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新聞の話

少年時代、父が購読していた「朝日新聞」を時々読んでいた。「天声人語」に感心し、こんな文章を書く人になりたいな、と漠然と思っていたあたり、まだ思想というものがなかったのだろう。

学生時代、下宿でも寮でも、新聞は取らなかった。その金がなかった、とも言えるが、その分まで酒に廻したい魂胆だった。寮では、同室の者が取るのを読んでいた。1950年代、戦後間もなく、大学構内ではデモや集会が頻繁に行われ、「赤旗」を読む者も多かった。だが私は、数回借りて読んだだけで、その内容に愛想をつかし、二度と手にすることはなかった。当時の駒場や本郷で数少ない、デモに参加したこと皆無の少数派だったことは前述した。

24歳で所帯を持つと、如何に貧乏でも、隣家の新聞まで借りるのは気が引けて、「読売新聞」を取った。少年時代に憧れた、「天声人語」のインチキ民主主義は見抜いていたのである。

アメリカ時代、東部では「ニューヨークタイムズ」を、西部では「ロサンゼルスタイムズ」を購読、

西部では、「羅府新報」という日本語紙も取っていた。日本のプロ野球、特に阪神タイガースの動静を知るためである。カワサキ時代は、日本勤務の時も、海外出張続き、旅先では「ヘラルドトリビューン」を読んだ。当時、欧米で、日本のプロ野球を報ずるのは同紙だけだったからである。今では、日本各社が欧米で印刷しているから、そんな必要もなくなったのだが。

BMWで東京周辺に住むようになると、「日本経済新聞」と「産経新聞」にした。前者は、経済に詳しく、市場予測にも役だったし、各社の人事異動は、知人の昇進を嗅ぎつけ、「昇進祝いにBMWを買えよ」と販売促進することもできたからである。後者は、思想的に一致したし、「新しい歴史教科書をつくる会」を全面的に支援し、我々の教科書を傘下の会社で出版することもやってくれたからである。私がBMWを退いた1997年から同会の理事、副会長を歴任したこと、事務所に爆弾が仕掛けられて以来、理事は居住地警察の保護下に入り、私には、千葉県警の方が毎月一回訪問されて、様子を聞かれ、親しい関係にあった。2006年のその頃、70歳を迎えた私は、一切の役職を辞任して明石に隠棲すると決め、前年夏の総会で、副会長辞任を認められ、やがて理事も辞めることにしていた。また、何か気に入らぬことがあって、産経新聞購読も止めていた。それが、同年2月に理事会には是非出席するよう勧められ、その機会に理事も辞任する気で出席したところ、思いもかけず会長就任となり、半年間、理事会にも事務所にも全然顔を出していなかったため、その夜は事務局長長達とホテルに籠もって、事態の把握に努めた。翌朝帰宅すると、妻がむくれ返っている。千葉県警から、会長就任の祝電を貰い、仰天して、「そんな筈はありません。近く明石へ引っ込むのですから」と抗辯したが、産経新聞で報ぜられている、と聞き、途方に暮れていたのである。

明石でも、日経を取った。長年の習性であり、経済面に詳しく、各社の業績分析もあって、株式ゲームに役だったからである。然し、近年、株式ゲームは、所詮、情報取得の速さと量の勝負であり、個人で機関投資家やファンドには、日経の記事程度では、短期売買では敵う筈ないことを悟り、手持ち株を全部売却して、長期戦に備えることにしたので、個々の会社業績や、日々の株価は気にする必要がなくなった。そこで、日経は止めて、読売か産経に切り替えることとし、読売を選ぶことにした。思想的に近く、総合紙として、広い分野をカバーしているからである。唯一、ジャイアンツの事実上のオーナーで、その記事が多い難点はあるが、眼を瞑ることにした。産経は、その主張はわかっていて、毎日確かめる必要もないからである。同紙は、どうせネットで読んでいるし、通院の朝、その日の分を読むから、それでよし、としたのである。かくて、読売は、毎朝、紙面とネットを併読していて気付いたのだが、意外なことに、ネットの方が、よくわかる面がある。紙面では、あらゆる記事に眼を通すが、ネットでは、見出しだけ出ていて、興味ある分だけクリックして読むから、頭に残りやすいのである。ニュースを伝えるスピードでは、紙面はネットに及ばず、日本独特の夕刊等、特にそうである。日本では、各地に各紙を販売する店があり、その分、コストもかかるし、恐らくその労苦を減らすためだろう、時々、全紙揃って、月曜休刊とするが、これも読者を馬鹿にした話。若い世代はますますネットに傾いて行く中、諸国のように、新聞社が直接、読者に届けることにならざるを得ないだろう。この新聞配達店と書籍の、東販、日販の如き取次店とこれに伴う返本制度は日本独特のもので、コスト削減の観点からも、なくすべきである。

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私が川航空機に入ったばかりの1962年、ソ連がアメリカの鼻先の共産国キューバに核ミサイル基地を建設した。アメリカにしてみれば、いつでも、自国のどこへも、核爆弾が飛んで来る状態で、青年大統領ケネディは、ソ連に厳重な抗議をして撤去を求め、ソ連の老獪フルシチョフは、一笑に付して撤回を拒絶した。米ソの核戦争開始を目前に、世界中が震え上がった。世に言うキューバ危機である。

今の世界は、この状態に似ている。

北朝鮮は、核爆弾とそれを運ぶミサイルの開発を進め、いつでも敵を核兵器で襲うことが出来る、と繰り返し揚言している。そのミサイルは、アメリカにも達し得る、とも自慢している。

対するアメリカと韓国は、北朝鮮攻撃計画を、微に入り細をうがって、リークしている。軍事計画は最高の機密、とするのが常識なのに、かように進んでリークしているのは、「北を挑発して、先に撃たせるためではないか?」と4月10日の産経新聞(電子版)は詳細に報じている。この、「先に撃たせる」のはアメリカ軍の常套手段で、かの真珠湾攻撃も、ヒットラーに席巻されつつある欧州で参戦したいルーズベルトの挑発に日本が載せられたこと、今日の通説になりつつある。だが、真珠湾攻撃では、米軍将兵2,345名が戦死しただけだが、もし北朝鮮が核搭載ミサイルを発射した場合、韓国、日本だけでなく、極東米軍基地を含む広い範囲に被害が及び、多数の民間人が殺傷されることになる。ちなみに、今回アメリヵが極めて積極的なのは。北朝鮮の現段階技術では、それがアメリカ本土まで達することはない、と踏んでいるからだ、ともされる。だが、我が国、特に米軍基地周辺、は、どうにも逃げようがないのである。この戦争で、北朝鮮が滅ぼされるのは間違いない。それは結構な話だが、横田めぐみさん以下の拉致被害者達も犠牲になるのも間違いない。米韓両軍は、「斬首作戦」とか称して、特殊部隊により、金正恩以下の指導者だけ殺して一件落着とするシナリオも検討しているようだが、金正恩など、土台所在地も定かでなく、007じゃあるまいし、こんな作戦は実現不能、また、ミサイル基地だけ潰すのも困難で、一朝事あらば、日本列島が壊滅に陥るのは避けがたい。空母中心の艦隊を北朝鮮沖に移動させたのも、「いつでもやるぞ」の恫喝である。

世界文明の中心地だった欧州も危ない。イギリス脱退に続いて、もしフランスに極右政権誕生となれば、EUは潰れるしかない。例えドイツでメルケル政権が続いても、弱小国ばかりになったEUを独力で支える義理はないし、そうなれば通貨ユーロもなくなり、欧州は元もの各国割拠に戻り、その経済力は弱くなる。

ISを中心とするテロは衰えず、アメリカのトランプ大統領は、地上戦に踏み切る可能性もある。

シリア攻撃の動機を、「幼い子供達まで犠牲になるテレビ画面を見て」としているが、こんな感傷は、1市民としてはともかく、一国のリーダーが、戦争という大リスクを取る理由としては薄弱で、同じ感傷から、対IS地上戦に入っても、古来、テロリスト・ゲリラ相手の戦争は時間がかかるもので、その間、世界の不安定は増幅するのみである。支持率も落ち続け、公約も民主党だけでなく共和党からの賛同者が出て、次々に潰され、この落ち目を海外での戦争で盛り返そう、というのは危険極まる賭である。米中首脳会談の最中、シリア砲撃、というのも、外交の常識に反する。これも北朝鮮への恫喝含みであるのは間違い無いが、古来、かような恫喝が戦争に繋がる例は多い。

もう一つ、最近気になるのは、エジプト、インドネシア等のイスラム多数派国で、イスラム教徒が少数派のキリスト教徒を襲う事件が頻発していることである。こんな事件は必ず他国に伝播する。

イスラム教徒側には、十字軍という史上空前絶後というべき蛮行への恨みが、今も残っていることを忘れてはならない。

かような危機的状況の中、民進、共産の両党を中心とする野党は、実に低級な議論でこの危機の中、何とか日本の活路を開こうと懸命な安倍内閣の足引っ張りに終始しているのは、実に情け無い。

共産党は、元々暴力革命を党是とし、国会で議論する資格もないのだが、民進党が、脱走者を続出し、このままでは、野党不在の民主主義、という事態も避けられない。今こそ、野党側も、まともな議論の出来る健全な姿で出直してほしいものである。

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葛西敬之。国鉄改革の青年将校、新幹線をバネにJR東海の事業展開、海外進出、等のビジネスマンとして著名な反面、保守派の論客しても知られる。私が敬愛する日本人の一人である。本書は、昭和38年国鉄入社以来の自分史であると同時に、国鉄という、巨大な、どうにもならない組織を分割・民営化して一大企業群に仕上げるまでの会社史でもある。

彼が入社した昭和38年、新幹線構想は既にスタートしており、彼等「本社採用学士」60余名は、後に「新幹線の生みの親」と言われる十河総裁から辞令を交付された。だが、それに続く入社教育の場で、建設局長は、「東海道新幹線は狂気の沙汰だ」と明言し、政界の実力者、河野一郎建設大臣は、「今からは航空機と自動車の時代だ。斜陽の鉄道が、今頃広軌だの、時速200キロだというのは時代錯誤だ。東海道新幹線は世界史の三馬鹿プロジェクトになる。万里の長城、戦艦大和、新幹線だ」と公言していた。国鉄は既に、大赤字、事故頻発、労働争議等に悩まされていたが、彼の上司たる国鉄幹部の多くは、国鉄不滅を信じていかなる改革にも反対だったし、政界、官界、財界でも、改革反対論が支配的だった。ちなみに、私が育った熊本では、高校で野球に励む球児の多くが、「プロ野球は夢の世界。熊鉄の野球部に入りたい」としていた。国鉄は、潰れることなど絶対無く、最も安定した職場、とされていたのである。

こんな中で、彼等少数の若手(精々課長クラス)達は、「分割民営化しか生き伸びる道はない」と信じ、国が株を100%握る国鉄だから、絶対反対の上司達に加えて、戦闘的な労組、保守的な政治家、官僚達にも気兼ねしながら、とうとう分割・民営化をやり遂げるのである。頻繁に利用するお客として、従業員のサービス精神の驚くべき向上を眼にすること多いが、確かに、国鉄のままでは、こんな事はあり得ず、航空機や自動車との競争に敗れて、高転びに転ぶしかなかったであろう。この辺の話は、別に多く語られているからだろう、本書では、サラリとしか触れられていない。

驚くべきはひかり、こだまの大成功に安んずることなく、時速270キロの「のぞみ」を生み出し更に、リアルモーターカーに挑戦、国もJR各社も躊躇っているので、JR東海独力で開発費を捻出、実用化の目途をつける等、正に「飛躍への挑戦」である。更に、この東海道新幹線を武器に、台湾、アメリカ等への売り込みにも道を付けている。

考えてみれば、私の半生は、お客に愛されるバイクを生みだすこと、それを武器に、アメリカ、欧州各国に、販売網を作ること、その延長戦として、日本にBMWの販売網を構築することだった。

結構大変だったし、自分自身、「よくやった!」と認めている面もあった。だが、この四面楚歌の中で、国鉄を改革し、更にJR各社の経営内容を改善して来た凄まじい努力に比べれば、物の数でもない。確かに、カワサキを愛する多くのユーザーを作り、カワサキで食う販売店を作ったことは、わが人生の遺産と思っているけど。

最後に、いささか後ろめたい告白をしておく。私は、弁護士を志望して法学部に学び、司法試験に落第すると、それに通るまでの腰掛けとして過ごす会社を探した。元々腰掛けのつもりだから、手当たり次第、という感じで国鉄も受けた。当然入るものと思っていたが、面接で落ちた。当時は証券会社大躍進の時代で、東大と一橋の学生は、面接だけで入れるとのことなので、一証券会社を受けたが、受験者数十名のうち、私だけ落された。結局、将来の恩人、塚本碩春さんが人事課長だった川航に拾われ、そこでバイク屋人生を送って結構楽しかったのだが、この時、国鉄に入っていたら?葛西さんの3年先輩になるわけだが、私には、政界、官界にまで根回しして工作する粘りはなかったから、うまく行かなかっただろう。証券会社の面接で、何故私だけ落第したのだろう?

川航明石工場に入ったら、隣の勤労課で、組合対策、アカ対策に情熱を燃やしていた課長が、「あの面、戦争中なら、間違い無く、アカとしてパクラレとった」と私ことを評したそうだが、試験に落ちる、という生涯初めての体験を司法試験でして、荒んでいた私は、なにやら物騒な雰囲気を持っていたのだろうか?それにしても、証券会社に落ちてよかった!私の知人で当時証券会社に入った連中は、過酷な販売計画達成プッシュに嫌気して、辞めている。私もそうなったことは間違いない。

そんな私を拾ってくれ、お陰で楽しいバイク屋人生を送ることできたのだから、再び、三度、塚本さんに感謝である。

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韓国考

「BMWボーイズ」のことは本欄でも何回か紹介した。BMWジャパンのOBと、ディーラー・マネジャーOB、東京で約15人、関西で約5人。社内の交友なく、ディーラーとは上下関係、とされる「外資系」では他に例のない快挙で、これは、「BMWジャパンは外資系ではない。優秀な日本企業を目指すのだ」とした当時の方針が、退社後20年を越える我々の中で脈々と生きていることを示す。外資系の会社ではありえず、今後のBMwにもない一過性の現象、と言うべきだろう。

東京で特に熱心な数名は、安いプランを利用しては、東南アジア諸国への旅行を楽しんで来られたが、この最中、韓国へ繰り出すこととなった。韓国は、前大統領が弾劾で退き、それでも、前大統領支持派と弾劾支持派の凄まじいデモが連日続いている。次期大統領を選ぶ選挙戦も始まっており、保守派は全員降りて、左派同士の争い。各候補共、手っ取り早い票集めに速効ある日本叩きを競っており、対日感情は異常な高まりを示している。こんな中で、敢えて韓国旅行に踏み切った諸君には敬意表すると共に、デモに巻き込まれたり、反日派に襲撃されたりすることのないよう祈りたい。

少年時代、軍国日本は、朝鮮を一種の植民地とし、朝鮮人を見下す傾向があったのは事実である。だが、私が育った東京都葛飾区金町にも、熊本市にも、彼等の職場はなく、だから私は、彼等と接触することないままだった。

彼等との交流は、アメリカで始まった。先ず、部品会社をスタートしたシカゴでは、乙仲を業とする方{名前失念}が、部品輸入業務をこなしただけでなく、アメリカ社会で立ち往生していた私達に、アメリカ生活のあれこれを教えてくれた。部品倉庫の作業員には、いろんな人々を雇ったけど、彼の口利きで導入した韓国人学生はショックだった。いずれも、韓国社会の相当な人々の子弟だったが、最初の半年間のみ生活支援、その後は独力で生活し、学ぶ約束で渡米、それを実行していた。その仕事ぶりは実に真面目で、それ以前の黒人等とは比べものにもならなかった。よく勉強しており、帰国後は韓国のリーダーになることを強烈に意識していて、「こんな青年達を持つ韓国の将来は明るいな」と、日本の学生達と比較しながら思ったものである。

やがて、カリフォルニアへ移動して、メーカー直販が出来るか、の調査・検討に入る訳だが、ここで大きな助けになったのは、スン・チョイさんと知り合った事である。勇名輝く「虎師団」の一員としてベトナムで戦った後、カリフォルニアへ移住した彼は、ライラック・バイク販売会社のゼネラルマネジャーを務めたが、この会社は日本で破産、だが、そこで得たディーラー等との縁を活かして、ディーラーに、バッテリー、スパークプラグ等の用品を販売していた。彼は、本当に親身になって、私を、アスコットレース場に案内して、そこに集うバイク関係者に紹介してくれた。私が訪問するディーラーについての予備知識も与えてくれた。彼無しには、カリフォルニア開拓は非常に難しかっただろう。彼の、日本人から見れば豪華な家に、渡米したばかりの家族と招かれたこともある。彼が、虎師団の記念行事に参加すべく帰国した際、立ち寄ってくれて、京都を案内し、明石の拙宅に泊めたこともある。彼は、少年時代以来の夢だった京都にはいたく感動したが、私の家やクルマが、アメリカから見れば全く貧弱なことに驚いたようでもあった。

南半球の南アフリカ等まで訪れた私だが、すぐ隣の韓国は訪問しないままである。カワサキ時代、同国はまだ出張に値する程の市場ではなかった。退職後、各国漫遊を続けた際にも、行かなかった。

ただ、九学の東京同窓生達が、毎年やっていた海外旅行の訪問先に韓国を選び、私も参加を表明したが、幹事役0君の、「君は一端入ったら、そのまま拘束され、二度と帰国できないかも」の言葉に思い留まったものである。当時、私は、「新しい歴史教科書をつくる会」の副会長を勤めており、我々が主張する歴史観に、中国、韓国の反発が激烈だったからである。1894年、日清戦争へ赴くべく朝鮮を通過した日本兵達は、その民度の低さと不潔さに驚いている。その10年後の1905年に日韓統合後、日本から資金と人材を送り込んで、韓国の近代化は進んだのであり、両国は極めて親しかった。前記アメリカの両君も、だからこそ親切にしてくれた。それが、近年、歴代韓国政府が、日本を敵視する教育を展開し、従軍慰安婦問題に象徴されるような、感情的対立にも繋がっている。両国関係が正常化し、なにはともあれBMWボーイズ東京の諸君が、韓国を楽しみ、全員揃って無事帰国されることを祈る次第である。

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危機の日本

2001911日、いわゆる9・11。アメリカ経済の中心地ニューヨークと、首都ワシントン内にある軍事本部ペンタゴンを襲った同時多発テロは、21世紀初頭、同世紀の様相を一変させた。

テロとは、アフリカや中近東の一部に限られた現象とされていたのが、一挙に、超大国アメリカをも襲う事態となった。襲われたアメリカは、日本軍の真珠湾攻撃以来の本土攻撃として、大いに過剰反応した。入国検査が、常識を越えた厳重さとなり、「開かれた国アメリカ」が一転、閉ざされた国となり、従来からの黒人蔑視に加えて、イスラム教徒への警戒心が条規を逸するものまでなった。

やがて、アメリカのガード強化を避けることもあって、テロは、震源地たえる中近東、アフリカに近く、十字軍以来の因縁、第一次大戦後、イギリス、フランス両国が、両地域を、それまでの歴史等一切無視して、勝手に分割した恨みもあって、欧州諸国に伝播した。ここでは、両国の司令塔からの指示を受けて、フランス人がフランス内で、イギリス人がイギリス内で起こす自国民テロにまで発展した。オバマ大統領の無為無策、責任回避が、IS、イスラム国という、未曾有の大テロ組織育成に手を貸すことにもなった。これを殲滅すべく、アメリカは空爆を行い、イラク軍から、元々イラク、シリア、トルコ内にあって民族独立を唱え、反乱軍扱いされていたクルド自治政府軍まで動員しているが、アメリカが、オバマ政権下、地上軍派遣を拒み続けて来たため、一向にはかどらない。加えて、今年、欧州諸国で総選挙、大統領選挙が相次ぎ、いずれの国でも、移民・難民排斥、EUからの離脱を唱える極右政党が支持を広げている。第一ラウンドたるオランダでは、なんとか第二党に押さえ込んだが、続くフランス、ドイツで、極右政権誕生となれば、EU崩壊に繋がりかねないし、ロシアのプーチンは、ほくそ笑みながらそれを眺めており、東西共、極めて流動的なのである。そして、ISは、日本をも標的にすることを明言しており、東京オリンピックを控えて、その恐れは高まる一方である。日本は、言語も文化も違いすぎるため、中近東やアフリカのテロリストが直接仕向ける事は難しい。だから、日本人の同調者による自国民テロになる可能性が高い。

一方、北朝鮮は、核弾頭を搭載したICBMで、日本の米軍基地を攻撃することを明言しており、何をやるか分からぬ国だから、本当に実行する可能性もあり、そうなれば、日本列島は壊滅するのみだ。更に、昨今、韓国政局が極度に不安定化し、次の政権は、北に甘い左派になることが確実視されている。そうなれば、北と韓国新政権が呼応して、朝鮮半島を共産化することも考えられる。朝鮮動乱の再来である。

アメリカでは、白人の一部が貧しくて高等教育を受けることが出来ず、他方、黒人やラテン系、アジア系移民でも、高等教育を受けて、高い地位、収入を得ているため、彼等白人の不満が高まっている層を扇動して、トランプ大統領が誕生した。その言動は未だに支離滅裂を極めており、上下両院とも共和党が制している点では安定して見えるが、実は共和党内部でも、彼への不満が高まっており、彼が、上記の不安定要因の解決に向かうかどうかも定かでない。

日本の危なさは、日露戦争前夜にも似ており、安倍首相は、諸国と連合しながら、危機回避を狙っている。だが、彼を支えるべき、国権の最高機関たる国会の体たらくは一体何だ!

上記の国際危機に加えて、国内でも、各国と手を結んでテロ対策に当たるに不可欠のテロ等準備罪法案成立、天皇の譲位制確立、等、日本の未来に繋がる重要事項が目白押しなのに、そこで議論されているのは、大阪の小さな幼稚園をどうするか、それに関連して安倍首相の足を引っ張ること、

築地市場の移転問題、それに関連して石原慎太郎元知事、84歳のご老体を、医師付きで証人喚問する事、等である。本来、大阪幼稚園は、大阪府議会止まり、築地市場移転は東京都議会止まりの地域問題なのに、これらを国会で取り上げ、前記した国事行為を無視して騒ぎ、それをメディアがまた大騒ぎしている異常事態の犯人は、共産党に振り回されている民進党である。

肝心の案件を後回しにしているため、日本に不測の事態が生じた場合、それは民進党の責任とせざるを得ない。84歳の石原元知事を招致して詰問するような行儀の悪さは、今までの日本人にはないものだった。子供達はテレビを見ている。国会や都議会の醜態が、彼等に与える影響も考えれば、

共産党先導の民心進党は、本来、直ちに国会を去るべきなのである。ヒットラーの台頭は、かようなだらしない議会に起因したことも、改めて思うべきである

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