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2012年1月24日に開幕した第180通常国会では、野田内閣が提出予定の諸法案とくに消費税引き上げを含む「社会保障と税の一体改革案」の取り扱いをめぐって、政府与党と野党が真正面から対立し、法案の成立後の衆議院解散か、それとも法案否決を受けての解散かという結末を睨んでの激しい攻防が始まった。
だが、このいずれかの結末になったとして、その後の総選挙を経て政治はどういう状況になるのだろうか。
野田佳彦首相はこの法案の成立に自らの政治生命を賭けていると思われる。その気持ちを首相は1月16日の民主党大会でつぎのように述べた。すなわち、この一体改革を「やりきることなくして日本と国民の将来はない。やるべきことをやり抜いて民意を問う」(日経その他、17日)と。
この法案の成立のために政府は野党に対し事前協議を呼びかけているのだが、法案成立の成否を握ると見られる自民、公明両党は、今国会で政府を解散に追い込むことを基本方針としているため、この事前協議を拒否していることは周知の通りである。したがって、与野党の協議が整わなければ、かりにこの法案が衆議院を通過しても野党が過半を占める参議院で否決されることは確実だ。
その場合には政府はどうするか。野田首相は民主党大会での挨拶の中でつぎのように警告した。「参院に法案を送って野党に『つぶしたらどうなるか』を考えてもらう手法も時には採用していく」(日経、同上)。これは、「参院で否決された場合、衆院解散・総選挙もあり得るとの認識をにじませたもの」(同前)であろう。
このシナリオに対し、自公両党が事前協議に応じて、政府提出法案を修正した上で成立させる道も一応可能性としては残されている。その場合には、法案成立後に衆院を解散することが条件となるものと予想されている。すなわち「話合い解散」だ。
したがって、以上をまとめると、「野田佳彦首相は2つの衆院解散・総選挙シナリオを視野に、通常国会に臨んだ。第1は消費税増税法案の成立と引き換えの野党との『話合い解散』。第2は不成立時にやむなく国民に信を問う『小泉型解散』だ」(日経、29日)ということになる。ここで小泉型解散というのは、衆議院で可決された郵政民営化関連法案が2005年8月に参議院で否決されたことを受けて、小泉純一郎首相が衆院を解散した事例を指す(その直後の選挙で自民党は圧勝)。いずれにせよ、「時の首相が国会招集前(16日の民主党大会での言明を指すー加筆)からこれほど解散風を吹かせたのは異例だ」(日経、同前)。
「一体改革」法案についての事前協議が成立する一つの可能性は、公明党を協議に引き入れる場合であると政府は判断している。すなわち公明党が、事前協議に当たっては政府が社会保障の「全体像」を明確に示すことが先決だと主張したため、政府与党はこの全体像についての議論を突破口に公明党を事前協議に引き入れられるのではと期待したのである。
ところが、民主党が2009年の総選挙で公約した最低保障年金(月7万円)の実施を前提とすると、2075年には、現行制度を続けた場合より年間で25.6兆円余計にかかること、この費用をまかなうには消費税率をさらに7.1%引き上げなければならないことが民主党の試算でわかった(朝日、25日)。かりに、この試算をもとに今の時点で社会保障の“全体像”を正式に提示すると、政府の消費税引き上げ案は2013年4月に8%、14年10月に10%とする現在の案にさらに7%を加えるものとして論議されることになる可能性がある。
そこで政府与党は、「一体改革と試算は別のもので、(7.1%の引き上げが必要となるのは)60年後の話だ」(樽床伸二幹事長代理の談話。讀賣、30日)として、上記の「試算を当面公表せず、 引き続き対応を協議する」こととした(讀賣、同上)。だが、公明党の石井啓一政調会長は「社会保障全体の将来像を具体的に提示することが、与野党協議の前提と言ってきた。具体像が示されないと議論できない」と主張している(同上)。
しかし、60年後の経済の姿を具体的に描くことは、実際には完全な計画経済(それが可能だと仮定して)の下でも不可能な話だ。その時までに世界の政治と経済がどのように変化しているのか、日本の人口は実際にどうなっているのかなど、不確定要素があまりにも多いからだ。したがって、超長期の経済予測は、かりにそれを行うとしても、その際にどういう前提・仮定を置くかによっていく通りもできるのだ。それは、各種仮定の下でのシミレーション(模擬実験)とその結果にすぎず、決して予測や計画とはいえない。
だから、民主党の試算を公表させ、それで議論しようという公明党などの主張は、一体改革の事前協議を拒否する口実に過ぎないと思われる。
このほかに、政府与党が公明党を一体改革の事前協議に引き入れるための材料として期待しているのが衆議院選挙制度改革案だ。政府は消費税を引き上げる際の前提の一つとして、“政治家自らが身を切る改革”として衆議院議員定数の削減を実現しようとしている。この案は、いわゆる「一票の格差」を是正するための小選挙区議員定数の「0増5減」(5県で小選挙区選出議員定数を一人ずつ減らす)と比例代表80減の案だ。しかし、現行制度を前提に比例代表議員数を減らすと、比例代表議員が多い中小政党(公明党は現21議員全員が比例代表)は大きな打撃を受ける。
ところが、小選挙区・比例代表併用の選挙制度でも、現行の比例代表「並立制」のほかに比例代表「連用制」があり、公明党はこの連用制への変更を主張している(この両制度の相違点については省略)。いま「2009年衆院選のデータに基づき、連用制を導入した場合の議席数を試算すると、比例定数を80削減しても、公明党は現在の21議員から33議席に勢力を拡大する」という(讀賣、29日)。連用制については他の中小政党からも同調する声が多い(同上)。
政府はこの選挙制度改革案をも突破口として公明党を一体改革案の協議に誘い込みたい意向だが、公明党(少なくとも現指導部の下での)にとっては民主党政権打倒という目標は基本方針のようなので、かりに選挙制度改革で一致できても、同党が一体改革の協議に乗る公算は小さいだろう。それに衆院の選挙制度改革は、たとえ今国会で決まっても、実際に適用されるのは、今年に予想される解散後の総選挙からではなく(0増5減案は別として)、決定後1年は経過した後の総選挙からと考えられる(予告・準備期間が必要)ので、比例80減の案が今国会でまとまるかどうかも不明なのだ。
つまり、選挙制度改革について政府与党と公明党との合意が成立しても、それによって同党を今国会中に一体改革の事前協議に引き入れることは困難だろう、ということだ。
結局、自公両党に余程の方針転換がない限り、政府が目指す「社会保障と税の一体改革」とそのための消費税引き上げの案が今国会で成立する可能性はない。したがって、野田内閣にとっての選択肢は、この関連法案の衆院での採決前に、法案成立の見込みは薄いと見て解散に踏み切るか、法案の衆院での成立後、参院での否決を受けて衆院解散を断行するかの二つではないか。衆院での採決前にでも解散があり得ると考えるのは、その採決に際しての民主党内からの造反を予防するためだ。
ただし、野田首相が解散の“切り札”を切ると予想される今回の場合には、民主党内の反消費税引き上げ派の造反も限られたものとなる公算が大きい。なぜなら、造反の結果として与党を追われ無所属で総選挙に臨むことになれば、資金を含む党の応援を失って落選のおそれが大きくなる(大物でなければ)からだ。この点は、2011年の場合には、大震災直後ということもあり、野党提出の菅内閣不信任案に民主党議員が同調して可決しても解散の恐れがほとんどなかったことと大いに状況が異なっている。
以上のように見ると、今国会の結末は、野田首相による「小泉型解散」となるのはほぼ確実と言えそうだ。
では、その後の総選挙ではどういう結果が出るだろうか。最近の世論調査での野田内閣への支持率の低下を見ると、民主党の敗北と自民党の勝利ということになりそうだが、その世論調査における政党支持率では自民党が民主党を上回っているとは言えない(当「診断録」2012年1月12日号参照)。これは、谷垣禎一総裁が率いる自民党が解散・総選挙を叫ぶだけで自らの政策主張をほとんどしていないからだろう。そこには、自党の多数の落選議員及び“野党疲れ”したベテラン議員からの早期総選挙要求に押されるだけの党指導部の党利党略が際立つのだ。
また、野田内閣提出の一体改革案(及びそのための消費税引き上げの案)を否決した後で、自民党は総選挙で何を訴えるのだろうか。そもそも消費税引き上げは自民党の公約(2010年の参院選)だったのだから、つぎの総選挙でもその旗を降ろすことは出来ないはずだ。では、野田内閣の案よりはましな消費税引き上げや社会保障改革の案を示すのだろうか。
もし、二つの消費税引き上げ案の闘いになった場合には、すでに衆院での可決という実績を持つ政府与党側が有利になりそうだし、消費税引き上げ反対を主張する中小政党が躍進して二大政党が勢力を落とす可能性もある。
このように、とにかく自民党が解散に伴う総選挙で非常に有利になるという予想をするのは困難だ。そのように展望すれば、自民党としては政府与党が呼びかけている協議に乗り、自党の主張を一体改革原案に盛り込ませた上で、つぎの総選挙でその実績を誇示する方が余程有利だと思えるのだが、そういう計算が出来ないらしい。
ところで、つぎの総選挙で自民党あるいは民主党が衆院での第1党になったとしても、いずれの場合でも衆参両院の「ねじれ現象」は解消しない。小泉首相の下での郵政解散・総選挙では、参院での郵政民営化法案否決の大きな原因が自民党議員の造反にあったから、総選挙で小泉自民党が大勝したあとではそうした一時的ねじれ現象は解消された。だが、2012年の解散・総選挙の結果では、参院の勢力には変化がないので、民主、自民のいずれが衆院第1党になっても国会のねじれは解消しない。
その点をどう考えるのか。野田民主党も谷垣自民党もその点の解決策を何も示していないから、かりに両党のいずれが勝っても、社会保障と税の一体改革はいうに及ばず、これといった政策的な進展はほとんど見られないのではないか。そうなれば、それは日本の政治の一層の劣化である。
世には石原(慎太郎都知事)新党や橋下党(大阪維新の会)、あるいはそうした新党の連合に期待する声があるが、そのような新党運動が参院議員を含む既存国会議員の再編成をもたらさないならば、やはりねじれ国会を克服できないだろう。そう考えると、こんごの日本の政界をリードできるのは、新たな連立政権を構想、実現できる政党とその指導者だということがいよいよ明白になる。(終り)
(追記)本日(1月31日)、当「診断録」は開設満3年を迎えた。
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開設三周年! 診断録子の健筆を祝福します。
子のいわれるように、総選挙の結果は空しいものになりそうですね。
それにしても、50年も先の推計をしたり、その数値を論ずるのはバカです。企業では10年先の長期計画ですら行いません。バカにコンピュータは恐ろしいものです。
官僚がすきな、係数一つでどうにでもなる「統計的予測」にはもっと批判的になるべきでしょう。『統計というバカ鏡』Narren Spiegel der Statistik という古典があったことを思いだしました。(かたつむり)
2012/2/1(水) 午後 4:04 [ drk**276 ]