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ちょっとブレイク

アメリカひとり旅の目的の一つは、ベースボール。メジャーリーグを観戦する事。
1993年である。いまほどメジャー情報などはなく、当然日本人選手もいない。
少年野球から野球を続けてきたポンチョは、日本以外の野球がどんなものか
自分の目で確かめてみたかった。

日本のプロ野球に頑張ってほしいという思いで、メジャーのすばらしさを少し
語りたい。

まずは球場、アメリカでは「ボールパーク」と呼ぶ。市民にとっては、
世界一流のプレーが観戦できる場であると同時に、市民にとっての集いの場まさに公園なのだ。
一時期、人工芝でドーム球場という「人工的な」装置がはやった時期もあったが、
ボールパークの名の通り、太陽の下で芝と土の上でプレーするという原点に立ち戻った。
最たるは、シカゴカブスの本拠地のリグレーフィールド。今はどうか知らないが、
僕が行ったときはナイター施設がなかった。そして名物の蔦のフェンス。
まさに「ボールパーク」のシンボルだ。
そして、金網のないフェンス。選手と観客の距離感、一体感は、日本のそれとまったく違う。

そして子供が多いこと。そして安い!5ドル程度の席があって、家族でも行きやすい。

もうひとつは、選手の多様性である。



日本のプロ野球はどうだろうか?北京五輪の結果をみて、僕が最も関心をもったことは、
日本がやはり世界の野球に通用しなかったことではなく、今回で公式競技になぜはずれて
しまうのか、そのための努力がなぜないのかという議論が日本の敗戦結果と
結び付けられないのだろうかちうこと。

申し訳ないが、ポンチョは初めから金メダルなどとれないだろうと思っていた。
(もちろん、日本人として勝てほしいという期待は誰よりも持っている自負はある。

しかし、冷静に考えていよう。日本のプロ野球では、相変わらず外国人は助っ人扱い。
いつも思うのは、1番打者になるような外国人選手が
いたっていいはずなのにいつも4番DHのような存在だ。
つまり、日本のプロ野球は世界の競争にさらられたものでなく、
あくまで日本人の中だけの競争なのだ。
そんな状況で、世界に勝てるだろうか?

これでは、江戸末期の志士が
世界を知らないまま刀だけで尊皇攘夷を叫んでいるのと全く同じである。

金メダルを獲得した韓国は、プロ野球の今シーズンは、五輪で使用される国際球を
使用していた。そうした用意周到さから観ても、結果は見えている。

僕が今回のジャパン敗戦の結果の最大の要因は、日本プロ野球の国際化の欠如。
選手も機構もオーナー会議も自分たちを守ることを基準にするのでなく、
ぜひ世界に開き、世界に打って出る日本のプロ野球であってほしいと思う。
プロ野球の開国期にまさに来ていると思う。












日本では日本チームの議論が中心であるが、




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アメリカひとり旅2

ポンチョの独り。アメリカ編。
途中の話もあるけど、あえて、旅の性格を伝えるために
旅末期のお話。

約3ヶ月の貧乏旅行も終わりに近づいたある日の出来事。

帰国便は同じロサンゼルスから

帰国予定の一週前にはロス入りしようと思い、
サンフランシスコから例のごとく夜行バスに乗車。

目的地はロス近郊のサンタモニカ。
憧れのビーチリゾートである。
夏だったので、最悪野宿でもいいやと思えるほど、
さすがに3ヶ月の旅で貧乏旅行が板に付いていた。

ところがどっこい、
サンタモニカにバスが着いたのは夜明け前の4時。
真っ暗、しかも霧一面で視界ほぼゼロ。
さらに降車したのは
ポンチョだけ。

サンタバーバラの間違えじゃないよなと勘ぐり
ドライバーに何度も確認したけど
答えは同じ。サンタモニカ。

いやー参った。
明かりを求めてひとり歩いていくと、
真夜中のオアシス、セブンイレブンを発見!

腹ごしらえにパンとヨーグルトドリンクを購入し、
コンビニ前の駐車場で
地べたに座ってひとりブレイクファーストを「優雅」に楽しんでいたところ、
いかにも身なりも目付きも正統派乞食が出現!

ポンチョの横に座り込み、開口一番「いいもの持ってるじゃねぇか」

「まあね」(俺にも寄越せってことか?)

するとボケットから何かを取りだし。
「これ、てめぇも食うか?」
えっ??
見ると、ボテトチップスの残りと何故かビール!

「そこで見つけてきた。」と指差したのはゴミ箱。

ポンチョははっとした。そうか、さてはボンチョを同類の友だと思ったらしい。
たしかに、我にかえってみると、
自分こそ、薄汚い乞食。

あー、今じゃできないな、こんな旅。

本当の話です・・・。

つづく

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アメリカ独り旅1 ケータイ投稿記事

ポンチョの旅日記。その1。
ポンチョの旅は独りが多かった。

アメリカを約3ヶ月バスで旅した時の話し。

なんでバスかは一番安かったから。
アメリカは日本以上の
格差社会。貧富の差がそのまま利用する交通手段に表れる。

はっきり言ってバスは治安悪い。

アメリカ初日目の長距離バス運転手の車内アナウンス。

「ご乗車ありがとうごさいます。このバスはロサンゼルスを午後8時に出発し、…に午前6時に、アリゾナ州フェニックス午前10時に到着予定です。」
(うん、なるほど。ちゃんと予定を説明してくれるんだ)

「では車内での注意事項を説明します。車内は禁煙です」
(さすがにそうだよな)

「また車内でのドラッグ類、刃物、拳銃の使用は固く禁じられています」
(えっ?)

すかさず周囲の乗客を眺めると、
外国人らしい人間はポンチョだけ。
しかも、暗闇の中に目だけが光ってそうないかにもって柄の悪そうな男たちしかが10人くらい。
もちろん、女性なし。

こんな当たり前のことを敢えてアナウンスしなきゃいけないバスってなんだ?

運転手をよくみると、体格のがっちりした格闘家のようなコワオモテ。

あー、アメリカではケンカに強そうなやつでないと長距離バスドライバーは務まらないと実感。

夜行バスで宿代浮かせようと思ったばかりに…。

はっきり言って一睡もできなかった。

とりあえず目が合った乗客に作り笑顔。
相手は…なんだよこいつと言わんばかりの強烈な無視。
(こぇ〜)

笑うしかなかったポンチョのアメリカ独り旅初日。

つづく…

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気になる雨

明日で8月も最終日。残暑が厳しい時期かと思いきや
最近、梅雨のような天気で、ほんと晴れないね。

太陽が好きなポンチョは、ほんと息がつまりそうです。

あそうそう、昨日、サボったわけじゃなくて、
仕事と、その大雨落雷の影響で、電車が止まったりして
書き込みできなかったんだ。

携帯からも書き込みできるようにしたので今後は大丈夫。

明日は晴れるといいな。

でも明日の天気も雨雨・・・・。

雨を楽しめる人間でありたいとは思うけどね。

そう、雨といえば、日本語には雨の種類がたくさんあるよね。
五月雨、秋雨、とか。

これって雨の多い日本独特です。

こんなに雨に多様性を持たせている国はポンチョが知る限り
世界でも珍しい。

私がいった国では、魚は「さかな」という国も沢山あった。

そういう意味では、日本は小さなことに宇宙を感じることに
美意識をもてる文化をはぐくんでいるとも思います。

日本庭園や盆栽なんかその典型だよね。

そいういうことを世界に説明できる日本人でありたいですね。。

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龍馬がゆく

ポンチョは坂本竜馬が好きです。司馬遼太郎の『竜馬がいく』を
学生時代に読んだのがきっかけだったけど、
過去にも将来にもわくわくして読んだ本はほかにないかもしれないな。
その『竜馬がゆく』を最近また読み始めた。
これでそうだな10回目か。何回読んでもいい!

何が好きなのか・・・、いろいろあるけど、あえて一言で言えば、
「人は変われる」ということ実感できることかな。
竜馬は天下の風雲児ではあるけど、やはり人の子。
いろんな壁や危機にぶちあたる中で、それを乗り越え、時には後退しながら、
成長していく。

そして、興味深いのは、他の志士たちが尊皇攘夷を叫び、
各地で政治運動を繰り広げる中、
1人暇で悶々とした日々をすごす時期があること。
本人もいずれは天下回天の理想をかかげてはいても、
何もすることができない自分にはがゆさと焦りのようなものを
感じていたという時期もあった。
実はこの期間が竜馬の飛躍の準備期間だったんじゃないかとポンチョは思う。

そして何より大事な出来事は、勝海舟との運命的な出会いだ。
これがなければ、「竜馬」は決して成り立たない。
竜馬は、海舟を通して海舟の世界観を吸収し、
またその人脈を大いに活用し飛躍していくのだ。
幕閣の海舟が組織人であるがために自由に動けない立場である一方で、
自由な立場の竜馬が成就させていく。
そして、人との出会いを通じて、その都度、竜馬は自分を成長させているよね。

『竜馬がゆく』を読んでいつも思うのは、コミュニケーション・情報伝達についてだ。
当時でも様々な「メディア」はあったのせよ、
情報伝達の基本は、人から人への伝承だ。
現代と比べると、圧倒的に少ない情報量の環境であったことはいうまでもないよね。
それでも、傑出した人物を生み出し、現代でも十分通用する技術力も生み出してる

そこでポンチョは思うのだ。
情報の価値は、量ではなく、知りたいという動機の上にあるものどうかということ。
「情報感度」は、竜馬の時代の若者は、とにかくビンビンだっただろうな。
テレビなんて当然ないから、自分の目で確かめるっていう「行動」に出る。
聞いた話と自分の肌で感じた体験との間の葛藤からまた情報に対する感度を磨いている。
当然、情報源である「人間」を観る眼力も育成される。こいつは信用できるかどうかとか・・・。

ネット・モバイル時代の現代・・・・。

簡単に世界中の沢山の情報が自分のPCや携帯の小さな画面上で得られて
あたかも世界を見たかのような錯覚に陥ってしまう。
そう、ここで竜馬の話に戻そう。
情報は量ではない。自分が知りたいというものの上にあるかどうか。
量で満足してたら情報感度は身に付かない。
その意味では、やはり実際に触れて観ることが一番だ。

先日、亡くなった小田実さんの「なんでもみてやろう」精神だ。
竜馬はおそらく、その時代において最も旅をした人物の1人だと思う。
実際に行って触れると、必ず自分自身のエモーション(感情)を呼び起こすものだ。
それが次の行動を起こすのだ。

そう理屈ではない。

竜馬の時代もそうだけど、人間が行動を起こす動機って、合理より感情だと思わない?

このことは縄文人も現代人も変わらないってポンチョは思う。
それってポンチョが世界中旅して、得たことも同じこと。
言葉や文化や習慣はそれぞれ異なるけど、うれしいとかつらいとか悲しいとか
エモーションに関わることって、世界共通なんだよね。

ああ、これって人間が人間である以上、
どんなに文明が発達しても変わらないことかもと勝手にポンチョは思ってる。

そうだ、みんな旅をしよう! 
ネットの情報と違って、自分が見た触れた情報(経験)は、
世界にひとつしかない、自分の人生そのものだ。

そして、竜馬のように人生を変えるほどの出会いがそこに待ってるかもよ。
そう考えると『竜馬がゆく』というタイトルの重みがじわっっと理解できるよね。

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