|
11月の世界の債券市場、為替市場、株式市場はアイルランドの国債相場の下落(利回りは上昇)とそれに伴うユーロ相場の下落などで大きく動揺したが、11月28日にEU(欧州連合)が財務相会合と理事会を開き、①アイルランドへ850億ユーロの資金の供与、②2013年6月末に期限が来る現在の「欧州金融安定メカニズム、EFSF」に代わるいわゆる欧州版IMFの設立について合意(この点は財務相会合で)した結果、12月1日以降は(すくなくとも週末の3日までは)市場はひとまず沈静化した。
しかし、類似の財政危機に伴うソブリン危機(国債の返済能力についての不安)が今後ポルトガルやスペインさらにはイタリーへ広がるのではないかとの根強い不安が市場には潜在している。 この問題をめぐる報道・解説においては例によって珍説・謬論が飛び交ったが、今回のEUの決定の核心は、欧州版IMF(欧州安定メカニズム、ESM)設立に関する合意と、その際に示された一種の破綻処理すなわち債務再編(いわゆるリスケジュール、Reschedule)(注)へのEUの踏み込みである。 (注)Rescheduleとは、「(実行済みの)貸付の条件につき、返済時期の繰り延べや元金の一部の返済免除を再交渉すること。Debt rescheduling は国際的債務危機を処理する主要な手段となってきている」(Deardorffs'Glossary of International Economics)。
この問題については、まず今回のアイルランド危機とそれへのEUなどの対処策について要点を明確にすることから始めたい。
アイルランドは2000年から07年までは、外資の流入(12.5%という先進国では低水準の法人税率も誘因)などに促進されて、年率平均5.5%の経済成長を達成し、07年の1人あたりGDP(国内総生産)は世界第4位に達し、「ケルト(注)の虎」とも呼ばれた。 しかし、この間に住宅バブルが発生、その崩壊によりGDPは08年マイナス3%、09年マイナス7.5%に落ち込み、銀行などに大量の不良債権が発生した。この金融危機に対処するため、政府は大手銀行のアングロ・アイリッシュ銀行を国有化、10年9月末には公的資金293億ユーロを経営危機下の銀行などに投入した。 そのような経済危機の影響と救済資金の投入などで、10年の政府財政の赤字はGDP比32%に達する見込みとなった。こうして、アイルランドの財政危機とその国債相場の下落(利回りの上昇)が生じたわけだ。 (注)ケルトは「5世紀頃までアルプス以北のヨーロッパの大部分とバルカンまで広く居住した民族。やがてローマの支配下に入り、また、ゲルマンの圧迫により次第に衰退。現在はアイルランド・スコットランド・ウエールズ・ブルターニュなどに散在する」(広辞苑)。
ちなみにアイルランドは人口約450万人の共和制独立国家。首都はダブリン。アイルランド島北東部には北アイルランドがあるが、この地域は英国の統治下にある。ユーロ圏(EU27ヵ国のうちの16ヵ国で、英国を含まない)では唯一英語を公用語(ほかに当然アイルランド語=エァラがある)とする国家。 アイルランド人の著名人にはバーナード・ショー、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)、オスカー・ワイルド(以上、作家)、ジョン・フォード(映画監督)など、また在外アイルランド系移民にはジョン・F・ケネディ(35代米国大統領)、ロナルド・レーガン(40代同)などがいた。 このアイルランド危機に対し、EUは11月に850億ユーロ(1ユーロ=110円の換算では9兆3500億円)、期限3年の緊急融資を決定したのである。
この850億ユーロは、ギリシャ危機の際の2010年5月にEUとIMF(国際通貨基金)が創設した7500億ユーロの「救済資金」(有効期限は2013年6月末)からの初めての支出。その7500億ユーロの内訳は、①ユーロ圏加盟各国による二国間信用保証である「欧州金融安定措置=European financial stability facility、EFSF)で4400億ユーロ、②EUによる緊急信用供与枠(欧州金融安定メカニズム=European financial stability mechanism、EFSM)の600億ユーロ(注)、それにIMFの信用供与で2500億ユーロである。 付言すると、EU当局は、今後あり得るスペインやポルトガルの危機(その国債償還のピークは2011年4月の見込み)に対する備えとしては、この7500億ユーロからアイルランドに投入する850億ユーロを除いた残分6650億ユーロ(13年6月末まで有効)があるから大丈夫だと言っている。 (注)11月のEU財務相会合が2013年7月以降における設立を決定したいわゆる欧州版IMFすなわちESM(欧州安定メカニズム=European stability mechanism)は 直接にはEFSMの後継機構である。
ここであらためて明確にしておく必要があるのは、欧州金融安定措置(EFSF)及び欧州金融安定メカニズム(EFSM)による被援助国への資金供給の仕方で、それは融資であり、資金の無償供与ではない、という点だ。
EFSFを使う場合は、①援助要請国はその要請をユーロ構成国財務相グループに提出、②EU委員会とECB(欧州中央銀行)及びIMFが代表団を要請国に派遣してその要請内容と当該政府の財政再建計画を審査、③その結果に基づく援助計画とその条件、支払方式がユーロ・グループとIMF(IMFが関与する場合)により決定、④資金供与額と条件が決まると、EFSFは、ユーロ各国の資本市場で、各国が分担する比率(欧州中央銀行への出資比率による)に対応する金額の債券を発行して資金を調達、⑤その資金が援助要請国に引き渡される。 EFSMの場合は、①援助要請国はその要請を欧州委員会及びECBに申し出るとともに、②自国の財政再建計画をEU財務相による作業委員会に提出して審査を受け、③その審査結果にもとづくEC委員会の援助計画の提案をEC理事会が特定多数決により決定、④EC委員会は決定された額と条件の資金を資本市場から調達する(以上の手続きについてはARD Tagesschau 《注》電子版、11月30日による)。 (注)ARDはArbeitgemeinschaft der oeffentlich-rechtlichen Rundfunkanstalten der Bundesrepublik Deutschland (ドイツ公共放送連盟)のことで、ドイツ国内の九つの地方公共放送団体とともに放送ネットワーク(テレビ、ラジオ、オンライン)を構成し、放送局「Das Erst」を運営している。Tagesschau(View of the Day)は毎日数回放送されるそのテレビのニュース・ショー。
以上、要するに、ユーロ各国とEUによる資金援助であるEFSFとEFSMの場合には、援助に必要な資金は、前者はEFSFにより、後者はEC委員会により資本市場で調達されるということだ。したがって、アイルランド援助におけるドイツ(資金分担枠は総資金枠の約1/3)を例にとると、「ベルリンはダブリンへカネ(Geld)を送る必要はなく、危機対応基金(EFSFなど)が市場から資金を調達する際に、(政府が)その信用保証をするだけである。ただ、アイルランドが債務を返済できなくなった場合には保証に対応する支払が発生する」(同上Tagesschau)。
この点がユーロ圏の資金援助計画に関して最もよく見られる誤解、すなわち援助供与国は政府支出(すなわち税金にもとづく資金)により援助資金を拠出するという誤解である。そこから、資金の最大供与国ドイツがしばしばこうした援助に慎重である理由として、ドイツでは「ユーロ圏加盟国への税金を使った支援への国民世論は厳しい」(日経、11月30日)などと言われる。 さて、EU首脳会議が設立の大綱で合意した欧州安定メカニズム=ESMについてだが、このメカニズムの構想においては、「ユーロ圏諸国に今後、債務再編が必要になる可能性があることを実質的に認め」、その際、「民間の債券保有者にもコストの一部を負担させるというデフォルト(支払不能)への対応システムを確立」する画期的なものが含まれた(ロイター電子版、11月30日)。
この民間負担構想については、10月末のEU首脳会議が「投資家負担を唐突に打ち出して市場を混乱させた」(日経、11月30日)としばしば非難されるが、実際にはこの構想は10月18日の仏独首脳会議でメルケル独首相により提案されており、また「メルケル独首相とショイブレ独財務相が数ヶ月前から表明していた内容だった」(フィナンシャル・タイムス特約、日経、12月4日)。 この仏独会談では、ルールの上限を超えて財政赤字を計上したユーロ加盟国に対する厳格な制裁の導入をドイツが提案したのに対してフランスが反対、その「代わりにフランスはEU条約を改定し投資家にも責任を負わせる恒久的メカニズムの創設というドイツ案に賛成した」(同上)とされる。 この民間負担案とは、①2013年7月以降に発行されるユーロ圏の債券には「collective action clause」(共同行動条項)をつける、②この条項により、債権者はその特定多数決の決議で、支払条件を変更する法的拘束力がある決定を行うことができる、③この決定には債券満期の延期とヘアー・カットすなわち元金のディスカウントを含め得る(Financial Times電子版、11月29日)。
この条項の意味は、債務国がデフォルトの危機に陥った場合には、債権者(圧倒的なウエイトは将来のESMやIMFなどの援助資金供与機関が占める)の決議で、債務の再編(リスケジューリング)を行い、民間の当該債券の保有者にも支払い延期やヘアー・カットを否応なしに認めさせるということであろう。 ただし、11月末のEUの合意では、こうした民間負担は案件ごとに判断する、とされた。「当初の案では、民間の債券保有者が自動的にヘア・カットに直面するという内容となっていたが、フランスは、金融市場の支持を得るため、内容を弱めることをドイツに説得したという」(同上、30日)。 それはとにかく、「投資家はこれまでは欧州諸国政府の債券はリスク・フリーで、リストラクチャリング(リスケジューリング)の可能性はゼロだと信ずるようになっていた。いまや投資家は、(欧州の国債投資にもー引用者加筆)ソブリン・クレジット・リスクがあることを思い出さされた」(同上、29日)というわけだ。 しかし、最も重要なことは、EU当局が、やむを得ない場合には債務国の“秩序ある破綻処理”を避けるべきではないと考えるに至ったことであろう。
実際、ユーロ加盟国という理由で、特定債務国を他の加盟国の資金で救済するということを限りなく続けることはできない。それは共倒れを招く。そもそも一般的にはある国が他の国(重債務国)を資金供与で救済するなどはできない相談だ。会社が会社を救済することだって簡単にはできない。 ところが、ユーロ圏の債券保有者とそれに迎合した市場やマスコミは、ギリシャであれアイルランド、スペインであれ、とにかく危機に陥った債務国に対し、デフォルトの危機がなくなるまでEUあるいはユーロ圏諸国が資金援助すべきだと主張してきたのだ(いわゆるモラル・ハザード、道徳の欠如)。 EUが欧州安定メカニズムの設立に関して、投資家と市場にソブリン・リスクを銘記させたことは妥当である。 とはいえ、債務危機を克服する責任を負っているのは言うまでもなく当の債務国である。EUはすでに相当な額の救済資金(その動員計画)を用意したが、こんごユーロ圏(に限らないが)のソブリン危機がどのように展開するかは、なによりも当該債務国の財政再建計画の成否にかかっていることをあらためて確認しておこう。 (この項 終り)
|
エコノミストの時評
[ リスト ]


