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牛には、その行動を制御する為の急所が存在する。それは鼻の穴をつかむことである。そして牛を正にその鼻の急所で捕まえる譬えが、パーリ経典に存在した、と言う所まで前回お話ししました。

そのエピソードは、人間の六官の欲望を制御する事の重要性を説き聞かすもので、貪欲で放縦な牛が穀物畑を食い荒らすさまを、六官の欲望に溺れる世俗の人々に見立て、穀物畑の番人によって制御された牛の姿を、六感の欲望を制御する修行者に重ね合わせて説いています。

とても象徴的かつ重要な部分なので、長くなりますが、以下にその全体を、一部要約して引用します。

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比丘たちよ、いかなる比丘や比丘尼であれ、眼(耳鼻舌身意)によって識別される色(声香味触法)に対して、心に欲・貪り・嫌悪・迷妄・憤怒が生じたならば、心においてそれらを抑制すべきである。

「この道は恐ろしく恐怖に満ちており、棘があり、薮に覆われており、外れた道であり、悪路であり、進むのが困難である。この道は、不善人が頼みとするものであり、この道は善人が頼みとするものではない。それはおまえにふさわしくない。」と考えよ。

そうして、眼(耳鼻舌身意)によって識別される色(声香味触法)を、心において抑制すべきである。

比丘たちよ、穀物畑がみのったが、穀物畑の番人が怠惰であったとしよう。そして穀物を食べる牛がその穀物畑へと入って、好きなだけ食べて酔いしれるとしよう。

比丘たちよ、まさにそのように、学びのない世俗の人は、六つの感覚器官とそれらの識別対象と識別作用との接触領域を抑制せずに、五つの欲望の対象に好きなだけ酔いしれる。

比丘たちよ、穀物畑がみのり、穀物畑の番人が怠惰でなかったとしよう。すると穀物を食べる牛がその穀物畑へと入っても、穀物畑の番人はその牛を鼻でしっかりと捕らえるであろう。

鼻でしっかりと捕らえたのち、角の間のところで十分に押さえ込み、角の間のところで十分に押さえ込んだのち、棒で激しく打ち、棒で激しく打ったのち、解放するであろう。

比丘たちよ、また再び、またみたび、穀物を食べる牛が穀物畑へと入っても、穀物畑の番人はその牛を鼻でしっかりと捕らえるであろう。

鼻でしっかりと捕らえたのち、角の間のところで十分に押さえ込み、角の間のところで十分に押さえ込んだのち、棒で激しく打ち、棒で激しく打ったのち、解放するであろう。

比丘たちよ、このようにして、その穀物を食べる牛は、村や森に入り、多くのところにとどまり、多くのところに伏すにしても、その穀物畑にふたたび入る事はないはずである。

牛がまさにその、かつての棒の感覚を思い出すからである。

比丘たちよ、まさにそのように、六つの感覚器官とそれらの識別対象と認識作用との接触領域に関して、比丘の心が鍛錬され、正しく鍛錬されている時、その心は内に定まり、静まり、集中して、統一されているのである。

〜以上、春秋社 原始仏典Ⅱ 第4巻 六処についての集成 第4部第4章第9節 :琵琶、より引用。

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このパーリ経典文を読むと、様々な事実が明らかになります。

まず第一に、古代インドにおいても、現代インドにおけるように、放し飼いの牛が、町や村や畑周りを、自由に徘徊して、食事をしていただろうと言う事です。

そのような自由徘徊牛が、おそらくは簡易に柵などを張った畑に、それでも浸入して盗み食いをしてしまう。それらを監視する為に、特に経済作物として重要な穀物畑周りには、その収穫期に監視人を置いていたという事です。

もちろんその監視人は、牛の飼い主ではありません。赤の他人です。無頼の徘徊牛を制御するのは本来的には難しいはずです。がしかし、件の監視人はいとも簡単に牛を制御して追い払ってしまう。

その秘訣が、「牛をその鼻で捕まえる」という技術である事は、前回詳述した通りです。古代インドにおいても、まさに小千谷の闘牛士達が見事に荒ぶる巨牛を制御するように、牛の鼻を捕まえて、徘徊牛を制御し得たのでした。

イメージ 1
小千谷の闘牛の鼻とりが、牛の鼻をつかんだ瞬間。
まさにこのように、穀物畑の監視人は牛の鼻を捕まえたのだろう。

穀物畑の監視人は、さらに牛に対する働きかけを続けます。

「鼻でしっかりと捕らえたのち、角の間のところで十分に押さえ込み、角の間のところで十分に押さえ込んだのち、棒で激しく打ち、棒で激しく打ったのち、解放する。」

鼻を掴まれた瞬間、牛は反抗する気力を喪失し、おとなしく人間の意のままになるのは小千谷の闘牛と同じだったでしょう。

しかし、それで終わらせず、穀物畑の監視人は牛を角の間のところで押さえ込み、そののちに棒で激しく打ちすえました。

まず、角の間とは何処でしょうか?

イメージ 2
鼻の穴を舐め上げる牛。角の間とは、眼と耳と角の間にある平板な額(茶毛部分)だと思われる。

説明がとても限られているので、これは想像するしかないのですが、仮に穀物畑の監視人が一人だと仮定します。以下はあくまでもひとつのシミュレーションです。

ひとりで牛を制御しなければならない監視人が、牛追いの棒を持っている事はすでに明らかです。彼はまず不埒な無頼の徘徊牛をその鼻で捕まえる。右手は棒を持っているので、左手で鼻を捕まえます。

更に、牛の顔が動かないように、右手の棒を牛の額、つまり角の間に強く押しつけて、牛を観念させます。

そうして、牛が完全に動かなくなった事を確認したのちに、さて、監視人はその右手の棒をもって、牛の身体の、何処を打ちすえるのでしょうか?

小千谷の闘牛の鼻とり師が牛の鼻中隔に取り縄を通し終わるまでしっかりと鼻を掴み続けたように、おそらく古代インドの穀物畑の監視人も、牛の鼻を片手でつかみ続けた事でしょう(鼻を放した瞬間に牛は逃げる)。

ならば彼の身体は牛の前面に固定されて、棒が届く範囲は限定されます。

牛飼いの場合、牛をただコントロールする為には、普通ならば、お尻を叩く、というのが一般的です。自分の飼い牛にいらざる恐怖や痛みを感じさせる事は本意ではないですし、すでに信頼関係が成り立っているので、さほど過激な行動をとらずとも、牛は了解してくれます。

けれど穀物畑の監視人は赤の他人であり、不埒な盗み食い牛を、強く罰して二度と畑に浸入しないように調御しなければならない。

以上の状況を総合すると、監視人の行動は以下のようになります。

左手で牛の鼻をつかみ続けながら、右手の棒を牛の額にゴリゴリと押しつけて観念させた後に、まさにその額の部分を、その棒によって、強く打ちすえるのです。

これは薪割りや枝打ちをする時に、打つべき場所に斧や鉈の刃先を先ずおいて狙いを付けて、そこから振りかぶって、まさに今刃先がおかれていた場所に打ちおろすのと同じ感覚です。

その打撃は、相当以上に痛烈でなければなりません。何しろ草食動物というものは基本的に24時間365日、起きている間は食欲の権化であり続ける生き物だからです。

ちょっとでも甘く見られたら、盗み食いの常連として守るべき畑に居付かれてしまう。決してそうはならないように、肝に銘じさせるために、その額を、痛烈に棒で殴ります。3度4度5度と繰り返し、繰り返し。

牛の額というのは、多分相当以上に堅くできているはずです。牛の角突き相撲と言うのも、結局は、角同士をぶつけているのではなく、角の付け根の頭で頭突き合いをしている。

つまり、牛の立場に立ってみれば、急所である鼻をつかまれて、牛同士の順位を決める角突きと同じ痛撃を棒によって額に受ける事によって、いわば、徹底的に順位戦の敗者としての立場を、刷り込まれた状態になります。

監視人が勝者のボスであり、盗み食いしていた牛は敗者の劣位です。基本的に草食の群れ動物である牛さんとしては、ひとたび戦いにおいて群れのボスに打ち負かされてしまったら、彼の意に反する事はできなくなる。

この様な牛の心理・習性を巧みについている訳です。

もちろん、古代インドにおいて、牛という動物は極めて重要な家畜であり、アーリア系、先住民系を問わず、あらゆる階級の人々にとって身近な存在でした。

王宮の中にも御用牧場があり、牛や馬や象を飼っていた事でしょう。商人の荷を運ぶのも、穀物を村から町に運ぶのも牛車ですし、畑を耕すのも牛にひかせた犂なのです。

どのように牛を制御し、意のままに操るか、という技術・方法論は、おおよそ全ての人にとって社会一般・常識的な知識だったと考えられます。

もちろん、それはゴータマ・ブッダにとっても、更には彼の説法を聞く聴衆や弟子の比丘たちにとっても。

だからこそ、パーリ仏典のこの牛を鼻で捕まえて棒で打ったのちに放すと言う喩え話が、聴衆の誰にとってもリアルなイメージとして理解可能になるのです。

21世紀の都市文明に生きる私たちがパーリ経典や古代インドの思想書をひもとく場合は、この様な、当時の人々、ブッダという話者とその聴衆たちの、等身大の日常的心象風景というものをリアルに想定しなければ、その真意はうかがい知れません。

さて、牛の鼻を捕まえて、角の間で押さえて、棒でもって打ちすえると言う古代インド人にとって極めて日常的な心象風景を、今私たちは共有する事ができました。

今度は、穀物畑の監視人に鼻をつかまれて、角の間を押さえ込まれて、棒でそこを打ちすえられた牛の立場になって、その心象を理解してみましょう。

鼻の鼻中隔を、親指と対向する四指によってグニュッと挟んでつかまれる。その瞬間、牛さんは鼻中隔を中心に鼻全体に強烈な触覚を感じる事でしょう。

私の見立てでは、ただつかまれただけでは、相当な力でつかまれたとしても、痛みはさほど感じない。牛にとっての鼻の穴とは、譬えてみればドラゴン・ボールの孫悟空が尻尾を掴まれると気力を喪失してしまう様な、そのような欲動のスイッチを切ってしまう様な、急所(マルマン)なのです。

小千谷の闘牛で鼻とりが巨牛の鼻を掴んだ瞬間、もしそれが激痛を生みだすのなら、それなりの反抗のリアクションが現れても不思議ではない。

けれども様々な映像資料を何度見ても、牛たちにはそのような反応は見てとれないのです。

だとしたら、鼻を掴まれた瞬間、牛たちが感じている心象風景とは、譬えて言えば、浮気男が今まさに愛人といたそうと欲情していた、その瞬間に鬼嫁の一喝声が耳に入った、という様な、あるいは、突然頭から冷や水をかけられた、というような、そのような心理的・生理的な反応をもたらすような、“肝が冷える”あるいは、“魂消る”ような、触覚刺激だと考えられます。

これはまた改めて説明する事になりますが、もちろんそんな反射をもたらすような神経生理システムが、そこには存在している訳です。

鼻を強くしばらくの間つかまれ続け、角の間の額の部分を激しく強打され続けた牛は、放されてしばらくしてもなお、その鼻と額における触覚の残像の疼きを、感じ続ける事でしょう。

(中学生の時に、悪さをしてこわもての体育の先生にビンタを喰らった時に、しばらくの間ほっぺたがジンジンと疼いていた、あの感覚です。)

そうして、また今度、同じように穀物畑に近づいた時に、仮に美味しい穀物の記憶に扇情されても、その鼻と額の強烈な感覚の記憶を思い起こして、監視人という強者に組み敷かれて屈服した事実を思い出して、二度とふたたび、盗み食いをしようなどとは思わない事でしょう。

(また再び悪さをしようとした時に、こわもての鬼のような体育教師の顔とビンタの痛みを思い出して、逡巡するのと同じ原理です。)

比丘たちよ、このようにして、その穀物を食べる牛は、村や森に入り、多くのところにとどまり、多くのところに伏すにしても、その穀物畑にふたたび入る事はないはずである。

牛がまさにその、かつての棒の感覚を思い出すからである。

この様に調御された牛こそが、すなわち良く整えられた修行者そのものであり、この様な鼻と額における疼きの残像に気付き続けることこそが、(牛ではなく)修行者が、六官の欲望を制御して、善人の道を進むための、頼るべき瞑想メソッドの焦点だった、と私は考えています。

牛がまさにその、かつての棒の感覚を思い出すからである。
比丘たちよ、まさにそのように、六つの感覚器官とそれらの識別対象と認識作用との接触領域に関して、比丘の心が鍛錬され、正しく鍛錬されている時、その心は内に定まり、静まり、集中して、統一されているのである。

牛と比丘の重ね合わせ。これは単なる文学的な喩え話ではあり得ません。

穀物畑の監視人によって鼻をつかまれ棒で打たれた、その感覚の残像(記憶)の疼きを、貪欲な牛が常に思い起こしてその貪欲を制御するように、

まさにそのように、瞑想修行者は鼻先で呼吸に気付き続け、その呼吸が額の奥の前頭洞という副鼻腔において環流するそのかすかな感覚に耳を澄ませ続け、その結果生まれる額の特異点の強烈な疼きに常に気付き続け、その事によって、

その心は内に定まり、静まり、集中して、統一されて、いくのです。

鼻と額の触覚に気付き集中する事が、何故、

六つの感覚器官とそれらの識別対象と認識作用との接触領域に関して、比丘の心が鍛錬され、正しく鍛錬されている時、その心は内に定まり、静まり、集中して、統一される

事につながるのか? それは、六つの感覚器官の接触領域が、まさに鼻の内部において “ひとつながりにつながっている” からです。

そして六官の接触領域をひとつにつなげる鼻の呼吸が、意の場である前頭葉の直前直下において環流するのが副鼻腔群であり、その中の触覚の特異点こそが、額の“アジナー・チャクラ”と呼ばれるポイントだからです。

監視人がつかみ打つ鼻先と額の感覚によって、牛が肝を冷やしその貪欲を制するような、そのような神経生理システムを、牛と同じ脊椎・哺乳動物である私たち人間もまた、多かれ少なかれ“原理的に”共有しているのです。

鼻先と額の感覚に集中し気付き続け、その意識状態を継続的に深める事によって、修行者の六官に対する貪欲の心は、自ずから制御され止滅して行く。

この様に見た時、牛とは出家修行者そのものが辿るべき姿であり、穀物畑の番人とは、牛そのものの貪欲に支配されている自分(世俗)の心を、もうひとつの心として自ら制御する修行者のサティであり、正知であり、精進する意思を意味する事が、切実に理解できるでしょう。

ブッダは、修行者にそのような自らを調御する知識と技術(智慧=瞑想法)を教える事ができた。だからこそブッダは、

プリサダンマ・サーラティ(人間を調御する御者)

と呼ばれ讃嘆された。

これは以前にもお話ししましたが、パーリ仏典において頻出する喩え話の多くが、単なる文学的な比喩などではなく、実体的かつ具体的な事象との切実なまでの“重ね合わせである”、と私は考えています。

そのように考えなければ、パーリ経典における、様々な記述のディテールの意味が、まったく筋が通らない。

逆にそのように考える事によって、様々な記述のディテールの意味が、極めて筋道の通った一貫したリアルな流れとして理解可能になる。

以上が、ブッダの瞑想法の作用機序に関する、第四の読み筋でした。

この読み筋は、まだ次回に続きます。


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