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グレートギャスビーという村上春樹氏の翻訳の物語を読んだ。
村上氏が、60になるまでは翻訳はしないと決めていた作品だそうだ。
この作品を読んで、作家になることになったとされる輝石の作品だそうだ。
面白くなかった。作品としては過去の愛する女性を追い求め、
取り戻し、現実の中で思いを遂げるが、死なねばならないという、タイムマシンで
過去を変えると現実の自分が消えてなくなるというアメリカ映画の定番を小説にしている。
村上氏の作品群は、過去の出来事に囚われた人が現実の生活で苦しむ姿を小説にしたものが多い。
丁度このグレートギャスビーが手に入れた過去が結果的に自分を滅ばしてしまう代わりに、
村上作品では、心の闇に囚われて、精神の病になる人が多い。
精神の病を引き起こし、挙句、自殺というのは彼の作品にはよく出てくる。
ユング派の河合隼雄氏が村上氏の作品に対して、ユングの研究もしていないのに
わかりやすくそのユング心理学を表現していると褒めている。
村上氏の作品群は、形而上の自分と形而下の自分。現実の自分と深層心理にある闇の部分の自分との
葛藤をテーマにした作家なのである。
夏目漱石以来の作家だとある人はいう。
しかし、日本の純文学の文壇は、狭い徒弟制度のような人間関係と日本語文章の作り方、作風や影響をお互いに確認しあい、ある種の族を形成する。
その文壇と全く関係のないところで育ち、これからも関係を持たないのが村上春樹氏だ。
芥川賞も、直木賞ももらわない、カフカ賞受賞の作家だ。ノーベル賞に近いという。
何しろ日本の作家からは誰からも影響を受けなかったという。日本の文壇もこうしたタイプは手を焼くだろう。
今年の春先は、村上春樹氏の作品をよく読んだ。図書館から長編、短編目に付くものはすべて借りてきた。
今回の翻訳、グレートギャツビーは、村上春樹氏の作風の秘密がやっとわかったように思え、作品自体は全く面白くなかったが、村上氏の履歴を読み解くには、大切な一冊だった。
今年の最後を飾る作品としては自分中では、丁度足らなかったカードが一枚手に入り、パズルが完成したような気分になった。
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