|
最近日本の首相=内閣が頻繁に交代することが国内外で問題になっており、そのことは日本の政治の劣化を示すもののように論じられることもしばしばである。
例えば外国では、NYタイムスは9月7日の社説で、日本の「指導者の交代はめまいがするほどで、ますます非生産的だ」との懸念を示した(読売、8日夕刊)。もっともこの社説は、今回の民主党代表選でまた首相交代が起きるのでは、との想定(危惧?)でこの問題を論じているようだ。 その代表選においては、菅首相の再選支持派は菅支持の理由として「短期間でコロコロ首相を代えるのはよくない」と強調している。 では、実際のところ、わが国で最近内閣の短命化が起きているのはなぜなのだろうか。 まず、そうした短命化が日本の政治制度(議院内閣制)そのものから生じているものではない、ということを確認しておこう。
戦後、新憲法下の首相(鳩山由起夫まで28人)についてみると、その連続しての在位期間が2年(730日)を超えたものに、吉田茂(2251日)(注)、鳩山一郎(745日)、岸信介(1241日)、池田勇人(1575日)、佐藤栄作(2708日)、田中角栄(886日)、三木武夫(747日)、鈴木善幸(864日)、中曽根康弘(939日)、海部俊樹(818日)、小泉純一郎(1980日)の11人があり、これに2年に近かった福田赳夫(714日)を加えると12人になる。とくに吉田は6年以上、池田は4年以上、佐藤は7年以上、小泉は5年以上も首相を続けた。このような例を振り返ると、日本では一般に政権が短命だとは言えないだろう。 (注)第1次吉田内閣(1946年5月〜47年5月)は368日在位したが、新憲法になってから最初の総選挙で敗れて下野しており(その後は片山内閣と芦田内閣)、約1年5ヵ月後に再度政権に復帰した。したがって、ここでの吉田の連続しての首相在位期間とは、第2次吉田内閣(1948年10月〜)から第5次内閣までの期間の通算である。
なお、吉田の最初の首相就任は、総選挙によるものではなく、総選挙(旧憲法下)で勝利した自由党の鳩山一郎が首相に選任される直前に占領軍によって追放されたため、その後任者として占領軍の暗黙の支持の下で急遽就任したもの。 以上の逆に、小泉内閣までの時期に異例に短期(1年未満)だった首相は、片山哲(292日)、芦田均(220日)、石橋湛山(65日)、宇野宗佑(69日)、細川護煕(263日)、羽田孜(64日)である。
このうち片山と芦田は、社会党中心あるいは社会党を含む連立内閣の不安定性が影響して(細かい事情については省略)短命となり、石橋は病気により引退。宇野はリクルート事件、消費税導入(いずれも前任の竹下内閣時代)それに宇野のスキャンダルが影響して自民党が1989年参院選挙で惨敗した責任をとるかたちで辞任。 細川と羽田は自民党の最初の下野に伴う非自民連立内閣の首相となったが、細川は小選挙区制導入を果たしたものの、国民福祉税構想の突然の提起などが契機で行き詰まり、細川の後を受けた羽田は、社会党の連立離脱で打撃を受け、予算を成立させたものの、野党の内閣不信任案提出を見て内閣総辞職をした。 結局、以上の短命首相の6例は、病気の石橋のケースを除くと、非自由党(片山と芦田)ないし非自民党(細川と羽田)の連立政権の下で起きるか、自民党の参院選敗北によって引き金が引かれたもの(宇野)である。 小泉内閣以後は、安倍晋三(366日)、福田康夫(365日)、麻生太郎(358日)、鳩山由起夫(266日)と、1年前後あるいはそれ未満の首相が続いた。これが、最近になって日本の政権短命論が盛んになった原因である。
このうち、安倍は2007年参院選での自民党の敗北が影響して退陣、福田は「ねじれ国会」の苦境を民主党との連立で打開しようとして失敗して辞任、麻生は09年の総選挙で敗北して退陣した。鳩山については一般の記憶にも新しいと思われるので省略する。 要するに、小泉以後の自民党政権(正確には自公政権)は、参院選敗北に伴うねじれ国会を乗り切れないか、総選挙の敗北によって退陣したわけで、いわば自民党の衰退の流れの中で起きた現象である。 このように見てくると、日本の短命政権の多くは、議会(両院あるいは参議院で)で過半数を制する与党が存在しない場合に、作り上げた連立内閣が不安定であるか、あるいは中心与党がそもそも安定した連立を作れない場合に起きている。このことは、日本では連立政権を組織し、それをうまく運営するという習慣ができていない、ということを物語っていると思う。 ところがドイツの場合は、下院(ブンデスターク、連邦議会)の選挙制度はやはり小選挙区比例代表併用制だが、その要点だけを述べると、①まず比例代表選の票数によって州ごとの各政党の議席数を決め、それと②各選挙区ごと候補者ごとの獲得議席数とにより調整するというものなので、一つの党が単独で議席の過半数を占めることがない仕組みになっている。したがって、連立政権が常態となっている、つまり、今のドイツ政治は連立なれしているのだ。 その連立には、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)あるいは社会民主党(SPD)という二大政党のいずれかが中心となって組む連立と、CDU/CSUとSPDの「大連立」という場合がある。したがって、連立が崩れない限り、政権は持続する(現在のメルケル内閣は、大連立ではなく、CDU/CSUと自由民主党《FDP》との連立)。
下院議員の任期は日本と同様に4年で、連立が崩れなければ内閣は議員の任期いっぱい続く。もちろん、議会が内閣を不信任決議で退陣させることは可能だが、その場合には、議会(すなわち各党)は予め次期の首相を内定していなければ不信任を決議できないという「建設的不信任決議」の制度があるので、不信任決議による内閣の退陣が起きても政治の空白は起きない仕組みになっている(政府による議会解散は可能)。 このような一種の安全装置は、ドイツでは第1次大戦後の民主制(いわゆるワイマール共和制)の下で、短命内閣の連続で政治が極度に不安定化し、その間隙を突いてナチスが政権を奪取し、独裁制を敷いたという経験の反省から第2次大戦後に制度化された。 日本では、これまでは自民党が第1党で単独政権を作るか、自民党中心の連立政権を作るという方法で政権を安定化させてきたので、その他の連立内閣の例が少なかった。そして自民党支配が崩れて非自民の連立内閣ができた場合に、参加各党が連立なれしていないためにその運営がうまくいかなかったり、あるいは弱体化した自民党が連立をうまく組めなかったり、ということになりがちだった。それが、政権短命化の最大の理由だったと思われる。
現在、民主党が直面しているのはまさにそうした問題であろう。すなわち、去る7月の参院選で民主党の菅連立内閣の与党が敗北し、参院で過半数割れをしたために、政権運営上の困難に直面しているのである。 菅首相とそれを支える民主党執行部は、この「衆参両院のねじれ」の下で、新たな連立によって政権を安定させるのではなく、個々の議案ごとの野党との合意形成で「ねじれ国会」に伴う困難を克服できると言っている。 これに対して、小沢前幹事長と同氏を支持する人たちは、政権の安定のためにはそれを可能にする連立が必要で、小沢氏にはそれを作り上げる力があるが菅首相にはその力がないと主張している。 今の民主党代表選における根本的な対立点は、政権運営という点から見れば、以上のような連立論にあったはずだが、「脱小沢」の可否をめぐって菅・小沢両派の対立が激化する過程で政策論争(それ自体は必要だが)がエスカレートし、根本的な問題点とその解決策をめぐる議論が後景に退いているのが実情ではないか。
その意味するところは、仮に菅首相が民主党代表選で再選され、首相として続投することになっても、現在のような内閣と執行部の体制では、安倍内閣や福田内閣の場合と似た危機に直面する可能性が大きい、ということである。つまり、菅首相が新人議員に約束したように、「3年間は解散せずに政権を維持する」ことは絵空事になるだろうということ、すなわちやはり政権の短命化が起きるだろうということだ。 その点で、菅内閣と現民主党執行部は政治史から学ぶこと甚だ乏しいし、また政治と権力運営のリアリズムをよくは理解していないように思える。 (この項 終り)
|
エコノミストの時評
[ リスト ]



