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このところ、人民元の切上げの可否をめぐる議論が過熱化し、政治問題化してきた。
この問題は、オバマ米大統領が輸出倍増計画を打ち出した3月11日の演説の中で、人民元の切り上げを強く求めたのに対し、中国の温家宝首相が全国人民代表大会閉幕後の記者会見(同14日)で、人民元は過小評価されてはいないと反論したことで、一挙にトップレベルの政治問題へ発展した。 こうしたやりとりを受けて、15日には、マイク・ミショー議員(民主党)ら米下院の超党派の議員130人が連名の書簡をガイトナー米財務長官とロック商務長官に送り、「為替操作により中国の企業に不当な輸出補助金が支払われている」と強く中国を批判、財務長官に対して、4月中旬に公表する為替政策報告書で中国を為替操作国に認定し、2国間交渉に入るよう求めた。また商務長官には、不正な輸出補助金への対抗措置である相殺関税法の適用を要求した(読売、3月16日夕刊)。 さらに16日には、チャック・シューマー議員(民主党)、リンゼイ・グラハム議員(共和党)ら超党派の上院議員団が記者会見し、中国が人民元の切り上げに応じない場合、厳しい罰則を科すことなどを明記した事実上の中国制裁法案の制定を目指す考えを表明した(毎日、17日)。 中国ももちろん黙ってはいない。商務省の姚堅報道官は16日の記者会見で、中国の貿易黒字は元相場が理由ではないと強調し、「人民元問題の政治化は、危機に対応する世界が協調するうえで何の役にも立たない」、「自分たちの輸出を拡大するために他国に通貨の切り上げを要求するのは、一種の利己主義だ」と米国を批判した(日経、17日)。
おそらく中国には、為替相場を意識的に操作して人民元相場を低く抑えているという意識はないであろう。事実、温首相は上記の記者会見で、「2005年7月に実施した元の制度改革で対米ドル相場が21%上昇した」と強調し、「中国は金融危機後も元の安定を保ち、世界経済の回復に寄与したと誇示した(日経、15日)。 多分、温首相の認識は、固定相場に近い安定為替相場が必要かつ有益だというものだと思われる。だがその安定が問題なのだ。 まず第一に、そうした人民元為替相場の安定とは米ドルに対する安定にほかならないが、そのドルが円やユーロに対して下落すると(そういう場合が多かった)、つれて元も円やユーロに対して下落するのだ。つまり、中国が言う元の安定とは米中間の関係に過ぎない。そこには世界的視野での問題把握が欠けている。
次に、中国は国際収支の黒字国であるので、対外支払・受取のバランスでは外貨(主としてドル)の受取超過になる。外貨の受け払いをするのは直接には企業だから、ドルの受取超過とは、企業が余剰のドルを保有する結果となることを意味する。そうした企業は、為替リスク(保有ドルの相場下落のリスク)を避けようとするから余剰のドルは市場で売ることになる。そうすると、放っておけばドル相場は下落(逆に元は上昇)することになる。 その際、政府が為替の「安定」が望ましいと考えると、政府(実際にはその代理である中央銀行=人民銀行)が為替市場から余剰のドルを買い上げ(ドル買い・元売りの介入操作―この部分、22日に修正)、ドル相場を支える(元相場の上昇を抑える)。それがとりもなおさず為替操作である。 米国の立場からすると、中国は黒字で余剰のドルを取得しているのだから、為替市場の成り行きに任せておけばドルは対人民元で下落し、逆に元は対ドルで上昇して、中国の輸出の伸びが抑えられ、輸入が促進されて、貿易収支の改善が進むはず(実際にどの程度の効果が出るかは予測困難だが)なのに、中国は為替操作で無理にドル・元相場を「安定」させている、という批判になる。 ところで中国自身の側にはどういうことが起きるかというと、政府(代理としての人民銀行)が市場からドルを買い上げるから、一方では政府の外貨準備が増え(このところ中国の外貨保有は増え続けている)、他方ではそのドルを売った代金(元)は企業の手に渡る。こうして民間が保有する通貨が増加する。つまり、国際収支の黒字が、為替操作を経て、民間のマネー増加を引き起こすわけだ。 そうしたマネー増加は、設備投資などのために金融機関から借りたものではないから、往々にして不動産や株式への投資に回り、そこでバブル現象を引き起こす結果をもたらしやすい。 現に、最近の中国で起きている不動産バブルや最近までの株式ブームには、そうした余剰ドルが転化した余剰の人民元がかなりの役割を演じていることは否定できない。その意味では、無理な為替相場「安定化」は、中国自身の利益にもならない。
ところが中国政府は、そうしたバブル現象やインフレ傾向を抑えるために預金準備率(一般銀行が人民銀行に預ける預金の比率)を引き上げて過剰資金を吸い上げようとしているが、他方、為替操作を通じて通貨を供給し続けているので、なかなか引き締め効果が出ない。そこで、さらに強く金融を引き締めることになると、本来必要な資金も企業に回り難くなり、経済成長そのものを抑えることになりかねない。
このように、無理な為替安定化努力は、逆に中国経済自身の不安定化をもたらす。むしろ、現水準での為替安定化操作を止めれば、その面からの通貨過剰供給が抑えられて、バブル鎮静化の効果が出やすいだろう。また人民元の相場上昇は、中国の輸入物価の引き下げをもたらして、国民消費の増加に寄与するはずだ。 以上のようなことは、かつて日本が1ドル=360円の固定相場(1970年代初めまでは各国とも固定相場制をとっていた)の下で黒字となって、外貨(ドル)が蓄積された時に、円相場の切り上げを防ごうとして引き起こした「過剰流動性」に酷似している。
当時も、米国は日本やドイツなどの黒字国に為替切り上げを強く迫ったものだ。そうした「外圧」はわが国一部(といっても、政府、経済界を含めて多数派だったが)の自尊心を傷つけ、「円切り上げ反対」の大合唱を引き起こしたものだが、国益を考えても結果としては切り上げが妥当だったと思う(私自身と所属研究所は切り上げ賛成論を主張した)。 そもそも誇り高い中国が、自国通貨の価値を不安定な米ドルに結びつけ、そのドルとともに上下している(ドル以外の通貨に対して)ことのおかしさに気づかないのは奇妙だ。 ガイトナー米財務長官は16日に、「中国は一段と柔軟な為替レートへの移行が自国の利益にかなうと最終的に判断すると(自分は)考えている」と語ったが(ロイター電子版、17日)、これはかならずしも米国の利益だけからの発言ではないと思われる。
また、世界銀行は17日に2010年の中国のGDP成長率を昨年11月時点の予想の8.7%から9.5%に引き上げるとともに、インフレ期待と資産バブルの抑制には「金融引き締めと人民元の上昇が必要」との認識を示した(ロイター、同上)。 中国内部でも元切り上げを早期に実施すべきだとの意見も少なくなく、人民銀行の周小川総裁は「金融危機上で特殊な相場形成メカニズムを採用することもあるが、こうした政策は遅かれ早かれ『出口』の問題が生ずる」と指摘し、切り上げ再開の時期を探る構えを見せているという(日経、17日)。 結局、経済の論理からいえば、人民元の為替相場は早晩(いつとは予測できないが)切り上げられると考えられる。その結果、人民元が変動相場に移行するのか、切り上げて何かに(例えばIMFの複合通貨単位であるSDRに)結びつけるのかは不明だが。 (この項 終り)
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エコノミストの時評
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先生の時評、いつも楽しみに拝読しています。今回もとても勉強になりました。ただ四段目、余剰のドルを買い上げ(ドル売り・元買いの介入操作)、の部分が(ドル買い・元売り)のように思えるのですが、いかがでしょうか。また、現在の人民元切上げ論争を自分なりに深めるために、かつて円の切り上げ主張を展開した論文や記事を読みたいです。もう国民経済研究協会はないようですが、どこかで論文を読むことが出来ますでしょうか。これからも先生の時評を楽しみにさせていただきます。
2010/3/20(土) 午後 0:33 [ まつぼっくり ]
余剰のドルを買い上げるのだから、私もまつぼっくりさんと同じように(ドル買い・元売り)が自然なように思いました。
2010/3/21(日) 午前 4:55 [ ねずみ ]