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ソブリン危機に揺れるユーロ圏を安定化するための方策につき、EU(欧州連合)は10月23日に首脳会議を開催する。この首脳会議をめぐっては、同月14,5両日に開催されたG20(主要20ヵ国)財務相・中央銀行総裁会議がそれへの大きな期待を表明した(注)ことから、14日(金)の欧米市場では“これで欧州の金融不安が収束に向う”との期待が高まり、株価とユーロ相場が大きく上昇することとなったが、17日(月)にはドイツ政府が「この首脳会議でユーロ圏のソブリン危機が一気に収束させる策を示すことはない」との見解を示した(Bloomberg、17日)ため、たちまち株価もユーロ相場も反落するといういつもの一喜一憂ぶりが市場で演じられた。
たしかに、同9日の独仏首脳会談のあとで両国は「ユーロ圏安定化の方策の包括的パッケージについて10月末までに合意する」と表明したが(当「診断録」10月10日号参照)、そのパッケージに含まれるべきその後の検討課題、すなわち①ギリシャ債務のヘアカット率の引き上げ問題、②欧州銀行の資本増強策、③ユーロ圏の救済基金(EFSF)のあり方など(「診断録」10月14日号)について、独仏の考え方にはまだ大きな相違があるほか、銀行が民間投資家のヘアカット率引き上げに反対するなど難問が残されており、EU首脳会議で合意が達成されるかどうかは未知数である。 (注)G20財務相・中央銀行総裁会議の「コミュニケ」は次のように述べている。「われわれはヨーロッパの経済ガバナンスが大きく改革されたことを歓迎する。われわれはまた、ユーロ圏首脳が7月21日に決定したEFSFの能力と柔軟性を拡充する方策が圏内各国によって承認されたことを歓迎する。われわれは(ソブリン危機の−加筆)波及を避けるためにEFSFのインパクトを最大化するためのさらなる努力がされることを期待し、10月23日の欧州理事会(European Council、通称EU首脳会議−加筆)において、包括的なプランによるチャレンジが断固として示されることを期待する」。(G20 Information Centre ホームページ)
上述の検討課題は相互にかつ密接に関連している。すなわち、①ギリシャの債務を軽減するために民間投資家によるヘアカット(切り捨て)の率を既定の21%(7月21日のユーロ圏首脳会議で決定)から50〜60%に引き上げると、②銀行などの大口債券保有者は債券の減価で経営に大きな打撃を受ける。③そこで銀行経営を危機に陥れないために自己資本の増強(recapitalization)を図る必要が生ずる。④その際に銀行等に対するその所属国政府による資本注入に加えてEFSFの資金を活用することが考えられるが、EFSF資金の活用にどの程度まで期待すべきか、⑤EFSFの資金を銀行等の資本増強にも利用するとすれば、EFSFの資金量(4400億ユーロ)を実質的にさらに拡大する必要があるのではないか、というように関連する。
そこで、独仏の考え方の相違は以上のすべてのレベルにおいてみられることになる。
すなわちドイツは、①ヘアカット率を50%あるいはそれ以上に引き上げなければ、ギリシャは債務を持ちこたえられない(無秩序なデフォルトに追い込まれる)と考える。②そこで、大きなヘアカットに耐えられるように銀行等の資本増強を推進する必要があるが、その方法は、自己努力→政府による資本注入→EFSFによる資金補完の順序で行うべきであり、EFSFは最後の依存先であるべきだと主張している。したがって、③EFSFについてはとくに資金量の拡充を考える必要はない、という結論になる。 これに対してフランスは、①銀行等への打撃を考慮すると、ヘアカット率をあまり大きくすることは好ましくない。②銀行等の資金増強は必要だが、政府財政への負担を軽減するためにEFSFの資金を積極的に活用すべきである。③銀行等の資本増強の必要に加えて、ソブリン危機の他の国への波及に対処するために、EFSF資金の実質的な拡充が必要であり、その方法としてEFSFにレバレッジ(梃子)を持たせる案、すなわち「EFSFを銀行にする案」(「診断録」10月14日号)を主張している(注)。 (注)英紙ガーディアン(電子版)は18日、「EFSFの融資能力を現在の4400億ユーロから2兆ユーロ強に拡大することでドイツとフランスが合意したと報じた」が、「この報道についてダウ・ジョーンズ通信は18日、『全くの間違いだ』とする欧州当局者のコメントを報じた」(毎日jp、19日)。
当「診断録」の読者はおわかりのように、このような2兆ユーロ案はフランス案であり、ドイツ及びECB(欧州中央銀行)によって強く反対されていることから、その点についての仏独合意が今できるはずがないことは明らかだ。 ところが、ユーロ圏危機問題を系統的には理解できない日本の大手マスコミのいくつかは単純にこの2兆ユーロ報道に飛びつき、日経は19日夕刊1面で「欧州基金、210兆円に拡大」との4段見出しの記事を掲載、読売は同様1面2段見出しで「欧州安定基金 独仏が規模拡大合意」と報じた。 ところで問題の根源にあるギリシャの状況だが、アテネに派遣されているEU、ECB、IMFの専門家チーム(トロイカ)の評価によると、「ギリシャ政府の債務は2012年にはGDPの172%に上昇する見込みであり、債務累積がいつ終わるとの予想が立たない」(FAZ=フランクフルター・アルゲマイネ紙電子版、16日)。
他方で、ギリシャ議会は19日、財政緊縮のための法案(賃金や年金のカット、公務員の削減、団体交渉ルールの改正などを含む)の審議(19,20日の二日間の審議)に入り、法案の基本的な枠組みについては19日に300議席中、与党154人の賛成で可決した(NYTimes電子版、19日)。議会は20日に再度この緊縮法案の関連法案の 採決を行い、可決されれば同法は成立する。その意味では、ギリシャ財政改善のための法的条件は出来る見込みだが、こうした財政緊縮が不況を促進して、税収見込みを狂わせる可能性が大きい。 その上、こうした緊縮政策に対する国民の抵抗はさらに激化している。 ギリシャでは緊縮法案の議決阻止を目標に19,20日に48時間のゼネストが行われ、全経済活動は停止状態となった(ATHENS NEWS電子版、19日)。また、ゼネストにあわせてギリシャ全土で抗議のデモ、集会が行われ、アテネでは過去最大規模の10万人のデモが行われた(ロイター、電子版、20日)。
今回のゼネストはギリシャの2大労組連合、公共部門のADEDYと民間部門のGSEEの呼びかけで行われており、17日から始まった各種労働部門のストライキの頂点となった。この一連のストには、税務署職員、財務省職員、空港職員、国立学校職員、判事、医師、ジャーナリスト、銀行・企業の従業員なども参加している(ATHENS NEWS同上)。 こうした抵抗が緊縮法案の成立によって鎮静するとは思えない。そうすると、ギリシャは次第に本格的な政治危機に陥り、財政赤字削減どころではなくなる可能性がある。 このようなギリシャの動向を見ると、その国家債務の大幅なカットは問題解決の最低必要条件であると思える。そこから出発しない限り、ギリシャの危機はその解決のいとぐちを見つけられないだろう。
したがって、ドイツやEU委員会で検討している50%以上のヘアカット、それを前提にした銀行の資本増強を避けて通ることは出来ないはずだ。10月9日(独仏首脳会談の当日)にショイブレ独財務相がヘアカット率の引き上げに言及した(「診断録」10月10日号)のを皮切りに、10日にはユンケル・ルクセンブルグ首相兼ユーロ圏財務相会議議長が大きな債務カットを選択肢から除外しないと発言、13日にはフランス財務相も「銀行が同意するならフランスも債務カットの引き上げを強く支持する」意向だと伝えられた(FAZ電子版、16日)。 その銀行の代表格であるアッカーマン・ドイッチェ銀行CEO(IIO=国際金融協会の会長を兼ねる)は13日に、大幅な債務カットに反対である旨表明した(FAZ同上)。これに対し、ユンケル議長は14日、「投資家の十分な協力が得られない場合、欧州当局者らはギリシャ国債についての評価損受入れを投資家に強制しなければならないだろう」と発言した(ロイター電子版、14日)。 以上のような経過からは、いまやフランスが大幅なヘアカットに強く反対するとは考えにくい。もっとも、「パリとベルリンの間には、EFSFの“金融的火力”についてだけではなく、ヘアカットというギリシャ債務の自発的再編成(rescheduling)の規模とかたちについても大きな考え方の相違が残っている」(FT=Financial Times電子版、19日)という見方もある。
しかし、フランスのサルコジ大統領は19日に急遽フランクフルトを訪問(同夜、同地のオペラ劇場でトリシェECB総裁の退任送別会が開催された)、メルケル独首相らEUやIMFの首脳と会談したが、出発に先立ってフランスの議員グループと会談し、「ECBがEFSFをサポートするか否か(EFSFにレバレッジを与えるかどうかという意味−加筆)をめぐって話合いは泥沼に入った」と語っている(FT同上)。この点からも独仏対立の核心はEFSFの問題にあることがうかがわれる。 なお、19日のフランクフルトでの独仏会談の中身については、両者とも何も明らかにしていない。 結局、23日のEU首脳会議での議論の中心は、このEFSFのあり方をめぐるものになると予想される。その一点ではサルコジ大統領は譲ることは出来ないと思われる。なぜなら、ギリシャ債務のヘアカットでフランスの銀行が最も大きな打撃を受けると予想されており、そうなると銀行の資本強化に政府資金を多額に注入せざるを得なくなるので、フランス財政悪化の懸念でフランス国債の格付けが引き下げられる可能性が大きくなるからだ。こうした事態を回避するには、銀行の資本増強にEFSF資金を利用することが望ましく、そのためにはEFSFの実質資金量を増大させる必要がある、というわけだ。上述のG20声明も、米国の主張を反映してだろう、同様の期待を表明している。
これに対して、ドイツとしてはEFSFにレバレッジ機能を与えることにはどうしても賛成できないだろう。なぜなら、そうなるとEFSF発行の債券(この基金が資金を調達する手段)が受け取る信用格付けが下がり、低金利で資金調達と融資(重債務国への)を行うというEFSF設立の趣旨を通せなくなるからである。 そう予想すると、23日のEUサミットは、少なくとも重要な一点で合意を得るに至らず(21日にはユーロ圏財務相会議が先立ってあるが)、問題解決を先送りすることになる公算が大きい。しかし、ヘアカット率の引き上げや銀行資本増強の方針が決まれば、それはやはり一歩前進ということになろう。かりにEFSFに関していかなる合意も妥協も成立しない場合には、 EFSFは既定方針での業務を行うことになる。
では、EFSFをめぐる独仏対立を解決する方法があるのだろうか。問題はEFSFの資金量で、そしてユーロ圏がいま以上にEFSFに資金を供給する(実際はEFSF発行の債券に各国が保証を与える)余裕がない以上、どうしてもそれを増強する必要があるというのであれば、EFSFを通してであれ、その外からであれ、IMFの資金(すなわち世界の資金)を加える以外にはないのではないか(「診断録」10月14日号)。 それにしても、ユーロ圏とEUの首脳それにG20の首脳は、ギリシャの債務危機の現状とその処理をどうするかという根源の問題をもっと真剣に考え、議論すべきだろう。どうも主要国首脳は、ギリシャ危機をいわば所与として、その救援につぎ込む資金や危機波及の恐ればかりを気にしているように見える。(この項 終り)
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