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これまで私は、本ブログの記述において、古代インド人の『解剖学』的な広範な知識を前提に様々な考察を行ってきた。

それはウパニシャッドやパーリ経典に登場する人体の内部構造に関する記述を見れば一目瞭然と思えたからなのだが、様々な専門家の著作を読んでも、この点に関して特に言及する部分はほとんど見られなかった。

ところが、最近読んだ本の中に、古代インド人の解剖学的知見に関して明言し、その由来についても説明した一節に出会ったので、ここに忘れずに記録しておきたい。

〜以下引用〜

リグ・ヴェーダ以来の伝統で、ウパニシャッドにおいても神学的な議論ではしばしば人間の身体の各部分は宇宙的な意味を持ち、宇宙の構成要素と対置あるいは同置させられた。

ウパニシャッドにおいて生きて呼吸する身体を示すのに最もよく用いられている用語はアートマンである。アートマンという語は《自己》《自己の本質》の意味にも用いられ、さらに再帰代名詞としても用いられる。

ウパニシャッドで身体が探求される時には男性のそれが中心であり、性行動との関連以外に女性の身体はほとんど問題にされない。

人間のみならず動物の身体の形態もウパニシャッドの著者たちには熟知されていた。犠牲祭を執り行う祭官は祭獣を解体して、しかるべき内臓を供物として祭火に捧げる。

したがって祭官たちは動物の体内の構造を熟知していた。

ブリハッドアーラニヤカの冒頭は、馬祠祭において解体された馬の各部分と宇宙の構成要素との同置関係を述べる文章から始まる。

ヴェーダからウパニシャッドへ、針貝邦生著、清水書院刊、P194〜引用

〜以上、引用終わり〜

これはこの本で指摘されるまで、私は全く気づきませんでした。確かに祭祀の儀軌によって特定の身体内蔵パーツが特定の祭祀の供物として指定されていたのなら、身体からそれを取りだす解体摘出の作業や、その前提になる解剖学にも熟知していなければ不可能で、正に祭祀の為に、古代インドの解剖学的知見は高度に発達していた事になります。

そしてもちろん、それは人体の解剖学に関しても該当します。古代インドでは身体に関しては動物は四本足の生類で、人間は二本足の生類であって、精神的な部分はともかく、両者の間にさほど差異があるとは認識していませんでした。

一説によると『人間』を殺して祭祀に供犠として捧げる祭りも存在していたらしいので、そうなれば余計に人体の解剖にも熟知していた事でしょう。

それらの知識はバラモンだけではなく、ヴェーダの学習を奨励されていたカースト上位のクシャトリヤやバイシャの子弟にも共有されていた可能性が高く、またこのような祭祀の解剖学と外科医学は密接に関わっていた事が想定され、沙門シッダールタをはじめ、上位カーストがマジョリティを占めていた比丘・サマナ達にも共有されていた可能性が高いと考えられます。

パーリ経典には様々な解剖学的な記述が存在し、そのマニアックな各パーツの列挙分類は目を見張るものがあるのですが、その中に『骨髄』と訳される言葉があります。

このパーリ原語は aṭṭhi-miñjaṃ で aṭṭhi =骨、miñjaṃ=髄、として骨髄という訳は適当かとも思われますが、英語のパーリ辞書を引くとmiñjaṃの意味には脊髄、というのが確認でき、aṭṭhi-miñjaṃ とは体の中でも中心的な背骨の髄である『脊髄』と、第一には訳すべきだと私は考えています。

一般に骨髄というものは、大腿骨がどんなに太くとも、その髄を簡単に分離してまるっと摘出する事は出来ない。しかし脊髄ならば背骨の骨格を破壊して、まるっと摘出し祭祀の供犠として用いる事が可能です。

(実際にあらゆる肉食民族の間で、『脊髄料理』というものは伝統的に『グルメ』として愛好されています)

また、一般に『関節骨液』あるいは『骨髄液』などと訳されるLasikāは、正確には『脊髄液』あるいは『脳脊髄液』と訳すべきでしょう(古代インド人の認識では、脳と言うものは頭蓋骨の中の髄でもあった)。

例え大腿骨などの大きな骨であっても、その内部あるいは関節周辺に顕著な『水液』は見当たりません。脳と脊髄の周りにあり、それを浮かべている顕著な水である『脳脊髄液』こそが、Lasikāの第一の意味だと考えるべきなのです。

これらaṭṭhi-miñjaṃ(脊髄)Lasikā(脳脊髄液)の存在を明晰に把握していた事実こそが、祭祀との関わりにおいて解剖学に熟知していた古代インド人の面目躍如だと言えるでしょう。

何故このような事にこだわるのかと言えば、古代インド人が脊髄の存在を祭祀と絡めて熟知していたかどうかという事が、インド教の瞑想実践において極めて重要な意味を持っている可能性が高いからです(例えばクンダリーニ・ヨーガの「クンダリーニ、及びスシュムナー管」思想など)。

そして、もちろんブッダの瞑想法の作用機序においても、何がしかの関連が、現在私の視野には入って来ています。

この点は合わせて、忘れないようにここにメモっておきます。


本ブログのメインとなる探求は


として、はてなブログに移転しました

今回のメモも、いずれ「はてな」の方で活用される予定です


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