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書庫・西アフリカ灼熱日記

★ 西アフリカ灼熱日記  【セネガル・マリ】

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灼熱の西アフリカ。私はこの地の「熱さ」にやられ、あえなく撤退しました。
ユッスー・ンドゥールの生ライブ体験もご紹介。

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Youssou N'Dour - Lii !

バマコからダカールに戻りました。

ダカールはバマコと比べるとかなり涼しい。
バスの窓から入り込む風が心地いいです。

宿に着くと従業員の兄ちゃんが歓迎してくれました。チュニジア人のマネージャーも出てきて、


「どうしたんだ2週間の予定じゃなかったのか」

と聞いてきました。
蚊帳を買うことを手伝ってくれたあのマネージャーです。


「マリは暑くてだめだった」

と言うと笑いながら、ポンッ!と肩を叩かれました。


ともかく無事、ダカールに着いて私はホッとしました。

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市の中心のポンピドー大通りから15分ほど歩くと、紺碧の大西洋の海原が見えてきます。
夕方、私は海岸へ向かって歩いていきました。

崖の上からぐるっと湾になった砂浜を見下ろすと、そこでは大勢の若者たちが運動をしていました。
腕立てや腹筋をする者、ランニングをする者、躍動する黒い肉体が美しいです。

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崖の上ではサッカーが行われていました。
セネガル代表のユニフォームを着た少年たちがボールを蹴っています。

前回のワールドカップで躍進したセネガル代表。アフリカで行われる次回の大会では出場できるでしょうか……。

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拳法の型の練習をしている青年もいました。横で可愛い彼女がその姿を見守っています。

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徐々に陽は落ちていき海はオレンジ色に染まっていきました。
人々は黙々と運動を続けています。

空は茜色から紅色、紫色へと刻々と色を変えていき、どこまでも広がる海にそのグラデーションを映し出しています。

ああ、もうアフリカともお別れなのだ……。
思えばいろんなことがあった。短い間だったが妙に懐かしい……。


アフリカの水を飲んだ者は、また再びアフリカを訪れるといいます。
私もまた、心の中に忘れられない「アフリカ」を持ってしまった一人なのかもしれません。

さらば、アフリカ、激しく熱い、そして、優しい土地……。

真っ赤な太陽は水平線の向こうに沈み、辺りは次第に闇に包まれていきます。
そして、黒い若者たちは闇の中、いつまでも運動をし続けていました。




Mali - Salif Keita - Moussoolou

マリの首都、バマコの街を歩きます。


まず先にこちらを読んで↓
★マリ★バマコの地獄1

イメージ 1
とにかく熱気に耐えながら、街の方々を見て周ります。 けれども結局、あまりの暑さのため、バマコでは土産物屋が並ぶアートセンターとマルシェ(市場)しか見ることが出来ませんでした。 といっても他に見るところなどほとんどない街なのですが……。 街をしばらくぶらついた後、宿から15分ほど歩いたところにあるスーパーへ向かいました。 しかし、暑いです。我慢できるレベルではありません。 けれども、驚くべきは、こんなに暑いのにみんな普通に歩いたり仕事したりしているということです。 平気なのでしょうか……。 私は、通りを行き交うボロボロの緑色ミニバスを眺めたり、信号のところで歌っている大道芸人の子供の美しい歌声を聴いたりしながら何とか楽しもうとしていましたが、ダメです。 歩いていると直射日光と熱気のため頭がくらくらしてきてしまいます。 凍らせたペットボトルの水がいつの間にか熱いお湯になっています。 全く想像を絶するところです。 (写真は仮面屋です。マリの様々な民族の仮面が掛かっています。)
イメージ 2

スーパーには冷たく凍った水やジュースがたくさんありました。
その時の私にとって、それらは宝の山です。

キンキンに冷えたジュースを喉に流し込むときの幸せと言ったらありません。

人間は肉体的な苦痛を感じたり、過酷な環境を強いられたりすると、その欲望はどんどん低次元になっていってしまうようです。

私はマリにおいて、北部にある世界遺産の都市「ジェンネ」や神秘的な民族「ドゴン族」の村などを訪れる予定だったのですが、もうそんな所へは行きたいとも思わなくなってしまっていました。
恐らくそれらの場所はここよりさらに暑く、マラリアの危険度も高いのです。

とにかくその時の私の欲望は、この暑さから逃れたい!そして、マラリアの恐怖から解放されたい!
ただそれだけでした。

貧弱旅行者です。冒険家にはなれません。。。


(人形がかわいいですね。ひとつ買って帰ればよかった。)
イメージ 3 

バマコでの日々はシンプルでした。

朝、起きて水シャワーを浴びた後、冷房の効いたパン屋で朝食を摂ります。
2、3時間粘ってから、意を決して酷暑の街を見て周ります。

しばらくすると熱気で頭がぼーっとしてくるので、帰り際スーパーに寄り、水とジュースを何本か調達します。

昼はパン屋へ。
ヤッサやリ・ソース(マフェのマリ版のような食べ物)を食べ、クーラーの効いた店内でコーラをちびちびと大事に飲みます(たくさん飲みたいけど節約)。

宿に戻り30分おきに水シャワーを浴び、次第にぬるくなるジュースや水を飲みながら猛暑の昼を乗り切ります。

夕方近く、またスーパーへ行き、夜の分の水とジュースを調達。
夕食はパン屋や食堂で食べるか、バナナとマンゴーを露店で買って宿で食べます。

夜、マラリア防御を完全にし、1時間おきくらいに水シャワーを浴びながら寝苦しい夜を乗り切ります。

まったくうんざりする様な生活……。
しかし、とにもかくにも、いつでもシャワーが使えるということは大いに助かりました。

シャワーのみならずこの宿に移ったのは正解でした。
笑顔が優しいおばちゃんは、買ってきたマンゴーを冷蔵庫で冷やしてくれたし、若い従業員は蚊帳を吊るロープを私にくれました。
宿の人々は皆、親切でした。


(写真はジャンベ工場です。でかいのから小さいのまでいろいろあります。)
イメージ 4

次の日、結局私はマリの旅を断念しダカールへ戻ることに決めました。
貧弱旅行者、情けないです。

言い訳するようですが、そもそも時期が悪かった。
この時期は3月、最も暑く最もマラリア蚊の多い時期だったのです。

ジェンネやドゴン村に行くことが出来ないのは残念でしたが、外を歩くだけでふらついてしまうような気候では観光していても楽しくはないでしょう。

おまけにフランス語も話せないし、重篤なマラリアにでも掛かって奥地から緊急空輸されることにでもなったら大迷惑になってしまいます。

諦めよう……。

航空券を変更し2日後に戻ることが決まると、正直私はホッとしてしまいました。
真夏のアフリカに挑戦するには、どうやら私の経験地は足りなさ過ぎたようです。

私は甘ちゃんでした。アフリカは舐めちゃいけない。私はアフリカに敗北したのです。



宿の人々にダカールへ帰ることを言うと、

「モプティやジェンネに行くんじゃなかったのか、どうして帰るんだ」

と聞いてきました。

「あまりに暑くてだめだ」

と言うと、優しいおばちゃんがいかにも残念そうに、

「今度は12月に来なさい。その時期なら涼しいわよ」

と言ってくれました。。。

せっかく彼らの国、マリに来たのに何も見ないで帰ってしまうのです。なんかみんなに悪い気がしました。

「また、必ずここに来るよ」

私は、心の底からそうみんなに言いました。


(写真は床屋の看板です。いろんなヘアースタイルがあるんですね〜。右下の漫画が笑えます。)
イメージ 5 

2日後、私はダカールへと向かいました。
宿の人々と挨拶し、おばちゃんと握手し、タクシーに乗り込みます。

砂漠の遊牧民「トゥアレグ」の血を引いているというタクシーの運ちゃん。
彼に「バマコは暑くてだめだった」と言うと、

せせら笑うようにこう言います。

「今の時期バマコは45℃になるけど、奥地のトンブクトゥは48℃で、隣国ニジェールは52℃にもなるんだぜ。このぐらい普通の暑さだよ」

本当かよ!って感じですが、私はつくづく奥地へ行かなくてよかったと思いました。



飛行機は赤茶けた大地を徐々に離れていきます。
ニジェール川が陽炎にゆら〜りゆら〜りと揺らいでいました。

そんな地獄の一丁目のような過酷な風景を眺めながら私は心に誓いました。

「さらばバマコよ、いつかまた、必ずここに来る!おばちゃんたちが見せたがっていた遺跡や街を見るために……」

飛行機は大西洋へ向かって、ダカールへ向かって大きく旋回を始めました。
そして、マリの赤茶けた大地はいつしか白い靄に隠され、見えなくなってしまいました。


(写真は、石炭かなんか詰めているんでしょうか。ノリのいい兄ちゃんがポーズを取ってくれました。でっぷりとしたおばちゃん(もしかして若いのかな?)のファッションもいいです。)


マリの首都、バマコの街を歩きます。


まず先にこちらを読んで↓
http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/11459778.html
とにかく熱気に耐えながら、街の方々を見て周ります。
イメージ 1
イメージ 2
仮面屋です。マリの様々な民族の仮面が掛かっています。かわいい人形もいます。
イメージ 3
ジャンベ工場です。でかいのから小さいのまでいろいろあります。
イメージ 4
床屋の看板です。いろんなヘアースタイルがあるんですね〜。右下の漫画が笑えます。
イメージ 5
石炭かなんか詰めているんでしょうか。ノリのいい兄ちゃんがポーズを取ってくれました。

でっぷりとしたおばちゃん(もしかして若いのかな?)のファッションもいいです。
あまりの暑さにバマコでは、結局土産物屋が並ぶアートセンターとマルシェ(市場)しか見ることが出来

ませんでした。といっても他に見るところなどほとんどない街なのですが……。



街をしばらくぶらついた後、宿から15分ほど歩いたところにあるスーパーへ向かいました。

しかし、暑いです。我慢できるレベルではありません。

けれども、驚くべきは、こんなに暑いのにみんな普通に歩いたり仕事したりしているということです。

平気なのでしょうか……。

私は、通りを行き交うボロボロの緑色ミニバスを眺めたり、信号のところで歌っている大道芸人の子供の

美しい歌声を聴いたりしながら何とか楽しもうとしていましたが、ダメです。

歩いていると直射日光と熱気のため頭がくらくらしてきてしまいます。

凍らせたペットボトルの水がいつの間にか熱いお湯になっています。

想像を絶するところです。



スーパーには冷たく凍った水やジュースがたくさんありました。

その時の私にとって、それらは宝の山です。

キンキンに冷えたジュースを喉に流し込むときの幸せと言ったらありません。

人間は肉体的な苦痛を感じたり、過酷な環境を強いられたりすると、その欲望はどんどん低次元になって

いってしまうようです。

私はマリにおいて、北部にある世界遺産の都市「ジェンネ」や神秘的な民族「ドゴン族」の村などを訪れ

る予定だったのですが、もうそんな所へは行きたいとも思わなくなってしまっていました。

恐らくそれらの場所は、ここよりさらに暑くマラリアの危険度も高いのです。

とにかくその時の私の欲望は、この暑さから逃れたい、そして、マラリアの恐怖から解放されたい、ただ

それだけでした。

貧弱旅行者です。冒険家にはなれません。。。
バマコでの日々はシンプルでした。

朝、起きて水シャワーを浴びた後、冷房の効いたパン屋で朝食を摂ります。

2、3時間粘ってから、意を決して酷暑の街を見て周ります。

しばらくすると熱気で頭がぼーっとしてくるので、帰り際スーパーに寄り、水とジュースを何本か調達し

ます。

昼、パン屋へ。

ヤッサやリ・ソース(マフェのマリ版のような食べ物)を食べ、クーラーの効いた店内でコーラをちびち

びと大事に飲みます(たくさん飲みたいけど節約)。

宿に戻り30分おきに水シャワーを浴び、次第にぬるくなるジュースや水を飲みながら猛暑の昼を乗り切

ります。

夕方近く、またスーパーへ行き、夜の分の水とジュースを調達。

夕食はパン屋や食堂で食べるか、バナナとマンゴーを露店で買って宿で食べます。

夜、マラリア防御を完全にし、1時間おきくらいに水シャワーを浴びながら寝苦しい夜を乗り切ります。

まったくうんざりする様な生活……。

しかし、とにもかくにも、いつでもシャワーが使えるということは大いに助かりました。

シャワーのみならずこの宿に移ったのは正解でした。

笑顔が優しいおばちゃんは買ってきたマンゴーを冷蔵庫で冷やしてくれたし、若い従業員は蚊帳を吊るロ

ープを私にくれました。宿の人々は皆、親切でした。
次の日、結局私はマリの旅を断念しダカールへ戻ることに決めました。

貧弱旅行者、情けないです。

言い訳するようですが、そもそも時期が悪かった。

この時期は3月、最も暑く、最もマラリア蚊の多い時期だったのです。

ジェンネやドゴン村に行くことが出来ないのは残念でしたが、外を歩くだけでふらついてしまうような気

候では観光していても楽しくはないでしょう。

おまけにフランス語も話せないし、重篤なマラリアにでも掛かって、奥地から緊急空輸されることにでも

なったら大迷惑になってしまいます。

諦めよう……。

航空券を変更し、2日後に戻ることが決まると、正直私はホッとしてしまいました。

真夏のアフリカに挑戦するには、どうやら私の経験地は足りなさ過ぎたようです。

私は甘ちゃんでした。アフリカは舐めちゃいけない。私はアフリカに敗北したのです。



宿の人々にダカールへ帰ることを言うと、

「モプティやジェンネに行くんじゃなかったのか、どうして帰るんだ」

と聞いてきました。

「あまりに暑くてだめだ」

と言うと、優しいおばちゃんがいかにも残念そうに、

「今度は12月に来なさい。その時期なら涼しいわよ」

と言ってくれました。。。

せっかく彼らの国、マリに来たのに何も見ないで帰ってしまうのです。なんかみんなに悪い気がします。

「また、必ずここに来るよ」

私は、心の底からそうみんなに言いました。
2日後、私はダカールへと向かいました。

宿の人々と挨拶し、おばちゃんと握手し、タクシーに乗り込みます。

砂漠の遊牧民「トゥアレグ」の血を引いているというタクシーの運ちゃん。

彼に「バマコは暑くてだめだった」と言うと、

せせら笑うようにこう言います。

「今の時期バマコは45℃になるけど、奥地のトンブクトゥは48℃で、隣国ニジェールは52℃にもな

るんだぜ。このぐらい普通の暑さだよ」

本当かよ!って感じですが、私はつくづく奥地へ行かなくてよかったと思いました。



飛行機は赤茶けた大地を徐々に離れていきます。

ニジェール川が陽炎にゆら〜りゆら〜りと揺らいでいました。

そんな地獄の一丁目のような過酷な風景を眺めながら私は心に誓いました。

「さらばバマコよ、いつかまた、必ずここに来る!おばちゃんたちが見せたがっていた遺跡や街を見るた

めに……」

飛行機は、大西洋へ向かって、ダカールへ向かって、大きく旋回を始めました。

そして、マリの赤茶けた大地は、いつしか白い靄に隠され、見えなくなってしまいました。

Mali - "Madan", Salif Keita

マリの首都バマコ、そこは耐え難い灼熱地獄でした。

着陸態勢に入った飛行機の窓から赤茶けた大地の姿が見えてきました。

まばらに生えた潅木、大地と同じ色をした泥造りの家々。
一切の風景が熱気のため陽炎に揺らいでいます。

その中を大きく蛇行して流れる泥色の大河、ニジェール。
私はマリの首都、バマコに到着しました。

イメージ 1

飛行機のタラップを降りると凄まじい熱気が体を包み込んできました。

暑い、というより熱い!
かつて経験したことの無い暑さです。



入国の手続きを済ませ空港を出ます。
しかし、タクシーが数台止まっているだけで他には何もありません。

バマコの空港は、ダカール以上に何も無いガランとした所でした。



私は一台のタクシーに乗り込み、市内へと向かいました。
窓を開けるとドライヤーのような熱風が吹き込んできます。

「熱っ!」

慌てて窓を閉めます。

何もなく乾燥しきった大地に生える潅木や家並み。
歩いている人々も、全てが干からびているように見えてきます。

まるで死の大地。
地獄とはこういう風景のことをいうのではなかろうか、と思ってしまいます。



タクシーは泥のニジェール川を渡ります。
半ば干上がったその川は、恐らくマラリア蚊の温床なのでしょう。
陽炎にゆらゆら揺らぐ大河は、とても不気味に見えました。

バマコ市街に入ります。
巨大な田舎都市と言われるバマコ。
高い建物はほとんどありません。

舗装されていない道も多く、埃っぽくごみごみして汚らしい感じがします。
何よりも、都会的な風情を持つ近代的なビルや商店が少しも無いということが、首都でありながらも、この街を田舎らしくしている所以であると思われます。

イメージ 2

この日、私はMission Libanaise というバックパッカー宿(2,500CFA 504円)に投宿しました。

この宿がまた凄かった……。

12ベッドのドミトリー部屋の中では、日中から無数の蚊が飛び回っている。
そういう宿でした。

宿に着くなり、私は早速ベッドに蚊帳を取り付けました。
ここバマコでは蚊帳なしで寝ることは自殺行為です。いつマラリアに罹るか知れません。

マラリアを媒介するハマダラ蚊は、通常夕方から翌朝にかけて活動します。
日中は休んでいて、普通は安心なのですが、暗い室内や涼しいレストランではこっそりと血を吸いにくるので注意が必要です。



この宿は、トイレやシャワー室も強烈でした。

シャワー室では、蚊が狭い空間を埋め尽くしていました。
私は蚊の活動時間である夕方にシャワーを浴びることを諦め、蚊の少ない午前10時に浴びたのですが、蚊の猛攻は止まるところを知りませんでした。

シャワー室が真っ黒になるほどの大量の蚊……。
結局、私は小刻みにダンシングしながらなんとかシャワーを浴びたのでした。。。

イメージ 3

宿には何人かの白人旅行者たちがおりました。
同室の、無精髭を生やした白人の若者に「シャワー室がひどい」と言うと、

「Bamako is difficult.」

と淡々とした口調で言ってきます。
イギリス人である彼は、この環境にもう慣れ切っているようでした。

他にいた旅行者たちも、いずれもつわものぞろいです。
ジープに乗り、テントを中庭に広げる中年の二人、精悍な風貌をした小柄な女性三人組、いつも上半身裸で長い髭を生やしている謎の老人……。



夕方、食事を終え宿に戻ってくると、先ほどの無精髭の若者が中庭に座っていました。
私が「バマコは暑くてたまらん」とうんざりしたように言うと、彼は、

「ここのドミトリー部屋は夜、物凄く暑いよ」

とニヤニヤしながら脅してきました。

勘弁してよ〜って顔をすると、彼に愉快そうに大笑いされてしまいました。





夜、既に室内には蚊の嵐が吹き荒れています。

私は、長袖長ズボンに靴下を履き蚊帳の中にそっと潜り込みました。
蚊取り線香を二つ焚きます。手足や顔に虫除けスプレーを吹きかけます。

完全武装です!

私は何匹もの蚊が蚊帳にぱちぱちとぶつかる音を聞き、汗びっしょりになりながら憂鬱な眠りについたのです。



翌朝、完全武装したはずなのに蚊帳の中には蚊が三匹、入り込んでいました。

まったくどこから入り込んだのでしょうか……。
早速退治しましたが、五箇所刺されていました。。。

マラリアの恐怖が頭を過ぎります。



朝食を食べに、市内に唯一ある冷房のついたパン屋に行きます。
ミートパイ、アップルパイ、コーラを注文し、ゆっくりと食ベながら現状について考えました。

あの宿で過ごすのは辛い。
夜だけでなく日中も蚊の蠢く部屋……。

けれども、酷暑のバマコでは日中、外を歩き回ると言うわけにもいかない。
やはり、部屋だけはそれなりに安心できる場所を確保したい。

そう思い、私は宿替えを決行することにしました。

イメージ 4
新しい宿の名は Lac De Bo (10,000CFA 2,028円)。 シングルルームでトイレシャワー付き、3泊するということで12,000CFAを10,000に負けさせました。 早速部屋に蚊帳を吊り、窓やドアの隙間にガムテープで目張りをします。 もちろん蚊取り線香を焚き、中にいる蚊を撃退することも忘れません。 とにもかくにも、これで蚊との戦いがかなり楽になる。 そう思い、私はホッとしました。 一安心したところで外出を試みます。バマコの街を探索しなくては……。 しかし、宿を出た途端、 「うぁぁ熱っ!」 ものすごく暑い! 昼前なのに手元の温度計は42℃を計測しています。 一気に気力が失せるのを感じました。

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こちらに続きます↓
★マリ★バマコの地獄2


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