|
このところ下落を続けていたユーロの為替相場は、5月18日の1ユーロ=1.2212㌦(NY市場終値)から19日には1.2403㌦へ反発、さらに週末21日には1.2570㌦にまで戻した。この間の上昇率は2.9%に達する。
19日にはドイツが国債の空売り禁止の措置を発表、その影響で株式相場は世界的に下落したが、ユーロ相場は逆にその日から反転していたわけだ。株式相場も21日のNY市場では+125.38、1.25%高と4日ぶりに反発した。 このようなユーロ反発の原因については、①ECB(欧州中央銀行)が為替市場にユーロ支持の介入をするとの観測が市場に流れたこと、②そうした介入観測で、「ユーロの下落を見越して売り持ち(注1)にしていたトレーダーが買い戻しを迫られたこと」、③ドイツの国会が21日、「ユーロ圏支援基金への同国の拠出を承認したこと」(注2)などがあげられている(Bloomberg電子版、21日)。 (注1)通貨などの先物を売る契約をして、「売り」の残高を持っていること。相場用語で「ショート・ポジション」という(逆に買い持ちの場合はロング・ポジション)。売りの契約は、契約日には決済(実際に売る、すなわちその通貨を契約相手に手渡す)しなければならないが、「空売り(カラ売り)」で売りのポジションを持っている場合には、実際にはその通貨を持っていないので、その時点で、その時の相場で市場からその通貨を買って相手に渡さなければならない。
その場合、その通貨の相場が売り契約をしたときの相場より安ければ、その売り手は安い相場で買って、より高い相場(売り契約したときの相場)で売れるわけだから、その差額が利益となる。しかし、決済するときの相場が売り契約したときの相場より上がっていれば、その売り手は損失を被る。 だから、売り持ちでいるトレーダーは、相場が上昇に転じたと判断すると、それがあまり高くならないうちにその通貨を実際に買っておかなければならない。その結果、その通貨の相場には上昇の拍車がかかることになる。 (注2)ドイツはすでに5月7日に、先に決まったユーロ圏諸国からの計300億ユーロの対ギリシャ支援資金のうちのドイツの拠出分(84億ユーロ)について、連邦議会(下院)と連邦参議院(上院。連邦州代表で構成)で承認している。21日に両院が承認したのは、5月9日に決まった、ユーロ圏諸国すべてを対象とする「ユーロ圏安定化メカニズム(支援メカニズム)」のうちのドイツの分担分(1230億ユーロ)。なお、この安定化メカニズムのフランスの分担分は未承認で、6月に議決される見込み。 ところで、この「安定化メカニズム」の中身だが、フランクフルター・アルゲマイネ紙電子版(5月11日)によると、概略次の通り。 総額は7200億ユーロ(これに、先に決まったユーロ圏からのギリシャ支援金300億ユーロを含めて7500億ユーロといわれることがある)。その構成は以下の三つの部分からなる。①EU委員会が市場から調達する600億ユーロ。②特別に設立される目的会社(Zweckgesellschaft)が、ユーロ圏各国が分担する保証により、市場から調達する4400億ユーロ。③IMFからの2200億ユーロ(上記ユーロ諸国の保証する4400億ユーロの半分に相当)。したがって、ユーロ圏各国が直接に負担するのは、この4400億ユーロの保証の分担分である。 ユーロの先行きについての不安の原因は、当「診断録」(5月9日号、18日号)で指摘しているように、①ギリシャの大きな財政赤字とそれによるギリシャ国債の支払(返済)への不安(デフォルト=支払不能への不安)、②困難に陥っているギリシャの資金繰りを支えられる外部(ユーロ圏諸国など)からの支援が得られるかどうかの不安、③ギリシャ以外で類似の財政赤字に陥っているユーロ圏の南欧諸国(ポルトガル、スペインなど)も、ギリシャ同様の支払危機に追い込まれるのではないかとの不安、などにあった。ユーロを売り叩いた投機筋も、もともとはそうした点を売りの材料にしていた。 しかし、①はギリシャ政府がEU及びIMFと協議してまとめた財政赤字削減案がギリシャ議会で承認されたこと(5月6日)、② ギリシャへの資金支援はユーロ圏諸国(300億ユーロ)とIMF(150億ユーロ)による総額450億ユーロの支援「パッケージ」として承認されたこと(4月11日)、③は、ギリシャと同様な危機に陥る国がでた場合に、それらの国の支援に使う「欧州安定メカニズム」の設立が決まったこと(5月9日)、以上によりユーロ危機への基本的な対処策が出来上がった。 そうであれば、あとは基本的には、ギリシャ自身の財政緊縮策やギリシャ以外のユーロ圏加入国の財政改善が計画通りに進むかどうか、ユーロ諸国とIMFが決めた支援策が計画通りに実行されるかどうか、にユーロの今後がかかっているわけだ。
たしかに、ギリシャでは政府の緊縮政策に反対する労働組合(官民双方の) などの反対が強く、ストライキとデモが頻発したが、緊縮策が議会を通って、それにより例えば付加価値税(日本の消費税に相当)、法人税、タバコ税などの引き上げが決まったあとは、否応なしにそれは実行されるわけだから、財政改善が緒に就くことは確かであろう。現に、ギリシャ財務省が5月21日に発表したところによると、2010年1−4月の同国の財政赤字は前年同期比で42%減少(目標は35%減)している(Bloomberg電子版、21日)。 また、ギリシャへの資金支援計画、ユーロ圏安定化メカニズムの圏内各国とIMFによる承認も進みつつある。 そのような状況を直視すれば、ユーロがさらに下落を続ける客観的な理由はないはずだ。
ところがユーロの売り手は、基本的なユーロ危機対策が整ったあとも、こんどはユーロ圏各国の財政緊縮措置がヨーロッパの景気を悪化させるということを理由としてさらなるユーロ売りを行ってきた。こうした景気抑制作用は始めからわかっていたことで、新しい材料ではない。それに、財政緊縮の効果で当該国の景気が抑制されれば、それはむしろその国の通貨(この場合はユーロ)の相場上昇をもたらしやすい。 また、ユーロ相場が下がれば、それはギリシャのみならずユーロ圏加入国の輸出を促進し、その分不況要因を緩和するとともに、ユーロを反転させる要因となり得る。 ただ、ユーロの場合は、ギリシャの通貨(すなわちユーロ)の下落がドイツなど財政の健全な(相対的に)国にとっても為替相場の下落をもたらすこととなり、世界的には為替相場の過剰調整をもたらすという問題がある。それは、むしろユーロ圏以外の国(日本や米国など)に不要な負担を課すことになる。その意味でも、無用のユーロ下落は日本や米国にとっても好ましいことではない。 5月中旬以降のユーロ下落は、上述のような基本的要因(いわばファンダメンタルズ)を無視したもので、そこに投機の大きな影響が見られるわけだ。現に、「市場には巨額の(ユーロの)ショ−ト・ポジションがある」(ロイター電子版、21日)。ドイツが独断ででも国債の空売りを禁止したことも理解できる。もっとも、そうした売り手は、いまや「買い戻しを迫られている」 わけだが(Bloomberg、同上)。 ユーロ危機に関しては、このほか、当「診断録」5月18日号でも取り上げたような、フランスのユーロからの脱退説(スペイン紙)、それによるユーロの「崩壊」といったようなデマゴギーも登場した。 しかし、上記の「診断録」で指摘したように、若干の国(中心国ではない)がユーロ圏から離脱すること、その意味で「ユーロ圏の分裂」はないとは言えないが、ユーロ圏が消滅(崩壊)することは、見通し得る将来においては起こり得ないだろう。 ユーロに関しては、日本の新聞には未だに次のような迷論が掲載されている。「マネーは、統合(欧州の−引用者加筆)の実効性というユーロ圏の根本的な問題にも目を向ける。統合しているようで、財政政策は加盟国が独立にこだわった」(日経、5月22日)。
そもそもEU(欧州連合、27ヵ国)は統合を進めているが、各国は独立の主権を保持(すこしずつ制限しつつあるが)しており、欧州合衆国といったような一つの国にはなっていない。そのうちの16ヵ国がユーロを共通通貨としているのだが、これらユーロ加入国が主権国家であることは、ユーロ未加入のEU加盟国(英国など)と同じだ。だから、EU加盟国、あるいはユーロ加入国が独立国として独自の財政を持つのは当然で、それはEUとユーロを知る者の常識だ。日経紙が批判するように、加盟国が不必要に財政政策の「独立にこだわった」結果では決してない。 だからこそ、EUは財政赤字をGDPの3%に抑えるといったルールを加盟国に(特にユーロ加盟国にはより厳しく)課しているのである。問題はこのルールが守られなかったことにあり、だからいまEUはこのルール適用の厳格化を実施しようとしているのである。 ここで強調しておくが、財政赤字が近年急速に悪化したのは、ギリシャのような危機に陥っている国や、いくつかのユーロ加入国だけではない。すなわち、ユーロの国の「財政政策が独立」であることが、これらの国が赤字を「3%以内に抑える協定が形骸化した伏線」(日経、上記)ではない。
この点も私が度々指摘していることだが、2007年から10年にかけ、主要国の財政赤字の対GDP比率は、米国(1.2%→10.6%)、英国(2.7%→10.9%。なお09年は11.6%)、ドイツ(0.6%→3.5%)、フランス(2.0%→7.9%)、日本(4.9%→9.3%。ただし09年は11.3%)と軒並みに急速に悪化した(財務省統計)。 この基本的な原因は、いうまでもなく07年に始まる世界的景気後退(08年の金融危機で加速された)の影響であるが、08年から09年にかけて、米国主導で各国における大幅な財政支出増が推進されたことを忘れてはならない。その代表例がガイトナー米財務長官で、同長官は09年4月のG20(主要20ヵ国)首脳会議に向け、参加国にGDP比2%以上の財政支出を追加するように要請した。
その時日本の麻生太郎首相は、その猿まねでGDP比2%の支出追加を唱え、09年度追加予算の編成に際して、財源には一切お構いなしに、「10兆円以上の支出増を」というラッパを吹いたものだ(当「診断録」、09年4月9日号)。その結果、財政赤字の対GDO比率は09年には11.3%に跳ね上がったのだ。 ところがヨーロッパ諸国などの反対で、この2%の歳出追加という米国案はこの時のG20の声明には盛り込まれなかった。 要するに、ユーロ各国及びEU加盟国は財政赤字3%以内という具体的な目標の下に、今あらためて、そしてむしろ域外諸国に先駆けて財政緊縮に動いている(日本も10年度予算で09年度比10兆円の赤字削減を行った)のであり、その点ではユーロは上昇するのが当然なくらいだ。そして、EUのそうした政策方向は、むしろ従来型の不況対策(単純な有効需要政策)のあり方を否定する路線であり、そのことが客観的に意味するところを考える必要をわれわれに迫っていると言うべきだ。 (この項 終り)
|
エコノミストの時評
[ リスト ]



5月24日の朝日新聞朝刊の4面に「ユーロ対策独政権迷走市場規制も裏目、暴落」という記事が掲載されていました。国債の空売り規制が市場介入とみなされユーロが下落したという趣旨の記事でしたが、今日の診断録を読んで、そうした売り手は買い戻しを迫られていることを知り、ユーロの為替相場の下落は一時的な現象であることが理解できました。
2010/5/24(月) 午前 7:41 [ ねずみ ]