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NY株式市場でダウ平均株価が7月2日まで7日連続して下落、この間の下げ幅が611ポイント、5.9%に達したことに示されるように、このところ米国の景気回復ペースのスローダウンを示す指標が目立ち、そこから米景気は2番底に落ち込むのではないかといった予測も出始めた。
さらに、こうした米国の回復の弱さは、欧州諸国の財政緊縮への傾斜と相まって、世界景気全体を損なうのではないかとの不安を台頭させている。 しかし、現在の世界景気の前途を占うには、米欧だけを見ていたのではだめで、中国などアジア諸国や他の新興国の動向を見なければならない。 米国景気の最近の弱さを端的に示すのは、住宅販売の落ち込みと雇用の回復の遅れである。全国不動産業者協会の調査による住宅販売高指数(pending home sales 、 契約済みだが引き渡し前の住宅)は、4月の110.9から5月の77.6へ30%も急減した。これは、政府による新規住宅購入に対する減税措置が4月末で終了したためで、そうした政府による支援策がない場合の住宅需要の弱さを裏打ちした。
また、住宅需要にも強く影響する雇用の動向を見ると、6月の失業率は9.5%で5月の9.7%よりは低下したが、これは主に失業率の分母となる労働の供給が65万2000人減ったためであり、非農業部門雇用者数は今年初の前月比マイナスとなった。この原因は、国勢調査の終了で(政府による)一時雇用者が22万5000人減少したのに対し、民間部門雇用者の増加が8万3000人に過ぎなかったことにある。 要するに今回の不況後の米国経済は、不況で大きな打撃を受けただけではなく、若々しい活力を欠いた成熟国であるだけに自力で立ち直るエネルギーに乏しい。それだけに政府の景気刺激策への依存が強くならざるを得ない。だが、その資金源となる財政は、これまでの刺激策によって作り出された大きな赤字のために、自由度を失いつつある。つまり、追加的な需要刺激策を実施するのが困難になっている。。
日本の場合も類似の状態にあったが、近隣にいまや高度成長期に入った新興国や新工業国がかたまって存在しているために、それら諸国への大幅な輸出増の刺激で、これまでのところ予想外に順調な景気回復過程をたどって来た。 ところが米国の主要輸出先はカナダやメキシコといった北米諸国であって、アジア諸国ではない。 今年4月分についての米国(センサス・ビューロー)の商品貿易統計により、その主要な輸出相手国の順位と輸出シェア(輸出総額に占める%)を見ると、①カナダ(20.3)、②メキシコ(12.9)、③中国(6.4)、④日本(4.4)、⑤英国(3.7)、⑥ドイツ(3.6)、⑦韓国(3.1)、⑧ブラジル(2.7)、⑨オランダ(2.6)、シンガポール(2.3)などである。以上のうち、米州諸国で35.9%を占めるのに対し、アジア諸国は16.2%(日本を除くと11.8%)に過ぎない。
つまり、米国は高成長を続けるアジア諸国への輸出増の恩恵に極めて不十分にしか浴していないのである。 対する米国の主要輸入先国は、①中国(17.0)、②カナダ(15.5)、③メキシコ(12.1)、④日本(6.1)、⑤ドイツ(4.4)、⑥韓国(2.5)、⑦英国(2.5)、⑧フランス(2.5)、⑨サウジアラビア(2.0)、⑩台湾(1.8)で、アジア諸国で27.4%(日本を除くと21.3%)を占め、米州の27.6%に拮抗している。 以上のような貿易の傾向であるので、2009年全体について、相手国別の米国の貿易収支の赤字額(単位億ドル)を多い順に見ると、①中国(2268.8)、②メキシコ(477.6)、③日本(446.7)、④ドイツ(281.9)、カナダ(215.9)などであり、対中国の赤字が断トツで、09年の米貿易赤字総額の実に45.1%を占める。 こうした状況なので、米国が中国に対して人民元の切り上げを強く迫ることはよく理解できる。果たして中国による為替レートの人為的な操作が米中貿易不均衡の主要な原因であるかどうかは不明だが、米国としてあらゆる方策を講じて対中輸出の増加、中国からの輸入の抑制を図ることが、今日の米国景気にとって極めて重要であることは疑い得ない。 ちなみに、日本の09年5月の相手国・地域別の輸出先とそのシェア(輸出総額に占める%)を見ると(財務省貿易統計)、アジア(56.9)、うち中国(19.2)、米国(14.3)、EU(11.6)などで、完全にアジア向け中心の輸出である。
しかもアジア向けの輸出の増加率(前年同月比、%)は、09年12月以降10年5月までの各月は、31.1 、68.3、55.7、52.8、45.2、34.4 という驚くべき高さである。 こうした輸出主導での景気回復の結果、日本の10年第1四半期(1〜3月)のGDP成長率(対前期比、年率)は、実質5.0%(名目5.4%)で、米国の同時期の3.0%(名目4.1%)を上回った。 米欧や国際機関の常識では、日本は先進国の中ではもっとも回復が遅れている国という捉え方だが、実際には日本は、高成長のアジア諸国の圏内に位置しているために、先進国、少なくともG8の諸国の中では最近の成長率が最も高い。 問題はそのようなアジア諸国、さらには似たように好調に回復を遂げてきたその他地域(ラテン・アメリカなど)の今後の経済成長の成り行きである。 最も注目されるべき中国については、最近景気スローダウンの観測が頻り(しきり)である。率直に言って、私は中国経済の内情の詳細を把握していないが、その実質GDP成長率(対前年同期比)は10年第1四半期(1〜3月)に11.9%でピークを打ち、第2四半期には10〜11%に“鈍化”したとされる(Chainadaily、7月3日)。また国家発展改革審議会・マクロ経済研究所のChen Dongai 副所長は、10年第2〜第4四半期の成長率は約10%になると言明している(同上、5月17日)。 中国の輸出については、その最大の輸出先地域であるEUに対するそれは、ユーロ圏危機が伝えられているにもかかわらず、5月には前年同月を49%も上回っている(NYTimes 電子版、6月29日)。 要するに、これまでのところでは、中国における「成長のスローダウン」とは、成長率の小幅な低下を意味するようである。 東南アジア諸国も概して好調で、10年第1四半期の実質成長率(前年同期比)はシンガポール15.5%、マレーシア10.1%、フィリッピン7.3%、タイ12%などであった。
アジア開発銀行の上席エコノミストLei Lei Song 氏の見通しによると、東南アジア諸国は財政にも余裕があるので、欧州のソブリン債務危機など世界経済に新しい不確実性が出現しているが、そうした下降傾向を乗り切り(weather the global downturn)、10年の成長率は5.1%に達するという(NYTimes 同上)。 ラテン・アメリカでは、ブラジルの10年第1四半期の実質成長率(前年同期比)は9%で、ブラジル中央銀行の予測では10年通年の成長率は7.3%となる見通しである。メキシコの第1四半期の成長率は4.3%で、政府見通しでは年間の成長率は5%。
世界銀行は、ラテン・アメリカ全体の10年の成長率を4.5%と予測している。こうした好調な成長は、中国をはじめとするアジア諸国からの鉄鉱石、錫、金などの商品への強い需要と、国際収支赤字のコントロール、インフレの抑制に努めている政策とにより、投資が促進されているためである(NYTimes電子版、6月30日)。 実際、中国の影響はこの地域でも大きく、ブラジルの最大の貿易相手国は、09年に米国を抜いて中国となったほどである。 結局、21世紀10年代の世界景気は、中国を中心とするアジア諸国やラテン・アメリカ諸国などの新興国・新工業国がリード(先導)し、そのプラスの影響が日本などの先進工業国(欧州ではドイツ)に及ぶ、というプロセスを経ていると理解される。
米国や多くの欧州諸国は不況に対する需要補給の政策で一応は後退を克服したものの、不況の後遺症のために先へ進みにくく、回復の前途に黄信号がともっている、という状況であろう。 今後の問題は、以上のようなアジア発の成長の波が米欧諸国へ及んで行くかどうか(息切れしないかどうか)、そうした波及を妨げている障害(人民元の低位釘付けはその一例)が除去されるかどうか、に大きくかかっているように思う。 (この項 終り) |
エコノミストの時評
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