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衆議院が16日に解散され、総選挙は12月4日公示、同16日投開票と決まったが、公示を前に当然のことながら選挙戦が17日に事実上始まった。ただし、当面は党と党のレベル(個々の候補者ではなく)での戦いだ。その初日において眼についた興味ある動き、ニュースを記しておこう。
まず、朝日新聞の世論調査(15〜16日に実施、17日朝刊紙面)によると、�衆院比例区の投票先は自民は23%で民主の16%を上回ったが、民主は前回の定例調査(10〜11日実施)の12%を上回り、逆に自民は前回の29%から下がって、両者の差は縮まった。この両党に続くのは維新の会4%、公明3%、共産、みんな、太陽の党が各2%、国民の生活、社民が各1%だった。�野田内閣の支持率は19%(前回は18%)、不支持率は63%(同64%)で、ごくわずかに好転、�民主、自民両党の党首のうち首相にふさわしいのは、野田首相31%、安倍総裁33%で、接近(前回との比較無し)、�民主党政権の実績についての評価は、評価するは30%、評価しないは68%だった。
この調査を見ると、野田首相の突然の解散宣言(14日の党首討論での)は野田内閣と民主党にプラスに作用したようだ。
上記の民主党の評価についてはなるほどと思うが、民主党といっても小沢・鳩山体制下の民主党と現在の野田民主党とはむしろ別の党になったと分けて考えるのが適切だと私は思う。
前者は、�普天間基地の国外へ(最低でも県外へ)の移転、�子ども手当など社会保障の充実、�そうした施策を実現するための財源16.8兆円の捻出(予算の効率化、いわゆる財政埋蔵金の活用、租税特別措置の廃止などによる)などを公約した。しかし、普天間基地の国外・県外への移転案は挫折、巨額の財源の捻出は不発に終わり、そのため社会保障の施策も大幅に制限された。
小沢・鳩山体制を引き継いだ菅直人氏は、不用意・無計画な消費税引き上げ宣言で参院選に惨敗し、衆参両院の「ねじれ」と、それによる「決められない政治」の条件を作ってしまった。
野田氏はそうした旧民主党の負の遺産を引き継いだわけで、だから社会保障の財源として消費税の引き上げを決めざるを得なかったのだし、「ねじれ」による政治の機能不全を克服するために自民・公明両党との協調を求めなければならなかった。
小沢氏は、もともとの民主党マニフェストの重要部分が破綻したにもかかわらず、そのマニフェストを野田首相が裏切ったとして民主党を離党して新党「国民の生活が第一」を作ったわけだが、その新党はもともとの民主党から小沢・鳩山グループ(ないしその影響下にある人たち)が分裂ししたもの、すなわち実質的には「旧民主党」だと言える。だから、今日、過去3年余の民主党政権の実績を考えるに際しては、旧民主党と野田民主党を分けて考える必要があるわけだ。
なお、鳩山氏は実質的には旧民主党の責任分有者なのに、離党もできず、また野田民主党にも従いきれないでいる日和見主義者であろう。
次に17日には、「太陽の党」が「日本維新の会」に合流し、石原慎太郎氏(太陽の党の共同代表)が代表に、これまで維新の会の代表だった橋下氏が代表代行に就任した。これは、実質的には維新の会による太陽の党の吸収合併である。維新代表としての石原氏はいわば“雇われマダム”に過ぎないだろう。
石原氏はこの合流について、「小異を捨てて大同につくべきだ」と述べた(NHKニュース、16日夜)。しかし「小異」と言うが、例えば維新は原発からの脱却(2030年代までに)を主張しているのに対し、石原氏は原発維持を強く主張してきており、その相違は大きかったのだ。石原氏はその自らの主張をあっさりと捨てて維新に擦り寄ったわけで、要するに同氏は維新の会の勢いに便乗してもう一度“ひと旗”をあげたかったのだ。だから、前日に合流を発表していた「減税日本」(維新が同党との合流を拒否していた)との関係をいわば破談にして平気な顔をしているのである。
他方、維新の側は、日本の「体制を変える」と主張しているが、以前には維新の代表に安倍前首相(自民党の総裁選の以前の時期)を担ごうとしたのに続き、今回は石原氏を代表に担くなど、いずれも旧体制の代表的とも言える人物をシャッポに載せたがってきたわけで、自立心の欠如というか、便宜主義というか、とにかく感心しない。
ただ、維新の当面の政策(憲法改正にわたる根本政策は別にして)を見ると、消費税の引き上げの肯定(ただしその地方税化)、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加、将来に向けての脱原発という点などでは、むしろ野田民主党のそれとかなり近い。そういう点を見ていると、総選挙後に(その結果にもよるが)維新がどう動くかには予断を許さないものがあると感ずる。
また、そうした政策面では、維新は連携を予想されているみんなの党(消費税増税反対)とはかなりの相違があるはずだ。しかし、ここでもみんなの側からの維新への擦り寄りがあるのかも知れない。
17日にあった別の注目すべき動きは、安倍自民党総裁による「建設国債の日銀引受け」という言明である(mas産経ニュース、17日)。これは、同総裁の熊本市内での講演の中での言及だが、デフレ脱却のために公共投資を大規模に実行するための財源対策としてあげたものである。国債の日銀引受けについては、かねて私も主張しているところ(当「診断録」2009年3月5日号、同10月30日号など)だが、安倍氏がその主張の基礎にどのような財政論、貨幣論を持っているかが不明なので、現時点では論評しにくい。
ただし、同氏が「日銀は政策目標として物価安定だけでなく、米連邦準備制度理事会(FRB)などのように雇用の維持にも責任を持つべきだ」(mas産経ニュース、同上)と述べている点からは、雇用政策という本来政府が責任を負うべき政策を日銀(その金融政策)に負わせるような考えらしく、賛成できない。「建設国債の日銀引受け」という安倍氏の考えも、金融政策として主張しているのであればお門違いだ、ということになる。ただし、この点の詳細は別の機会に取り上げたい。
以上のほか、公明党が衆議院選の政権公約を発表し、その中で「可能な限り速やかに原発ゼロを目指すとともに持続可能なエネルギー社会をつくる」と述べている(NHKニュース、同上)点が注目される。
この脱原発政策を含めて見ると、総体的に公明党の政策は野田民主党のそれに近い。だが公明は今から自民党との連立を予定し、批判の矛先を主に民主党に向けている。これなども不可解なことで、やはり政界でよく言われるように、公明党は自民党の「下駄の雪」(くっつくとどこまでも付いて行く、の意)あるいは「下駄の石」(雪だと溶けて離れるが挟まった石だとどこまで行っても離れない、の意)なのだろうか。(終り)
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