文太郎の日記帳

景気、財政赤字、国際経済、政治・政局、世界情勢、日米関係など現代の諸問題を広い視野で解明します。

現代短評

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 4月末〜5月初めの連休には4月29日の「昭和の日」と5月3日の「憲法記念日」が祝日として含まれる。昭和の日(2007年に従来の「みどりの日」を改めて制定)は戦前の「天長節」(昭和天皇誕生日の祝日)にあたるが、07年以後は、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日とされている。他方、憲法記念日は、言うまでもなく1947年5月3日に日本国憲法(それまでの「大日本帝国憲法」に代わる)が施行されたことを記念する日である。
 憲法記念日は、それ自体また「激動の昭和」を象徴する日の一つ(重要な)にほかならない。しかし今年の「昭和の日」には、ほとんどどのマスコミもこの日についてとくに触れる記事・論説を掲載しなかったし、日頃なにかと多忙な公務をこなす現天皇の行動についても特別の報道は見当たらなかった。要するに国民のほとんどはこの日に昭和を思い起こし、偲ぶことはなかったように思える。
 ところが、憲法記念日に関しては、それを前にして4月27日に自民党が独自の第2次憲法改正草案を発表したし、記念日当日にはどのマスコミもそれに関する記事や論説を掲げた。二つの記念日(両者関連した)についてはこのように関心の差は大きかった。

 私見によれば、いまの多くの人々は「昭和の日」の真の歴史的意味(と考えられること)について思いが及ばないのであり、憲法についてはなんらかの意味で(参議院の廃止とか首相公選制など)その改正の必要を感ずる人々が増えているためである。例えば日経が4月20〜22日に行った世論調査によると、現行憲法を改正すべきだと答えた人は53%で、現在のままでよいとする人の33%を上回っている(同紙、3日)。しかし本当は、「昭和の時代」の意味を以下に述べるように理解すれば、昭和の日を特別の思いで迎えるはずだし、またそのように考えれば、憲法改正についても従来型の(マスコミ報道・主張や自民党の改憲論に見られるような)ものとは違った視点と関心を持つことになるはずだ。
 私は昭和期は日本が歴史上ではじめて外国との戦争で敗れて国土を外国軍に占領された時代であるし、その占領下に作られた「日本国憲法」は、そうした日本の被占領状態を事実上で永続化するための布石であったと考えている。その意味で昭和の日と憲法記念日は関連して共に記憶、記念すべき日だと思う。

 歴史を百年、千年の尺度で見て、それぞれの時代を特徴づけるとすると、昭和の時代は日本が世界の列強の一つに数えられるに至ったものの、また無謀な戦争とその敗戦、国土の焦土化と被占領をもたらした時代(その後に復興はしたが)と特徴づける以外にはないと思う。そのような敗北と被占領という屈辱の時代は日本歴史の他の如何なる時期にもなかった。
 ところが日本では、とくに支配者層は、敗戦を敗戦として直視することをいやがった。そのため、8月15日は「敗戦の日」ではなく「終戦記念日」と言い変えられてきた。「敗戦」を直視すると、そのような戦争を開始し、遂行したものの責任が日本国民自身によって問われるからだ。そのような戦争責任論の高まりをかわすために、敗戦直後から「一億総懺悔論」が政府とマスコミによって唱えられた。
 国内からの戦争責任追及の代わりに、占領国が勝者の立場で「戦争犯罪人」の裁判を行った。少なからぬ数の人々とくに保守派の人々は、この連合国による「東京裁判」を非難したが、日本国民の立場から行うべき自国戦争責任者の追及は避けてきた。
 
 ところで、米英中(中は中華民国で総統は蒋介石)の連合国の日本占領の目的が、なによりも「日本国軍隊の完全な武装解除」、「無責任な軍国主義の駆逐」、「日本の戦争遂行能力の破壊」(以上、ポツダム宣言より)にあったことは言うまでもない。日本国憲法もそのような占領目的に沿うかたちで制定された。
 具体的には、敗戦の年1945年の10月には早くもマッカーサー占領軍最高司令官が近衛文麿国務相に憲法改正を示唆している。また同月、アチソン駐日米大使は憲法改正に関する米国務省訓令を受領した。こうした動きに応えて、日本政府は10月中に「憲法問題調査委員会」(松本丞治委員長)を設置、翌46年2月には新憲法の松本案を占領軍司令部に提出した。だが、この案は「民主化には不十分」として直ちに司令部によって拒否され、代わりにいわゆるマッカーサー草案が提示された(以上は衆議院憲法調査会事務局による)。
 この草案をベースにして政府の憲法改正案が作成されて46年6月に衆議院に提出され、同院と貴族院及び枢密院の審議を経て、敗戦後早くも1年2ヵ月余で46年11月3日には日本国憲法が公布されたのである。

 だから新憲法の力点は、簡単化して言えば、「軍国主義の駆逐」のための民主化措置と、「戦争遂行能力の破壊」のための軍備禁止(第9条)にあったことは明らかだ。だが、独立国家が自衛の軍備を持てないということには無理があり、この憲法制定時からその点への批判が起きていた。私の記憶では、当時は共産党もこの軍備放棄条項に反対していた(共産党機関誌「アカハタ」にその記事が残っているはず)。
 以上のような連合国の占領政策は、その後における東西冷戦の表面化とともに、米国による日本の工業力と軍事力の再利用という方向に変化したが、1951年9月における対日平和条約(サンフランシスコ平和条約)及び日米安全保障条約の調印によって、米国による日本の(復活した軍事力を含め)コントロールという基本は維持されることになった。

 そのことを保証し、象徴するのが、その後における米軍の引き続いての日本駐留とその軍事基地の確保である。沖縄の基地問題はその象徴である。これは、「日本国民の自由に表明された意思に従い、平和的傾向をもった責任ある政府が樹立されるならば、連合国占領軍はすみやかに日本から撤収するであろう」とのポツダム宣言の不履行であり、約束違反である。この平和条約以後における米軍の日本駐留は安保条約による合意に基づくかたちをとっているが、戦勝国の軍隊が平和条約後も敗戦国に留まるということはなんと言っても異常である。
 現在の米軍の日本駐留と米軍基地の存在は、日本の防衛(仮想敵国はかつてはソ連、最近は中国あるいは北朝鮮)のためと主張されており、その上、日米安保条約はいつの間にか両国対等を思わせる「日米同盟」だと呼ばれるようになっている。しかし、日米間でそうした「同盟条約」(同盟とは相互援助の双務的な軍事同盟である)を締結したことも、そうした条約が日本の国会で承認されたこともない(当「診断録」2010年12月13日号参照)。

 上記の「診断録」は日米安保条約について、「端的に言えば、米軍駐留下の日本を日米両国で防衛する条約」で、その「日本防衛の武力においては日米両国のうち米国の武力が圧倒的に優勢(とくに質的に)」であると特徴づけた。つまり、米軍主導の日米両国軍が米軍駐留下の日本を守るのが日米安保だということである。
 この状況を、リチャード・アーミテージ元米国務副長官(いわゆる日米安保族)は次のように特徴づけた。すなわち日米同盟とは、「米軍は日本を守るために血を流す。日本の自衛隊も血を流す」ことだと(「診断録」、同上)。つまり、防衛の主力は米軍で、自衛隊はその補助軍だということだ。
 こうした状況から、「日本が米国の(被)保護国であり、自衛隊はいわば“本国”の米軍の従属的軍隊だという実態」が浮かび上がってくる(同上)。 

 日本のこのような政治的位置は、国際的にはハッキリと認識されている。すなわち、日本は米国の“目下の同盟国”であり、独立の国際政治上の力と位置を保持していない、突き詰めて言えば真の独立国ではないのだ、と。実際、日本は3年ぐらい前までは世界第2位の経済大国であったし、現在も第3位に付けているが、世界政治の上でそれに相応しいような注目と尊重を受けたことはほとんどない。この点は、世界第2位の経済大国の中国が、軍事力増強の効果もあるにせよ、その一挙手一投足が国際政治上で注目されるのと極めて大きな違いである。
 去る4月末に野田首相が日本の首相としては3年ぶりに米国を公式訪問をしてオバマ大統領と会談し、6年ぶり(小泉首相以来)に日米共同声明を発表して日米同盟の強化を謳った。このことは日本のマスコミのトップ・ニュースとなったが、私が見た限り、NYTimesにもWashington Postにもこれについての記事は出なかった。つまり米国にとっては、日本の首相が訪米して大統領と会談することは、徳川時代の各藩主の参勤交代、それによる将軍への忠誠の表明のようなもので、いわば一種の年中行事なのだ。

 以上のことから、私は憲法を改正する(私は改正に反対ではない)ときには、各論に先立ち、第1条で「日本は独立国であり、国内に外国軍隊の駐留と外国軍事基地の設置を認めない」との趣旨を明記すべきだと考える。この条文の内容は現状と大きな距離があるが、憲法は国が将来に目指すべき方向を明示すべきものでもあるのだ。この方向への努力、闘いなしには、沖縄の基地問題の解決もあり得ないだろう。この条件が満たされてはじめて、日本の戦後と被占領の時代は終わるだろう。
 去る4月に発表された自民党の憲法改正草案には、自衛隊を国防軍とするなど、いかにも日本を独立国らしく見せる改正条項が盛り込まれているが、真に日本の独立を確立するための上記のような条項(外国軍の撤退など)はない。むしろ、一貫して従属的「日米同盟」を擁護し、推進してきた自民党にそれを求めるのは無理であろう。自民党などの保守派は、「占領下の押しつけ憲法からの脱却」を叫びつつ、客観的にはその後の事実上の占領体制を巧みに合理化・永続化することを考えているのに等しい。
 他方、最近の民主党はそうした自民党の路線にすり寄っている。また、すでに憲法改正についての考え方を発表している他の政党も(大阪維新の会も)、残念ながらこのような独立条項の明記を主張してはいない。最近の世論調査で憲法改正に賛成と答えた国民も、この点にまでは思い及んでいないようだ。

 結論として、昭和の日と憲法記念日には、私たちはあらためて敗戦と破壊及び外国軍による占領という悲劇と屈辱の歴史を思い起こし、そうした状態から真に脱却するための憲法改正とその実質内容の実現を目指す決意を新たにしたいものだ。(終り)   


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