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6月5日の米労働省の発表によると、5月の失業者は34万5000人増加し、また失業率は9.4%に上昇(4月は8.9%)、1983年8月(9.5%)以来25年9ヶ月ぶりの高水準に達した。
これは、景気悪化の一層の進行を示す景気指標と思われるが、他方で原油価格はニューヨーク先物相場で5日に一時1バレル70.32ドルと、昨年11月上旬以来の高値をつけた(終値は68.84ドル。昨年来の安値は12月19日の32.40ドル)。これは、市場が上述の雇用統計を景気好転への兆しと受け取ったことを反映したと伝えられる(日経、6月6日、その他)。
さらに、米国の10年国債の利回りは、この雇用統計の結果をインフレーション再燃の兆しと捉えて上昇、5日に3.84%と昨年11月半ば以来の高水準に達した(NYタイムズ、6月6日)。
これらの複雑な、一見して矛盾した諸指標の動きをどのように理解すべきだろうか?
まず5月の米雇用統計の解釈だが、エコノミストたちの評価は次のようである。すなわち、失業率は上昇したものの、同月における失業者の増加34万5000人は、今年1〜3月の月間平均の失業者増70万人、4月の50万4000人に比べるといちじるしい改善で、「景気後退が始まってすでに18ヶ月という1930年代以来最長のリセッションの経過を考えると、月間失業者数の顕著な減少は経済が徐々に底打ちに近づいていることを示すもの」と解釈された(NYタイムズ、同)。
ヨーロッパの株式市場でも米国の5月の雇用統計の結果は、同様に景気底打ち接近への兆しと受け取られ、5日の株価はロンドン、フランクフルト、パリなどで上昇した。
原油価格のバレル70ドル台乗せは、こうした米国の景気底入れへの期待を反映したものであるが、原油価格はすでに今年3月以降における世界的な株価回復とほぼ並行して反騰してきていた。
しかし、この原油価格上昇は、株価の上昇と同様に、基本的には景気の回復を予想(期待)したものであり、現実に石油への世界的需要が増加した結果として価格上昇がもたらされたものではない。たしかに、中国など新興諸国の景気は回復傾向を示しているが、それらの国における石油需要の増加が世界的な石油需給を逼迫させているとは(そこまでの影響力を持っているとは)いえない。
実際には、石油及び金、銅などの鉱物資源にも見られる最近の相場上昇は、投資資金の商品市場への流入の影響を強く受けたものである(日経、6日、その他) 。それは、不況対策とくに金融危機対策として、米国FRB(連邦準備制度−中央銀行ー理事会)をはじめ、多くの国の中央銀行が実施してきた空前の金融緩和政策が大量の余剰資金を生み出したことの結果である。
このことは、金融緩和政策の影響が、設備投資や住宅投資などの現実的投資の増加に及んでいないことの現れでもある。すなわち最近の石油などの価格上昇は、端的にいえば、景気後退下における過剰流動性がもたらしている投機的価格上昇である。
なお、商品相場(基本的にはドル表示)の投機的上昇は、一部は、米財政赤字巨大化の下でのドル弱化への懸念を反映しているという。
他方、最近における米国国債利回り(金利)の上昇(国債相場は下落)は、基本的には現実における国債の大量発行(大規模な景気対策に伴う財政赤字の巨額化)がもたらしたものであるが、5日の利回り上昇は、 上述のように、5月の雇用統計の結果を市場がインフレ再燃の兆しと解釈したことが影響した。
こうした金利上昇の意味について、ニューヨーク連銀(米国中央銀行である連邦準備制度を構成する12の地区連銀の一つで、中心的な地区連銀)のダドリー総裁は、「米国が日本のようなデフレに陥ることをめぐる懸念が後退するなど複数の要因がある」と指摘しつつも、景気悪化の「悪影響は大幅に後退した」と評価している(ロイター、5日)。 しかし、サンフランシスコ地区連銀のイエレン総裁は5日、国債利回りの上昇が「インフレを抑制できないとの不安が理由なら懸念される」と述べている(同上)。
このように、米国における(他の国でも類似のことが見られる)長期国債金利の上昇 (相場は下落)は、国債の需給関係(供給過剰)を反映した上で、将来のインフレ懸念をも織り込もうとしたものであるが、現実には景気に対して悪影響を与えることは疑い得ない。
すなわち、長期国債金利の上昇は金利全般の上昇を導き、そのことが民間企業と個人の資金借入れを困難化して、設備投資、住宅建築や消費の回復を阻害するからである。
現に、連邦準備制度のまとめによると、4月の米国消費者信用は年率7.4%も減少(過去最大の記録に並ぶ)した。
原油価格の上昇も、景気回復にとってはマイナスの影響をもたらすと考えられる。なぜなら、現在は企業は石油価格の上昇の影響を製品価格の上昇でカバーできる状況にはないし、 また、ガソリン価格が上昇すれば、それは家計を直撃して、自動車需要の回復にも悪影響をもたらすからである。
すなわち、原油や原料商品の相場上昇は、現実における価格全体の上昇の中で起きているものではなく、したがって全般的な物価上昇すなわちインフレーションの再燃を示すものではない。このような早過ぎる、多分に投機的な商品相場上昇は、繰り返すが、景気回復にとってのマイナス材料である。
ここで、念のために確認しておくが、原油価格上昇の重要な一因となった、5月の米国雇用者数の減少テンポの目立った低下も、あくまでその減少が継続する中での テンポのスローダウンだということである。すなわち、そこに景気底打ちの可能性が見出せるということであって、現実に景気が底を打ったわけではないし、また失業の増加が止ったわけでもない。
雇用の今後について考えても、たとえばGMの破産とその新会社での再建に伴う多くの工場閉鎖と人員削減、ディーラーの整理、部品供給企業が受ける打撃などの影響を考えても、雇用の悪化がまだ続くことは確実であろう。
要するに、失業率の上昇と原油価格の上昇の併存は明らかに矛盾しているのであって、そのような矛盾は、一方における景気後退の進行と、他方におけるマネー過剰を背景とする投機の産物との矛盾である。そして、そのような原燃料価格の上昇は、景気回復にはマイナスの影響をもたらす。
マネー過剰が非常な金融緩和政策の結果であるのに対し、金利の上昇は景気対策のための大規模財政支出とそのための財政赤字巨額化の産物で、それにインフレ懸念が加わったものである。そして金利の上昇も景気に対してはマイナスに影響する。
つまり、不況対策として実施されてきた財政金融政策は、今やその好ましくない副産物を生み出しつつあるといえる。
したがって、今や各国政府と中央銀行は、景気回復を促進しつつ、過剰流動性をいかに取り除くか、財政赤字解消の見通しをいかに明確にするかという、新しい課題、しかも難解な課題に直面しつつあるわけだ。
そうした問題を見ないで、米国の最近の雇用動向の中に、もっぱら景気底入れの兆候だけを見つけだして楽観している場合ではないはずである。
(この項、終り)
(なお、私は北海道方面への旅行から4日に帰る予定でしたが、4日の気象条件が悪かったために、稚内発の航空便が欠航となり、帰宅が一日遅れて5日夜となりました。今日6日の夕方には再び9日までの予定で今度は関西へ出かけます)
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失業率の上昇と原油価格の反騰の問題は、不況が深化する過程の一時的現象と考えていましたが、今日のご説明は、明瞭で、よく理解できました。
「分析」での、貴兄の緻密な論証を想い出しました。
2009/6/7(日) 午前 1:40 [ KM ]