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眉間の急所を万が一の緊急ブレーキ(欲動のキル・スイッチ)として、耳たぶの裏から後頭部にかけての触覚刺激をハンドルやアクセルとして、象使いは象たちを様々なシチュエーション下で見事に調御し、操縦する。

そして、これら象の調教における急所のポイントが、修行僧の瞑想実践において、「気付き(サティ)」のポイントと重なり合っている。

以上が前回,、『瞑想実践の科学13』までのあらすじでした。

今回は、予告通りに『馬』の調教法と出家比丘の修道法(瞑想法)との具体的な“重ね合わせ”について、考えていきます。

今まで登場した牛、象に続いて三つ目の動物になりますが、実はこの牛象馬と言う動物種の組み合わせは、ある意味、インド初期仏教の核心部分を指し示す『指標』になっています。

それは、かの有名なアショカ王石柱の柱頭部分に、この三つの動物が刻まれている事からも明らかなのですが、それだけではなく、先に紹介した『仏の32相』においても明瞭に提示されている事実なのです。

この点に関しては、また回を改めて詳述したいと思っていますが、今回は最後の馬について、詳しく見ていきましょう。

もちろん馬を取り上げるのには根拠があります。それは、パーリ仏典の中に、修行僧の心の調御と、馬の調御を重ね合わせて譬える文言が、複数個所に存在しているからです。

以下、春秋社刊:原始仏典 第5巻 中部経典2 P340『若い駿馬の譬え』より引用。

「バッダーリよ、例えば巧みな調教師は聡明な駿馬を手に入れたら、まず最初にはみを装着させる。はみを装着させる時には、いまだかつて装着された事のないものがそうであるように、混乱し、跳ねまわり、暴れまわる。しかし彼は繰り返して、徐々にその状態を仕上げる。バッダーリよ、聡明な駿馬が繰り返されて、徐々にその状態が仕上がったなら、調教師は更に彼に手綱を装着させる。」

〜以上引用終わり。

この「若い駿馬の譬え」はとても興味深い一節で、全体の文脈では、調教されて様々な技能を身に付けた駿馬を、良く修練された「礼拝されるに相応しい比丘」に譬えていきます。

ここではまず最初の部分を引用しましたが、さて、このブログを読んで頂いている読者の中で、どれだけの方が、馬の調教法ならびに操縦法について、さらにその中で『ハミと手綱」がどのような意味を持っているのかを、具体的にリアルな実感を伴って『知って』いるでしょうか。

私の場合はほとんど全く知りませんでした。

実は私は今まで、たった一回だけですが、馬に乗って馬場を駆けた事があります。これは今から30年近く前に小田原の近辺に住んでいた時に、たまたま機会があって、確か松田あたりの乗馬クラブで騎乗しました。

余りに昔の事なので、その詳細についてはほとんどうろ覚えなのですが、指導者の方に馬を引いてもらったのではなく、一人で手綱を握って馬場を何周か駆けた事は、その下から突き上げられるような強烈な乗り心地と共に、よく覚えています。

乗り心地は決して良くはなかったのですが、それはかなり爽快な体験でした。その後もいつか機会があれば大草原を馬で駆けてみたいなどと思いつつも、いつの間にか忘れていたのでした。

そこで今回は、例によってYoutubeさんの助けを借りて、馬の調教法、乗馬法の実際について、リアルに確認していきます。

まずはハミと手綱の実際の装着について、以下のビデオを見てください。



このビデオ、前半は鞍の装着について説明し、ハミと手綱の装着は5:42頃から始まります。興味のある方は、是非、全編通して眼を凝らして、観察してみてください。

ビデオの中で説明されていますが、ハミを含んだ馬具は全体で「頭絡」と呼ばれています。時代劇の馬や、競馬の馬なども基本的に同じものを頭部顔面に装着しています。馬の顔周りに革のベルトが何かゴチャゴチャと締められている、あれですね。

イメージ 1
左手の平に乗せているのが、馬の口に咬ませる「ハミ」

このビデオを見ると、先に引用したパーリ経典の記述が、具体的にどのような情景を意味しているのかが、良く分かるはずです。

まず、馬の顔周りに締める革ベルトでできた構造全体を、頭絡と呼び、その頭絡の先端にある、馬の口に咬ませる金具の事を「ハミ」と呼ぶのです。

ハミは円環のリングによって頭絡とつながり、このリング部分に手綱の先端が結ばれている様です。

騎手が手綱を操作すると、リングから繋がったハミにその動きが伝わり、馬は口腔内部や口角部分でその動きを触知して騎手の意思を理解し、その命令に従うと言う流れでしょう。

ハミの働きについては、大変分かりやすく纏められているので、以下にwikipediaから引用します。

ハミ: 頭絡を構成する部品で、両端は騎手が手に持つ手綱と接続されており、拳による騎手扶助操作を、口への刺激として馬に伝える役割を持っている。

馬は、前歯(切歯。牡馬は犬歯も)と奥歯(臼歯)の間に「歯槽間縁(しそうかんえん)」と呼ばれる歯の生えない部分を持つ。頭絡の頬革の長さを調節し、この歯槽間縁に収まるように正しく支持されていれば、馬は口中のハミを歯で噛むことはない。歯槽間縁の発見とハミの発明が、馬を乗用動物の筆頭とした要因である。

人間と馬の長い歴史にあって、人間が馬を思いのままに制御しようと試みた中で、ハミは最大の発明であるといわれる。おそらくハミが発明されるまでは、縄を馬の首や頭部に巻きつけただけであったと考えられ、騎手の細かい制御の意思を的確に伝えることが困難であったと思われる。

ハミは、紀元前2,000年から1,600年ごろの遺物に既に発見されている。当初は縄、骨、角または硬い木で作られていたが、紀元前1,300年から1,200年の間に青銅製のハミが使われ始めた。

ハミのおかげで、騎手のごく細かい扶助を口という非常に敏感な器官を通じて馬に伝えることが可能になり、複雑な運動や制御を可能にしたのである。

〜以上、引用終わり。

このページ全体にも言える事ですが、馬具や乗馬に関する漢字用語というものは、ほとんど見慣れないものばかりです。それだけ、現代の私たちの生活の中で、乗馬と言うものが如何に縁遠い存在になっているかが、実感できるでしょう。

ちなみにハミと言うのは漢字で書くと「銜」になります。いきなりこの字を示されて読める人は、よっぽどの通だと思います。

馬の口の構造などと言うものも、私は今回初めて知りました。前歯と奥歯の間に、歯のない歯茎だけのスペースが空いていて、ここにハミを咬ます事によって、馬と言う野生動物が、優れた役畜へと転化し得た訳です。

イメージ 3
ちょうど口角を中心とした部分には、歯が生えていない歯槽間縁という空間がある

このブログを読んでいる方なら、多分覚えていると思いますが、仏伝では、シッダールタ王子が出家する時に、愛馬カンタカの背に乗って城門を出ていった、とされています。

いわゆる「仏伝」と言うものは、とても美々しく装飾された一種の物語ですから、その全てが史実であると考える訳にはいきませんが、クシャトリア(武士)階級のシッダールタ王子が、日常の中で乗馬に親しんでいたのは、まず間違いなく史実でしょう。

更に、現在私たちが入手できる、古代インドの乗馬に関する最古の具体的証拠であるサンチーのトラナに刻まれた彫刻を見ると、現代のそれとほとんど変わらない頭絡を付けている事が確認できます。

なので、シッダールタもまた、先のビデオで紹介したような頭絡、およびハミと手綱のセットを日常的に使用し、その働きを熟知していただろう事が想定されるのです。

イメージ 2
王侯貴族が乗るラタ車を引く馬。頭絡のセット構造は、現代のそれとほとんど変わらない

そのような心象風景を前提にした上で、先の若い駿馬の譬えはブッダによって語られた。

そして、それはもちろん、単なる譬え話ではなく、瞑想実践の具体的な方法論を暗示するものであり、この喩え話を聞いている仏弟子たちは、みなその暗示を明確に意識化できていた、と言うのが、私の読み筋になります。

次回に続く。


この記事は、ブロガー版脳と心とブッダの悟りと連動しています。 
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