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前回の「診断録」(5月23日号)で述べたように、現在、ユーロ相場が際限なく下落していくような客観的な理由はない。それにもかかわらず、ユーロ相場は低迷しており、その影響で株式市場は世界的に下落傾向を示し、26日のNY市場ではダウ平均が今年2月8日以来3ヶ月半ぶりに10,000ポイントを割り込んだ(ただしこの日の下落幅は69.30,ポイント、0.7%)。
この日のNY市場ではダウは一時150ポイント上昇していたのだが、午後に入って「中国がユーロ圏の国債保有を見直している」とのF.T.紙(Financial Times)の報道を受けて、下落に転じたと伝えられる(Bloomberg電子版、日経電子版、各27日)。この報道はかなりうさん臭いものだが、この点はあとで述べる。 最近の欧州のいわゆるソブリン債(国債)危機とそれに伴うユーロ安、その影響による世界的な株安などから、“これは2008年秋に起きたリーマン・ブラザーズ社の破産とそれを契機とする世界的金融危機、その影響による世界景気の急落と同じことが再現しつつあるのではないか”、という不安が市場を覆っているようだが、実際には両者には大きな違いがある。 今回のユーロ圏危機(かりにそう呼んでおく)と08年金融危機との基本的な違いは、08年危機はすでに始まっていた景気後退の中で、しかも世界景気をリードしていた米国を中心として起き、そのために進行していた景気下降を世界的に一挙に加速したのに対し、今のユーロ圏危機は世界的な景気回復の過程で、しかも回復のいわば最終ランナーであるヨーロッパで起きている、という点に特徴がある。
私は当「診断録」でもしばしば、07年〜09年の世界的景気後退は主要国(すくなくとも米国と日本)ではほぼ07年末に始まっていたということを強調してきた。それは、08年金融危機はまさに①すでに進行中の景気後退を引き金として発生し(米国における住宅バブルはすでに07年に破綻、それにより銀行のサブプライム・ローンの焦げ付きも表面化していた)、②住宅融資の焦げ付きを発端とする銀行危機が金融の連鎖を経由してウォール街の中枢を襲ったものであり、③そのために起きた急激な信用不安と金融収縮(パニック)が、すでに不況に入りつつあった実体経済を直撃した、という現象だったからである。 これに対しユーロ圏危機は、①07年〜09年不況の終了過程で、しかも世界的な景気回復が始まった過程で、②過去の不況の後遺症(不況期に景気支持策として実施した財政支出増加政策の後始末)として発生したものであり、しかも③その発生地は現在の世界的景気回復の中心にはない欧州であり、また、④ある国の国債支払の危機が“連鎖で”他国に波及する性質のものではない、という点に特徴がある。
たしかに、危機にある特定国の国債を多く所有していた他国の銀行(複数)が打撃を受け、そのことがその国の金融を収縮させる危険はあるが、それは必ずしも直ちにその他の国の金融収縮に波及するという性質のものではない。 市場には、そして日本のマスコミには、ユーロ圏加入国というとあたかもすべての国が一つの国であるかのように誤解し、したがって一地域(ある国)で起きた危機的現象は直ちに全体(ユーロ圏加入国全体)へ波及するとの間違った思い込みがある。しかし、これらの国は厳然たる独立国である。 ユーロ圏危機の世界経済にとっての実際の問題点は、①財政危機克服のために、ギリシャはもちろん、スペイン、ポルトガル、イタリー、さらには英国(EUの加盟国だがユーロ圏には未加入)などの諸国でとられ始めた緊縮措置が欧州の景気を悪化させ、それが回復過程の世界景気を挫折させることはないか、②ユーロの動揺と下落に示される為替相場の世界的不安定化が、世界経済にマイナスに作用するのではないか、ということであろう。
ユーロ安は、当「診断録」前号で指摘したように、共通通貨国であるドイツなどのいわば圏内強国の為替相場を不必要に下落させ、その輸出を促進し、圏外の諸国(日本など)の輸出にマイナスの影響を与えつつあり、その点で世界経済の攪乱要因となっていることも否定できない。 しかし、繰り返すが、現在の世界景気の回復は中国をはじめとするアジアの新興国と新工業国(韓国など)が主導するものであり、それに続いて世界1,2位の経済大国である米国と日本(まだ第2位である)が回復過程に入っているのであるから、たとえヨーロッパ(全体とすれば米国を越える大国なみの規模だが)の景気が下降しても、それで世界の回復過程が挫折することはないであろう。
それに、欧州第1の経済大国で輸出大国であるドイツが、今回のユーロ圏危機で景気下降に陥ることはないであろう。むしろ、ユーロ圏諸国内の不況圧力(財政緊縮による)は、逆に世界景気が回復過程にあるために緩和されるだろう。 問題は、回復を主導する中国の景気が、国内での金融引き締めの影響や、欧州の経済悪化の影響で終わることはないか、という点である。しかし、現在の中国の引き締めは、主として土地・住宅・株式などの資産バブルを防止するのが主目的で、経済成長を抑制するためのものではないし、また中国の景気回復・上昇が必ずしも輸出主導ではない(主として公共投資や政策的消費刺激が主導してきた)ことから、欧州の経済悪化によって中国の景気が下降に転ずることはないと私は見る。
現在の中国は共産党一党支配下の市場経済であるが、そうであるからこそ経済成長を維持することがむしろ政権にとって極めて重大な課題なのである。なにせ中国は今年中に日本の経済規模を上回るだけではなく、数十年以内に米国を上回る世界第1位の経済大国となることを、いわば国家目標として目指しているのだ(実際にどこまで可能かは別として)。 もし、早期に今の景気上昇が挫折するようなことになれば、共産党政権そのものというよりも、直接には、現在の政権指導部の地位が危うくなるであろう。 たまたま、OECD(経済協力開発機構、加盟31ヵ国。いわば先進国クラブ)は5月26日に改訂経済見通しを発表した。それによると世界経済全体としての実質GDP成長率 は2010年は4.6%、11年は4.5%で、前回予測(09年11月)のそれぞれ3.4%、3.75%より大きく上方修正された。主要国、地域についてみると、米国は10年、11年とも3.2%(前回予測では2.5%、2.8%)、日本は3.0%、2.0% (1.8%、2.0%)、中国は11.1%、9.7%(10.2%、9.3%)、ユーロ圏は1.2%、1.8%(0.9%、1.7%)となっている(ロイター電子版26日、なおOECD加盟主要国の計数については日本の各紙、27日)。 この見通しはまた、「世界の成長は引き続きOECD非加盟国(新興国と発展途上国)のダイナミズムによって支援されるだろう」と述べている(OECDホームページ)
以上のOECD予測は、ユーロ圏の成長率を上方修正している点に疑問が残るが、他についての上方修正は、細かい数字は別として、おおむね妥当であろう。 ただしOECDは、「ソブリン債市場の不安定性は重要なリスクであり、そのことはユーロ圏が制度面、運用面のあり方で強化される必要があることを明確にした。また、財政節度を確実にする大胆な措置をとる必要がある」と付け加えている(同上)。 ところで、本稿の最初に言及した「中国がユーロ圏の国債保有を見直している」とのF.T.紙の報道 についてだが、それによると、中国の「中央銀行(人民銀行)の下で外貨準備の運用をしている外国為替管理庁(SAFE)の代表が最近の数日間、北京で外国の銀行(複数)とユーロ債保有の再検討問題について会合している」という(同紙電子版、26日)。
しかし、国の外貨運用(国家機密)を担当する政府部門が、その件につき外国銀行と協議するというようなことはあり得ないし、また仮に万一あったとしても、そうしたことについての情報が外部に漏らされることもあり得ない。 実際、この報道はそれがどういうソースからであるかについては一切明確にしていない。 結局、私はこの報道は、仮に火元があるとすれば、それは北京の「外国銀行」であり、FT紙記者はそれによる情報操作に乗せられたものと見る。 付け加えると、やはりFT紙は日本と中国の法人投資家の外国国債投資動向について、次のような興味ある報道を行っている(同紙電子版、25日)。
すなわち、日本の債券投資家の投資動向について長期的に調査を行ってきている英国の投資銀行「バークレイ・キャピタル」の最近の調査結果によると、「世界の市場で強大な力を持っている日本の法人投資家は、今年初めにはその80%がドル債よりユーロ債を選好していたのに対し、今回はこの比率は30%以下に低下した」とし、また、「中国もユーロ債について失望しているとの噂が広まっている」と。 ただし、このバークレイ調査によると、これまで日本の投資家たちは、ユーロ圏に属するということだけで、どの国の債券も同じように評価する傾向にあり、個々の国の内容については十分には調査してこなかった、という。要するに投資家たちも、上記で私が言及した日本のマスコミなどと似たように、ユーロについての正確な知識なしに投資をしてきたことになる。 そして、このFT紙の報道はその結論部分で、「アジアの投資家が現在保有のユーロ圏債を売り急ぐことはありそうにないが、それを新規に購入することについては様子を見る(to pause)ことになりそうだ」と述べている。
ここで、すこしポーズを置くというのは、これからは、個々の国の財政状態や債務の支払可能性についてあらためて調査をした上で、ケース・バイ・ケースで投資方針を決定したい、という意味である。 それとともに、この報道からも、最近の市場におけるユーロ圏債の主要な売り手だったのが、債券の実需筋(実際に債券を購入する人・法人)ではなさそうだ(空売り筋が主力)、ということが推定されて興味深い。 以上要するに、これからもユーロをめぐる動揺は続くだろうが、ユーロ圏危機については、ユーロについての確かな知識を持って、その実態を正確に把握することと、それを世界経済全体の中で適切に位置づけて(歴史的にも)評価することが絶対に大切だということである。
本稿は、そうした検討にもとづき、ユーロ圏危機がリーマン:ショック時と類似の世界不況を引き起こすとはないだろうと結論する 。 (この項 終り) |
エコノミストの時評
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今日の診断録を読んで、08年のリーマン・ショックは、景気後退期に発生し景気下降を一気に加速させたのに対し、現在のユーロ圏危機は、景気の回復過程で起こっている点で全く背景が異なることがよく理解できました。マスコミの報道も不安をあおらないような配慮が必要だと思います。
2010/5/28(金) 午前 6:23 [ ねずみ ]