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4月13日夜のNHKニュースによると、NHKが4月10日から3日間に行った世論調査の結果は、麻生内閣への支持率は前月より12ポイント上って30%、不支持の率は11ポイント下って60%だったという。また、つぎの衆議院議員選挙のあとの総理大臣として麻生首相と小沢民主党代表のどちらがふさわしいかについては、麻生首相が19%、小沢代表が14%、「どちらもふさわしくない」が60%だった。
この世論調査結果に見る限り、麻生首相への支持率が回復していることになる。これは、政府の2009年度補正予算編成による景気対策の強化の方針と、西松建設問題に絡む小沢代表への不信が影響していることはいうまでもない。それでも麻生内閣への支持率の水準自体はきわめて低いが、つぎの選挙で民主党が勝つ公算が低下したことも明らかだ。
それにしても、15兆円の補正予算の編成・公表で、世論が簡単に政府支持の方向へ傾くというのは、正直に言って驚きだ。麻生首相自身は自信満々で、記者会見などで「過去最大の補正予算です」と胸を張っていた。
しかし、それは自慢することだろうか。この補正予算の財源としては、約10兆円の新たな国債発行が予定されている。つまり、15兆円の景気対策支出は、国民からの新たな借金をあてにして行われるものである。もし、仮に15兆円の財源の大部分が既定の政府支出の削減によって捻出されるのであれば、首相が胸を張ったとしてもうなずける。
だが、国民からの借金をあてにして追加支出をするというのであれば、そしてその返済に自らの内閣が責任を持つわけではない(持てるわけではない)のであるから、本来ならば、たとえばつぎのようにいうべきであろう。「今回の景気対策費は、国民の皆さんからの新たな借金でまかなう以外に方法はありませんでした。そうした非常手段をとっても実施する必要があると政府が判断したからで、その点をご了解いただきたい」というふうに。そして、その予算案を正式に提示した段階で、総選挙で国民に信を問うべきである。
それを、あたかも自分の懐(ふところ)から大金を出すような口ぶりでいうものだから驚きだ。他方、国民の側でも、政府がたくさんお金を出すというだけで、その厚かましさを問題にせず、政府支持に回ってしまう人が結構いるのだから不思議である。
もっとも、麻生首相は勘違いをして自信満々のようだから、解散に打って出る公算は小さくないと思われるが。
他方で、小沢党首も民主党も不決断・事なかれ主義でなさけない。私が考えた小沢党首のあるべき進退は、先に「診断録」(3月9日号)で書いたとおりである。このままでは、総選挙で国民は好ましくない総理候補の間での選択を迫られることになるだろう。NHKの世論調査でも、あるいはこの間まで各新聞社などが行った世論調査でも、国民の多数はこの両者以外の誰かをつぎの総理として望んでいる。
それにもかかわらず、国民が不毛の選択を迫られるようであれば、それはまさに政治危機である。そして、そのような政治危機は、日本が当面しているその他の問題での困難、たとえば北朝鮮問題などを含めての最近の日本の閉塞(へいそく)状況と合わせて、将来の政治激変のタネとなる可能性がある。
これまでも絶えず私の念頭にあったことであるが、今回の世界不況と1929年世界大恐慌との大きな違いは、後者の場合には大恐慌の中で政治体制のあり方、さらには資本主義体制の是非が問われたのに対し、今回はこれまでのところ、主要国に関しては、大きな不況が政治や経済体制の根本を揺るがすには至っていない、という点にある。
念のために振り返っておくと、29年大恐慌と1930年代の大不況の世界においては、発展の軌道に乗ったかに見えたソ連(ソビエト連邦)の存在があった。
1917年のロシア革命によって史上初めての社会主義国として誕生したソ連は、当初しばらくは外国からの軍事干渉(日本もシベリア・極東ロシアへ出兵した)などに苦しめられたが、やがてそれを克服、1929年には第1次5カ年計画を決定して、経済的発展の軌道に乗った感があった。その点は、大恐慌の中で、資本主義国たとえばアメリカの失業率が25%にも達していたのといちじるしい対照をなしていた。
そのようなコントラストの中で、ヨーロッパの多くの国では社会主義・共産主義の政党が影響力を増し、とくにドイツでは大恐慌下で共産党が大躍進をした。そして、これに対抗して、超国家主義のナチ党がヒトラーに率いられて台頭、やがて1933年には政権を獲得して、その後急速にナチ独裁体制を敷いていった。ヒトラー・ドイツはオーストリー、チェコを併合した後、39年にポーランドに侵攻、これに英仏が対独宣戦をして、ヨーロッパで第2次大戦が始まったのだった。大恐慌が始まってからわずか10年のことである。
日本では、大恐慌(昭和恐慌)からの活路を、いわゆる生活圏・経済圏を満州(中国東北地方)に拡張することに求める思想と勢力が軍部を中心に強まり、満州事変(1931年)を利用して、32年に傀儡(かいらい)国家・満州国を樹立、中国および欧米諸国との対立を強めて行く(33年に日本は国際連盟を脱退)。
国内政治では、日本の本格的な中国本土への侵攻(37年)の中で政党政治は終焉し、事実上の軍部独裁体制の下で41年に太平洋戦争へと突入するに至った。これは恐慌勃発12年後の出来事である。
アメリカのニューディールは、一方で社会主義国ソ連、他方でナチス・ドイツ(国家社会主義と自称していた)、それに軍国主義国・日本などをにらみつつ、民主主義的な資本主義国としての新しい道を模索したものだったといえるだろう。
それに対して、今回の世界不況の下で、すくなくとも主要国では政治は比較的平穏である。その中では、おそらく日本がもっとも政治的に不安定な状況にあるといえるのではないか。
だが、大きな不況を引き起こし、少なからざる失業を生み出している資本主義体制の根本問題は依然としてなくなってはいない。すなわち、なぜ人びとは、企業の都合(利益を出せるか否か)によって仕事を与えられ、また奪われなければならないのか、という基本的な疑問は生き続けている。
加えて今日、主要国政府は一方で環境保全のために人びとと企業に浪費の抑制を求めつつ、他方で不況からの脱出のために消費の喚起に躍起になるという、新しい基本矛盾(人びとはあまり気づかないか、気がつかない振りをしているかだが)を露呈するに至った。
このような矛盾あるいは不合理が、いわば休火山のように潜在している。
今日では、社会主義国ソ連は崩壊して資本主義国ロシアとなり、社会主義国中国は建前としての社会主義を残しつつ、実質ではもっとも資本主義的な国家となった。
現実の社会主義国の崩壊ないし消滅の影響で、社会主義の理論と思想も生命力を喪失した。いまでは、わずかに、社会民主主義的な思想と国家が主として西ヨーロッパに生き残っているだけだろう。
結局、資本主義体制に対する基本的なアンチ・テーゼが存在しなくなっていることが、今日の大きな不況の下での主要国での体制安定を可能にしているといえるだろう。
だが、政治状況は急変し得るものである。かつて1960年代初頭のあたり、資本主義主要国ではいわゆるアパシー(apathy、無感動、無関心)が支配していた。
ところが、アメリカが起こしたベトナム戦争の深刻化・長期化と、それに対する主要各国での学生・青年などの反対運動の高まり、チェコの改革へのソ連(ワルシャワ機構)の軍事介入などを背景として、68年にはフランスでのいわゆる5月革命や日本での大学闘争とそれを導火線とする学生運動の昂揚が起り、それに特異な中国の「文化大革命」が加わって、世界は騒然とした空気に支配されるに至った。
今日、奇しくもアメリカはイラクとアフガンで戦争の泥沼にはまり込んでいる(アフガンはかたちの上ではNATOによる介入だが)。オバマ米大統領は、イラクから早期に撤兵してアフガンに軍事行動を集中させる方針だが、イラクもそうだが、アフガンでの泥沼から抜け出せるかどうか、おおきな疑問がある。
以上、要するに、政治と社会の状況は急速に変り得る(よい方向に変ることもあり得るが)ということだ。小泉内閣以後の日本の政治の不安定性とくに現在のそれは、そうした変化につながる可能性をはらんだ政治危機のように感じられる。 (この項、終り)
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