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安倍首相の「2%のインフレ目標」政策により、円安が進み、株価は大きく上昇した。こうした展開を受けて、日本経済は長年のデフレから脱却できるメドが立ったと考える楽観論者から、いまに始まるインフレは抑制しようがない「ハイパー・インフレ」を引き起こし、日本経済を破滅させるとの危機感を抱く悲観論者まで種々の憶測を生んでいる。
だが、この安倍政権の脱デフレ政策で日本経済はデフレを克服することはできないだろうし、逆にハイパーインフレに陥ることもないであろう。端的に言えば、この「アベノミクス」と囃されている政策は、結局、当面の景気を浮揚させる旧来型の短期的政策に過ぎず、過去20年に及ぶデフレを克服する中・長期的な効果を持つ政策ではない。安倍政権が目標とするインフレ促進は今後ある限度を超えたところで、インフレ抑制の引き締め政策をもたらし、そこで景気はまたもや反転するであろう。
最初にコメントしておくが、アベノミクス(安倍の経済学)という言葉は1980年代のレーガン米大統領(1981〜1989)の時に囃された「レーガノミクス」(レーガンの経済学)の模倣である。
「レーガノミクス」という言葉が流行したのは、レーガン大統領が当時話題になった「サプライサイド・エコノミクス」(経済の供給面重視の経済学)に立脚して、減税による経済の刺激で企業の生産が促進され、労働者の勤労意欲も高まって、米国経済の供給力が強化され、経済成長が促進されるというものであった。これは、減税などを需要喚起による成長促進の手段と考えてきた「ディマンド・サイド」重視の従来の経済学(ケインズ主義的経済学)に対するアンチ・テーゼであった。だから一時は大いに論議の対象になったのである。
このような政策の結果(唱えられた政策と実際の政策にはかなりの違いもあったが)については、その功罪の議論があるが、少なくともその後「レーガノミクス」などは経済学上では話題にもならなくなった。他方、「アベノミクス」の「インフレ目標」の金融政策は、すでに米国の中央銀行(Fed=Federal Reserve System、連邦準備制度)が2012年1月の公開市場委員会(金融政策決定機関)で2%のインフレ目標を採用した先例があるほか多くの国で採用されており、別に新しいものではない。強いていえば、それは猿まねの“アメノミクス”(アメリカの経済学)で、「アベノミクス」などとは聞いただけで歯が浮くような代物である。
ただし、Fed のインフレ目標の金融緩和策が、政府が財政による景気浮揚のための政策をとれない、少なくともとりにくいために(財政の赤字が大きいため)、その代りの手段として採用されている色彩が濃いのに対して、安倍「脱デフレ」政策は、金融の無制限緩和の政策とともに、財政による刺激策(財政赤字の拡大をものともしない)を併用している点に特徴がある。
それだけに、こうした金融・財政政策は当面の景気を刺激し、公共事業の活発化を中心に景気を浮揚させる効果を持ち得るが、併せて物価をかなり早く上昇させることになるだろう。そうした物価上昇は、円安の進展に伴う輸入物価の上昇によっても加速されるはずだ。しかも、先進国の金融緩和、米国の景気回復期待、欧州の債務不安の後退などで「株価が世界的に上昇」(日経電子版、2月3日)するなど、最近の世界景気好転の気配も日本の景気浮揚と物価の上昇を強める可能性がある。
ここで、金融の超緩和策がもたらす影響についての、世間によくある誤解について触れておきたい。例えばある人気ジャーナリストは、「金融緩和とは、要するに世の中にお金をジャブジャブ溢れさせること」である、すなわち、日銀が金融機関保有の国債を買い上げると、「その分だけ日銀券が金融機関に渡ります。これが、日銀が『お金をジャブジャブあふれさせる』ことです」と誤解して書いている(池上彰「インフレがやってくる!?」、週刊文春2012年12月27日号)。
しかし、実際には日銀から金融機関に渡るのは、金融機関の日銀への預け金という「預金通貨」であり、銀行券ではない。金融機関がこの資金を一般企業に貸し出し、企業がそれで投資をするなどして経済活動に使えば、この預金通貨は勤労者への給料支払いなどに使われ、勤労者はその給料を銀行から銀行券で引き出し、こうしてようやく銀行券が増発されることになるのである。
ところが、一般企業が積極的に資金を金融機関から借り入れなければ(不況で先行き不透明であるために)、あるいは借り入れてもその資金を不動産や株などの資産の投機的購入に充てれば、銀行券はなかなか世に行きわたらない。だから景気を浮揚させる効果は出にくい。しかし、不動産価格などの価格上昇などが一般物価にもジワジワと影響を与えてくるから、インフレは起きる。これが金融超緩和による物価上昇効果である。
だが、たとえ金融機関が十分すぎるほどの資金(あくまで預金通貨のかたちのもの)を保有していても、それが一般庶民の手に渡ることはほとんどない。それが直接に渡るとすれば、金融機関が個人に資金を貸し出すことを通じてだが、個人は資金を借りやすくなったからという理由だけで金融機関から資金を借り入れることはない。
要するに、金融の超緩和といっても、それだけで個人レベルにまでカネが流れてくるわけではないのだ。すなわち、「お金をジャブジャブあふれさせる」ことにはならないのである。
安倍政権は、こうした金融の超緩和と財政拡大による景気刺激とを同時に実行しようとするものであるから、その結果は、実需の増大と物価の上昇とが組み合わされた結果をもたらす。しかも物価の上昇は円安による輸入物価の上昇(及び世界景気の回復)で加速される。こうして、政府の「インフレ目標」は かなり早期に達成される可能性が大きい。
では、そうしたインフレはどんどん進み、「ハイパーインフレ」を引き起こすだろうか。元モルガン銀行東京支店長で「伝説のトレーダー」と呼ばれているらしい藤巻健史氏は、金融の「行き過ぎた緩和」により、「マネーの価値が短期間で大きく減少し、個人の給料や資産が一気に目減りします。インフレを抑制しようとしても、溢れたマネーを回収することは不可能に近い。預金封鎖や新券発行などの荒療治を行うしかない」と警告している(週刊文春、2013年2月7日号)。
しかし、日本の現実では、インフレが安倍政権の目標2%を超え、3%に達するほどになれば、否応なしに政府・日銀ともにインフレ抑制に政策の舵を切り替えざるを得ないだろう。それを怠れば、政権は倒れることになる。
ただし、アベノミクス擁護派(というより主唱者)の浜田宏一氏のように、「過去、日本では緩やかなインフレ以外は起きていません」(週刊文春、同上)との理由で、インフレの将来を楽観するわけにはいかない。第一、「過去、日本では緩やかなインフレ以外は起きていません」などと言うのは、戦後のハイパーインフレを知らない者の論議である。この戦後インフレ以後、同様のものが起きていないのは、インフレ昂進の場合には強い引き締め政策がとられてきたからだ。浜田氏もインフレの「副作用が出てきたら止めましょう」と認めている。安倍脱デフレ政策の行き先においても、これまでと同様の抑制政策がとられるであろう。
このような政策は、不況期には財政金融両面からの景気刺激策を行い、それに続くインフレ昂進や国際収支の悪化に対しては財政金融両面からの引き締め政策を実施するという、過去に繰り返されてきた短期的政策のパターンの再現に過ぎない。それは決して長期のデフレを克服する政策ではない。
そもそも安倍首相のデフレ克服論には、過去20年にも及ぶデフレの基本的原因は何か、という解明・認識がない。強いて言えば、日銀が十分な金融緩和を行わなかったからだ、ということぐらいだ。しかし日銀の政策としては、2001年3月から2006年3月まで「量的金融緩和政策」という超金融緩和政策が実施されているが、それによりバブル景気が発生したものの、長期のデフレは克服されなかったという経験がある。すなわち、この経験で明らかなように、金融政策でデフレを克服することはできないのだ。
それに対し、私は繰り返し人口減がもたらすデフレ効果について論じてきた。今後はさらに、デフレに影響した円高の作用など国際的な問題(国際通貨体制の不安定化など)を含めて、より複合的な検討・解明を進めるつもりである。(終り)
追記(2月14日) 安倍政権の円安推進政策に対する国際的批判について、ブログ「文太郎の日記帳」(2月14日号)でコメントしておいた。
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1974年卒業の成田充良です。いつも先生の「診断録」を読ませていただいており、私のような凡人?には、学生の頃の先生の鋭い考察と理論展開に感服したり、懐かしかったりしています。
鼠径ヘルニアの手術だそうですが、また先生の切れ味のある[診断録」を期待しております。
手術が成功されることをお祈り申し上げます。
2013/2/6(水) 午後 1:26 [ てんてこまい ]