文太郎の日記帳

景気、財政赤字、国際経済、政治・政局、世界情勢、日米関係など現代の諸問題を広い視野で解明します。

エコノミストの時評

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小沢不起訴と検察

 前回の「診断録」(2月1日号)から小沢問題が続くようだが、そして経済面ではいまトヨタ自動車のリコールといった大問題が起きているが、今はひとつの区切りなので、今回も小沢問題を取り上げたい。
 小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」による土地購入資金をめぐっての「小沢疑惑」は、東京地検特捜部が2月4日に小沢氏を不起訴処分にすることで一段落した。しかし、この事件の経過と落着ぶりを見ると、私にはいくつかの疑問が残る。

 検察の今回の小沢捜査の発端は、陸山会が東京都世田谷区内に2004年10月に3億4000万円で取得した土地について、政治資金収支報告書では当該土地が登記された05年1月に計上しているが、これは虚偽記載に当たるとする読売新聞の報道(09年10月15日)で、これを受けて「市民団体」(いったいどういう団体か?)がそれを政治資金規正法違反として刑事告発したことであった。
 しかし、検察は早い時期からこの「小沢資金」は中堅ゼネコンの水谷建設からの政治献金が源泉だったのではないかとの見込みで捜査、陸山会事務所、水谷建設、元請けの大手ゼネコン鹿島建設など広範囲の家宅捜索をも実施した。また、マスコミは盛んにこの検察推理に添った情報を報道し続けた。
 これに対し、小沢氏と民主党側は自らの潔白を主張するかたわら、検察によるマスコミへの「意図的な情報リーク」を攻撃し、そのような検察と「戦う」といきまいた。

 結果的には、検察は小沢資金がゼネコンから出ていたとする証拠固めに失敗し、また、政治資金規正法違反の共犯として小沢氏を起訴することも断念した。この結果から見れば、この事件は検察の敗北、小沢氏の勝利で終ったということになる。ところが、それにしては小沢氏は意外に低姿勢であり、一時は「戦う」といっていた検察批判の矛(ほこ)を完全に収めている。いったい、それはなぜなのか。
 小沢氏は、また、自民党など野党から要求が出ている、国会への参考人としての招致についても拒否してきている(2月4日現在)。もし、小沢氏が無実で不起訴になったのなら、堂々と国会で経緯を説明し(検察の聴取に対して行ったと同じように)、これまで同氏を被疑者同然に論じてきた野党に対しても逆襲すればいいのではないか。だが小沢氏はそれをしない。いったい、それはなぜか(やはり自らに弱点があるから?)。
 
 こうした疑問を解く上で私の頭に浮かんだ仮説は、小沢氏と検察との「手打ち」(相互に相手を深追いしないという)があったのではないか、というものだ。そのような疑問は、1月23日に小沢氏が検察による第1回目の事情招致に応じた後に生じた。事情聴取が終った直後に小沢氏は記者会見し、自らの潔白を改めて強調したが、その時から小沢氏の従来の強気は影を潜めた。これはいったいなぜか。
 そうするうちに、1月28日には「小沢氏の再聴取は見送り」との記事が新聞に出た(日経)。他方、同日の読売新聞には、政府が鈴木宗男衆院議員からの「検察による情報リーク」指摘に対する「リークはない」との答弁書(26日閣議決定)を報道するかたちで、「『検察リーク』あり得ない」との記事が大きく掲載された。この二つつの動きは、検察の譲歩と、それに対する政府と民主党の検察とマスコミへの譲歩だと感じられた。
 これはまた、マスコミ(そのある部分)の「手打ち」への参加の表明ではなかったか。実際、その後、読売の小沢疑惑報道は急に消極的になる(逆に毎日の報道はいっそう積極化)。

 続く疑問。検察はなぜ小沢氏への第2回目の事情聴取(1月31日)をしたのか。検察は、上記の日経が報じたところによると、「1回目の聴取での供述内容に不自然な点はあるものの、小沢氏の主張をまとめた調書を作成したことで、任意聴取の目的は果たせたと判断した」というのに、である。これは、検察の当初の意気込みからすると信じられないほどの後退である。それなのに検察はあえて2回目の事情聴取をした。
 しかも、2回目の事情聴取のわずか3日後に検察は小沢氏の不起訴を決定した。いったい、なんのための事情聴取だったのか。これは、単なるポーズか、「何か」の「最後の詰め」のためだったのではないか。
 この2回目の事情聴取の翌日(2月1日)の記者会見で、小沢氏は自らが刑事責任を問われるような事態になれば「非常に責任は重い」と述べ、もし起訴された場合にはすくなくとも幹事長を辞任する意向であることを示唆した。しかし、この「責任」発言は、この会見からわずか2日後にいざ実際に不起訴が決定してみると、「不起訴になれば責任をとる必要はない」というあらかじめの意思表示であったことが明らかになる。
 ということは、小沢氏は第2回目の事情聴取の際に、すでに不起訴になることを知った(知らされていた)のではないか。

 要するに、今回の陸山会資金問題についての東京地検特捜部の捜査とその結果を通じて、消し得ない「小沢疑惑」と「検察疑惑」が残った、といわざるを得ない。ついでにいえば「マスコミ疑惑」も、である。
 しかし、今回あらためて検察神話が崩れたのは結構なことだった。検察は例えば足利事件(無実の菅谷利和さんを殺人犯に仕立てた)で決定的なミスを犯していた(しかも担当検事は再審法廷で自らの誤りを謝罪しなかった)から、私たちは検察の独善性、官僚性についてさらにいい勉強をしたといえる。
 本稿でわかりにくい点は、当「診断録」1月15日号、同28日号を参照されたい。なお、2月1日号で予想した今後の政治の可能性のうち、小沢辞任というケースは見込み薄となったが、鳩山首相についての同号での評価はそのまま有効だと考えている。     (この項 終り)  

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今日の診断録のテーマから離れて恐縮です。
2月に入り、大学や専門学校など高等教育機関に在学する学生の卒業時期が近づいてきました。しかし今年は就職できない学生が大量に発生しそうな状況です。
目的意識を持って学習してきた学生が、社会に役立とうと思ってもその入口にさえ入れない者が多く発生する状況を、社会全体がもっと深刻に捉える必要があるように思います。
このような状況になることは早くから予測でき、関係機関もそれなりの対策を取ってきたことは理解していますが。日本の企業のすべてが活力を失っているわけではない筈です。本当に求人が出せないのか、見直し作業を行い、一人でも多くの学生が職につけるよう社会全体が最後の努力する時期に来ているように思います。

2010/2/7(日) 午前 10:46 [ ねずみ ]


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