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民法3条によると、「私権の享有は、出生に始まる」と規定されています。
解釈してゆくと、「権利能力は、生まれて初めて与えられる」という事になります。ただ、この生まれるという意味を巡っては、解釈に争いがあります。「一部露出説」によると、赤ん坊の身体が少しでも母体から外に出れば権利能力が認められますが、「全部露出説」によると、赤ん坊の身体がしっかりと母体の外に出なければ権利能力は認められせん。通説は全部露出説をとっています。
「んじゃあ、母体から赤ん坊が完全に出てこない間に、誰かがもし殺してしまっても、殺人罪は適用されないのか!!」というと、そうではありません。全部露出説はあくまで民法上の通説であり、刑法では一部露出説が判例・通説となっていますので、上記の例は立派な殺人罪となります。
ただ、民法においても、「損害賠償、相続、遺贈」の3場面では、胎児にも権利能力が与えられます。民法886条には、「胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。」と規定されています。ただ、ここで一つ曲者が。同条2項を見てください。「前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。」となっています。あまり明るい話ではないですが、ここはポイントです。「死体で生まれる」という日本語はおかしい感がありますが、そこは置いておき、この規定が重要です。この胎児の権利能力の話では、「停止条件説」と「解除条件説」という有名な学説の対立があります。
本来、停止条件とは、ある条件が成就されるまでは効果が発生しない、言い換えれば、ある条件が成就することにより、条件成就のときから法律効果が発生することをいいますが、学説は遡及効をとりいれているので、もし胎児が生きて生まれてくれば、時を遡り胎児となった時から生まれていたこととします。
解除条件も同様に、本来はある条件が成就されるまでは効力が存続し、条件成就とともに、その効果が消えることをいいますが、ここでは胎児にも権利能力は認められるが、死んで生まれてきた場合には、始めから存在していなかったものとなってしまいます。
とすると、先ほどの886条2項は解除条件説のようにも思えます。では民法は解除条件説を採用しているのか。
実は、判例は「停止条件説」をとっています。
生きて生まれて初めて、胎児だった時に発生した損害賠償請求権の行使ができたり、相続・遺贈の対象になるのです。
つまり、母親の胎内に赤ん坊がいるときに、何らかの不法行為をうけ、胎児も損害をこうむったとしても、母親(等の法定代理人)がその胎児の代理人として損害賠償請求することは出来ません。あくまでも生きて生まれて初めて行使できるということになります。「阪神電鉄事件」でこの説は採用されましたが、今では学者から、非難囂囂らしいです。死産の多かった昔と比べ、今は生きて生まれてくる確率は高いわけだから、停止条件説は時代遅れだということらしいです。
何だかヤヤコシイ話なんですが、試験に出ないとも限らないので、少し頑張って押さえておきましょう。
上記の記述に誤りなどがありましたら、是非お教えください。
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