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12月8,9日のEU首脳会後での合意、すなわちEUの参加各国とくにユーロ圏の各国に財政規律の強化と遵守を求めるべくEU条約を改正するとの独仏両国の提案への合意(英国を除く)は、一方では、長期的にユーロ圏各国の財政安定に寄与するとの賛意を得るとともに、他方では、当面の重債務国のソブリン危機(国債相場の下落とその逆数である利回りの上昇)を沈静化するには不十分というのが多くのマスコミの評価だと言えるだろう。
当面の信用不安を沈静化するには、ECB(欧州中央銀行)による重債務国国債の市場での買い支え、あるいはユーロ圏の共同債の発行による援助資金の増強などが必要だというのが、独仏提案(したがって今回のEUの合意)を批判する陣営の主張で、彼らはそれが市場の声(要求)だと心得ている。彼らは、そうした資金の大量投入を危機解決の「抜本策」だと主張し、実は債務危機(国家であれ企業であれ)の抜本解決とは根本にある悪化した財政の建て直しか、それが不可能であれば債務整理でしかあり得ないという経営の基本を無視している。危機にある経営体への無制限の資金の投入は、危機を長引かせるだけというのがこれまでの教訓である。
NYTines(電子版、10日)が、現在におけるこうした対立において、財政再建重視の立場がメルケル独首相によって、救済資金投入重視の立場がオバマ米大統領で代表されると見たのはまさに妥当である。すなわち、「ミセス・メルケルの予想外の大きな(robust)成功の直前に、オバマ氏は、大西洋を隔てて、次の警告(聞き流されたが)を発していた。『いまの危機は、ユーロの背後にはヨーロッパがそれを支えているとの確信を市場が持てるように、まず短期的に解決されるべき性質のものである』」と。
要するに、メルケル首相は、なによりもユーロ圏の国々がその財政を再建することこそ危機解決の根本策だとの信念だが、それは問題の長期的な解決策であって、当面の危機の解決には有効ではないとオバマ氏はいうわけである。
しかし、国家の支払危機という問題は、そもそも短期的に解決できるものではないのであり、解決に時間を要することは当然なのだ。
たしかに、問題の根本的解決を図るに際して、重債務国に応急の資金援助を行う必要があることは明らかだ。実際、ユーロ圏の援助国はこれまでにも種々の資金援助網を構築してきている。それに必要な資金がこれまでに十分には確保されていないと援助国自身が感じていることも事実であり、そこでEFSFの資金量の実質的拡大を図るために、IMF資金の活用などの方策を講じつつあるわけだ。
ところが、IMFの最大の出資国である米国自身がそうしたIMF資金活用への参加に否定的なのである(当「診断録」12月1日号参照)。米国の立場は、“ヨーロッパでの危機の影響は世界的なもので、米国自身もそのことで大きな脅威にさらされているが、問題の解決はあくまでヨーロッパが行うべきで、米国抜きで処理してもらいたい”という勝手なものなのだ。
結局、米国や市場が最も期待しているのは、重債務国の国債の買い支えのために、ECBが大規模に市場に介入すべきだということである。しかし、その当否を判断するのはあくまでECBで政府ではない、というのがヨーロッパ側とくにドイツの考え方で、その点で、米国とドイツとの間には決定的とも言える考え方の相違がある。
米国では、「ドイツには過去の悪しき危機の−大インフレーションの−記憶が強いため、現在はインフレではなくデフレの再現の危機が大きいことが軽視されている」とのドイツ批判がある(NYTimes、同上)。だが、ドイツにとっては、これは現実の情勢をどう読みそれにどう対処するかという問題の前に、そもそも中央銀行は国家の債務を引き受けるべきではない、という原則問題なのである。その点で、ドイツ及びそれを支持するヨーロッパの国と米英日などの中央銀行観には基本的な相違があることを理解すべきである。
もっとも、ユーロ圏にも、緊急の際には中央銀行が介入する必要はあるとの考えはあり、現在のドラギECB総裁も、ユーロ圏の国々が財政規律を遵守することについて協定すれば、必要な介入は行うとの暗示を与えている(「診断録」12月7日号)。しかし、それを事前に明らかにして、投機家を利すべきではないとの判断であろう。
実際、多くのドイツ人は、「米英人(Anglo-American)の金融業への心酔が、興隆しつつある東の国々に対して西が競争力で低下してきたことの根因である。大銀行はバブルを作りだし、利用し、その上で巨大な国家援助を要求して、持続的な成長の努力を怠った」と考えている。そのような見地に立てば、ひたすら中央銀行に国債の買い支えを求める現在の市場の圧力は、自らが保有する国債(減価したあるいはその危険にさらされた)の政府による高値での買い取りを求める要求にほかならない、ということになろう。
ここで注意すべきことは、減価しつつある(利回りが上昇しつつある)国債の売買は、明白な投機ないし投資、すなわちリスク資産への資金投入だということである。今日、市場では、株式や商品への投資がリスク資産への投資・投機であるのに対して、国債の購入は“資金のリスク資産からの逃避”、“安全資産への投資”だと説明される場合が多いが(そうした動きも含まれてはいるものの)、これは真実を隠蔽する理屈付けでもある。
実際、いま国債を流通市場で購入し保有している投資家の多くは、その国債を危機が表面化してから購入し、その値上がり(利回りの低下)を期待しているのであり、その点で中央銀行の介入を心待ちしている投機者なのである(「診断録」10月28日号)。
だから彼ら(とくに市場に影響力が強い大口投資家)は、例えば、格付け会社がある国の国債を格下げすると、その影響でその国債が値下がり(利回りは上昇)するのを待ってそれを購入し、政策当局が格下げによる信用不安を恐れて市場で当該国債の買い支えをするのを待つのである。
これこそ、道徳的頽廃の危険(モラル・ハザード)である。その点で、上記NYTimesは、率直にも「米国人はモラル・ハザードの問題に関して、ドイツ人よりもずっと寛容な態度(accomodating approach)をとっている」と述べている。この点についての米国人の弁明は、危機を回避できない結果による景気の悪化で「災厄をこうむるのは、富めるものではなく、普通の人々だ」という点にある(NYTimes、同上)。だが、不必要に危機を煽っている者が実はリッチな市場のリーダーないし大手筋である、という事実をこうした弁明者は見逃して(あるいは故意に無視して)いる。
私はドイツの危機対応がすべて妥当だとは考えない(「診断録」12月10日号)が、金融資本による危機の加重とその利用についてのドイツの警戒、また、米国的財政・金融政策が破綻したとのドイツの評価には賛成である。
NYTimesは、「ミセス・メルケルの戦略が当たる(works)かどうかは、彼女が好むと好まざるとにかかわらず、月曜日(12日)に市場がそれを問い始めるだろう」と期待?を込めて結んでいる(同上)。たしかに、これからの市場(それに影響を与える者)とヨーロッパの政策当局との闘いは壮烈なものになる可能性がある。
その帰趨は予断を許さないが、長期的に見た場合、今後は資本主義世界の経済政策思想が二つに分裂したことが明白になって行くであろう。すなわち、健全財政・健全金融を主張するいわば伝統的(古典的)なドイツ的ヨーロッパの考え方と、赤字財政と放漫金融を容認して経済成長を支えようとする非伝統的な米国流の考え方との対立である。
その米国でも、ヨーロッパよりもさらに保守的(福祉国家を否定する点で)な米国共和党(その思想的中核をなすティ・パーティ)の健全財政主義が近く支配する可能性があり(来年の大統領選挙で)、もしそうなれば、時代はまさに“ケインズ以前”に戻る可能性が大きい。
したがって、資本主義経済あるいは市場経済はしばらく混迷の中を進まざるをえないであろう。 (この項 終り)
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