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このところ、景気は底入れしたのではないか、という見方がよく聞かれるようになった。たとえば4月11日の読売新聞には「回復基調 本物か」と題する記事が経済面トップに出たし、私も「診断録」の前号(4月9日号)で「景気指標に部分的ではあるが底入れを思わせるものが出始めているが」と書いている。
そのような材料としては、たとえば、経済産業省が2月の鉱工業産業指数を発表(3月30日)した際の生産予測調査に見られる。それによると、製造工業の生産は3月は2.9%、4月は3.1%の増加の見込みであった。しかし、最近の景気底入れ観にとっておそらくもっとも有力な材料は、世界的に見られる株価の回復傾向であろう。それは、たしかに景気ムードを大きく変える作用をしている。
そこで、私たちもここで、景気の底入れ(底打ち)、あるいは「回復基調」は本物かどうかを検討する必要がある。
さて、私たちは景気指標として、工業生産やGDP(国内総生産)あるいは消費動向など(これらを景気実態についての指標と呼ぶ)と株価とを、性格上はっきりと区別して見る必要がある。なぜなら、株価は景気実態を捉えた、客観的な動向についての数字ではなく、景気の現状と将来とくに将来をどう見るかについての人びと(株式市場参加者)の予想を集約したもの、したがって多分に主観的なものだからである。
たとえば、景気の将来を上昇と見る人とそれによる株式購入が、将来を景気下降と見る人とそれによる株式売却を上回れば、株価は上昇する。
もっとも、そうした人びとの予想は、景気の実態的な指標や政策動向を観察した上で形成されるものであり、その点で景気実態とつながっている。また、逆に、株価が上昇すると人びと(もちろんすべてではないが)はより楽観的になり、その消費を増やすこともあり得る。その点では、株価は景気実態を動かすことがある。
しかし、株価が主観的な指標であることを忘れるべきではない。だから、株価の底打ちは即景気の底打ちとは限らない。それでも、株価動向の転換は、市場参加者の大勢の判断(予想)を反映しているだけに、景気動向を占う重要な手がかりとなることは事実である。
ところで、景気実態の指標と株価、この二つの指標の違いは、次の点に現れる。すなわち、株価は一般的に底打ちすると上昇に向う。したがって、株価の推移を線グラフに描くと、底打ちの場合にははっきりと「V」字型が現れる。これは、景気の将来についての市場参加者の予想が、強弱均衡の状態に、したがって株価が横ばいになるという状況は長続きしにくいからだ。おおむね今年3月10日前後からの世界的な株価はV字型回復の線をたどっている。
ただし、株価はあくまで将来予想という性格が強いから、回復傾向をたどっていても、その後に実体面で景気悪化を示す有力な指標が現れると、再び株価は下落する。場合によっては、先に見られた底よりも下方へ下落することもあり得る。いわゆる底割れで、その場合には、結果的には先の底は本物の底ではなかった、ということになる。
これに対し、景気実態の指標、というよりもそうした指標でとらえられた景気の実態は、底打ちからただちにV字型の回復を示すとは限らない。むしろ、一般的には、底を這う状態、ないしはそれに近いような微弱な回復が続く場合も多い。これが、景気循環論でいう「不況」局面である。
すなわち、景気の局面は、典型的には、景気上昇(好況、好景気)→景気下降(後退、場合によっては恐慌)→不況(不景気あるいは沈滞)→景気回復・上昇、と交替する。たとえば1929年の大恐慌の後には、長くきびしい大不況が続いた。もっとも、最近は、後退局面と不況局面を併せて不況と呼ぶことが多く、この「診断録」の標題も、そういう最近の使い方を取り入れて「大不況」としている。
それはとにかく、株価の底打ちは、おおむね景気(実態)の底打ちに先行するか、あるいは不況局面に生ずる。株価が代表的な景気の「先行指標」(Leading Indicator)といわれ(景気が天井を打つ場合も含め)、また「不景気の株高」といわれるのもそうした株価の性格による。
だから、繰り返しになるが、株価が底を打っても、あるいは打ったように見えても、かならずしもただちに景気実態が谷に達したとは言い切れないし、まして景気回復が始まったとはいえない。
現在の日本やアメリカの場合も、かりに株価が底を入れたのだとしても(その可能性は小さくないと思うが)、すくなくとも景気実態の不況はまだ続く、ということになるだろう。
では、一般的に、景気下降はどのようにして終り、谷(底)に達するのだろうか。わかりやすくするために、ここでは製造業のある個別企業を例にとって、その景気後退下での動きを考えてみよう。
景気の後退が始まると(あるいは企業は以下のことが起きて景気の後退を認識するわけであるが)、製品(商品)の売れ行きが落ちて、売れない商品が在庫(製品在庫という)となって積み上がる(在庫増)。製品が売れ行きが落ちるということは、その分、販売代金が入らなくなるということであり、したがって、企業は生産に投じた費用(原材料・燃料費、労賃、減価償却費など)のうち、その分を回収できなくなるわけだ。そうすると、回収した販売代金をつぎの生産のための原料費、労賃などとして投ずることが困難になってくる。つまり、資金の回転がとどこおることになる。
このような製品の販売の減少が大幅となり、長期化し、それだけ在庫の増加が大きくなれば、資金の回転が一層悪くなり、仕入れた原材料費の支払いが困難になり、労賃の支払いにも困るようになる。つまり金繰り(かなぐり)が悪化し、ついには金詰まり(かなづまり)に陥る。
すなわち、景気後退は、個々の企業にとっては、売行きの減少、製品在庫の増加、金繰りの悪化にほかならない。金繰りの悪化が進めば、やがてこの企業は生産すなわち業務を続けられなくなり、倒産することになる。
だから、販売の減少が起きると(それがまったく一時的な現象でない場合には)、この企業は生産を減らして、在庫の増加を防ぎ、さらには減らそうとするし、生産の減少に見合って原材料等の仕入れを減らすことにする(そのことは原材料生産者にとってはその販売の減少をもたらす。すなわち景気悪化の波及)。そうして、生産の規模を縮小しながら、その限りで生産に投じた資金は回収できるようにする、つまり資金がうまく回転できるように努める(縮小均衡)。ただし、生産と売上げの減少により、利益は減るか、損失が生ずる(赤字になる)ことになる。赤字が続けば、やはり企業の存続は困難になる。
以上のような現象が経済全体に起き、そして相互に影響の波及を引き起こす。だから、経済全体で(マクロで)見ても、景気後退下では販売の減少、在庫の増加、生産の減少、雇用の縮小、金繰りの悪化が一般的となる。
そして、金繰りの悪化が広がり、深刻化すると、それだけ企業倒産の危機が深まるわけで、その結果、銀行なども警戒的になり、企業からの融資要請に応じにくくなる。つまり、金詰まりが経済全体に広まる。場合によっては、銀行自身が金繰りの悪化に見舞われる。そのことは、景気の悪化・下降をさらに促進するだろう。
このように、景気後退は一般に金融の逼迫を伴う。それがひどくなると、金融危機となる。それをかつては貨幣飢饉(ききん)あるいは貨幣恐慌(金融恐慌)と呼んだ。今日では、金融逼迫に対しては、中央銀行が金融緩和政策でその軽減に努める。
今回の景気後退では、以上のような一般的な後退の傾向が、石油危機(石油やその他の原料の価格の異常な高騰)と、サブプライム・ロ−ンの破綻を中心とする世界的な金融破綻、それと円高によってとくに強められたのである。
石油価格の高騰は、企業のコストを高め、利益を圧迫するとともに、家計を直撃して、消費(とくに自動車などの購入)の減退を招くことになったことはいうまでもない。
現在の日本の景気局面は、上記のような図式を使って説明すると、金融逼迫は峠を越え、生産の削減が限度近くまで行われて、在庫の増加が止まりつつある段階ではないかと思われる。石油価格は下落して、おおむね今回の石油危機以前の状態に戻った(逆に産油国へは景気後退の波及)。その意味では、後退はかなり底に近づいていると考えられる。政府が実施した、あるいは実施しようとしている景気対策も、いろいろ問題を含んではいるが、多少の景気底入れ促進の効果を持つと考えられる。
ただし、現在の日本経済は輸出への依存度が高いので、主要輸出相手国であるアメリカや中国の景気動向によって影響されるところが大きい。その意味で、景気の底入れを判断するためには、この両国の景気後退がいつ終わるかも重要な要因となる。
この両国でも、最近は景気底入れ論が出てきているし、株価も回復している。ただしアメリカについていうと、金融危機の最終決着がついておらず、その点が先行きの不安要素となっている。
すなわち、去る3月23日にアメリカ政府が発表した、金融機関から不良債権を取り除く計画(当「診断録」3月28日号参照)が実際に効果的に実行されるかどうかがまだ不明なのである。この計画では、官民共同で設立する複数の「不良債権買上げ基金」が、入札により金融機関から不良債権を買い上げ、それによって金融機関の資産(バランス・シート)を健全化する計画である。
問題は、その場合、そうした不良債権買い上げの価格が金融機関側の希望と大きくかけ離れる恐れがあること、不良債権の切り離しで金融機関のバランス・シートが改善されても、それによって損失が表面化し、資本不足に陥る恐れがあること、以上のような理由で金融機関側が不良債権の売却を躊躇する可能性があり、そのために金融危機の解決が長引く恐れがあると専門家などから指摘されていた。
アメリカ政府は、そうした金融機関を政府計画に沿って行動させるために、主要13銀行に対してストレス・テスト(資産査定。身体検査で行う運動負荷による心拍などの変化の検査に由来する言葉)を今後3週間内で実施し、その結果により、金融機関側に必要な指示を与える計画である。そうした政府の指示に従うことが、金融機関が追加的な資金援助を政府から受ける場合の条件となる。
そのストレス・テストを前に、ホワイト・ハウスと銀行側との間の緊張が高まっているという(NYタイムズ、4月11日)。すなわち、ストレステストとその結果としての政府介入を限定したい銀行側と、計画通りに実施しようとする政府との対立である。
この成り行き如何で、いくつかの銀行あるいは他の金融機関の新たな破綻が表面化するかも知れないし、金融機関の不良債権問題が未解決で残されるかも知れない。さらに、GM(ゼネラルモーターズ)やクライスラーの再建計画問題(5月末までに政府が満足できる再建計画ができなければ破産処理)が残っている。それらの成り行きによっては、景気実態にも株価にもマイナスの影響が及ぶであろう。そういう点で、いまアメリカの景気底入れを結論するのは早すぎると思う。
そのようなアメリカの景気動向を考慮すると、日本の景気について、底打ちを宣言することはまだ早過ぎると考えざるをえない。 (この項、終り)
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需要と供給ですが、大都会に買い物で出かけるといつも思うことがあります。こんなにたくさんの品物 全部売れるとは思えない。いったい売れ残った品物はどこに行ってしまうのだろう。はやり廃りの激しい洋服などどこに持っていっても売れない物は売れないでしょう。リサイクルも備蓄もできないでしょう。仮にかなりの物が売れたとして、どんどん供給される服は1年や2年では破れたりせず、各家庭のかなり狭い部屋に散乱しているのかしら。ずいぶん無駄な気もする。上等な物を十分手をかけ時間をかけ上等な値段で売り、買うと言うのがよいと思うんですけどね。薄利多売は後戻りできないのかしらん。
世の中分からないことだらけと気づく毎日です
2009/4/13(月) 午前 11:29 [ コキリ ]
今日の講義の結論は、「日本の景気について、底打ちを宣言することはまだ早過ぎると考えざるをえない。」とのことですが、講義の内容を私は、「景気後退はかなり底に近ずいている。」と読み取りました。
在庫投資の動向を注視したいと思います。
2009/4/14(火) 午前 7:29 [ ねずみ ]