|
来る6月17日に行われるギリシャの再選挙で、緊縮政策(EU&IMFによる支援の条件)に反対の急進左派連合(SYRIZA)が第1党となって新連立政府を組織するとの可能性が小さくないので、その結果、ギリシャがユーロ圏からの離脱を余儀なくされる(SYRIZAは緊縮に反対してもユーロ圏に留まり得ると主張しているが、そうはいかない)との見通しが増大している。
もちろん、こうしたギリシャのユーロ圏からの離脱(最近ではGrexit、グレグジットすなわちGreeceのExitと言われる《ロイター21日》)は確実とは言えないが、すでに「ユーロ圏当局者はギリシャのユーロ圏離脱に備え、ユーロ圏各国が個別に対応策を用意する必要があるとの認識で一致した」(ロイター、23日)ほか、各国、各国銀行・企業もそれぞれにそうした対策を進めているようだ。
こうしたGrexit対策を用意しているとして報じられた動きには、以上のほかに次のようなものがある。
「ドイツ連銀は23日、ギリシャのユーロ圏離脱による影響はかなり大きいものの『対応することは可能』との見解を示した」(ロイター、23日)。「ベルギーのレインデルス副首相は25日、中央銀行や企業がギリシャのユーロ離脱に備えていないとすれば、大きな誤りだとの認識を示した」(同、25日)。「イタリアのグリリ経済次官は24日、ギリシャのユーロ圏離脱回避を目指しているものの、その可能性に備える必要があるとの見解を示した」(同、24日)。フィンランドの「ウルピライネン財務相は、『危機の様々な局面で、フィンランドは異なった道や計画について評価してきた』と指摘(同)。「ユーロを導入していないスウェーデンでも…ノーマン金融市場担当相は24日、ギリシャがユーロを離脱した場合に備え、万全の体制をとっていると説明し、当局間で緊密に連絡を取り合っていることを明らかにした」(同)。
Grexitがヨーロッパ以外に与える影響については、それがギリシャのみならず、ヨーロッパと世界経済に混乱をもたらすとの見方もあるが(日本では強い)、米国セントルイス地区連銀のブラート総裁は、「欧米に深刻な打撃を与えずにギリシャはユーロ圏から離脱できる」と23日に次のように語った。「私はギリシャが(ユーロ圏を)離脱できると思っている。欧州や米国に大きな打撃を与えずに適切な方法で対処することが可能だ。…また欧州中央銀行(ECB)はユーロ圏の銀行システムを支える決意を示しており、米経済に対するリスクは一部のアナリストが考えるよりも小さいと指摘」した(ロイター、24日)。
これに対し、ジョンズ・ホプキンス大学「先進国国際研究センター」のMarios Efthymiopoulos客員講師は、「大混乱になる。銀行は破綻し、国有化を余儀なくされる。支払はクーポン券でしかできなくなる。ギリシャには(紙幣)印刷機が1台だけあるが、アテネの美術館が所蔵しており、もう使えない」と話した(同、21日)。
この「ギリシャには(紙幣)印刷機が1台だけ…」と言う話は素人だましの(本人もだまされている?)バカバカしい解説だが、ギリシャがユーロ圏から離脱した時に新通貨をどう調達するかは最大の問題だ。仮に新通貨単位を「新ドラクマ」としよう(しかし「ギリシャ・ユーロ」と呼んだって差し支えない)。
この新ドラクマ紙幣と補助通貨は極秘裏に国外で製造、準備することも可能だ。問題は現在のギリシャの政府あるいは中央銀行はそれを準備できない、また恐らく準備の必要を感じていないだろう、ということだ。また、次に成立可能性があるSYRIZA中心のギリシャ新政権は、緊縮に反対しつつユーロに残留できるとの幻想を持っているから、新政権としてすぐにこうした準備に着手することにはならないであろう。
これ以外に考え得る準備としては、ギリシャの中央銀行が極秘かつ非公式にユーロ圏の中央銀行とそうした用意を進めることである。もちろん、それには関連諸国の財務当局の同意と協力が必要なのはいうまでもない。
このような事前準備が整う前にユーロからの離脱が起きたとすると、新ドラクマ紙幣(これまでのように中央銀行券と呼ぶだろう)が本格的に流通するまでの過渡期には、ある程度の混乱が起きることは避けられないと思われる。
ところで問題は、ギリシャが新ドラクマを通貨の新単位とした場合に、物価や賃金あるいは債権・債務はどう表示されるか、新ドラクマの為替相場はどうなるか、である。
私はギリシャがユーロ圏から離脱しても、同国の「価格(賃金等を含む)の単位」は当分はユーロ建て(ユーロでの表示)のままであろうと予想する。そして為替の基準相場を新しく例えば1ユーロ=1.5ドラクマと設定する(まったく仮の話)が、その変動は自由にしておく。ドラクマとユーロ以外の外貨(ドルなど)との為替相場は当然対ユーロの相場から決まってくることになる。
そうすると、ギリシャでは価格の単位がユーロ建てで、流通する新通貨の単位はドラクマという状態が起きる。その場合、市民は商品を購入してどれだけのドラクマを支払うかは、新ドラクマ対ユーロの相場で決まることになる(計算が面倒だが)。
では、上記のような状況の下で、その新ドラクマ紙幣が不足しているとすればどうするかである。この場合には、市民保有の従来のユーロ(銀行への預金を含む)はそのままではギリシャ国内では通用不能とした上で(国外への持ち出しを禁止する)、中央銀行(及びその代理店で)でそのユーロ紙幣に証紙(注)を貼ったものを新ドラクマとして認証するのが一方法であろう。この「仮」新ドラクマ紙幣がどれだけの価値を持つかは新ドラクマの為替相場によって決まることになる。
過渡期における流通通貨としては、このほか外貨やドラクマ建ての代用通貨(小切手など)が使用されるだろう。
(注)第2次大戦後の1946年に日本で通貨の円から「新円」への切り替えが行われた場合(ただし通用価値には変更は行われなかった)には、それまでの預金は封鎖(自由には引き出せないようにする)した上、毎月、一定限度までは新円での引き出しを認め、また現に流通していた円通貨は、日本銀行等でそれに証紙を貼って新円紙幣とみなした。
価格の単位と流通する通貨の単位とが異なることは、歴史上にもいくつかの例がある。例えば英国の植民地だった時代(17世紀)の米国がそうであった。アーサー・ナスバウムは次のように述べている(『ドルの歴史』、コロンビア大学出版部、1957年。浜崎敬治訳、法政大学出版局、1967年)。
当時、「植民地開拓者は金銭の計算をポンド・シリング・ペンス建てでおこなう習慣をもっていたので、財貨にしても用役にしても、英貨の単位で評価された」。他方で、米国の「植民地時代の初期においては、西欧の文明社会のどこよりも、少ない通貨量しか流通していなかったらしい。…植民地開拓者たちがイギリスからたずさえてきたわずかばかりの貨幣は、イギリス本国からの輸入のためにたちまち費消されてしまった。そのため、開拓者たちは物々交換に依存することになったのである」(訳書p.1)。
そうした物々交換の中から、州により穀物、タバコ、貝殻数珠などが物品貨幣(商品貨幣)となった(訳書、p.2〜5)。
しかし、「植民地はしだいに外国正貨を手に入れて通用させることに成功した」(同、p.6)。
そして、スペイン領西インド諸島などから輸入したスペイン銀貨が、「増加をたどる正貨流通の中でまもなく優位を占めるにいたった」(同、p.7)。「その基準単位はリアルで、…もっとも一般的な貨種はペソと呼ばれ、8リアルの価値を有した。…英語国では、ペソは“piece of eight”とか『ドル』とかよばれるようになった」(同、p.7)。
「スペイン貨幣だけがアメリカ植民地に出現した正貨ではなかった。すでに金鉱が発見されていたポルトガル領ブラジルから金も流入した。またフランス金貨やベニス金貨も植民地に入ってきた。…にもかかわらず、スペイン・ドルの占める特殊の地歩には影響がなかった。…ここに貨幣の分野におけるイギリス植民地からの離脱がはじまった」(同、p.8)。
他方で、「ポンド・シリング・ペンスで数える開拓者の慣習はいぜんとして存続した。…そこで、ドルとイギリスの貨幣単位との間の法定比率を定める必要があった」(同)。
上記で述べられている時期以降の「ドルの歴史」についてはここでは省略するが、要は、英領植民地時代の米国では、通貨不足の時代、そして価格の単位はポンド、通貨の単位はドルという時代があったことを知っておく必要がある、ということだ。
このような貨幣史上の例は、今日かりにギリシャがユーロ圏を離脱して新貨幣(例えば新ドラクマ)を導入した場合に、その新ドラクマの発行・流通の量が十分でない過渡期のケース・スタディとして参考になるであろう。ギリシャが通貨をユーロから新通貨へ移行させる場合、以上で例示したようなもろもろの方法、手段での対応によって、根本的な障害は起きないだろうことを確認しておきたい。
もちろん、ギリシャがユーロ圏を離脱した場合の問題は以上につきるものではなく、とくにユーロ建てのギリシャの従来の対外債務(国家及び民間の)返済の一層の困難化(その影響は債権国側にもはね返る)、新通貨の対ユーロ相場下落に伴うインフレーションなどの難しい問題がある。しかし、それらはギリシャ国民が結果として選択したことであるからいたし方がないという以外にはない。だが、当「診断録」が繰り返し述べているように、ギリシャがユーロ圏を離脱してもそれでユーロそのものが崩壊、消滅することはないであろう。(終り)
|