|
僕がNSCに入る前。
突如現れた漫才の祭典M-1グランプリ。 それは優勝賞金1000万円と、 多数の活躍の場を芸人に与えるというセンサーショナルなものでした。 とんでもない大会が始まったな、と 興奮したのを覚えてます。 当時、フリーターしながら、 バイトの仲間に「俺は2002年はダイノジが獲ると思ってるよ。」 だなんてお笑い通ぶって解説したりしてました。 そしてNSCに通い始め 山ちゃんと組み、出る側になったM-1。 本気で優勝できると思っていたあの頃。 なんにもイタくない。 優勝できると思ってるからチャレンジしてました。 何年もチャレンジするうちに、どんどん下方修正していきます。 決勝残るぞ。。。 準決勝いけば。。。 3回戦は。。。 2010年 第1期M-1の最後は僕は病院のベッドの上でした。膝の靭帯を断裂していた頃です。 テレビには同期のスリムクラブが颯爽と漫才を披露しスターに駆け上がっていく瞬間を目の当たりにしてました。 ちなみにその頃相方は、鬱病で行方不明でした。 時は過ぎ、M-1グランプリが帰ってきます。 BAN BAN BANは、フリーザ漫才一本に絞りました。 何度も負け ラストイヤーの今年。 結局二回戦で負けました。 結果を見たあと、僕は山ちゃんに「15年間ありがとう。一度も二回戦の壁を越えるネタを作れなくてごめん」 とLINEしました。 山ちゃんからは「こちらこそ!ありがとうございました!」とだけ返事がきました。 ラストイヤーを終え、 僕は今、後悔だらけです。 あの時あのネタでいけば。 素顔でやってれば。 いや、それはそれで負けたときにフリーザ でやってれば、と思っていたことでしょう。 たらればの話は好きじゃないくせに。 もう絶対に後悔したくない。 選択、決断の連続。 みなさんもどうか後悔のない人生を。 今日は単独の宣伝はやめておきます。 15年、僕の書いた台本で漫才やってくれてありがとう山ちゃん。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用







