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失言の責任を問われていた柳田稔法務相が昨11月22日に辞任した。同法相が自ら辞任しなければ、自民党などの野党が22日に参議院に問責決議案を提出する予定であったことが、自発的辞任の決め手になった。この問責決議案は可決が確実であったこと、それが可決された後で柳田大臣がこれを無視して居座った場合には野党が補正予算の参院での採決を拒否する構えであったことから、いずれにせよ法相の辞任は避け難かった。
自民党などは柳田辞任の後は馬淵澄夫国交相と仙石由人官房長官の問責決議案を出し、法相の場合と同様にこの両大臣を辞任に追い込み、最終的には菅直人内閣の退陣あるいは衆院解散に追い込みたいかのようである。最近の世論調査(産経とFNN《フジニュースネットワーク》が20,21日に実施)によると菅内閣への支持率は21.8%に下落(不支持率は59.8%)、政党支持率でも民主党(25.4%)は昨年4月以来はじめて自民党(28.3%)を下回った(msn産経ニュース、22日)ことも自民党などを勢いづかせている。 しかし、危機に直面しているとはいえ菅内閣がこの一連の閣僚問責決議によって総辞職する見込みは当面はないし、まして上記のような世論調査を見ては解散を決断することはあり得ないだろう。 たしかに、もし仙谷官房長官の問責決議案が可決され、同氏が辞任に追い込まれるようなことになれば、仙谷長官が菅内閣の要の役割をしてきただけに、内閣が倒壊の危機に直面する可能性が大きい。だから、菅首相としては、仮に仙谷長官の問責が可決されても同長官の続投を強行せざるを得ないだろう。
この問責決議案に関して起こり得るケースは二つである。一つは、仙谷長官らへの問責決議案提出が補正予算案の参院での採決前となる場合、もう一つはその採決後の場合である。 仮に、補正予算案採決の前に馬淵、仙谷両大臣の問責決議案が提案、可決された場合に、両大臣とくに仙谷長官が辞任を拒否すれば、野党は参院での審議に応じないだろうし、国会は動かなくなる。その場合でも、補正予算案はすでに11月16日に衆議院本会議を通過しているので、予算案の衆院議決優先の憲法上のルールにより、政府は現在の国会会期を延長して衆院通過後1ヵ月後における補正予算成立を期すであろうが、そうなると明年1月以降の通常国会(2011年度予算審議など)の運営が極めて難しくなるはずだ。こうした事態が起これば、その時には菅内閣は本当の危機を迎えるだろう。 しかし、補正予算案採決前の問責決議提出には、公明党がそれに慎重なので実現が困難なようだ。すなわち22日の野党7党の国対委員長会談で、みんなの党が「すぐにでも提出すべきだ」と述べたのに対し、公明党が「補正予算案などが成立したあとに提出するのが望ましい」と述べている(NHKニュース、22日17:15)。また、自民党はこの会談で、補正採決前に「小沢民主党元代表の国会招致を実現する必要がある」とも主張したのに対し、共産党は「補正予算案と絡めて議論すべきではない」と述べた(同上)。
このように、野党の足並みが一致しないので、問責決議案は補正予算の成立後となりそうだが、その場合には仮に仙谷問責が可決され、かつ仙谷氏が官房長官に居座っても、明年における2011年度予算案の審議・採決までは、すなわち明年3月頃までは苦しくても現内閣は政局を乗り切る心づもりだし、それはできないことではない。 こうした国会乗りきりの危機に直面した場合に政府がとり得る有力な対抗策は衆議院の解散であるが、菅首相が任期(現衆議院議員の)いっぱいは解散しないと民主党議員に公約した(民主党代表選に際し)ことに加え、上述のような最近の菅内閣支持率の低下のもとでは、菅首相としては解散を実行するわけにはいかないだろう。 また、野党が政府を本当に解散に追い込もうにも、衆院では与党が過半数を占めているのだから不信任決議案が可決される見通しもない。といって、野党が多数を占める参議院で菅首相の問責決議案を可決しても、首相が居座ればそれまでだ。なにせ、菅首相は「石にかじりついても」総理を務めると公言しているほどだから。 では、民主党が自ら代表・総裁の取り替えに動くだろうかと考えると、党内の気運はそこまで成熟していないようだし、また、最近の世論も“早期の首相取り替え”に否定的なので、与党はその方向へも動けないだろう。 したがって、現在の参議院での予算審議をめぐり、政府・与党と野党との攻防が盛んであるが、そこに何か緊張感が欠けているように感じられるのも当然である。そうした国会の動きをマスコミ報道を通じて知らされる私たちは、うんざりし、白けてしまう。 いろいろの大臣の失言・失策があり、それに対して毎日のように野党が当該大臣の解任や辞任を迫り、不信任案(衆院)や問責決議案(参院)の提出をちらつかせ、政府はまた毎日のように大臣の辞任あるいは罷免を拒否し、そうした野党の攻勢への対応を鳩首協議する、そしてマスコミがそれをさも大事なことのように事細かに(不必要に)伝える、という繰り返しだ。 そんなことをダラダラやっているのではなくて、野党は問題の大臣の罷免・辞任を要求してそれが受け入れられないのであれば、四の五の言わずに不信任や問責の決議案を出せばいいのだし、政府はそうした大臣をかばいきれないと読めば、首相が指導性を発揮してさっさと辞任させるか、問責決議などを受けて立つかすればいいのだ。 本来は政府・与党と野党議員には、このような“大臣首とり合戦”に熱中する(それには議員は勉強は要らない)のではなく、現下のわが国の本当の諸問題、とくに外交・経済の重要問題を真剣に議論する責務がある。
ところが今の国会での審議を見聞きしていると、そうした実のある議論はごくわずかしか聞かれない。 政府は今後の対中国外交をどう立て直すのか、ロシアとの領土問題の行き詰まりをどう打開するのか(あるいは棚上げするのか)、普天間基地の移転問題をどう解決するのか、景気回復の促進とデフレ克服のために今後何をしようとするのかなどを一向に明確にしようとしない。中国との関係を例にとれば、菅首相は二言目には「戦略的互恵関係」と口にするが、それがいったい何を意味するのかは皆目わからない。 野党の側を見ると、尖閣諸島問題についての政府の対応を弱腰と批判しているが、では例えば自民党はこの問題にどう対応すべきと考えるのか、何も言わない。いま言っているのは、尖閣での漁船衝突事件のビデオ映像を公開せよ、というぐらいのものだ。そんなことは尖閣問題への対処策などではない。第一、国民はほとんど皆そのビデオ映像をテレビ等を通じて見て知っている。また、それを正式に公開しても、当「診断録」(11月10日号)で指摘したように、そのことは別に中国に対する牽制にはならないのだ。
このような政府・国会の現状を見ていると、国会制度すなわち議会制民主主義に対する不信の念さえ生まれてくる。戦前のわが国が立憲君主制の下にありながら、次第に軍部独裁・政党否定へと傾斜していった一因は、政党政治家への不信にあった。今の日本にそれと同じような現実的な危機があるとは私は思わないが、その芽はたしかにある。 だから、政治の今後については、常識的な与野党交代や新たな合従連衡による政治の建て直しではなく、抜本的な政党再編成及び新しい政治指導者の登場、すなわち政治の新規まき直しが必要なのである。 (この項 終り)
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エコノミストの時評
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最近の国会委員会中継の度に、見るものの間に「議会制民主主義にたいする不信の念が生まれて」きているような気がする。
なによりも日本の国会では議員と閣僚間のディベートが成立していない(与野党議員の間にもない)。仙石大臣のように反論すると「国会は法廷ではない」と反発される(これは法廷討論から生まれたディベートそのものの否定なのだろう)。結局国会討論の大半は議員の低レベルのモノローグと閣僚の「ご無理ごもっとも」的すれ違い答弁に終始していて、富塚さんの危惧する政党政治否定の芽は、必然的に大きくならざるをえないと思われるのだ。
2010/11/25(木) 午前 11:33 [ かたつむり ]