全体表示

[ リスト ]

牛を調御する急所は鼻の穴であり、その牛の鼻を捕まえて調御する譬えが、パーリ仏典に存在する。
 
そこにおいて、穀物を食い荒らす悪しき牛を、鼻で捕まえて角の間で押さえ込んで、強く打つ、という喩えが、単なる喩え話ではなく、直接的に修行者の煩悩を調御し、その心を寂静へと導く“瞑想テクニック”を示唆していた。
 
以上が前回までのあらすじです。
 
この穀物を食べる牛の話は、「仏弟子の告白」にある以下の一節と重なり合うものだと考えられます。
 
446: もしもそなたの心がもろもろの欲望と迷いのうちに駆け巡るなら、正しく念いを保つことによって速やかに抑制せよ。
―――― 穀物を喰らう悪しき家畜を抑制するように。
ブラフマダッタ長老
 
岩波文庫 中村元訳 より引用
 
家畜の抑制法と同じように、“正しく念い(サティ)を保つことによって”、修行者は、欲望という迷いを速やかに抑制できる、と読み取ることができます。
 
前回引用した「六処に関する集成: 琵琶」はサムユッタ・ニカーヤ所蔵ですが、おそらく上記のブラフマダッタ長老はこの“牛を鼻で捕まえる”譬え話を念頭に、その言葉を語った。
 
「仏弟子の告白」は遅くともアショカ王の時代までには成立していたと考えれば、サムユッタ・ニカーヤの「牛を鼻で捕まえる」エピソードはそれ以前から存在していた事になります。
 
もちろん私は、それが、ブッダの直説に由来すると考えています。
 
牛を調御する方法・テクニックが、実は人間の欲望や迷いを調御し、瞑想を深める具体的な方法論・テクニック(瞑想メソッド)そのものである、と唐突に言われても、にわかには信じられない人がほとんどでしょう。
 
私も正直、最初は、「まさかね」という思いを捨てきれないでいました。
 
しかし、岩波文庫のパーリ経典シリーズ、これはスッタニパータ、ダンマパダ、ウダーナ、テーラガーター、など「クッダカ・ニカーヤ(小部経典)」に所蔵される最古層の経典群ですが、これらの中に、動物の調御に関する譬え話が、少なからず存在する事に気付いた時、読み筋は更に核心へと進んでいったのです。
 
今回は特に象に関する喩えを、テーラガーター(仏弟子の告白)からおもだったものを引用します。
 
これらの仏弟子たちは、実際にブッダその人から直接瞑想指導を受けて修行した人々がほとんどだと考えられるので、その証言は、直接的に「ブッダの瞑想法」の内容(そのメソッド及びそこから生まれる体験)を示唆している可能性が高いと考えられます。
 
〜以下、「仏弟子の告白 中村元訳 岩波文庫」より引用
 
31: 密林である林の中で蚊や虻に咬まれながら、心に念じて堪えしのぶべきである。――― 戦場の先陣にいる象のように。
ガフヴァラティーリヤ修行僧
 
77: この心は、以前には望むところに、欲するところに、快きがままに、さすらっていた。今やわたしはその心を適切に抑制しよう。――― 象使いが鉤をもって、発情期に狂う象を全く押さえつけるように。
ハッターローハプッタ長老
 
さて、ここで象使いが狂象を調御するように、という譬えが出てきましたが、実際に象使いが“どのように”して象を調御するのか、どなたか知っていますか?
 
正直、私は知りませんでした。で、例によってネット上を巡回して、情報を収集していったのです。
 
その結果、私にとっては驚くべき事実が、明らかになりました。
 
まず、最初に私は、サンチーのストゥーパ門塔(トラナ)の浮彫彫刻について、調べました。確かそこには、王族のパレードの描写に沢山の象が描かれていたからです。
 
これは以前チャクラ(車輪)のシンボリズムについて研究取材した時に、一通り現地で写真を撮って保存してあったので簡単でした。
 
イメージ 1
サンチーのトラナに彫られたレリーフ:シュンガ朝時代
中段に象の首に乗った象使いが鉤棒を持っている姿がある
 
上図を見ると、鉤棒を持った象使いの姿が、鮮明に表されています。
 
その他の彫像を一覧すると、そのほとんどの象が首に象使いを乗せており、それらの象使いは一様に、象の頭上に鉤棒を構えている定型で描かれている事が分かったのです。
 
シュンガ朝はアショカ王のマウリヤ朝が崩壊したのちに、紀元前2世紀ごろ勃興した王朝なので、ブッダの時代に最も近い証言者と言えるでしょう。
 
イメージ 2
ホイサラ朝時代の彫刻:11世紀頃
 
南インドのホイサラ朝の彫刻を見ると、やはり象の首に乗った象使い(インドラ?)が右手に鉤棒を持って象の頭上にかざしている姿が確認できます。
 
イメージ 3
ムガル朝の細密画に描かれた戦象と象使い
 
ムガル朝時代の細密画に描かれた象使いも、象の首に跨って、手にした鉤棒を象の頭上で構えています。
 
これら、シュンガ朝からムガル朝に至る、時代も地域も異なった美術表現に、全く共通した描写が見られる事は、何かしら象の調教の本質的な部分と関連している。
 
そのように考えた私は、象の調教法について本格的にリサーチを開始しました。中々これは、というドンピシャのサイトにはたどり着けなかったのですが、南紀白浜の動物園における象の虐待死事件の裁判記録、という何ともマイナーなアーカイブに明確な証言を発見しました。
 
この事件は、タイ人の象の調教師がアフリカゾウのピコに対して過剰な調教を行って死に至らしめた、という内容ですが、その記録に、「象の急所である眉間と足を槍で執拗に突いて、象を弱体化させ死に至らしめた」という内容が明記されていたのです。
 
その後も様々なサイトを巡回すると、どうやら象の急所とはまず第一には眉間であり、そして足の爪の間、だと言う事が分かりました。
 
つまり紀元前の古代から近代に至るインドの象使いが、常にその鉤棒を象の頭上に構えていたのは、何か象が人間の意に反した行動を取ろうとしたら、速攻で眉間の急所を鉤棒で突いて、その反意をくじく、という備えであったと考えられるのです。
 
そして、象使いではない様々な階層の一般人も、その事を文字通り一般常識として認識していた。
 
イメージ 4
トラナの拡大図。象使いは明らかに象の額に鉤棒を当てがっている
 
という事は、先に引用した「仏弟子の告白」の一節、
 
77: この心は、以前には望むところに、欲するところに、快きがままに、さすらっていた。今やわたしはその心を適切に抑制しよう。――― 象使いが鉤をもって、発情期に狂う象を全く押さえつけるように。
ハッターローハプッタ長老
 
という、“象使いが狂象を全く押さえつける様に、貪欲・放恣な我が心を適切に抑制しよう”という内容の、その具体的な“方法”とは、象の急所、中でも“眉間に何らかの働きかけをする”可能性が高い、という事が想定されるのです。
 
前回も言いましたが、パーリ経典における“譬え話”は、単なる文学的な比喩表現ではなく、具体的かつ実体的な事象との切実なまでの重ね合わせである可能性が高い、と私は判断しています。
 
そして前回紹介したサムユッタ・ニカーヤの“牛の鼻を捕らえて角の間で押さえる”という比喩表現に続いて、象の調教においてもそのものズバリの「眉間」という急所が登場した。
 
これはもはや、単なる偶然では済まされないでしょう。
 
そこで次に取り上げるのが、同じ仏弟子の告白の中で、最初に読んだ時に何とも不可解に感じた一節です。
 
197: マンゴーの若芽(の色)に似た衣を肩にかけて、象の首に坐して、私は托鉢のために村に入った。
198: 高ぶっていた私が、その時静かになった。私はもろもろの汚れを消滅するに至ったのである。
ウサバ長老
 
194: 戦場において、もしも象の肩から落下したを象が踏みつけるのであるならば、わたしは、敗れて生きのびるよりは、死んだ方が良い。
ソーナ・ポーティリヤプッタ長老
 
ウサバ長老は“象の首に坐して托鉢のために村に入った”と何気なく語っていますが、テーラワーダの戒律・習慣では、出家の比丘が王侯のように象に乗って、高みから見下ろしながら村に入って托鉢をする、などという事は絶対に考えられません。
 
ソーナ長老の言うように、出家の比丘が、象に乗って戦場に出陣するなどという事もあり得ません。
 
これらの表現は、もちろん“譬え話”なのです。その裏には、深い意味が隠されている。
 
それは単なる文学的な比喩表現などではなく、“瞑想実践との具体的かつ実体的な切実なまでの重ね合わせである可能性が高い”と私は考えています。
 
では出家の比丘が象の首に乗る、とは一体何を意味するのでしょうか? そして、彼らが赴く“戦場”とは、一体何を意味するのでしょうか?
 
次回に続く。
 
 
この記事は、ブロガー版脳と心とブッダの悟りと連動しています。 
このブログ内容は広く知られる価値がある、と思った方は、下記をクリックください

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事