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セーラ・バラモンとの対話でブッダが舌をもって耳と鼻と額を舐めた、という、広長舌相のエピソードについて、様々な角度から考えてきました。
 
舌で舐めた耳と鼻と額が、インド女性がピアスとビンディを付ける部位と重なると言う視点。
 
仏の32相をはじめ、パーリ経典ではブッダを獅子王・象王・牛王など、偉大なる動物に喩える事が多いという視点から、インド武術やヨーガとの動物つながりの発見。
 
そして、ヨーガの獅子のポーズ(シンハ・アサナ)やケチャリ・ムドラなど、瞑想実践の準備段階と言えるハタ・ヨーガとの関連、などなど。
 
そうこう考える内に、ある時ふと私は思いました。
 
「そう言えば、牛も鼻にピアスをしているな」と。
 
イメージ 1
鼻中隔に穴を空けて鼻輪を通された牛。真鍮製の鼻ピアスです。
 
それはもちろん、正確にはピアスではなく鼻輪と呼ぶべきものなのですが、基本的な営為はインド女性が鼻に付けるピアスと変わりありません。
 
人間の場合は片側の鼻翼に穴を空けてそこに金属のピアスを通す。牛の場合は左右の鼻腔を仕切る鼻中隔に穴を空けて金属製の鼻輪を通す。
 
牛の場合は更にその輪っかに縄を通して、その縄を引いて牛を飼いならす訳です。しかし、何故、わざわざ鼻でつながなければならないのだろうか?
 
牛をつなぐだけなら、犬の首輪のように首に縄をかければ済む話でしょう。抵抗して首が締まれば、苦しくて抵抗を諦めるでしょうし。
 
人間の鼻を触ってみると分かりますが、鼻中隔というものは薄い肉の壁でできています。もちろん牛の場合はもう少し頑丈なのでしょうが、わざわざこんな所に鼻輪を通して、抵抗する牛を引っ張ったりしたら、鼻中隔が千切れたり、あるいは、激痛が走ったりはしないのでしょうか。
 
そうか、その激痛が、逆に牛を飼いならす鞭になるのかもしれない。えげつない話ですが、わざわざ脆弱で感じやすい鼻中隔に鼻輪を通してそこに縄を繋ぐ事によって、少しでも牛が逆らって、鼻中隔に負荷がかかれば、鼻に激痛が走って牛は抵抗の意思をくじかれてしまうのかも知れません。
 
人間と牛を比べれば、圧倒的に牛の方が力が強い。弱者である人間がそのか弱い力で強力な牛を制御する為には、弱点、すなわち急所を抑える必要がある。
 
これはインド武術における“マルマンの急所”、という概念と基本的に変わりません。
 
古代インドの人体観では、全身に64のマルマンと呼ばれる急所があって、そこを攻撃されると身体が麻痺したり、意識を失ったり、最悪、死に至ったりする、と考えられていました。
 
このマルマンを漢訳したのが「末魔」で、俗に言う「断末魔」とは死に至る苦しみを意味します。
 
牛の“マルマン”は鼻にあるのかも知れない。
 
興味を持った私は、ネット上で牛の調教方法について検索して行きました。すると、とても面白い事実が、明らかになりました。
 
「子牛の鼻通し」というページによると、子牛はある程度大きくなると「鼻ぐり」と呼ばれる鼻輪を通されます。
 
その時に、施術者はまず最初に牛の鼻の穴に手をかけてそこを強く握りつかみます。そうするとどんなに元気な子牛も、憑きものが落ちたようにおとなしくなるといいます。
 
そうして、片手で鼻をつかみながら、もう一方の手で堅木を削った杭針を使って、一気に鼻中隔に穴を空けます。その瞬間、子牛は虚脱したようにあるいは腰が抜けたようになるようです。
 
穴を空けるポイントは、かなり厳密に決まっているそうです。ポイントをずれると、いくら鼻輪に通した縄を引いても牛は言う事を聞かない。つまり厳密なツボ(マルマン)をはずしている訳です。
 
逆に言うと、正確にポイントを得ていれば、このマルマンは、強力に牛の心を支配する「急所」である、という事です。
 
鼻の穴が牛の急所である、という事は、小千谷闘牛会さんのサイトを読むと、より臨場感をもって理解できます。
 
これは日本の伝統的な闘牛の世界の話ですが、二頭の牛が角付き合って相撲をとって、力が拮抗してこう着すると、これ以上やらせるとどちらかが怪我をしたり不測の事態が考えられる、という判断がなされて、牛を“引き分ける”作業に入ります。
 
あらゆる勝負事において同点の事を日本語で“引き分け”と言いますが、その語源は、闘牛のこの“引き分け”作業にあるのかも知れません。
 
とにかくお互いに興奮してなんとか相手を倒そうと全身に力をみなぎらせている巨大な二頭の雄牛を、人間のか弱い力だけで引き離す訳ですから、ある秘訣を必要とするのです。
 
その秘訣こそが、「牛を鼻でつかまえる」、という技術です。
 
この部分は、大変臨場感に溢れているので、上記小千谷闘牛会さんから引用しましょう。
 
〜さて、勢子長が片手を挙げるのを合図として、いよいよ「引分」に入る。「引分」の所作では勢子の一連の澱み無い共同作業が重要である。
 
お互いの「綱かけ」同士が「足掛け綱」を掲げて綱かけの合図をし、対戦中の両牛に後から近づき、その後足に同時に綱かけをする。
 
次いで、綱かけが伸ばした足取り綱を多くの「綱ひき」で引っ張り、牛の動きを止める。そして、牛の動きが止められている間に、数人の勢子が牛の頭部に殺到し、牛のアゴの下から足を入れて頭部を上に向け、
 
その間に「鼻とり」が牛の鼻の穴に指を差し込んで牛の顔を上げる。
 
鼻の穴は牛の急所であるため、ここを捉まれるとさっきまでの興奮が嘘のようにおとなしくなり、あとは素直に人間のなすがままとなる。
 
両牛の鼻が取られた時点で取組終了である。〜
 
5分15秒くらいから「引き分け」作業に入り、5分28秒位に鼻をとり終えて牛が離される。
その後「鼻とり」は鼻をつかみ続け、最後に鼻中隔にロープを通す姿が観察できる。
 
牛に対して、“鼻のマルマン”は、魔術的な効力を発揮するのです。
 
様々なサイトを調べていくと、やはり牛にとって鼻の穴の内部を強くつかまれたり引っ張られたりする事は、強烈な痛みを伴って、それでイヤイヤ言う事を聞く、と理解されている様です。
 
しかし、牛がおとなしくなる理由は、「痛み」がすべてではない。そう私は考えています。
 
何にしても、闘争状態で興奮のピークにある巨大な闘牛(最大で1トン近く!)を、瞬殺でおとなしくさせてしまうほどですから、この鼻の穴の内部をつかむ、あるいは刺激する、という事が、いかに牛の急所を突いているかが、よく分かると思います。
 
そうこう思索しながら、並行して春秋社版パーリ経典シリーズを読みふけっていた私は、やがて唐突にある一節に出会いました。それは、正に今回説明した“牛の鼻をとる”という喩え話でした。
 
長くなるので、次回に続きます。
 
 
この記事は、ブロガー版脳と心とブッダの悟りと連動しています。 
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