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橋下徹大阪市長が代表を務める地域政党「大阪維新の会」は2月13日に次期衆院選に向けた政策原案を「維新八策」の骨子と名付けて公表した(その骨子の全体はmsn産経ニュース、21日に)。
橋下市長は「大阪都」構想を実現するために大阪府知事を任期途中で辞任して大阪市長選に立候補し、後任の大阪府知事には同じ維新の会の松井一郎幹事長を立候補させて、ともに当選するという離れ業を演じ、政治的スターにのし上がった。さらに、当初は「大阪都」構想を支持する衆議院議員を確保するために次期総選挙に際し同会から候補者を立てると言っていたのが、周囲から橋下氏の政治的力量に期待する声が高まるにつれて、いつの間にかそれが国会での新勢力形成を目指す候補者擁立ということになった。その衆院選で掲げる政策が「維新八策」である。
しかし、この「八策」骨子を通じて橋下氏及び大阪維新の会が述べていることは、思いつきを並べただけのものであるように思える。
この「維新八策」は、1867年に倒幕と大政奉還を目指す坂本龍馬が長崎から上洛する船中で書いた「八策」(船中八策と呼ばれる)(注)を真似たものだが、これと「橋下維新八策」を比較するとまさに月とすっぽんだ。
端的に言えば、龍馬の八策は自らの生命を賭けた実践に裏付けられた簡潔で格調高い「革命」の宣言であるのに対し、橋下八策は、周囲に煽られて国政へ進出することにした地域政党の、にわか仕込みの政策提言集である。
橋下八策の性格を端的に表す「策」は、「首相公選制」や「参議院改革→最終的には廃止も視野」などだ。すなわち、橋下氏らは最近の頻繁な首相交代に見られる政治の不安定、衆参両院の“ねじれ”による国会審議の停頓など、不毛な政治への国民の不満と批判を見て、“首相を公選で選べば首相の地位は安定する”、また“国会がねじれて議事が進まないのならば参院を廃止してしまえ”と安直に答を出したようである。しかもこれらの改革は憲法改正を必要とするもので、それをつぎの政権の政策として選挙で掲げるのだからあまりにも性急だ。
(注)龍馬の「八策」は次の通り(「日本の思想20 幕末思想集」、筑摩書房1969年)。
一、天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく(よろしく)朝廷より出づべき事。
一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参贊せしめ、万機宜しく公議に決すべき事。
一、有材の公卿・諸侯及天下の人材を顧問に備え、官爵を賜い、宜しく従来有名無実の官を除くべき事。
一、外国の交際広く公議を採り新に至当の規約を立つべき事。
一、古来の律令を折衷し、新に無窮の大典を撰定すべき事。
一、海軍宜しく拡張すべき事。
一、御親兵を置き、帝都を守衛せしむべき事。
一、金銀物貨宜しく外国と平均の法を設くべき事
以上である。読めば明らかなように、これは幕府(による)支配から朝廷支配への転換、議会制(二院制)の導入 、外国との平等な条約の締結(至当の規約を立つ)などを主張した「革命」の書である。
さて、橋下「八策」が主張する首相公選制は行政権の立法権からの独立につながり、政治制度としては議院内閣制から実質的に大統領制(大統領とは呼ばないでも)へ移行する可能性もあるものだ。そうなれば、政府が議会で不信任されることも、逆に政府が議会を解散することもなくなるし、政府が法案を議会に提案することも、また議会に出席、発言することもなくなる(米国では例外的ケースとして大統領が議会で弾劾されることがあるが)。そして国会議員が政府閣僚になることもなくなる(閣僚になる場合は議員を辞職する)。
だが、橋下「八策」は首相公選制ということで具体的にはどういう制度を考えているのか不明で、「八策」は全体的にそうした大事なことを何も説明していないのだ。
新憲法下の日本でも、これまで首相公選制の主張はあった。その嚆矢(こうし)は1961年に中曽根康弘衆議院議員が唱えたものであろう。また小泉純一郎首相は2001年に「首相公選制を考える懇談会」を設置、同懇談会は翌2002年に報告書を提出している。
これまで日本で首相公選制に関して常に問題とされた重要論点の一つは、公選首相は実質的に大統領で国家元首に相当するので、天皇の地位(現憲法では「国民統合の象徴」となっているが、大日本帝国憲法《明治憲法》では元首と規定されていた)と競合することになって不都合だ、という点にあった。今回の橋下「八策」についてもこの点が議論となっており、これに対して橋下氏は「天皇元首」説を主張して、「公選首相元首」論を否定している。すなわち、橋下氏は2月17日に参院予算委員会のメンバーと会談、その際外山斎委員(民主)が首相公選制について「大統領制とほとんど変らない。国家元首は首相になるのか」と質問したのに対し、「天皇制のもとにおいて、国家元首は天皇陛下だ」と明言した(msn産経ニュース、2月17日)。この元首論は天皇(による)統治論に発展する可能性を秘めているのではないか。
つぎに橋下「八策」が主張する「参議院の廃止」論であるが、八策では「終局的な廃止」に至るまでに「参議院の改革」を行うとしているが、それがどのような改革であるかについては何も説明していない。
橋下氏は、上述したように、最近の国会の”ねじれ”現象とそれによる議案審議の停滞に業(ごう)を煮やして参院廃止論を唱えたのだろうが、ねじれ現象は一院制国会の下でも起き得る。すなわち、政府与党が衆議院で少数党になれば、政府と議会の”ねじれ”が起きる。さらに、大統領制のいまの米国においても、下院で野党・共和党が多数党になっているため“ねじれ”が起きており、政府が望む法案はほとんど成立しなくなっている。
もし、一院制国会の下で”ねじれ”が起きた場合には、仮にその時首相が橋下氏であったとすると(現実性はないが)、こんども思いつきで“では国会を廃止せよ”と主張しかねない。
このように、橋下「八策」は多分に現実政治の批判から発した思いつきから生まれたものだが、そこから具体的な改革論を練り上げることは避けて(まだその能力はない)、一挙に首相公選制や参院廃止論などの大きな制度改革論(憲法改正が必要な)へ飛躍している。そこで「維新八策」と称する「船中八策」(龍馬)のイミテーションを持ち出したのであろう。
ところが、大阪維新の会は重要な安全保障問題ではそうした改革論を避けている。すなわち、「橋下八策」は「外交・防衛」について、「自主独立の軍事力を持たない限り日米同盟を基軸」と述べている。これでは何を言おうとするのかが不明だ。むしろわざと曖昧にしているようにも見える。それは、維新の会の腰が据わっていないからだろう。
この文言は、「今の日本には自主独立の軍事力がないから日米同盟が防衛の基軸だ」と述べているようであるし、また「自主独立の軍事力を持つに至れば防衛の日米基軸は解消する」との展望を述べているようにも読める。とにかく、ここでは維新の会の態度がまったく曖昧だ。
そもそも日本の「自主独立の軍事力」とは何か。答は簡単で、他国の軍事力に支えてもらわないでも日本を防衛し得る軍事力だ。そして、日本は今のような「日米同盟」(実はこれは同盟ではないー後述)がなくても日本を防衛できるような「自主独立の軍事力」の育成を急ぐべきなのだ。そうでなければ、沖縄の軍事基地負担を縮小・解消していくこともできないだろう。私は今の自衛隊の軍事力と国民のバックアップがあれば、遠からず日本はいかなる外国の侵略にも(もしあるとすれば)対抗し得る軍事力を備え得ると考える。
したがって政策としては、私なら維新八策とは違って、「自主独立の軍事力を備えて日米同盟基軸の安全保障策から抜け出す」ことを主張するだろう。ところが橋下「八策」は、「自主独立の軍事力を持たない限り日米同盟を基軸」と述べるだけで、具体的な展望・対策を示さない。
推測すると、大阪維新の会が「自主独立の軍事力がない」という場合、日本に核兵器がないということを念頭に置いている可能性がある。それを持てないから日米同盟に頼る、すなわち米国の「核の傘」に頼るというのかも知れない。
だが維新の会は、この意味での「自主独立の軍事力」を持つのが目標だと宣言する度胸まではないのだろう。だから、安全保障政策については何も言えないのだ。なお、私は核兵器を持たなければ自主独立の軍事力に欠けるという考え方には同意できない。
ところで、維新の会も安易に「日米同盟」という言葉を使っているが、以前に当「診断録」(2010年12月13日号)で述べたように、実は日米安保条約には「同盟」という言葉はどこにもないし、また実態としても日米安保は同盟ではないのである。なぜなら、同盟とは、加盟の一国に対する第3国による攻撃に対しては、他の加盟国は個別にまた集団的に武力を含む対抗措置をその第3国に対してとるというものだが、日米安保条約は「米軍駐留下の日本を日米両国で防衛する条約」(「診断録」同上)であり、米国本国が第3国から攻撃を受けても日本が行動する義務はない。
それにもかわらず、この安保条約が締結(1960年)されてから50年余の間に、日米の政府はなし崩しにこの条約とそれを軸にする日米関係を日米同盟と呼ぶ(実は詐称)ようになった。あたかも日米関係が対等であるかのような印象を与えるためだ。
それはとにかく橋下「八策」は、いまは日本には自主独立の軍事力はないと考えて日米同盟基軸論を唱え、将来については恐らく核武装を想定しているのかも知れないが、具体的には何も言わないでいる。しかし、核武装を日本の自主独立の軍事力の必須条件と考えていては、自主独立の軍事力はいつまでも持てないだろう。
このように、橋下「八策」は日本の安全保障のあり方に関しては何も言っていないのに等しいのだ。それは、この問題については橋下「八策」に特有の「思いつき」だけでは政策を語れないからであろう。
結局、大阪維新の会はついこの間までは「大阪都」構想を実現するために全力を挙げていたのであり、衆院選での候補者擁立も主としてその実現を支援するためであった。ところが、全国的な橋下人気と国政への進出待望論に煽られてそれに乗る気になり、急いで(ほとんど準備なしに)政策論(憲法改正が必要なものを含む)として打ち上げたのが「維新八策」で、それはまったく説得性のない政治文書になってしまった。
ところが、維新の会以外の政治家がつぎつぎと同会の主張に賛同したのには驚く。その筆頭格は石原慎太郎東京都知事で、2月17日の記者会見で維新八策について「大賛成のところがある」と評価、つぎのように語っている。「首相公選制導入についてはいいことだ。…参議院はもういらない。二院制はナンセンスだ」と。また、「たちあがれ日本」の平沼赳夫代表が維新八策には「国家観がない」と批判したことについては、「そんなことはない。随分国家観があると思う」と持ち上げた(朝日デジタル、17日)。
みんなの党の江田憲司幹事長は政策を比較した上で、「違うところを探す方が難しい。細かいところまで一緒」と強調した(東京、15日)。「みんなの党は次期衆院選で民主、自民両党に対抗できる第三極を目標にしており、維新の会との連携強化は不可欠。民主、自民両党より政策が近いとことのアピールに躍起となった」(東京、同上)。これなどを見ると、むしろ橋下ブームに乗ろうとするみんなの党の軽薄さを印象づけられる。
こんご、大阪維新の会は3月中旬には「維新八策のとりまとめ」を発表するとのこと(日経、23日)なので、そこで「骨子」からの改善が見られるかどうか、注目したい。(終り)
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竜馬の八策と橋本氏の八策を同列にすること事態が問題ではないですか。物事には必ず背景があってこそ価値がある。即ち問題はTPOである。竜馬はその当時の日本の社会的政治的バックグランドから、次のステップで行なう目標を八策としてあらわしたものであり、橋本氏は当面彼の身の回りの政治情勢(大阪)からあらわしたもので、其れが革命であろうが無かろうがどうでもよい。彼を行動を取るための指針であればよいのではないだろうか。八策は固有名詞から普通名詞になた事である。
2012/3/4(日) 午後 11:20 [ tas ]