文太郎の日記帳

景気、財政赤字、国際経済、政治・政局、世界情勢、日米関係など現代の諸問題を広い視野で解明します。

世界大不況

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 政府は不況対策を追加するために2009年度の追加予算を編成しようとしているし、その際にはいわゆる「需要不足」を埋めるために、20兆円〜30兆円の追加政府支出を考えるという。経済界でもその代表格である御手洗冨士夫日本経団連会長は、政府が主催した3月16日からの「有識者会合」で、総額30兆円の追加刺激策の実施を政府に要望している。
 では、政府はその所用資金をどう捻出するのか?私は前回の当「診断録」(3月20日号)で、それは赤字国債の増発と、その消化をスムースにするための、市中からの長期国債の日銀買い入れによってだろうと予想した。
 
 他方、国民の一部(政界、学界を含む)には、そのような不況対策資金は「政府紙幣の発行」によるほかには方法がないのではないか、との意見が根強くある。
 たとえば、自民党の「政府紙幣・無利子国債発行を検討する議員連盟」は
11日に麻生首相に行った緊急提言で、「日本銀行ではなく、政府が直接お札を刷る政府紙幣の発行を検討するよう」要望している(読売、12日)。また、前回の当「診断録」(上記)へコメントを寄せた一人の「訪問者」も、「その場合、もはや政府紙幣しか選択肢がないのではないでしょうか」と述べている。そのほか、個人的に私に意見を寄せる人の中にもそういう意見が時々ある。
 とにかく、国民の間には「政府紙幣」に根強い人気があるようだ。それは、政府紙幣をある経済学者が唱えたような「打ち出の小槌」(当「診断録」2月6日号参照)と想像するためかも知れない。

 だが、このような政府紙幣論には根本的な誤解あるいは錯覚がある。それは、上記の自民党議員連盟が言う「日本銀行ではなく、政府が直接お札を刷る政府紙幣の発行」という言葉に端的に表れている。
 このような誤解は、現在の「お札」すなわち日本銀行券は、日本銀行ではなく、政府が直接刷っていることを知れば直ちに明らかになるだろう。この点については、日銀のホームページの「銀行券・貨幣の発行・管理の概要」は次のように述べている。
 「銀行券は、独立行政法人国立印刷局によって製造され、日本銀行が製造費用を支払って引き取ります」。この場合、製造費用とは紙代と印刷費だけの安いもの(日銀券の額面と比較して)である。すなわち、日銀券は政府が刷り、日銀がそれをほとんど無償でもらい受けて「発行」しているものなのだ。もし、そのような製造費用を支払うだけで日銀券を受け取れるのなら、誰でもそれをもらいたがるだろう。あるいは自分で製造するだろう。つまり日銀はたいへんな特権を持った機関なのである。これはほとんど誰も言わない日銀と日銀券に関する秘密だといってよい。

 したがって、私は現在の日銀券こそ「国家紙幣」にほかならないと言っているのである(当「診断録」3月4日号参照)。この場合、私がそれを国家紙幣というのは、単にその印刷所が国家機関(現在の国立印刷局は以前は大蔵省印刷局)であるからではなく、そのような紙幣の印刷と発行が、特定の政府によってではなく、永続的な日本国家の国家意志によって行われているからである。
 日銀券がそのような紙幣となったのは、それの金との兌換(だかん。一定比率での交換のこと)が停止されてからである。それまでは、日銀券は紙幣ではなく「兌換銀行券」であった。それ以後の日銀券とは、日銀を通じて発行される国家紙幣、簡単化して言えば日本銀行紙幣なのだ。

 だから日銀紙幣は、特殊の時期には、最近の政府紙幣発行論者が好んで主張するように、「自由に印刷」され、発行されてきた。その代表例は、第2次大戦中に主として軍事費調達のために行われた日銀券の増発である。 
 すなわち、財政赤字をまかなうための国債発行額は「昭和11年度(1936年度ー引用者加筆)までは年度間6億〜8億円台であった」のが、「昭和20年度には実に323億円という巨額をみるに至った」(日本銀行百年史第四巻)。その結果、日銀券増発額は昭和11年には9900万円だったのが、15年に10億円を超え、19年には74.8億円に達した(同上)。実に79倍である。それがもたらしたものはもちろんインフレーションで、卸売物価指数は昭和11年の1.036(9年〜11年の平均が1)が19年には2.319へ、2.2倍になった(森永卓郎監修「物価の文化史事典」、展望社)。ただし、この戦時中には物価は政府の統制で無理に押さえ込まれていた。

 もう一つの興味ある例を挙げておく。それは戦争直後期の昭和22年(1947年)に、経済復興のための対産業融資機関として政府が設立した「復興金融金庫」による融資である。
 復金はその資金を調達するために2年余の間に純計で1091億円の復興金融債券(復金債)を発行したが、「発行額の73%が本行(日銀ー引用者加筆)引受けによるものであり、しかもこの本行引受額は同期間中の銀行券増発高の約38%に相当した」から、それが「この期間におけるインフレーション進展の重要な一つとなったことは否定できない」(日本銀行百年史第五巻)。俗にこれは復金インフレといわれた。
 
 この例にならえば、いまでも、たとえば「金融危機対策金庫」とでもいうべき金融機関を政府が臨時に設立して、そこが日銀引受けで債券を発行して資金を調達し、危機に陥った金融機関や企業に無制限に融資をすることだってできる。なにも、日銀紙幣以外の「政府紙幣」の発行などを必要としない。ただ、そうすれば、インフレの恐れは別としても、民間の金融機関は強力な競争相手の出現で逆に危機に陥るかも知れないが。

 さらにいえば、紙幣のいちじるしい増発は今日でも行われている。たとえば、日銀による金融の「量的緩和」が行われた期間に、日銀券発行高は2001年2月末の57.24兆円から2006年2月末の74.66兆円へ、17.4兆円増えている(年平均約3.5兆円)。これは、「量的緩和」が中止されたそれ以後、すなわち06年2月末から09年2月末までの間の同増加額の2.26兆円(年平均約7500万円)と大きな違いである。要するに、「量的緩和」というわかりにくい(わざと?)表現は、日銀紙幣増発の政策(直接的には民間金融機関が日銀に持つ預金を増加させる政策のかたちをとるが)の婉曲な表現だったといってよい。
 そして、いま、日銀が実施しつつある「異例の」各種資金供給、CP、社債の買い取りや長期国債買い取りも、帰するところは日銀券(紙幣)増発の政策である。

 このようにみてくると、最近の「紙幣発行」論者の主張がたいへん間が抜けたものであることがわかるであろう。
 ただ一点、彼らが明確にできていない点で、しかし推察できる主張で妥当なものがある。それは、なぜ国家紙幣がもっぱら日銀から金融ルートを通して供給されていて、経済政策の責任を負うべき政府がそれを政府支出として直接に供給できないでいるのか、という主張、あるいは疑問である。この点は私が主張している現在の通貨供給方式の問題点にほかならない(当「診断録」、3月5日号参照)。
 
 ただし、現在、通貨が日銀券(日銀紙幣)であり、それが国民的信任を得て日銀経由で流通している状況を前提すると、政府が政府支出として直接に日銀紙幣を供給するとしても、さしあたっては、政府発行の国債(無利子・無期限)を日銀に引き受けさせて、政府がそれに見合う金額の日銀への預金を受け取り、この預金引き当ての小切手で政府が民間(非金融部門)へ支払い、民間はそれで日銀券を引き出すという方法をとるのが妥当であろう。
 
 私は、このような通貨供給方式の改革は長期的に行うべきだと考えているし、その場合には、通貨供給を管理する機関として、現在の日銀政策委員会以外のものを構想する必要があろう。
 ただ、その手始めとして、今回の不況対策として政府支出の増額が必要である場合に、その資金調達方法としては、財政危機の現状を考慮すれば、従来型の単純な赤字国債増発方式ではなく、上記のような資金供給方式の改革につながる国債の日銀引受けを実施すべきだろうと考えているのである。    (この項、終り)


 




 
 
 

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日本がこのような現状にあるにもかかわらず、更にアメリカの引き受けをせざるを得ない状況になりつつあるのに矛盾を感じる。
先生の説明はとてもわかりやすいです。

2009/3/24(火) 午後 0:32 [ kur**idem20*6 ]


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