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バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長が7月21日に米上院銀行委員会で、中央銀行としての連邦準備制度の半期ごとの定例金融政策報告を行った際、「米国の失業率は2012年末までは、すなわちオバマ大統領の現任期中は7%より高い水準に止まり、2008〜9年中に失われた850万人の雇用を取り戻すには相当に長い期間を要する」とし、「経済の見通しは異例に不確実(unusually uncertain)」だと述べた(NYTimes電子版、21日。日本の各紙22日夕刊および23日)。
その際に同議長はまた、「欧州のソブリン債危機など最近の金融条件が経済成長に対して抑制的影響をもたらした」と指摘した(同上)。 この報告でバーナンキ議長は、「米国経済の拡大は景気刺激的な財政及び金融政策の強力な支援の下で2009年の年央に始まったが、その拡大ペースは緩やかであり、政府支出と在庫再蓄積がもたらす刺激効果が減少しつつある今日、家計と企業からの需要の増加が必要」であるのに対し、それが不十分であること、とくに「住宅市場の需要が依然として弱い」ことが問題で、「雇用の回復の遅れが住宅支出不振の重要な原因」になっていると述べた。
こんごとり得る金融政策として同議長は、①短期金利の基準となるフェデラルファンド・レート(銀行が相互に翌日までの期限で行う貸借の金利)を、予定よりさらに長期間にわたり0〜0.25%の低水準に誘導し続ける、②連邦準備銀行(連邦準備制度加盟の全米12地域の準備銀行)が銀行の余剰準備(規程の所要額以上に銀行が連銀に預ける預金)に支払う金利を現行の0.25%より引き下げる、③財務省債務(米国債)あるいは住宅ローン担保証券を追加購入する、をあげた。 ただし、「そのいずれを採用するかは未決定である」と(以上、NYTimes同)。 実はバーナンキ報告の主要部分は、これまでにも連邦準備が示してきた見解に沿ったものだったが、市場は報告中の2語(unusually uncertain)にショックを受け、その影響で21日のダウ平均株価は1.07%急落した(NYTimes 電子版、21日別稿)。翌22日の東京でもやはりバーナンキ・ショックで日経平均は57.95円下落して5日間の続落となった。
しかし、22日の中国株式市場ではバーナンキ報告は材料視されず、上海総合指数は1.07%高となった。また同日の欧州市場(バーナンキ報告は21日の欧州市場の引け後)でも株価は上昇、FTSEユーロファースト300種指数は2.8%高となった(ロイター電子版、22日)。 そして、22日のNY市場では、企業業績の改善を材料にダウ平均は201.77ポイント、1.99%の急反発をした。これを受け、NYの“写真相場”と揶揄(やゆ)される東京市場でも、23日に日経平均が210.08円急騰した。 こうして見ると、21日のバーナンキ証言は“お騒がせ”の一席となったわけだが、他面で、バーナンキ議長が4月末から7月初めにかけての米国株式の下落基調(この間のダウ平均の下落率は13.6%。当「診断録」7月19日号参照)と、そのことに大きく影響したソブリン債危機、それに伴う欧州諸国の緊縮財政に大きな衝撃を受けたことを推察させる。
つまり、unusually uncertain なのは、バーナンキ議長自身の経済見通し、経済とその政策に関する信念についての不確かさ(確信の欠如)の表白のように受け取れるのだ。 このことは、certain とは本来は「疑問無しに信じている」状態(Longman:Dictionary of Contemporary English)、すなわち主観的な事実を表す言葉であることを考えれば明らかだ。 では、バーナンキ氏はなぜ、どの点で自らの確信を失った(すくなくともそれに動揺を来した)のだろうか。 それは、おそらく、景気回復が不十分であるにもかかわらず、財政赤字の累積の結果、いまや財政による追加刺激策の実施という“定番の”対策をとりにくくなっているからだと推察される。
すなわち、喧伝された欧州のソブリン債危機と、その結果として欧州諸国で急速に導入されつつある財政緊縮政策により、先進新諸国では伝統的なケインズ主義的有効需要政策からの決別が支配的な新潮流になりつつあり、米国もそうした傾向を無視できなくなった、ということだ。その結果、いまや頼みはほとんど金融政策のみ、ということになっている。 そうなると、完全な市場放任主義も、ケインズ的政策介入も有効でないということになり、そこに「不確実性の時代」(ガルブレイス−後述)が到来することになる。ただ、今日の現実においては、経済発展期に入ったアジア諸国と新興諸国の高い経済成長が、先進諸国に(とくにアジアの日本に)自国の財政需要に代わる需要創出効果をもたらし、先進国を救っている。 ここで、「不確実性」についての誤解(とくに日本での)について述べておく。日本では普通、経済の先行きそのものが「不確実」だ、という意味でこの言葉が使われる。しかし、市場経済においては、そもそも先行きが「確実」なことは一度もなかったし、また本来あり得ないものだ。だから、よく使われる“いまや景気の先行きが不確実になった”というような表現は実はナンセンスなのだ。
そもそも不確実性という言葉が経済分野で流行りだしたのは、上でも触れたが、ガルブレイスの「不確実性の時代」(The Age of Uncertainty、1977、邦訳:都留重人監訳、1978,TBSブリタニカ)からである。ガルブレイスは、その中で、「不確実性」とは経済思想における信念、確信の喪失という意味で使ったと明言している。 すなわちガルブレイスは言う。「前世紀では、資本家は資本主義の繁栄に、社会主義者や帝国主義者は、それぞれ社会主義、帝国主義の成功に確信を持ち、支配階級は、自らが支配者たるべく運命づけられていると認識していた。こうした確実性は、今やほとんど残っていない」と(邦訳p.2)。 そうした確実性が最初に揺らいだ時は、ヨーロッパでは第1次世界大戦、「合衆国でそれに当たるのは大不況であった」(同、p.279)。大不況は、市場が自動的に完全雇用を回復させるという点での信念=確実性を粉砕した。そこに登場したのがケインズであった。 「ケインズは、革命を伴わぬ解決策をもっていた。われわれの快適な世界をそのまま残しながら、失業と苦痛をこの世から消すというのである」(同、288)。ケインズの主張はたった一つの文章で要約されているとして、ガルブレイスはケインズ次の文章を引用している。すなわち、「私は、借金で賄われた政府支出から生ずる国民購買力の増加に、最大の重点を置く」(同、p.284)。 やがて、このようなケインズ主義が新しい確実性をもたらした。ところが、ケインズ的救済策は「失業や不況に対してはうまくいくが、…インフレ対応策とすることには効果がない。このことは、極めて緩慢に、しかも不承不承、受け入れられるようになった発見」だった(同、p.303 )。
むしろ、不況対策と赤字財政が、政府債務累積とインフレーションをもたらすというべきであろう。また、「自動車は豊富だが住宅は少なすぎるとか、タバコはふんだんにあるが保健政策は貧困であるとかいうふうに(社会的・公的支出の貧困−引用者の注)、不揃いの面があることが明らかに」なり、「確信をもてた時代は終りにきた。ケインズの時代は、一時期のものだった」(同、p.304)ことがわかってきた。 こうして、あらためて「不確実性の時代」が到来したとガルブレイスは見た。いまから33年前の指摘である(先覚者は往々にして世の多数派になれない)。曲折を経て、いまそのことが世界的に確認されつつある、と言うべきだろう。 この意味においては、ガルブレイスを念頭に置いたかどうかはわからないが、バーナンキ氏がこのたび漏らした「unusually uncertain」と言った言葉も(同情を持って)理解できるのである。
では、ケインズ的有効需要政策に代わる不況対策はあるか、あるとすればそれはどういうものかについて、ここでは詳論する余裕はないが、その要点は当「診断録」2009年3月4日号および同5日号などで述べているので参照をお願いしたい。 (この項 終り) |
エコノミストの時評
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今日の診断録で、2段目の2行目に「政府支出と在庫再蓄積がもたらす刺激効果が減少しつつある」という、バーナンキ議長の発言が要約
されています。「在庫再蓄積」という言葉は余り聞いたことがなく、通常は「在庫投資の増加」と言うと思うのですが、何か特別の意味を込めているのでしょうか。それとも単に英訳の許容範囲なのでしょうか。何か気に掛っています。、
2010/7/27(火) 午後 9:16 [ ねずみ ]