文太郎の日記帳

景気、財政赤字、国際経済、政治・政局、世界情勢、日米関係など現代の諸問題を広い視野で解明します。

世界大不況

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 私が見て聞いた(先週)のは、もちろん映画の中でのことだが、いわばその映画全編これヒトラーといえるほどだから、一種の「ヒトラー体験」をしたと言っても過言ではない。
 映画は「意志の勝利」(Triumph des Willens)。伝説の女性監督レニ・リーフェンシュタール1934年の作品、同年9月のナチ党ニュルンベルグ大会6日間の記録で、直後の35年にはヴェネツィア・ビエンナーレで金メダルを獲得している。日本では戦前(正確には戦時中)1942年に上映されたが、戦後はもちろん今回が初めての上映のようだ(シアターN渋谷、03−5489−2592、30日まで)。戦後のドイツではもちろん上映禁止である。

 ヒトラーがヒンデンブルグ大統領の指名でドイツ首相に就任したのは1933年1月。早くも翌34年2月には、国会議事堂放火事件を口実に、最大の政敵ドイツ共産党を禁止し、同7月には新党禁止令を発布して一党独裁を実現した(この項、歴史学研究会編:世界史年表、岩波書店による)。
 第1次大戦の敗戦後に、いわゆるワイマール憲法を制定、民主主義の模範と言われた再生ドイツ共和国で、国会議員選挙を経た上で、なにゆえにヒトラーがかくも簡単に独裁制を樹立し得たのかは未だに謎であるが、その点はここでは問わない。

 ニュルンベルグ党大会は、政権を掌握したナチ党(ドイツ国家社会主義労働者党、Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterspartei。ナチオナールゾチアリスティッシェ ドイッチェ アルバイタースパルタイ)の いわば勝利と前進を宣言する大会で、大会とはいうものの、通常の政党の大会とまったく異なっている。ニュルンベルグにヒトラー・ユーゲント(青少年団)、労働戦線(ナチ党によって組織された労働者組織)、農民組織、突撃隊、親衛隊(突撃隊、親衛隊はヒトラーが組織したヒトラー親衛のナチ党の軍隊)、正規国防軍などの各組織の大量メンバーが集い、それぞれ決起及びヒトラーに忠誠を誓う大会と行進を行い、ヒトラーが各組織で大演説をする(与える、と言った方が実情に合う)というもの。
 
 リーフェンシュタールはヒトラーの依頼でこの映画を、そして1936年のベルリンオリンピックの記録映画(「オリンピア」、日本題は「民族の祭典」及び「美の祭典」。これは私は戦時中に見た)を作り、戦後、ナチに協力したかどで戦犯に問われた(裁判は無罪)。しかし、その後も執拗にドイツ国内でその責任を追及され続け、戦後も優れた記録映画を制作しながらも、不遇のうちに2003年に101歳で死去した。  

 「意志の勝利」を見てもっとも驚嘆するのは、これまでに知っていたとはいえ、党と国家のNO.2でさえヒトラーに絶対の忠誠を誓う(その面前で)ほどの ヒトラーの独裁者ぶりで、日本史上でこれほどの絶対権力を振るったのは織田信長ぐらいではないだろうか(これに比べれば徳川家康などは分権的だったと思う)。その様子を理解するには、たとえて言うと、戦前の天皇(現人神、あらひとがみ)が同時に完全な政治権力を握り、政府と軍隊を直接指揮した姿を想像してみるとよいのではないか。
 だから、ヒトラーとそれに率いられたナチ・ドイツはまさにその点に致命的な弱点をもち、誰によっても行く手を阻まれることなしに(反対者は追放あるいは処刑した)、オーストリーとチェコ(ボヘミアとモラヴィア)の併合からポーランド侵攻と分割(1939年)へ、そしてそれを契機とする英仏との戦争の開始、さらには不可侵条約を破ってのソ連との開戦(1941年)という無謀な2正面戦争へ突入して行き、そして破滅したのである。

 しかし、率直に言って、「意志の勝利」で見るヒトラーの迫力は圧倒的である。彼が演説する対象ごとに変える演説の中身の選択と話術(正確にはアジテーション)のうまさは、私が知る限り、おそらく古今東西無比であろう(私は子供の頃にラジオとニュース映画で聞いてはいたが当時はよくは理解できなかった)。
 それと、彼が表現するイデオロギーの簡単明瞭さにあらためて感心する(政治・宣伝技術として)。それは「国家(または国民。ナチの場合、私は国家の方が適訳だと思う)社会主義」というナチ党の党名に端的に表現されている。それは大ドイツ至上主義の鼓吹と旧資本主義体制への強烈な批判・攻撃である。
 ヒトラーはこのイデオロギー(彼自身、ナチ党はイデオロギー政党だと公言した)を、相手を変え、場所を変え、かたちを変えてアジりまくった。
 彼はまさにカリスマ(神の賜物の意。超人間的な資質。英雄・預言者などに見られる。広辞苑による)だったといえるだろう。

 よく知られているように、第1次大戦後のドイツは、敗戦国として連合国によって過酷な賠償を強いられ搾取されて呻吟し、軍備を禁止されて完全な閉塞状況にあった上、1929年からの大恐慌によって、大不況と大量失業に苦しんでいた。 
 ヒトラーの国家社会主義は、この二つの難題への真正面からの、かつ端的・強烈な挑戦だった(ただし、社会主義というのは一種のデマゴギー)。ナチの政敵で一時ドイツ国会で第1党の地位を獲得したこともあるドイツ共産党は、社会主義で国民の支持を集めたが、ナショナリズムの問題をなおざりにしたために、最後にはナチに足をすくわれてしまった。
 ヒトラーはこのようなナチズム運動を、自ら政党と親衛隊を組織し、その各種の運動で党員と支持者を増やしながら国会に進出し、やがて政権に到達したのであり、その点ではロシア共産党(20世紀初頭の)の政治運動(ロシアでは最後は武装蜂起)などと似ている。
 ちなみに、かつて三島由紀夫は「盾の会」という一種の私兵組織を作り、ナチスを真似ようとしたように見えるが、彼には政治論も運動論も全くなかった。

 ひるがえって、戦後現在までの日本は、敗戦国である点、最近の大きな経済危機で苦しんでいる点では第1次大戦後、とくに1930年代のドイツに似ている。とはいえ、日本を実質的な支配下に置いている戦勝国のアメリカが民主主義国で、戦後の日本の経済的復活をサポートしたことなどから、単純な反米主義は力を持ち得ないだろう。また、最近の日本は低成長と大きな不況で苦しんではいるが、とにかく先進国としての経済水準を維持している点で、かつてのドイツとは異なっている。加えて、政治・社会体制としての資本主義体制のアンチ・テーゼだった社会主義は20世紀末に退場した。
 したがって、現在の日本でナチズムのようなものが台頭する可能性はない。その意味で、今日「意志の勝利」などのようなナチ宣伝(結果として)の映画を上映しても、問題は起きないだろう。

 しかしながら、わが国でこの数年来明らかになった政府による年金問題処理のでたらめさ、現在の失業(とくに非正規雇用者の)の深刻さなどは、民衆の間から政治的反乱が起きてもおかしくない状況であろう。20世紀末頃から、日本の国民の間には明らかに閉塞感が満ちてきている。
 ところが、そうした国民の不満を組織し、大衆運動として指導する政治的な指導者も政党も存在しないのがいまの状況だ。そうした具体的な不満は、わずかに、たとえば、みの・もんたのテレビ番組などで取り上げられ、発散されている。
 どうやら、来るべき総選挙は、そうした国民の不満・怒りのはけ口となりそうだ。この選挙戦での真の争点は、麻生首相が力説しているような目下の景気問題などをはるかに超えたところにあると言ってよいだろう。それは、国民的不満の民主主義的な解決方式だと言えば言えるし、いわんやナチズム台頭のような脅威がない点は歓迎すべきだが、なにか国民の側の自主性が欠けた問題の処理であり、後に問題を残す恐れがあるように思える。
  
 以上が、図らずも映画「意志の勝利」を見て、その映像と音声によりヒトラーを体感しての感想である。     (この項 終り)     

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若者が、大学や専門学校等の高等教育機関を卒業してもなかなか自分の専門が生かせる職場に就職できない状況(特に地方)。
同じ仕事をしていても、職場での立場が非常勤職員や派遣職員だと正職員と所得が大きく異なることは、働く側から見れば納得できないことで、社会全体の仕組みを再考する際、優先して検討すべき問題だと考えています。
世代間の引き継ぎをうまく行える仕組みの構築が急務で、今度の選挙ではこの点を考慮して投票したいと思っています。

2009/8/24(月) 午前 7:25 [ ねずみ ]

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時間を作って映画をみてきました。(10月2日まで上映延長になっています。)
俳優でない、本物のヒトラーを「見て、聴く」ことができるとは思ってもみませんでした。
迫力ある演説に圧倒されました。
が、人々の熱狂は異様でした(今だから言えるのかもしれませんが)。

2009/9/14(月) 午後 6:31 [ m*l*ty**3 ]


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