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ワシントンで開かれていたG20(主要20ヵ国)財務相・中央銀行総裁会議及びIMF・世界銀行合同春季総会は4月20日、その共同声明で、IMFの危機対応資金(anti-crisis firewall、防火壁)を4300億ドル増強することで合意したと発表した(各紙、21日夕刊。ただし日本の新聞はG20の「共同声明」と伝え、G20とIMF・世銀総会との「共同」に関しては無視ないし見落し)。この資金増強はIMFに対する資金拠出国の双務的な信用供与により行われ、IMFの資本金に相当するクォータ(割当額。投票権はこれに比例)の増額ではない。
4300億ドルの資金拠出国はユーロ圏2000億ドル(うち最大額のドイツは550億ドル)、日本600億ドル、韓国、サウディアラビア、英国各150億ドル、スウェーデン、スイス各100億ドルなどで、新興主要国のいわゆるブリックス(BRICs、ブラジル、ロシア、インド、中国)は拠出の意思は表明したが金額を含む最終決定は保留した。G20のうち米国とカナダは拠出を拒否し、G20及びIMF(加盟188ヵ国)の中で孤立した。第2次大戦後の国際通貨・金融史の中で、IMF設立の主導国であり、この分野で常に主導的役割を演じてきた米国が少数派となったことは画期的な出来事だ。
このIMFの資金増強案は、もともとはユーロ圏内の国々のソブリン危機に対する“防火壁”(firewall)を世界的な枠組みで(すなわちヨーロッパ内部の防火壁だけではなく)補強しようとする資金計画で、2011年11月のG20・カンヌ・サミットでその方針を決定し、その次のG20財務相会議(2012年2月末にメキシコで開催)でその具体案を決定できるように構成国財務相に指示した。そのG20のメキシコでの財務相・中央銀行総裁会議は、IMFの資金増強に先立ってヨーロッパ各国が自前の防火壁をさらに強化することを求め、最終決定を4月の財務相会議(ワシントン、今回)まで先送りにしていたのだった。
メキシコ会議後、ユーロ圏は3月末の財務相会議でユーロ圏としての合計融資能力を従来の5000億ユーロから8000億ユーロ(注)に引き上げることで合意した。これにより「G20、BRICsなど世界各国からの要請にユーロ圏は応じた」(レーン欧州委員)とヨーロッパ側は主張、G20の議長国を務めるメキシコのロドリゲス財務次官もこのユーロ圏の決定について、「前回のG20財務相会議での協議内容に沿った合意であり」、「IMFの財源強化に向けた重要な1歩だ」と表明した(ロイター、3月31日)。
(注)この8000億ユーロの内訳についてロイター(3月31日)は次のように伝えている。「5000億ユーロは常設の安全網となる欧州安定メカニズム(ESM)の資金、2000億ユーロは現在の一時的な救済基金である欧州金融安定ファシリティ(EFSF)の下でギリシャ、アイルランド、ポルトガルへの支援向けにコミット(約束)されている資金」で、以上で7000億ユーロ。それに、ユーロ圏財務相会議の声明では、「欧州金融安定メカニズム(EFSM、上記のEFSFとは別ー引用者加筆)が拠出する490億ユーロ、及びギリシャに対する530億ユーロの二国間融資を加えるとユーロ圏は約8000億ユーロのファイアーウォールを構築することになる」と述べていると。
これで見ると、すべてはすでに調達が決まっている資金(ESMは今年7月に発足、2014年までに年次計画で各国が計5000億ユーロを払い込む予定)及び融資がすでに決まっているがこれから実行される資金を合計しただけであり、そうした従来の計画に新規に追加された資金はない。その点で、ユーロ圏がG20の要請により本当に防火壁を増強したとは言えないのではないか。
以上のような経過の後、4月のG20及びIMF春季会合はIMF資金の4300億ドル増強を決めたわけである。この決定に対する異論は、新興国を代表するかたちのブラジルと先進国グループのうちの米国・カナダから唱えられた。
ブラジルのマンテガ財務相は今回のG20への事前意見書の中で、IMFが2010年に決めたクォータ(割当額。上述)の変更をまだ実行していないことを厳しく非難し、「基金の投票権は加盟国の経済産出高(GDPを指すー加筆)に比例するように速やかに修正されるべきだ」と主張した(NYTimesWeb版、4月20日)。これまでも、「新興諸国は彼らがIMFの資金増強に参加するためには基金での投票権を高められるべきだと主張してきている」。しかし米国の当局者は、匿名を条件に、「今回の防火壁資金の増強によってIMFの投票権に変更が加えられることはない」と述べている(同上)。
米国は「ヨーロッパの問題はヨーロッパ自身が解決すべきものであるし、それに、IMFは現在でも十分な余裕資金を持っている」と主張し、今回の資金増強計画への不参を表明した(同上)。しかし、私自身も繰り返し述べてきた(例えば「診断録」2011年9月28日号)ことだが、ユーロ圏は単一通貨を採用する「通貨同盟」だが、決して「加盟国の相互援助組織ではない」し、他方でユーロ圏の信用不安は世界的な影響を持っている故、そうした世界的金融問題に対処すべき役割をIMFが担うのも当然なのだ。だからこそ、IMFはギリシャに対する救済融資に当初から参加しているわけである。
また、米国が主張するIMFの資金余裕についていうと、「ギリシャに対する第2次支援画が完全に実行されると、IMFの救済資金の80%がユーロ圏の国に融資される」ことになり(FAZ、フランクフルター・アルゲマイネ紙Web版、4月20日)、IMFの救済能力(こんごに起こり得る世界各地域・各国の危機に対応するための)の余裕は極端に低下する見込みである。
だから、米国の上述のような議論にはまったく根拠がない。それに、米国自身もG20カンヌ・サミット以降、IMFの資金増強案に同意したかたちになっている。
そこで米国の真意について、バロワン仏蔵相が言うように、「オバマ政権が議会によってその手を縛られているーIMFへの追加資金の供給には議会の承認が必要であろうからーことは理解している」(NYTimes、同上)といった解釈が有力になっている。しかし議会がどう反応するにせよ、もし政権担当者がそれを必要と判断すれば、とにかくその必要性を説き、政策として提起すべきだろう。ところがオバマ大統領もガイトナー財務長官もそうしたことについては何も語っていないのだ。
ということは、実は米国はIMF資金を増強してユーロ圏を支援することに反対なのであり、もっと突き詰めれば、ユーロ圏を救済する必要を感じていない、ということにならざるを得ない。
ここで興味深いのは、G20でカナダが行ったIMF資金増強案への反対論である。すなわちフラーティ(Flaherty)カナダ財務相は、「IMFはヨーロッパの緊急事態に対処する十分な資金を持っている」が、「ヨーロッパの状態は極めて危険なので、IMFの資金をそこに向けるのは危険であり、そのような対欧資金援助を阻止するために非欧州の諸国は拒否権を持つべきだ、との異常な要求を持ち出した」という(FAZ、同上)。ただし、「カナダはこのような要求を持ち出したため、IMF会合の中で孤立した」(同上)。
しかし、カナダの「異常な要求」を別として、「IMFには資金の余裕がある」との同国の主張は米国のそれと同じである。だが、そうした主張は、G20とIMF総会の決定と、日本をはじめとする多くの国の資金拠出申し出によって完全に否定されている。
国別では日本が最大の600億ドル(ユーロ圏全体では2000億ドルだが1国では圏内最大はドイツの550億ドル)の資金拠出をいち早く表明した。そのためラガルドIMF専務理事は、G20を前に、「日本のリーダーシップおよび多国間主義への強いコミットメントに感謝するとともに、IMFの他の加盟国が日本に続くことを期待する」との声明を発表した(IMFの新聞発表、4月16日)。
私は今回の日本政府のこの積極的行動を評価したい。こうした資金拠出が可能であるのは、日本が世界第3位の経済大国であり、かつ世界第2位の外貨準備(その主要部分はドル。2012年3月末で総額1兆2887億ドル)の保有国であるからにほかならない。
もっとも、こうした日本の積極的行動について、その理由を「欧州債務危機の再燃に伴う世界経済悪化や円高進行の回避」(ロイター、4月21日)にあるとの指摘があるが、それは当然であるし、他の国も同様あるいは類似の理由を持っているはずだ。中国はヨーロッパの景気下降に伴う輸出減少に直面しているし、米国はユーロ危機に誘発された株価の相次いでの下落に見舞われているし、イタリアなどの重債務国の国債を保有している米金融機関はそうした国債相場の下落に見舞われている。そもそもヨーロッパの信用不安が世界的影響を持っているからこそ、G20でもIMFでもそれへの対処策を用意してきたのではないか。
だが、国際金融問題ではしばしばトンチンカンの日経は、今回のIMFの資金増強についても、IMFでの発言権強化を狙った中国がメキシコでのG20財務相会議(今年2月)で資金拠出を仕掛け、慌てた日本が中国の先を制して600億ドルの拠出を決めたのだと書いた(4月22日)。これなど、カンヌ以後のG20の推移をまったく無視した(知らない?)もので、上述のカナダ財務相発言と並ぶような、IMF資金増強問題での珍説だ。
結論として述べれば、今回のIMF資金増強問題で目立った最大の点は、なんといっても米国のこの資金増強計画への不参加だ。その基本的な理由は、米国は対外的にも大債務国に陥っていて、国際支援を担う力を失ったということであろう。ただ、ドルがなお準備通貨(他の国によって対外決済と対外準備に使われる通貨)として世界最大のシェアを持っているため、国際金融の緊急時にはFed(米国の中央銀行である連邦準備制度)が外国に資金を供給する役割を担っているが。
ほかに理由として考えられる点は、米国が本当はユーロ圏の救済を望んでいないようだ、ということである。それは、ユーロ圏とくにドイツが健全財政主義、健全通貨主義を主張し、米国流の赤字財政に寛容な政策、物価安定より通貨発行による経済刺激を重視する金融政策に対するアンチ・テーゼを明示し、実践しているからであろう。しかも米国にとって厄介なのは、こうした財政・金融政策のあり方については、市場原理という点でドイツの方が伝統派、正統派であることだ。これは、これまで常に他国に市場主義の実行を説いてきた米国には極めて不都合な現実のはずだ。
米国がユーロ圏の救済を望んでいないと推量するもう一つの理由は、ユーロ圏が単一通貨というかたちで固定為替相場制の極致を実現している点だ。これは変動為替相場制を最良とする米国にとってははなはだ迷惑な存在のはずである。しかも、通貨価値の対外的安定という面でも、金本位制に見られるように、固定為替相場制の方が伝統的・正統的なのだ。
そのような点を考えると、米国は本心ではむしろユーロの崩壊・消滅を望んでいると言えるかも知れない。米国の市場筋やエコノミスト、それに追随する日本など他国の市場筋やエコノミストが不断に流してきたユーロ崩壊論は、ユーロ圏的あるいはドイツ的な伝統派政策を崩壊させたいという深層心理に発している可能性がある。
そう考えると、今回のIMF資金増強計画に対する米国の非協力方針も平仄(ひょうそく)が合う。
とにかく、ユーロ圏問題とそれを機とするIMFの資金増強計画をめぐって、米国はG20の中、同時に世界の中で孤立した。このことが長期的に世界政治・経済にどのような意味を持つかということは、はなはだ重要な研究課題だ。(終り)
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