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暑いと不平を言うよりも、進んで熱くなりましょう。押忍。

教育

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何の気なしに出かけた新宿で、思わぬ祭りに出くわした。
アルタのある方から何やら太鼓の音が鳴り響いてくるぞ・・・と、威勢の良い音に誘われるがままに足を運ぶと、物凄い熱気の中、人だかりの中心で大規模な踊りが披露されている所だった。

「新宿エイサー祭り」と言って、沖縄の盆踊りとも言える“エイサー”という踊りを披露する祭りだったらしい。こういう雰囲気には目が無いので、すぐに近寄って言ってワクワクして見入っていると、ちょうど前にいた人たちが場所を開けてくれたので良い場所で堪能できた。

いやあ、格好良かった!

前列で大太鼓を打ち鳴らされると、腹に響いてきて、こちらも熱くなった。すばらしい音楽と力強い太鼓、そしてその後列には女性の繊細な踊りと小太鼓隊の踊りが続く。思わず一緒に踊り出したいような衝動にかられ、「同じ阿呆なら・・・♪(ノ ̄▽ ̄)ノ」のノリで、見ている観客も一緒に踊れたらどんなに良かったかと思った。

写真は「町田“流”」という組の方々。沖縄の方にエイサーを教えてもらって、練習して受けついでいるのだという解説が流れた。や、やるな、町田市民!!引っ越してあの太鼓隊に入れてもらおうかと思わせるすばらしさだった。

伝統の祭りや踊りは本当にすばらしい。そして、格好良い。大声を上げたり体をめいいっぱい動かしたりすると、通常は人の迷惑になるが、祭りや踊りの場合は周りを力づけ、楽しい時間を与える事になる。こういう形の楽しみをもっともっと肯定し、普及させる事は、子どもの教育にはもちろん、体だけで無く心の健康にも良いし、日本人のアイデンティティの確立や自国への関心の向上等々、計り知れない効果が期待できる

祭りや花火は良い!こういう伝統をいつまでも存続させたい!!そのためにも、マナーを守って、存分に楽しみ、積極的に参加して行きたいと思う。

祭りについて、そしてその普及を応援する方法について、しばらく考えてみることとします。
教科書ミスだらけ!節穴検定にも疑問
 今年4月から中学校で使われている教科書134冊のうち、65冊の計208カ所に、誤記や古いデータの掲載があったことが10日、文部科学省のまとめで分かった。今年1月、高校教科書の「政治・経済」でグラフに誤りがあったことから、同省が教科書会社に点検を依頼。だが、すべてが04年度の教科書検定に合格したもので、検定の在り方を疑問視する声も上がりそうだ。

 文科省教科書課によると、今回の調査は教科書会社52社に依頼して実施。誤りは全9教科16科目の教科書で見つかった。誤記の数は国語の56カ所を筆頭に、公民32、英語・地図が各20、理科・地理が各19、数学13、音楽9、歴史8、美術7、技術家庭・保健体育が各2、書写1となっている。

 国語で「ひらがな」を「ひらなが」と誤ったり、漫画「はだしのゲン」の作者・中沢啓治さんの名前「けいじ」のふりがなを「けんじ」と表記。英語では「something」から「h」が抜け落ちたりするなど、誤記や脱字が目立った。

 既に学校で使われている教科書について、教科書会社が誤記を改めたりする訂正申請は年間数千カ所に上るという。同省はこれまで自主的な訂正申請を待ってきたが、今後は小中高校すべての教科書について、毎年点検を強化する方針だ。

 既に、05年度に検定をパスし07年4月に供給予定の高校(主に低学年)の教科書については、今月31日までに解答するよう各社に依頼。現在使われている小学校、高校の教科書に関しては、10月末までの解答を求めている。

 だが、今回の記述ミスは教科書検定でも見過ごされており、同省は原因について「今後は万全を期し、誤りのないよう努力していくとしか言いようがない」と、あいまいなコメント。ある教科書会社は「こちらの校正力が足りなかったわけですが、検定に合格してから出版元での最終チェックの時間が約2週間と、あまりに短い。教科書の改訂は4年に1度のため、校正スタッフの人員を確保するのも難しいし…」と嘆いている。
[ 2006年05月11日付 紙面記事 ]
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2006/05/11/01.html

文部省は義務教育をなめすぎている。ゆとり教育などと言う政府の手抜き教育によって子どもの知識・学力を大幅に下げたかと思えば、今度は教科書の記載内容が誤りだらけの状態で発行された。これは本当に許されない事だと苛立ちを抑えきれない。

元はといえば、義務教育とは、国民全員を強制的に教育することによって国力を上げるという確固たる目的があって始められた事のはずである。それが今、敗戦を経て米国の傘下に降り、隣国の陰謀によって内部から腐食され、完全なる平和ボケの状況の中、当初の目的は失われようとしている。

小学生・中学生の年代のうちにしっかりとした教育を施す事の利益は、様々な学者の説や研究の成果によって実証されている。義務教育が人間の形成に大きな影響を及ぼすものである事は間違い無いのである。

つまり義務教育の如何は、日本の未来を左右し得るのだ。

国の将来を見据え、日本の子どもの将来を真剣に考える時、全国民が受ける義務教育の内容を無視することなど、誰にも出来るはずがない。

教科書の夥しい数の間違いは、つまるところ、日本人全体がいかに自国の未来を軽視しているのかを表しているのだ。


今の時勢、私達日本人の全てが子どもの教育に向き合わなければならない。そうでもしなければ変わらないという所まできている。間違った教育は許さない、誇りある日本人を育て上げるにふさわしい教育を与えるものでなければならないという信念を持って行動していく必要があるのではないか。
 小学校段階の英語教育について検討してきた中教審外国語専門部会は27日、全国一律に小学校で英語を実施する「必修化」を提言する審議経過をまとめた。今後、親部会の教育課程部会で授業時間数などを審議するが、導入への異論はほとんどなく、正式に必修化が認められる見通し。
 成績をつける教科とはせず、5、6年生は週1時間程度、共通の教育内容を設定することを提言。コミュニケーション能力の育成を重視するとした。
 中教審の最終決定を受け、文科省は2006年度にも改定する小学校の学習指導要領に必修化を盛り込む。
(共同通信) - 3月27日17時15分更新
 中央教育審議会の外国語専門部会が先月「小学校高学年で英語を必修にする」との方針を示した。アジア各国で必修化が相次ぐ中、英語コミュニケーション能力の育成が不可欠と判断したものだが、現場の教師は「発音に自信がない」と尻込みし、自治体教委は「親のプレッシャーが強まる」と不安を募らせる。「学校英語教育の大きな転換」(文部科学省幹部)というが、混乱や動揺を引き起こしそうだ。【高山純二、井上英介】
(毎日新聞) - 4月15日12時4分更新

小学校での英語必修化は、大きな議論を呼ぶべき大問題だ。共同通信によれば、導入への異論はほとんどなかったという事だが、これが事実であれば日本の教育を左右する政治家達は救いようも無く無能であると言わざるを得ない。

小学校の英語必修化には問題が山積みだ。まず、教える教師がいない。小学校の教員免許取得のために、英語は必要とされていない。さらに、教員になった後も英語の能力は問われてこなかった。つまり、近年導入された「総合的な学習の時間」で英語を一時的に取り入れた学校以外では、小学校教員が英語の能力を問われる機会は一度も無かったのである。つまり、

小学校教諭のほとんどは、英語が全くできないはずなのである。


十を知って一を教えろという言葉があるが、自分が知るだけでなく、人に教える場合は、一を教えるのに十の知識を要するというわけだ。ましてや、相手は小学生だ。分かり易く、かつ質の高い教育を与える必要がある。それが今の小学校教諭にできるのか。できるはずがない。

百歩譲って小学校からの英語教育を良しとしよう。それでも、導入の前にやるべき事はある。誰が、何を目的として、どのようにして教えるのか。これは基本中の基本だ。この規定がしっかりと明示され、それが遂行できるような体制を作らなければ、実現は不可能なのである。

被害者となるのは小学生だ。


人生の基礎となる教養を学ぶ貴重な時間を、政府の浅知恵で無駄にする事態が今起きようとしている。小学生の子供を持つ親はもちろん、全ての大人は、「子供の頃にやらせれば英語ができるようになる」等というまやかしの言葉に騙される事なく、事実を冷静に見据えて一丸となって子供の教育を守る義務がある。

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少子化問題

 少子化が急速に進んでいる。これは非常に憂うべき事態であると思う。子供がいないという事は、そのまま将来の日本人がいなくなるという事につながる。つまり、国力の低下そのものである。

 出産と関連して話が出るのは、働く女性の話だ。確かに、「働く女性」の地位向上も悪い事ではない。女性にも仕事面での才能豊かな方は多くいるのは事実だし、男性に仕事の才能の無い奴がいるのもまた事実だ。だが、それが「人権」と「出産」と絡まって、最近ではおかしな方向に進んでいる気がしてならない。

 出産後、1年も経たないうちに仕事に復帰する女性が増えているという。それを支援する制度も増えている。それが「女性の自由を尊重する制度」だという。では、子育てをしながら家にいることは、自由な選択ではないというのだろうか。子育てに時間と労力を費やし、家族のために家事に励む女性の姿は、哀れむべきものなのだろうか。

 私は、延長保育を日本全国に広める事が必ずしも「女性の自由を尊重する」事に繋がるとは思っていない。無論、それが最善の策というケースもあるだろうが、延長保育とは、子供を施設に預ける時間を延長するという事である。つまり、母親と子供をより長く引き離すという事である。

 少子化に対する制度(案)を見ると、金銭的援助・女性の仕事復帰支援・延長保育の3つがそのほとんどだ。金銭的な援助は効果があるかも知れないが、今の日本で、本当に子供が育てられない程金銭的に困っているカップルばかりがいるとは考えられない。「子供を産むと、遊ぶ金が無くなる」と危惧している人間は多数でも、「子供を産んだら生活できない、明日の食料にも困る」という日本人はそうそう存在するものではない。

 一番の問題は、私達の価値観であり、偏見ではないかと思う。つまり、最新の服を着て、化粧をして、スレンダーな女性のみが美しいとし、出産で体型が変わり、自分の服を買う時間を惜しんで家で子供を抱いてやる女性を「かわいそう」とする風潮だ。

 日本の男尊女卑の考えは根強く、これに反発を覚える女性が近年多く存在することも事実だ。しかし、だからと言ってこの社会制度を壊す事だけが解決では無いのではないか。男を恨み、男の仕事を奪う事が必ずしも解決では無い。逆に、女性の出産・育児の放棄を後押しすることも、必ずしも解決では無い。

 見直すべきは、出産と言う大仕事を成し、家で子育てに時間と労力を費やす女性に対する世間の評価だ。自分とは価値観の違う旦那と、散らかし放題の子供の分まで面倒を見ながらの家事は、並大抵の事ではないだろう。そういう女性本来の仕事に対する評価が、これまで低すぎた事が元凶なのではないか。

 会社を辞める等、自分の環境を変えてまで、日本を担う子供を産み、時間と労力をかけて、体を張って育ててくれる女性への感謝と支援。仕事復帰の援助も良いが、それよりむしろ、手塩にかけて子育てをしようという女性への賞賛の声がもっと強まるべきではないかと強く感じる

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 小学校で英語が必修になる日は遠くなさそうだ。しかし小学校教師がその就職試験で英語を受験していないという事実を、政府はどれだけ深刻に受け止めているのだろうか。本人達の英語能力自体が無いのだから、ましてや教える事などできようはずもない。ではネイティブを呼べば良いというのも、あまりに馬鹿馬鹿しい浅知恵である。教育というものを甘く考えすぎているとしか思えない。

 しかしこれに対し、大した反論も出ないでいるのはさらに問題だ。欧米への憧れ、黄色人種の劣等感は、敗戦を境に日本人の骨まで染み渡ってしまったようだ。多くの場合、当の英語の専門家がこぞって「欧米かぶれ」なのだから、議論の仕様が無いという事だろうか。親米家ばかりが多く、知米家と呼べる方があまりに少ない事は、日に日に深刻さを増しているように思える。

しかし日本の子供をこのまま被害者にするわけにはいかない。



 例えば『サムライと英語』という本には、昔は日本でも通訳の立場は弱かったこと、つまり「英語をしゃべる」人間がどれだけ疎まれ、警戒されていたのかが分かりやすく書かれていた。当然と言えば当然の話なのだが、子供の4人に1人が子供英会話教室に通わされているという異常事態に生きる日本人には真新しく映る事実では無いだろうか。

 そもそも異文化交流というのは文化のぶつかり合いであり、いわば意地のぶつかり合いだ。価値観の違う相手と話すのに、緊張が伴うのは至って自然なことである。異文化を持つ相手との交流にすばらしい輝きが見出されるのは、理解し合えなくて当然という前提があって、それを踏まえた上でお互いが認め合うに到るからこそである。くだらない英語を「いっぱい聞いて」、実の無い英語を「いっぱいしゃべって」。そんな事をしている間に、日本人の日本語力はそれこそ恐るべき勢いで低下している。


 『英語を子供に教えるな』は、長年海外で教育に携わり、国内にも塾を開いている教育研究者の市川力さんが、早期英語教育の生々しい実態を織り交ぜながら、いかに早期の外国語教育が危険であるかを解説している。読者対象を子供を持つ親に定めているし、何せ今も現役で塾を運営している先生であるから、非常に理解しやすい。多くの日本人の憧れの的である「帰国子女」には、実際には日本で暮らしてきた子供よりもずっと落ちこぼれが多いこと等、目の覚める話が多い。

 外国語教育の意義を否定するつもりは無い。外国語を学び、異文化に触れることの恩恵は大きい。しかし、国内でむやみに大金を払って英会話教室に通わせたり、自宅で両親がカンニングペーパー片手に覚えたての英語で話しかけたりすることで、望ましい教育効果が得られるとはとても考えられない。

「子供の将来の可能性を広げたいから」というのなら、英会話教室の胡散臭い商売文句等に頼ったりする前に、真に子供にとって必要なものが何であるのか、もっと議論されて良いはずだ。

「子供の頃にやると英語の発音が良くなる」
「文法なんか気にしなくても、英語でしゃべれる」

果たしてこれは、

「ひらがな、片仮名、漢字の基本がしっかりと身につく」
「日本人としての教養の基本をしっかりと習得する」

ことを疎かにするほど、魅力があるものなのだろうか。日本人としての基礎がしっかりと叩き込まれてこそ、実のある英会話もできるようになるのだ。しっかりとした国語能力はそう簡単に身につくものではない。日本語をないがしろにし、「しゃべりたい」「なかよくなりたい」と、ヘラヘラ媚を売るような程度の低い英語に時間を費やすことは、子供のためにならないどころか、将来日本が大恥をかくことになりかねない、非常に大きな危険をはらんでいると考えている。

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