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OECD(経済協力開発機構、欧米アジアの民主主義的な先進30カ国が加盟)は6月24日に2009〜10年についての改訂経済見通しを発表した。その概要は、すでに6月25日付の日本の新聞で報道されている。その際の記事見出しは、たとえば「先進国、来年プラス成長 OECD上方修正」(日経)というのがあるのに対し、他方では「日本デフレ逆戻り 成長率マイナス6.8%」(読売)というものがあった。なお、デフレとはデフレーション、持続的な物価下落を指す。
ここで、日経紙が強調した「上方修正」というのは、OECDの前回の予測(09年3月)で、OECD加盟国全体の成長率が09年は−4.3%、10年が−0.1%と予想されていたのに対し、今回の予測では−4.1%、+0.7%と改訂されたことを指す。ごくわずかの微調整に過ぎないし、日本の09年については、下記の通りむしろ下方修正である。
参考のために、OECDに先だって、 世界銀行が6月21日に発表した予測をあらためて紹介しておくと(当「診断録」6月23日号参照)、09年、10年の成長率は、世界が−2.9%、2.0% 、日本は−6.8%、1.0% だった。
世銀の予測対象には、新興国(中国、インド、ブラジルなど)や発展途上国を含んでいるので、対象国総計の成長率では世銀予測の方がOECD予測よりも高くなっている。ただし、日本の09年についてはOECDと世銀の予測が一致している。
今回のOECD予測による主要国・地域の実質GDPの成長率は次の通り(%、09年、10年の順。括弧内は3月予測の数値)。
アメリカ :−2.8(-4.0) 、0.9 (0.0)
ユーロ圏 :−4.8(−4.1)、0.0 (0.3)
日本 :−6.8(−6.6)、0.7 (0.5)
以上要するに、6月予測は前回に比べてアメリカは上方修正、ユーロ圏は下方修正、日本はほぼ同様といったところである。
この予測についてのコメントで、OECDは日本につき「貿易の崩落によって引き金が引かれた経済のスローダウンは終りに近づいている兆候は見られるが、回復はスローだろう。高い失業率と多くの生産能力の遊休があるので、デフレーションはさらに根強い(further entrenched)ものとなりそうである」と述べている(OECDのホームページ)。
また、加盟国全体のインフレーションの見通しに触れた部分で、このコメントは、「今後2年間にはインフレーションに対しては引き下げ圧力が予想されるが、日本以外では、持続的なデフレーションのリスクはほとんどない」と述べている。
OECD予測が重視する遊休生産能力については、内閣府が6月22日に発表したGDPギャップ(産出可能であったにもかかわらず需要不足で実際には産出されなかったGDPの、潜在的な、すなわち産出可能であったGDPに対する比率。すなわち遊休生産能力の比率。デフレギャップともいう)は、09年1〜3月期 には8.2%、金額では年間45兆円程度と推定されている。戦後これまでのGDPギャップの最大値は、1999年1〜3月期の5.0%だったから、現在の生産能力遊休度は戦後最大というわけである。
ただし、このように大きな生産能力の余剰が生まれるのは、需要の減少に直面した企業が意識的に生産を縮小(操業短縮)するからである。そうして、市場における製品の過剰を減らして、価格の下落を避けようとするのである。端的に言えば、それは生産量を犠牲にしたデフレ回避策である。
しかし、こうした過剰対策が有効であるのは、生産を落とすことで商品の供給を確実に減らすことを見込めるような場合、すなわち少数大企業に生産が集中している、いわゆる寡占(かせん)体制が支配しているような産業部門(たとえば自動車製造業)においてである。
そうでない産業分野においては、企業は市場の動向に迫られて(在庫が増加してしまう結果として)、ある程度は生産を減らさざるを得ないが、市場の需給をコントロールして価格下落を防ぐことまではできない。そのような場合に生ずる遊休生産能力に関しては、企業は売り上げを少しでも増やそうとして、価格あるいは料金を下げることによって自社製品あるいはサービスの売り上げを(したがって生産を)伸ばしたいと考える。こうした価格競争は、消費者を対象とした商品・サービスを供給する部門などに多く見られる。
そのような企業間の競争、すなわち価格競争により、実際に価格や料金は低下しがちである。これが、デフレ圧力の作用とその結果である。
失業率の上昇は、一面では、企業が余剰になった労働力(生産能力の重要な構成要素)を切り捨てた結果であり、そのこと自体がデフレギャップの存在を裏付ける。それでも企業によっては、できるだけ既存の労働力を維持したいと努力する(労使関係に配慮したり、労働者が身につけた技術を企業内に温存するために)ので、そのために生産と売り上げを伸ばそうとして価格・料金を下げる傾向を生む。
日本の今年5月の失業率は5.2%で(6月30日に発表)、03年9月以来、5年8ヶ月ぶりの高水準となったが、それでもアメリカやユーロ圏では最近の失業率が9%を越えているのに比べると相対的には低い。これは、失業統計の取り方の違いにもよるであろうが、日本では不況時の雇用維持の努力が欧米よりは強いためでもあると考えられる。それだけ、生産と販売の拡大への圧力、そのための価格・料金引き下げの傾向、すなわちデフレ圧力が強くなると考えられる。
また、生産設備が過剰であれば、企業は新しい設備を付け加えること、すなわち設備投資の実行を差し控えるだろう。すなわち、国民経済の重要な需要要素である民間設備投資が減退する。これは需要面からのデフレ圧力(むしろデフレを引き寄せる引力というべきか)となる。
高い失業率は、他面、勤労者の所得を減少させ、民間消費(個人消費)を減退させる。現に雇用されている勤労者も、失業増加の社会的傾向を見ていれば、先行き不安から消費を控えめにする可能性が大きい。政府の不況対策で定額給付金が交付されたり、電気製品などのエコ商品への買い換えに対して補助金が与えられたりする結果、消費が増えることはあるだろうが、そうした効果が一時的なものにとどまることは明白である。
こうした雇用不安は、ボーナスの減少などと相まって、民間の住宅建築も減少させる。国土交通省発表の5月の新設住宅着工戸数は前年同月に比べて3.8%の減少で、前年に比べてのマイナスは6ヶ月連続である(7月1日、各紙)。
もっとも、不況で生産能力が過剰になっても、需要が早期に回復する場合には、過剰能力も早期に解消される。すなわち、デフレ圧力は弱いし、また早期に解消する。これは、景気後退が比較的軽微な場合である。
だが、今回の後退における需要落ち込みの程度は大きかった。とくに、消費や住宅建築といった個人需要の落ち込みが大きい。それは、失業の増加や所得の減少による直接の影響より、はるかに大きい。
端的に言って、今回の大不況で消費者である国民は心理的にも大きな打撃を受けた。
国民はなによりも、市場というもの、いわゆる市場の自動調節作用に対する信頼を失った。わが国の場合には、いわゆる小泉改革のイデオロギーであった市場万能主義と、それを推進した市場原理主義者への国民の信頼が失墜したことについてはよく語られるが、 実際にはそれを越えて、国民(その多く)は市場そのものへの信頼をなくしたのである。
その結果として、先行き「なにが起こるかわからない」という不安が国民の間に広まっている。そのような状況の下では、民間消費は萎縮せざるを得ない。こうした不安の広まりは、第2次大戦直後における大インフレーションと飢餓への恐怖の時期と、1970年代の石油危機に際しての石油供給途絶への恐怖の時以来の事態である。
その上、今回の不況に際しては、国民は政府の不況対策への信頼を失った。この点は、わが国の場合にとくに顕著であるように思える。
これまでに不況の度に行われてきた政府・中央銀行による伝統的な不況対策は、財政赤字(その急増)を伴うし、そのことは短期的には金利の上昇などの副作用をもたらすこと、また中・長期的には財政赤字解消のための増税を不可避にすることについては、すでにかなり知られてきていた。だから、多くの国では、緊急の不況対策のための支出と、中長期の財政健全化とのジレンマをいかに解決するかに苦心してきている。
だが麻生内閣は、財政悪化にはほとんど顧慮することなく、「百年に一度の危機だから」といううたい文句で、財政支出の野放図な拡大を実行した(当「診断録」4月9日号参照)。国民は、これを見て、将来の増税を不可避と見た。その結果、国民の消費節約の意識はさらに強まったのである。
以上のような状況の結果として、わが国ではすでに物価の継続的な下落が進行している。
消費者物価指数(月々の変動が大きい生鮮食品を除く)は、08年10月以降、ほぼ毎月、前月に対して下落している。前年同月に対しては、09年3月以降3ヶ月連続でマイナスとなり、5月には−1.1%と、比較可能な1971年以降での最大のマイナスとなった。
また、企業間取引に際しての商品(モノ)の価格を示す企業物価指数は、前月に対しては08年9月以降9ヶ月連続で、前年同月に対しては09年1月以降5ヶ月連続で下落している。とくに5月の前年同月比は−5.4%で、1987年3月以来、22年2ヶ月ぶりの大きさだった。これには石油など資源エネルギー関連の価格下落が大きく影響しているが、一般的にも価格が下落気味であることは否定できない。
企業間取引のサービス(運賃、広告費、不動産賃貸料など)の価格(料金) も、前年同月比で08年10月以降、8ヶ月連続で低下しており、5月の低下幅3.0%は1985年の統計開始以来最大のマイナスだった。
このように、日本では現にデフレーションが始まっているかのようである。こうしたことを踏まえて、OECDは日本の消費者物価は09年、10年とも年間で見ていずれも1.4%下落すると予測している。これがOECDが予測する日本のデフレーションである。
私も当「診断録」で、「デフレーションの再来か」と題してこの問題を論じた(6月1日号)が、そこでは、今回の不況の影響に加えて、人口減少を原因とする基調的な消費需要の縮小傾向の影響を考慮すべきことを主張した。是非ご参照願いたい。その要因を考慮に入れると、今回も、日本がすでに1999年〜2005年に経験したデフレーションが再現する公算は大きい。 (この項、終り)
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