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片目失明者の弁

1983年、48歳。私は、23年間勤めた大メーカーを辞めて、ドイツ自動車、バイクメーカーの日本における販売に当たる、BMW{}に転ずることにした。新規まき直しに当たって、全ての面で万全であるべく務めた私は、その一環として、眼鏡を新調すべく、眼鏡屋に赴いた。数ヶ月来、視力低下を覚えていたからである。ところが眼鏡屋は、「右眼は全然視力がありません。眼科医の診断書を持って来て下さい」と言う。かくて初めて訪ねた眼科医は、「右目に白内障が進んでいます。手術が必要ですが、紹介しましょうか?」と思いがけないことを言う。私は、紹介は断った。BMWの勤務地は東京で、そこには極めて親しい医師もいるからである。

私の電話に応えて紹介してくれたのは、私達の母校たる、東大の付属病院医師だった。やがて上京した私は、その医師を訪ねた。彼は、「すぐ手術ですね」。手術後2週間入院した私は、退院後、仕事も生活も運転も、なんら不自由なくこなすことが出来た。コンタクトレンズを入れれば、視力1,2出ていたからである。ただ、古巣の大メーカーでは、「敵前逃亡の罰が当たった」とする旧友もいた由である。新しい職場で奮闘、それなりの実績を上げるうち、1年後、最初のバイク部門から自動車の営業部長に転じて、ますます多忙となった。退院時、「網膜剥離の恐れがあるので、3ヶ月に一回、必ず検診する」よう言われながら、それをサボっていた。なんとか時間をやり繰りして受診すると、「剥離が髄分進んでいます」即手術・入院。一度目は失敗。二度目も駄目で、片目失明の身となった。困ったのは、「なるべく運転しないよう」と言われたが、職業柄、バイク・自動車を、お客以上に巧みに、速く走らせるのは、楽しみでもあるが、職業上の義務でもあり、そう簡単に止める訳には参らない。自動車は、運転パターンが私に似ている部下に運転させて横で観察すること数日、今度は私が運転して、彼に観察させることまた数日。彼は髄分怖かったそうだが、なんとかやり抜き、以降、路上、高速道路では元より、ドイツでの新車発表会で、アウトバーンを時速200Km近くで飛ばすことも無事こなした。但し、バイクの方は、自動車よりも遙かに敏速な対応が必要で、これは、片目では無理なので、断念した。ある日、新聞に、加藤一郎先生が、自分も剥離を手術し、「網膜剥離友の会」を組織したことを書いておられた。彼がまだ助教授の時代、民事訴訟法を習った記憶がある。その後、教授、法学部長から、安田講堂事件などで一番大変だった時代の総長を勤められたこともニュースで承知している。早速ハガキで、教え子の一人であること、同じ病にかかり、手術に失敗して隻眼であることを伝えたところ、思いもかけず、自宅に電話を戴いた。「手術はどこで?」、「東大病院です」、「あそこは駄目です。総長だった私が保証するから間違い無い」、とのことで、自治医大の清水教授にご紹介戴いた。教授は、診察するなり、「右眼はもうどうにもならない。左眼にも、白内障、網膜剥離が必ず来る。3ヶ月ごとに受診、異常があれば、すぐ電話の上、来なさい」とのことだった。その後間もなく、プールで泳いでいる最中、左目に異常を覚え、土曜日の午後だったが、すぐ駆け付けたところ、「緊急手術」とのことで、すぐ受けた。弟子の一人から、「先生があんなに緊張され、万全の態勢で手術されたのは初めて見ました」と言われたが、隻眼だけに大事にされたのだろう。その後、ご預言通り、白内障、後発制白内障を手術戴き、隻眼を守って戴いた。加藤先生の「網膜剥離友の会」は、実は清水教授を支えるためのもので、私もその会員になっていたのだが、退官直後急死され、親が逝った時にも増して、悲しく、心細く感じたものである。間もなく加藤先生も逝かれた。

激務の連続だった会社生活40年を終えて関西の一隅に引退し、ノンビリ暮らす日々だが、加藤、清水両先生のご恩は忘れたことない。清水先生の持論は、「ゴルフのスウィングンの際、眼球が激しく動き、そのため剥離した例が、アメリカ、イギリス、日本にそれぞれこれだけある」と具体的な数字を示されてゴルフ禁止を命ぜられ、元々それほど好きなスポーツでもなかったので、仰せに従った。同時に運転禁止も言われたが、これは、職業上の必要性を力説して続けた。だが、数年前、家族達に視力低下を指摘され、少年時代以来の楽しみにも終止符を打った。近年、高齢者の事故続発を見るにつけ、これでよかったのだ、と納得、3ヶ月毎に眼科医の検診を受けながら、読書とパソコンン隻眼を駆使して楽しんでいる日々である。偶然、「片目失明者友の会」を知り、「会員相互の交流と権利の向上を目的とする」趣旨に大賛同、入会した次第である。

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