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参議院は11月26日、2010年度補正予算の採決を行った後(補正予算は否決されたが衆院の議決優先で成立)、社民党を除く野党各派の賛成で、仙石由人官房長官と馬淵澄夫国交相の問責決議案を可決した。
自民党などは、問責された大臣が辞任しなければ、両大臣が出席する衆参両院での会議には出席・審議しないと主張しており、これに対して政府・民主党は両大臣が辞任する必要はないと言っている。その結果、1月からの通常国会では2011年度予算案などの国会審議が困難となる可能性が出てきた。 菅直人内閣が苦境に立ったことは明らかで、自民党は内閣総辞職と解散を要求しているが、菅首相は27日に鳩山由起夫前首相と会談し、その際、「内閣支持率が1%になっても辞めない」と決意を語っている(各紙、28日)。本当に菅氏はそうしたことができると思っているのだろうか? だが実際には、もし菅内閣への支持率(産経紙等による11月20〜21日の世論調査では21.8%)が今後低下して10%台となり、さらに落ち続けそうであれば、民主党の国会議員達は菅首相と心中するつもりはないから、否応なしに菅党代表・総理の退任に向けて、つまり“菅降ろし”に動くだろう。 要するに、ねじれ国会の下、今回の問責決議案の場合のように参院における表決で政府与党が負けても、衆議院では民主党が過半数を制しているのであり、したがって首相進退の権限は民主党が握っているのだ。だから、次の総選挙の結果が出るまでは、菅内閣総辞職を決められるのは菅首相自身か、民主党だけなのである。
そして、いずれにせよ菅内閣が総辞職した場合には、その後の首相は民主党から出るのだし、その新首相が賢明であれば、今度こそ参院でも与党が多数を確保できるような新連立政権を組んで安定政権を作ろうとするだろうから、またその際に政界再編成も起き得るから、かえって民主党ほかの与党の人気が回復することもあり得る。 実は、口先は別として、自民党などが恐れているのは菅内閣の総辞職と、新しい民主党中心の内閣の実現だ。
社民党を除く野党は「尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件についての対応が不適切」を理由として仙谷官房長官と馬淵国交相を参院で問責したけれども、菅首相の不信任案(衆議院での)や問責決議案(参院)を提出しようとしなかった。菅内閣の尖閣問題処理を不適切だと断ずるならば、その責任が首相にあること、したがって首相の責任を論ずべきことは明白ではないか。実際にも野党やマスコミはそのように主張してきた。 それにもかかわらず自民党などが菅首相の問責を避けたのは、もし菅首相の問責が可決されれば菅首相の辞任を求めざるを得なくなるし、そうなれば民主党内の“菅降ろし”にお墨付きを与えることになるからだ。自民党などにとっては、菅内閣が総辞職して新しい民主党中心の内閣が出現し、民主党人気が回復することは避けたいのだ。 では当面、菅首相は内閣にとっての今の難局をどのように切り抜けようとするのだろうか。さし当たって問題になるのは参院で問責された仙谷・馬淵両大臣の処遇である。首相も岡田民主党幹事長も両大臣が辞任する必要はないと強調している。
しかし菅首相は世論に流されやすい政治家で、かつ政権維持のためには仲間の切り捨てを躊躇しない政治家である。私は当「診断録」前号(11月23日号)では、仙谷長官が菅内閣の要の役割を演じてきただけに、その問責が可決されても菅首相としては「同長官の続投を強行せざるを得ないだろう」と書いたが、いまは、世論の方向が“仙谷長官の辞任は当然ないしそれに賛成”となれば、首相は躊躇することなく仙谷切りに動くと思うようになった。 なにせ菅首相は、今年6月に鳩山前首相と小沢前民主党幹事長が辞任した後自ら民主党代表・首相に躍り出た時には、まず世論にとって敵だった小沢氏、しかも“民主党政権誕生にとっての要”だった小沢幹事長をあっさり切り捨てた人である。
そうした手法を振り返ると、菅首相は今後の世論が仙谷更迭へ傾くのを見極めれば、あっさりと仙谷辞任(あるいは解任)に、そしてそれを機とする内閣改造に踏み切るだろうと思われる。マスコミは、かつての小沢嫌いから今は仙谷嫌いに重点を移しているから、そうした論調の影響を受け、間もなく世論調査で“仙谷辞任は当然”という結果が出てくるのではないか。 それに、仙谷氏は小沢前幹事長の最大の政敵であるため、小沢氏及び民主党内小沢派の議員達は仙谷氏の失脚を秘かに望んでいるので、菅氏は仙谷切りについては民主党内の暗黙の同意を取り付けやすいと読むだろう。 もし実際に菅首相が仙谷切りとそれを含む内閣改造に踏み切れば、それが菅首相にとっての失点になるとしても、ある程度は菅内閣の延命に役立つだろう。
しかし、改造に際して連立の組み直しで政権を安定させるとか、旧来通りの連立でも菅首相が面目一新して政治のリーダーシップを発揮するのでなければ、その後も菅内閣への世論の支持率はまさしく菅首相が言う「1%」に向かって落ち続けるだろう。 それとは違って、菅首相が仙谷(及び馬淵)続投に固執すれば、菅内閣への支持率は継続して下落していくだろう。 いずれにせよ、早晩その先に来るのは民主党による“菅降ろし”であろう。 ここで再度、ねじれ国会の下での政治のあり方について述べておく。私は前に当「診断録」で戦後日本の政権短期化の原因について述べ、「日本の短命政権の多くは議会(両院あるいは参議院)で過半数を制する与党が存在しない場合に、作り上げた連立内閣が不安定であるか、あるいは中心与党がそもそも安定した連立を作れない場合に起きている」(10年9月11日号)と指摘した。
だから、与党が参院で過半数割れになった今年7月以降の現民主党のような場合には、たとえ与党が衆議院で過半数の議席を持っていても、衆議院で過半数を持たない場合と同じように、両院で過半数を得られるような連立政権を組むことが政権安定の必須条件だということなのだ。 そして、そのような連立政権ができれば、衆参両院で「ねじれ」が生ずることはない。つまり、国会のねじれ現象とは、実は両院を通じての安定的な連立政権=連立与党を作れないことの《結果》なのである。 そこで私は参院選の直後に次のように論じた。「もし菅首相が新たな連立政権の組織に成功して与党が参院でも過半数を占めることができれば、政権は安定してその政策の実現は非常にスムースになるだろう。もちろん、新連立の場合には民主党の政策をかなり修正する必要に迫られるだろうが、それはやむを得ないし、あるいは与党間の調整で元の政策がむしろ改善されることもあり得るだろう」と(7月15日号)。
さらに、9月の民主党代表選の結果として菅首相の続投が決まり、内閣改造が日程に上った時には、「まずもって新連立政権への交渉が他党との間で行われるべきであり、内閣改造にはその新連立の結果を反映させるべき」だと論じたのである(9月15日号)。 だが、菅首相はそうした連立形成への必要性の認識、そのための熱意と努力に決定的に欠けていた。結局、彼にはそのような政治理論がなかったのだ。 同首相は、今そのツケを払わされているのである。 いまさら菅首相に以上のようなことを説いても無駄であろう。しかし、いずれ遠くない先に菅内閣が倒れた後に新首相に選ばれる政治家(民主党)は、この教訓を肝に銘じて新内閣を組織すべきであろう。(この項 終り) |
エコノミストの時評
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