文太郎の日記帳

景気、財政赤字、国際経済、政治・政局、世界情勢、日米関係など現代の諸問題を広い視野で解明します。

エコノミストの時評

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 10月16日から突如として中国内陸部の主要都市で始まった「尖閣諸島領有権」を主張する中国の若者達の大規模反日デモンストレーションは、実は、同月8日に発表された中国人反体制活動家(投獄中)劉曉波氏へのノーベル平和賞授賞のニュース、及びそれを歓迎する中国国内の声の国内への伝播・広がりを防ごうとする、当局の内面指導にもとづく一種の陽動作戦だと理解される。
 現に、北京発のワシントン・ポスト紙の報道は、「中国当局が乱暴な反日デモを認めた」とし、さらに、「香港のアップル・デイリー・ニュースペーパーは、彼ら(デモ参加者達)は政府がスポンサーになっている大学の諸グループによって組織された」と伝えている(同紙電子版、10月18日)。
 とにかく、このデモ騒ぎで、ノーベル平和賞問題によってクローズアップされた中国の非民主制と人権抑圧についてのそれまでのマスコミ報道が、中国からも日本からも、そして世界のほとんどからも見事に消えてしまったのである。これは、中国広報戦略の大成功であり、その戦略にはまった日本、特にマスコミ広報の完敗(自身では気がついていない)である。
 
 そもそも尖閣問題については、中国は自らの主張は変えていないけれども、とにかく10月5日に菅直人首相と温家宝中国首相との会談が実現し、9日には中国内で拘留されていた(尖閣問題への中国の報復措置の一つと理解される)日本の建設会社フジタの社員4人のうち最後の1人が解放されるなど、尖閣諸島沖での中国漁船船長の逮捕によって急激に悪化していた日中関係も、ようやく改善の緒についたと思われていた時期に、いわば時期遅れで、突如として反日デモが燃え上がったのである。これはなぜか、まことに意味深長だと捉えるべきである。
  日本のマスコミは、今回の反日デモを、10月15日から始まった中国共産党中央委員会第5回全体会議(5中全会)と関連させている。すなわち、対日関係の改善に積極的な、胡錦濤主席・温家宝首相による現指導部に対し、これに反対する党内グループが現指導部に打撃を与えるために組織した運動であるというのだ。しかし、これは余りにも問題を矮小化した、そして胡錦濤指導部を持ち上げすぎた捉え方だ。
 
 ここで、簡単に、10月に入ってからの主な中国関連ニュースを振り返ってみよう。
 8日には、上述のように劉曉波氏へのノーベル平和賞の授与が発表された。それとともに、中国の党と政府の当局者は、この受賞を歓迎するような動きを一切封殺するための異常な努力を開始した。北京発の日経新聞報道は次のように伝えた。  
 「中国共産党は12日までに、北京の主要大学で学生に対する思想調査を始めた。中国当局は若者らの民主化運動の高まりが、大規模な反体制運動を引き起こしかねないと警戒。人権活動家の事情聴取やインターネット規制と合わせ、学生らの動向を徹底監視する構えだ。大学関係者によると、北京の主要大学では、受賞決定の8日夜、各クラスの担任教師らが学生寮の各部屋を戸別訪問。党の理念を下級生に指導する学生党員とともに、祝賀行事などに参加しないようクギを刺した」(同紙、12日夕刊)。
 
 また中国共産党関係者は、「事前に劉氏の受賞を警戒していた党指導部は、関係部門に対応策を検討するよう早くから指示し」、「孟建柱公安相をトップに外交、治安、メディア監督の各部門から幹部を集めた専従班を設置。出来上がったのは『(受賞の)黙視と(関係者らの)監視』という対処法だった。……受賞を取り上げること自体が関心を生む。黙殺と政治運動の封じ込めこそが、混乱の防止に最も有効な措置だった」と述べている(日経電子版、16日)。
 ところが、劉氏へのノーベル平和賞授与決定の3日後の11日、指導部の意表を突いて、李鋭・元党中央組織部副部長ら改革派の元幹部ら23人が言論・出版の自由を求める書簡をネット上で発表した。「書簡は『中国の憲法が定めた言論・出版の自由を否定する偽りの民主主義は世界史上の醜聞だ』と国家と党の指導部を非難した」。これは「全く予想外の過激な行動」(政府関係者)で、「慌てた中国当局は、国内のサイトに転載された書簡の削除と転載行為の取り締まりを始めた。しかし、元幹部らの主張を支持する人々が連日、ネット上に書簡を貼り付けている」(同上日経電子版)。
 
 こうして中国の指導部は、尖閣問題とは別個・異質の新しい難題、しかも国家の体制を揺るがしかねない大問題に直面したのである。そういう緊迫した情勢の中で共産党の5中全会が15日に開かれたわけだ。指導部としては、この重要会議の開催期間中における危機の発展はなんとしても避けなければならなかったはずだ。 
 そのように見ると、16日に至って、すなわち尖閣問題が下火になりつつある時期に、しかもまさに燃え盛ろうとしていたノーベル平和賞問題とは全く別個の、尖閣問題を主題とした反日デモが数カ所の地方都市で相次いで起きたということは、そこになんらかの指導・工作があったことを強く示唆する。
 ついでに述べておくと、菅直人首相が14日の参院予算委員会で、服役中のノーベル平和賞受賞の劉曉波氏について、「釈放されることが望ましい」と発言したことが新たに中国指導部を刺激したであろうことは疑い得ない。、
 
 そして、とにかくデモの結果として、中国内外の耳目は、それまでの劉氏へのノーベル平和賞授与に関連する問題から一転して、再び「尖閣問題と反日運動」に注がれるようになった。このようにして、ノーベル平和賞問題で困難に直面していた中国指導部は、アッと言う間に救われることになった(とりあえず、ではあるが)のである。
 あたかも、“そこから誰が利益を得たか”を問うことが犯罪捜査における犯人割り出しの常道であるのと同じように、今回の反日デモの突発で誰が得をしたかを見れば、このデモにおける覆面指導部の存在がいやでも浮かび上がってくる。
 
 単純に考えれば、中国指導部が反体制運動家の劉氏に対するノーベル平和賞の授賞に反対ならば、“劉氏へのノーベル平和賞授与に反対”をスローガンとした運動を指導ないし奨励すればいいはずだ(現に中国政府は、お門違いではあるが、ノルウェー政府に抗議している)。だが、そういうスローガンの運動は、受賞の事実を知らせたくない国民にそれを知らせてしまう危険があるから、政府としてはそのような運動を認めるわけにはいかないわけだ。
 これに対し、領土問題をテーマとしたナショナリズムの運動は、通常は国家指導部への国民の結集を指向するから、政権にとっては、中でもナショナリズム以外に国民に対して掲げる価値を持たない独裁的政権にはとくに歓迎すべきものである。
 
 しかも、反日デモの舞台が内陸部の大都市というところも興味津々だ。上記で見たように、北京の主要大学の学生達は、はやばやと党の指導(命令)によって、劉氏のノーベル平和賞受賞に関わる行事に参加することを堅く禁じられている。
 そういう締め付けにあった学生達が、急に気持ちを入れ替えて反日デモに燃え上がるなどということは考えられない。ヘタをすると、北京や上海などの先進的な学生達は、仮にデモを始めたとすれば、いつなんどきそれを民主化要求の反体制運動に転化させるかわからない。その点、大都市とはいえローカルな学生達は指導部にとっては“純真”で安心できる存在だったのだろう。ワシントン・ポスト紙が香港の新聞を引用して、「彼ら(デモ参加者達)は政府がスポンサーになっている大学の諸グループによって組織された」と伝えたこともうなずける。
 
 したがって、日本としては、反日デモの鉾先とされたけれども、その実態は中国指導部による国内反体制運動防止策の代理標的にされたことであるから、とくに大騒ぎする必要はない。むしろ、この反日デモの隠された真相と、ノーベル平和賞問題を契機に表面化しかけた、中国内部に蓄積されつつある改革のマグマに注目し、その実態の詳細を把握して、それを世界に向けて発信することが必要だ。
 日中関係については、尖閣列島をめぐって新しい問題が発生したわけではないから、引き続き慎重に改善に努力すればいいのである。  (この項 終り)

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