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米国の格付け会社S&P(Standard & Poor's)は13日(金)にフランスなどユーロ圏の9ヵ国についてその国債の格付けを引き下げたが、週明け16日(月)のヨーロッパでは、S&PによってAAAの格付けを奪われたフランスの国債及びイタリア、スペイン国債の入札が好調裡に終り、またフランクフルト、パリなどの主要株式市場では株価が上昇した。S&Pの警告は当のヨーロッパの市場によって完全に無視されたかたちである(米国市場はこの日はアーサー・キング生誕記念日のため休場)。
それとともに、S&Pのこうした行動について、そこには政治的ないし投機的動機があるのでは、との疑惑が公然と語られるようになった。
S&Pによる格付け引き下げ後の「投資家の最初の“食欲”テスト」(NYTimes電子版、16日)であった16日のフランス短期国債86億ユーロの入札は難なく終って利回りも低下、関連して10年国債の利回りも0.04%低下して3.014%となった。
また、イタリアの10年国債の利回りは1ベーシス・ポイント(0.01%)下がって6.581%に、スペインの10年国債は4ベーシス・ポイント低下して5.117% となった。ロイターが匿名の投資家の談話として伝えたところによると、この日ECB(欧州中央銀行)は流通市場でイタリアとスペインの国債の買い操作を行ったとされる(NYTimes、同上)。だが、フランス国債の利回り低下はこうしたECBの動きとは無関係だ。
ドイツの10年国債の利回りは1.764%で変わらず、だった。
16日のヨーロッパ株式市場では、DAX(フランクフルト)は1.25%、CAC(パリ)は0.89%、FTSE100(ロンドン、Financial Times指数)は0.36%それぞれ上昇した。
しかし、いつもヨーロッパに先行して取引が行われるアジア市場では、16日には東京(日経平均)が1.4%、上海(総合)が1.7%下落したことなどが響いてFTSEアジア太平洋指数は1.1%の下落となった。その結果、FTSE世界指数は0.1%の上昇に止まった(FT電子版、16日)。
中国のこの日の株価下落は、主として中国経済の減速を警戒してのものであったが、日本の株価の下げは、主としてS&Pの格下げによるユーロ圏危機の深刻化と対ユーロの円高を懸念したものだった。その意味で、日本は最も“素直に”S&Pの言い分を聞いた国であろう。
実際、S&Pによるユーロ圏9ヵ国の格下げニュースを伝えた日本のマスコミの反応はまことに異常であった。
この格下げ第1報の14日夕刊では、日経は1面トップで「仏など9ヵ国格下げ」(5段見出し)、「欧州危機対策に打撃」(前記の脇見出し)、読売も1面トップで「仏など9国債格下げ」(4段見出し)、「S&P 危機対策『不十分』」(脇見出し)といずれも興奮気味。NHKも14日午後7時のニュースのトップは同様だった。翌15日朝刊では日経は1面トップで「欧州危機対応に警鐘」(5段)、朝日はやはり1面トップで「ユーロ分裂の予兆」(4段)との記事でS&Pの“提灯持ち”に熱心だった。私が調べた限り、S&Pのこの格下げニュースを一斉にトップで報じた新聞界(一般紙)は世界中で日本だけのようだ。
ところが、16日のヨーロッパ市場の反応(上記)を最初に報ずべき17日の夕刊を見ると、日経は1面トップで「欧州基金を格下げ」(5段)、「S&P 金融安全網ほころぶ」(脇見出し)と大騒ぎをしながら、肝腎の16日のヨーロッパ市場の冷静な反応については、4面の株式市場欄での扱いを除いては黙殺した。
私がS&Pの格付けで最も疑問に思う点は、問題になっているユーロの国が財政再建や国債入札、あるいは融資の確保などで積極的な(プラスの)動きを示した直後に、それに水をかけるような格下げを発表する癖があるということだ。今回の9ヵ国の格下げ発表(13日)も、12日にスペインとイタリアの国債入札が好成績を収め、それぞれの国債利回りが低下した直後に、しかもこの2国については2段階の格下げをしたのだった(当「診断録」1月14日号参照)。
そこで私は、この「診断録」の終りに「S&Pはなんらかの予断あるいは意図を持ってこうした国々の格下げを行っているように思えてならない」と書いたし、これに対してコメントを寄せた「大好調」さんは、「S&Pの背後または出資者に関係があるのではないでしょうか」ともっともな指摘をしていた。
果たせるかな、14日付のFAZ(フランクフルター・アルゲマイネ紙)電子版は、「ユーロに対する攻撃」との見出しで、ドイツにおいて指摘されている上記と同様な疑惑を伝えている。以下にそれの要点を引用する。
連立政府与党(CDU/CSU:キリスト教民主・社会同盟とFDP:自由民主党)及び野党(SPD:社民党)の政治家達はS&Pによる今回の格下げをユーロに対する攻撃であると評価している。
欧州議会議員のエルマー・ブロク(CDU)は、今回の格下げは結果から見てほぼ“通貨戦争”と同じだと語ったし、欧州議会の社会主義者フラクション議長のマーチン・シュルツは、この格下げはヨーロッパの救済網の安定に対する狙い定めた攻撃であると語った。
上記のブロク議員は、S&Pは“米英に利益をもたらす政策”(anglo-amerikanische Interessenpolitik )に従事しているのでは、との疑問を表明した。CDU議会フラクション議長代理のミカエル・フックスは、このようなユーロへの攻撃によって、人々の眼を米国の悪化した財政状態からそらそうとしているのでは、と述べ、S&Pは明らかにアングロサクソン圏をユーロ圏とは異なる基準で(甘くー加筆)評価していると非難した。
しかしシュルツ(上記)は、今回の格下げの背景を米国利益奉仕の政策と見るのではなく、背景にいるのは「市場に座を占め、ユーロに対する投機を仕掛けている人々」だと見ている。シュルツは次の火曜日(17日?ー加筆)に欧州議会議長に選出されると言われている人だが、格付け会社(複数)は、スペインとイタリアが国債の入札で良い結果を出したまさにその時にユーロ圏諸国の格下げをするような政策を追求していると述べた。
同様に、FDPの財政専門家のヘルマン−オットー・ゾルムスも、イタリアが財政再建の対策を取ったまさにその瞬間にS&Pが同国の格下げを行ったことは驚きで、この動きは政治的な意図と結びついているに違いない、と語った。
上記のシュルツの指摘は、当「診断録」(1月14日)の評価と一致するが、いずれにせよ、S&Pが市場の動向を、市場の流れに抗してでも、自己の見解に従わせようとする傾向があることは明らかだ。そうした格付け会社の評価を“市場の評価”だとして有り難がる“市場の専門家”やマスコミが多いことは嘆かわしい。
そもそも、市場に対して1社でこれほどの影響力を発揮する可能性を持った会社(S&Pなどは結果的にその点でしばしば失敗しているが)の存在を放置することは、市場原則からしておかしいはずだ。ある意味で、こうした格付け会社は独占禁止法の適用対象(解散を命ずべき)とする必要、あるいは企業が社債などの発行に際して格付け会社の格付けを必須条件とするような慣行を廃止する必要があるのではないか。(終り)
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