだよ」 本当かよ!って感じですが、私はつくづく奥地へ行かなくてよかったと思いました。 飛行機は赤茶けた大地を徐々に離れていきます。 ニジェール川が陽炎にゆら〜りゆら〜りと揺らいでいました。 そんな地獄の一丁目のような過酷な風景を眺めながら私は心に誓いました。 「さらばバマコよ、いつかまた、必ずここに来る!おばちゃんたちが見せたがっていた遺跡や街を見るた めに……」 飛行機は、大西洋へ向かって、ダカールへ向かって、大きく旋回を始めました。 そして、マリの赤茶けた大地は、いつしか白い靄に隠され、見えなくなってしまいました。 |
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Mali - "Madan", Salif Keita マリの首都バマコ、そこは耐え難い灼熱地獄でした。着陸態勢に入った飛行機の窓から赤茶けた大地の姿が見えてきました。 まばらに生えた潅木、大地と同じ色をした泥造りの家々。 一切の風景が熱気のため陽炎に揺らいでいます。 その中を大きく蛇行して流れる泥色の大河、ニジェール。 私はマリの首都、バマコに到着しました。
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