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景気底打ちはいつ頃かといった議論の背後で、最近、デフレーションが忍び寄る気配が濃くなってきた。
インフレーションとは通貨(流通量)の膨張 、それによる物価の持続的な上昇を指すのに対し、デフレーションはその逆だとすると、通貨の収縮による物価の持続的な下落ということになろうが、最近では通貨の収縮なしに、いな場合によっては通貨の膨張の下で物価の持続的な下落が起きることがあり、それもデフレーションと呼ばれる。
わが国ではバブル崩壊後の1999年から2005年にかけての7年間、消費者物価が持続的に下落し、2001年3月には政府が「日本経済はデフレの状態にある」と認定したのだった。2009年のいま、その再来かと思わせる物価下落が起きている。
まず、09年3月に消費者物価指数(変動が激しい生鮮食品を除く総合。総務省調査)の対前年同月比が1年半ぶりに低下(0.1%)、4月にも続けて0.1%低下した。同指数の対前月比は、08年10月以来7ヶ月連続で低下している。
また、4月の企業物価(企業が出荷や卸売り段階で売買する商品の価格。日銀調査)の対前年同月比は09年1月以来4ヶ月連続で低下、対前月比では8ヶ月連続の低下となった。4月の対前年同月比下落率は3.8%で、1987年6月以来21年10ヶ月ぶりの大幅なものであった。
それから、4月の企業向けサービス価格指数(輸送、広告費や不動産賃貸料など企業向けのサービスの価格。日銀)の対前年同月比は7ヶ月連続の低下(2.4%)で、低下率は08年12月以降連続で2%を超えている。
このような物価下落の傾向を前に、読売新聞が行った主要100社に対するアンケート調査によると、「すでにデフレに入っている」と答えた企業が8社、「デフレ懸念は強まっている」が50社、「昨年の原油高の反動での一時的な下落」が37社で、過半数の主要企業がデフレを実感ないし警戒している(読売、5月2日)。
たしかに、08年6月には1バレル140ドル台にまで上昇した原油価格が09年3〜4月には40ドル台へ急落したのだから、その物価引き下げ効果は大きい。しかし、消費者物価のうち「食品・エネルギーを除いた総合指数」で見ても、その対前年同月比は09年1月以来はマイナスである。
最近の物価下落に需給関係の悪化すなわち供給過剰(需要不足)が影響していることは否定できない。そのことは、商品・サービスに対する最終需要を形成する実質消費者支出(2人以上の世帯、物価変動の影響を除いたもの。総務省・家計調査)が、08年3月以降09年4月まで14ヶ月連続で前年同月より減少している点に端的に表れている。
消費需要の減少を反映して、最近の全国百貨店売上高は3ヶ月連続で対前年比2桁のマイナス、スーパー売上高は5ヶ月連続で前年比減小となっている。
そして、小売り段階(サービスを含め)においては、業者間の値下げ競争が熾烈で、そうしたことが、企業間の取引価格・料金の下落をもたらしているわけだ。
問題は、このような最近の物価下落傾向が、もっぱら不況の影響によるものかどうか、という点である。そこに、景気後退の影響が含まれていることは事実である。しかし、先に見たように、わが国は1999年〜2005年にすでに長期的な物価下落を経験している。それは、単に景気後退によるものとはいえないものであった。
そのような持続的物価下落は1951年以降では初めてのことだった。すなわち、戦後日本の消費者物価指数は、戦後インフレーションの収束に際して1950年に4.0%低下して以降は、1994年までは上昇しっぱなしであった(景気下降期においても消費者物価は上昇した)。このことは、バブル崩壊を境として、あるいは1990年代を境として、日本経済に何か長期的トレンドに関わる変化が発生したことを物語っている。
私はそうした変化の重要な一要因を、出生数の減少(いわゆる少子化)から人口減少へいたる人口動態の変化とその影響の出現と捉えた(拙稿「平成長期不況の歴史的位置」東京経大学会誌225号所収、2001年)。
日本の人口が実際に減り始めるのは2008年からであるが、人口のいわば中核をなす生産年齢人口(15歳〜64歳の人口、つまり現役世代)の総数(それは商品・サービス購買の中核層でもある)は1996年から減少に転じていた。そうしたことの影響の現れ方については、上記の拙稿の記述を以下に再掲しておきたい。
「ゼロ歳児から始まる人口減少は、年の経過とともに、6歳人口(小学校入学年齢人口)、12歳人口(中学校同)、15歳人口(高校同)、18歳人口(大学同)、22歳人口(大学卒業同)の減少というように、減少が起きる年齢が上がり、それとともに減少する人口グループの範囲と、減少グループに含まれる人口全体が増えていく。2001年の現在は、27歳人口が減り始めているわけだ。……
平成長期不況の後半に入って、国民消費支出の減少傾向が現れてきたのは、かなりの程度に、まさにこのような若者・子供の減少の影響が財・サービスに対する需要の面に出始めたことを意味する……」。
このような人口面からの需要減少傾向は、2002年1月〜2007年10月の景気上昇(基本的には輸出主導の)に伴い、次第に好況による所得増加とそれによる消費の増加で覆い隠されていたのだが、その後の景気後退の進行で再び表面化したものと推定できる。
もちろん、物価の低下自体は消費者としての国民にとってはプラスである。しかし、そのことが企業の業績にマイナスの影響を与え、その結果として企業がさらに雇用を削減したり、賃金を抑制することになれば、雇用減→消費減→物価下落→雇用減というスパイラル的(螺旋的)下降が起きかねない。
いま現実に見え始めているのはそのような危険な傾向ではないか。
結局、1990年代後半以降の日本経済には、経済の成熟化に人口減少への傾斜が加わって、経済成長のための内需がいわば基礎的に弱くなっている、という特徴があるように思われる。それだけ、輸出への依存が強まっているということだ。
現在は、財政・金融両面からの景気支持・振興の方策で内需を支え、景気の回復を図っている段階であり、そのことは、不況の自動調節作用と相まって、いずれ景気後退を終らせ(底入れ)、回復をもたらすだろうが、世界経済の本格的な回復がないと、日本経済の回復力も力弱いものにとどまる可能性が大きい。
そういう問題が次第に認識されてきている結果、2010年以降の日本の景気動向についての民間各機関の予測も慎重になって来ている。
すなわち、日経グループのQUICKがまとめたところによると、2009年度及び10年度の経済についての民間調査機関23社の見通しの平均は、実質GDP成長率は09年度は−3.9%(政府見通しは−3.3%)、10年度はプラスの1.1%。このうち、09年度の四半期別GDPの対前期比成長率の推移は、4〜6月期から10年1〜3月期にかけて、各期とも0.4〜0.6% の小幅なプラスとなる(四半期の推移ではプラス、ところが年度間の比較ではマイナスとなるのは、09年度のGDPがいわゆるマイナスの下駄を履いているためー「診断録」4月29日号を参照)。
しかし、これらの予測では、「来年4〜6月期には経済対策の効果が息切れし、横ばいにとどまるという」(日経、5月27日)。つまり、力の弱い景気回復という見通しである。
そうした日本経済の今後の問題をもっと明確に見通したのは日本経済研究センターの「短期経済予測」(5月28日発表)である。
それによると、四半期ごとの実質GDPの対前期比は、09年4〜6月期から10年4〜6月期にかけて各期ともわずかながらプラスとなるが、10年7〜9月期には横ばいとなり、同10〜12月期には−0.2%と再びマイナスに転ずるという見通しだ。つまり、「景気持ち直し長続きせずー10年度には息切れ」というシナリオである(日経、5月28日、経済教室)。
要するに、現在すでに日本経済に現れてきている物価下落の傾向は、1999年〜2005年に起きたデフレーションの再来といえる可能性があるということ、それがその通りだとすると、世界経済の本格的な回復がないと、来るべき日本の景気回復は力弱く、短命に終わる可能性をはらんでいる、ということである。 (この項、終り)
(なお、私は6月2日〜4日と6日〜9日に旅行する予定です)
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今回の物価下落の要因に少子化の影響があるとのご指摘、大変勉強になりました。この問題は今まであまり考えていませんでした。学び直してしてみます。
もっとも、最近の物価下落の最大の要因は、貴兄も指摘してはおられますが、昨年の資源バブルが金融危機で崩壊したためではないでしょうか。〈これも不況の影響の一つですが、不況の大きさから、デフレの再来、弱く短い景気回復は説明できるのでは。〉
2009/6/3(水) 午後 3:11 [ KM ]