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私は前回の当「診断録」(10月12日号)で、世界経済の現在の景気下降傾向と成長減速には「長期化する要因」が含まれるとし、それは「景気悪化に対して財政政策による需要拡大策を取れない(すくなくとも極めて取りにくい)という制約」が表面化したことであり、ここから「景気政策として金融政策に一層頼ろうとする傾向が生まれている」が、「そういう政策は効果が薄く、逆に弊害が多い」のが問題だと述べた。そして、そうした行き詰まりを打開する方策として、政府が日銀から直接に通貨を調達(国債を日銀に引き受けさせることにより)して、それを財政支出に充てる方法をあげた。
これに対して、この「診断録」への「コメント」で、読者の「swimming」さんが次のような質問を提起した。すなわち、「日銀の国債の買い上げ」において、国債を「政府から直接買い上げることと、民間金融機関が保有している国債を買い上げることの効果の違いについて、いまひとつ理解できない部分がある」と。
たしかに私の前回の説明は、基本的な政策問題を現下の世界経済動向の検討(現状分析)の中でいわば補論的に記したために、説明不足になったと言わざるを得ない。今回はswimmigさんの疑問に答えつつ、多少とも詳しく私の考え方の説明をして前回の「診断録」の補足としたい。
まず、財政年度の進行中に(すなわち当年度の予算は決まっている場合に)(注)、景気刺激のために日銀が民間保有の国債を買い上げる場合と、その代りに日銀が国債を直接に政府から引き受ける(買う)場合とを比較しよう。
例えば、日銀は実際に今年9月19日の政策決定会合で、短期国債5兆円程度と長期国債5兆円程度、合わせて10兆円程度の国債を2013年12月末までに買い入れる方針を決定した。いま、このうち長短国債の計5兆円が今年内に買い入れられると仮定しよう(これを本稿ではケースAと呼ぼう)。その買い入れ代金は、これらの国債を日銀に売った金融機関の預金口座(日銀に開設されている)に払い込まれる。それにより、民間金融機関の資金量が5兆円増えることになる。
金融機関はそのような資金を、例えば一般企業(非金融の)にその設備投資用の資金として、また家計に例えば住宅建築用(あるいはその購入用)の資金として融資することが出来る。実際に企業がそうした資金を借り入れて設備投資を行い、家計が住宅建築などを行えば、それだけ民間の需要(商品やサービスに対する)が増えて、景気は上向きの刺激を受けることになるだろう。
(注)日本の2012年度予算(成立済み)においては、計44兆2440億円の国債(そのうち建設国債が5兆9090億円、特例公債すなわち赤字国債が38兆3350億円)が発行されることになっているが、赤字国債を発行するための法案である「特例公債法案」が「ねじれ国会」が原因でまだ成立していない。したがって、現時点で政府が新規に(すなわち借り換えのためではなく)発行できる12年度の国債は建設国債の5兆9090億円だけである。その意味で異例の年度であるが、ここでは、便宜上、その赤字国債も予算通りに逐次発行されると想定しておく。
ところが、実際の景気は悪く、そもそも企業は設備投資を行う(或いは増やす)意欲に乏しい。そういう状況の下で、たとえ一層安い金利で資金を借りられるとしても、企業はなかなか設備投資に踏み切れないし、したがって民間の需要は増えない。また家計も、安い金利で住宅建築用(あるいはその購入用)の資金が借りられるとしても、所得が増えているわけでもなく、また景気の先行きに不安があるような状況下では、なかなか住宅建築等の実行に踏み切る(あるいはその計画を繰り上げて実行する)気にはなりにくいものだ。したがって、金融がゆるんでも、それだけではなかなか住宅建築需要は増えないのである。
以上のようなわけで、金融緩和政策の実施は民間需要を振興する効果をもたらしにくい。他方で、民間金融機関は余裕資金を持っている。そこで、この安い資金を借りて、証券、商品(とくに貴金属や資源商品)、不動産など(外国のものを含めて)を投機目的で(つまり将来の値上がりを期待して)買い付ける動きが出がちとなる。その結果、実需は盛り上がらないのに、特定の商品や資産の価格の値上がりが始点となって、物価が上昇するという好ましくない現象が発生しやすくなる。
これに対して、かりに政府が5兆円の国債を日銀に引き受けさせる(直接買い入れさせると)とどうなるか。この場合(これをここではケースBと呼ぶ)には、政府は5兆円の資金を得られるので、同額の補正予算(追加歳出のための予算)を組んで、それを公共施設の建設や特定の社会保障費(その増額が必要視されているような)の増加、あるいは減税のための(それによる税収の減を補うための)財源として、等々に充てることができる。そうした追加政府支出は、直接に民間への需要を増やしたり、民間の所得の増加を通じて消費需要を増加させる効果を生むはずである。
結局、景気刺激を目的とした金融緩和政策、その手段としての国債の民間からの買い上げは、この政策が目標とする民間需要の喚起につながり難いのに対して、政府が新規に国債を発行してそれを日銀に引き受けさせる場合には、政府支出の増加により、直接間接に民間実需の増加をもたらしやすいのである。
問題は、日銀が引き受ける場合も、国債の新規発行は政府債務残高の増加をもたらし、将来の元利支払いの負担を増やすから、現在の景気対策のための負担を将来に先送りするだけではないか、という批判を招きかねないことである。しかしこの点は、こうした日銀引受けの国債の金利をゼロとし、期限を無期限(永久国債)とすれば解消できる。実際に返済の必要がなければ、それは政府債務の実質増加とはならない。
このような政策に対する他のよくある批判は、いったんそのようなやり方を導入すると、それは麻薬のように度重ねることとなり、結果として通貨過剰・需要過剰から大インフレーションを引き起こすというものである。そして、その場合に引き合いに出されるのが、戦時中に行われた同種の政策が軍事費の大膨張と、その後の(とくに戦後における)大インフレーションを引き越したという“先例”である。
しかし、この真相は、戦争の拡大に歯止めをかけなかった当時の指導者の政策、及びそれに歯止めをかけるべき民意が軍部独裁下で抑圧されていたこと(民主主義の不在)の結果である。国債の日銀引受けが戦争の拡大とそれを支える軍事予算の膨張をもたらしたわけでは絶対にないのだ。
現在は、国債の日銀引受けは財政法第5条の但し書きにより、「特別の事情がある場合において、国会の議決を経た範囲内」に限られている。むしろ現状では、政府がこうした国会の議決を得ることが極めて困難であるのが実状だ。実際には、そうした政策を大胆に導入し得るための理論的・政策的準備が政府に出来ていること、政府与党(連立政権の場合を含め)が衆参両院で過半数を持つということが条件である。こうした二つの条件が満たされる可能性は、少なくとも現在は極めて乏しい。
ところがここで、“実際には国債の日銀引受けは、目立たないように財政法の目をくぐって、いわば裏口からすでに導入されているではないか”という疑問・批判が出てくる。それは、ほかならない日銀による既発行の(すでに民間金融機関によって保有されている)国債の買い上げという上述のケース(ケースA)の場合である。
すなわち、ケースAでは、国債5兆円は 政府→民間金融機関→日銀 と流れる(流通する)わけで、その結果を見ると、結局は 政府→日銀 という流れになっているのである。そのことは、最初から政府がこの5兆円の国債を日銀に売った(引き受けさせた)場合(ケースXと呼ぶ。ただしこれはあくまで仮定上の取引であり、現実にはこの取引は行われていないことに注意)と実質的には同じだと言える。つまり、日銀による既発国債の買い上げという方法によって、政府・日銀は財政法第5条ただし書きが求めている国債の日銀引受けに際しての条件を回避しつつ実際にはそれを行い、かつ、“国債の日銀引受けはしていない”と偽っているわけだ。それでいて、表だった日銀引受けには反対している。
ケースAでも仮定のケースXでも、政府が入手する資金額は5兆円で同じだが、ケースAでは、国債の流通に民間金融機関が2回介在することによって、これらの金融機関は国債売買(正確には国債の買と売)で利益を上げているのだ。
あらためて確認しておくが、現実経済においてケースAが比較されるべきなのはケースBである。すなわちここでは、当該年度の進行中に、景気刺激のための追加措置が必要になったという条件の下で、そうした措置を金融緩和政策(日銀による民間保有国債の買い上げ)で行うのか(ケースA)、財政政策(国債の日銀引受け発行による財政支出の追加)で行うのか(ケースB)を比較しているからである。そして、ケースAでは、政府支出は当初予算で決まった額のままだが、ケースBでは国債の日銀引受け分に相当する額の政府支出が追加され、それが直接に民間需要の増加をもたらすということなのだ。
なお、仮定例のケースXは、ケースAで日銀が民間金融機関から買い上げると想定した国債5兆円が、最初から日銀によって引き受けられているという場合であるから、その国債をあらためて日銀が買い上げること(ケースA)など起こり得ないのは自明である。だが、ケースXが行われた後でケースBが行われることはあり得る。この場合には、すでに述べたように、財政支出5兆円の追加が行われる。
ところで、以上で説明したのは、景気を下支えあるいは上向かせる経済刺激策としては、金融政策ではなく財政政策が有効であること、そして従来型の赤字財政による財政支出の追加という方法が行き詰まった今日の日本(一般的には先進国)では、財政支出の追加は国債を日銀(中央銀行)に引き受けさせる方法で財源を調達すべきだということだが、私がこのような国債の発行方法を主張するのは、それを単に景気政策上の便法と考えるからではない。私はむしろ、現代の管理通貨制の下では、通貨の発行は本来は国家(政府)が行うべき業務だと考えており、日銀のような中央銀行がそれを行っている現行制度は不適切だと考えている。
すなわち、現代日本の通貨は、慣習から「日本銀行券」の名称で日銀を通して発行されている(それを印刷・製造しているのは国立印刷局)が、それは貨幣としての本質から言えば国家紙幣(政府紙幣)であり、政府の責任で発行されるべき性質のものである。そして、通貨の数量は経済成長に伴って増加すべきものであるから、すくなくともその増加分は政府自身が供給するのが本筋なのだ(注)。
(注)この問題の詳細については、拙稿「通貨供給システム改革論」(東京経大学会誌 第269号に所収、2011年2月発行)を参照されたい。
こうした点は本稿では詳論する余裕がないが、私のそうした現代通貨論からすると、景気政策として実行され得る日銀引受けによる国債発行は、政府自身による通貨発行へ至る一つのステップとして肯定し得るのである。この問題については、こんごとも機会を見てさらに論じたい。(終り)
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国債の民間からの買い上げは、民間需要の喚起につながり難いのに対し、政府が新規に国債を発行し、日銀に引き受けさせる場合には、政府支出の増加により、直接間接に民間実需の増加をもたらしやすいことが、説明で良く分かりました。ありがとうございました。
2012/10/19(金) 午後 6:26 [ ねずみ ]