文太郎の日記帳

景気、財政赤字、国際経済、政治・政局、世界情勢、日米関係など現代の諸問題を広い視野で解明します。

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NY株価下方屈折の意味

 NY株価のダウ平均株価は8月16日(金)に終る1週間に344.01ポイント、2.2%下落したが、この週間下落率は6月以来(後述)の大幅なものであった。ダウ平均の直近のピークは8月2日(金)の15658.36で、その翌営業日の5日(月)から16日までの11営業日の内、実に8営業日にダウ株価は下落している。この間の差し引きのダウ株価下落は576.89ポイント、3.7%に達する。
 こうしたNY株価の推移をグラフに描くとはっきりするが、ダウ平均は2012年11月15日の12542.38を底値として上昇トレンドをたどってきたのだが、13年8月2日を分岐点として下方に屈折した可能性が濃厚だ。この12年第3四半期からの株価の上昇トレンドは、Fed(米連邦準備制度)が同年9月に実施を決定した量的金融緩和策の第3弾(QE3)にほぼ照応するものであったと言えるだろう(注)。

 (注)QE3は当初(9月から)はFedが月額400億ドルの住宅ローン担保証券(MBS)を買い取るというものであったが、12年12月には米長期国債も月額450億ドル買い取ることを追加決定した(買い取り額合計は月間850億ドルに)。

 そのQE3の縮小の方針をバーナンキFed議長が明らかにして市場にショックを与えたのが今年6月19日の記者会見においてだった。その影響で、ダウ平均株価は同19日に206.4ポイント、20日に353.87ポイント、合計で559.91ポイント、3.7%の大幅安を演じたのだった(この下落直前、同18日のダウ平均は15318.23)。
 6月の後のNY株価は、単純化して言えば、QE3の実施見通しが遠のいたといっては上げ、やはり9月には実施されそうだと言っては下げるような状況だった。しかし、QE3を縮小するFedの方針の前提が米国景気上昇の確認(その指標が失業率7%)とされていたので、景気上昇が確実になれば、QE3が縮小されても景気が腰折れすることはないとの楽観論も台頭した。そして、実際に景気好転を示唆する景気指標もそれなりに明らかになったこともあって、NY株価は8月はじめまでは上げてきたのである。

 だが、先週末の株価の下落は、消費者信頼感指数(ロイターとミシガン大学の調査)が7月の85.1から8月の80.0に急落したことの影響が大きかった。これに照応するように、百貨店チェーンのノードストロームの第2四半期(8月3日までの3ヶ月間)の売上高増加がアナリストの予想を大きく下回って、同社の株価が16日に4.9%下落したほか、「ウォルマートやギャップ、メーシーズからマクドナルドなど、中産階級及び低所得層の需要に応じているチェーン店は、格差を伴う経済回復の危機を感じている」(NYTimes電子版、16日)という。
 またQE3縮小の見通しの影響で米長期金利が上昇している(10年国債の利回りは2.86%と過去2年来の高水準に)状況の下、「7月の新規住宅着工及び住宅建築許可の件数が予想を下回ったことは、住宅抵当金利の上昇が住宅市場の勢い(momentum)を鈍化させる可能性を示唆している」(同上)。

 このような市場の動向について、投資会社のリバティビュー社のリック・メックラー社長は「市場が直ちに大規模な軌道修正に入るとは考えにくいが、今年上期に見られたような市場の勢いが失われつつあることは確かだ」(同上)と述べているが、同感だ。
 とにかく、QE3という大金融緩和の影響で、NYの株価そして世界の主要市場の株価が、多かれ少なかれ、景気実態以上に上げてきたことは事実であるから、そうした金融緩和が早晩縮小から廃止に向えば、そのことで景気が失速することはないとしても、多くの市場(東京を含む)で株価が修正を余儀なくされることは避け難いと言うべきだ。(終り)

 12日に内閣府が発表した2013年4〜6月期のGDP(実質国内総生産)の増加率(対前期)は0.6%、年率換算で2.6%で、プラスの成長率は3期連続だが、その率は1〜3月期の0.9%、年率3.8%に比べ、年率では1%ポイント以上低下した。また年率2.6%の成長率は、民間エコノミストの予想平均の3.6%増をも下回った(日経、12日夕刊)。 
 日経、讀賣などは12日夕刊で、またNHKは昼夜のニュースで、主として成長率の「3期連続プラス」を強調する報道をしていたが、4〜6月期には安倍首相期待の黒田日銀による「異次元金融緩和」の効果が出始めるはずだったのに、その期待は裏切られ、逆に成長は減速したのである。この点につきNYTimes(電子版、11日付)は、「日本の経済拡大はスローダウン」との見出しで成長減速を伝え、この減速は「安倍晋三首相の経済政策の前途を曇らせ、また、同首相が日本の巨大な公的債務を削減する努力を先送りするのではとの危惧を高めている」と的確に問題点を指摘していた。

 
 次にGDPを構成する各項目ごとに4〜6月期の実質増加率(年率換算をしない)を見よう。
 民間消費支出は0.8%で1〜3月期(以下、前記と記す)の08%と同じだが、「持ち家の帰属家賃」(注)を除いた正味の家計消費支出は前期の0.9%から0.8%に鈍化している。 
 民間住宅建築は0.2%の減少で、前期の+1.9%、さらに前々期(12年10〜12月期)の+3.6%と比べ、目立った減速と言わなければならない。
 民間企業設備投資は0.1%の減少で、前期の0.2%の減少よりマイナス幅がわずかながら小さくなったとは言え、依然としてマイナスであった。
 (財貨・サービスの)輸出は3.0%の増加で、前期の4.0%からスローダウン、他方で輸入は1.5%増で前期の1.0%から加速した。その結果、差し引きの純輸出が4〜6月期のGDP増加率0.6%に対して果たした寄与は0.2%で、前期における同様の寄与度0.4%を下回った。すなわち、円安の進展は、輸出を増やす効果があった半面、輸入をも増やしたわけで、その結果、差し引きでは純輸出の増加の成長全体への寄与度を鈍化させたのである。

 (注)持ち家の家計は実際には家賃を支払わないが、国民経済計算上は、持ち家の家計も世間並みの家賃を支払った(自らの家計に)ものと見なして民間消費支出の額を計算している。この単なる計算上の家賃が帰属家賃である。そこで、実質的な家計消費支出については、この帰属家賃を除いたもので見る必要がある。 

 以上のように、今年4〜6月期には、民間の消費はわずかだが増加率が鈍化し、住宅建築、設備投資は依然としてマイナスを続け、純輸出の成長への寄与度は低下したのである。
 マスコミは盛んに「株価上昇などの効果で高額ものへの支出を中心に消費が活発化している」と伝えてきたが、GDP統計で見ると決して消費全体が加速しているとは言えないことがわかる。
 また、黒田日銀が喧伝した「異次元金融緩和」は、長期金利の低下と供給資金の大幅増を通じて、民間の設備投資と住宅建築を刺激してそれを増加させるはずだったが、この点での効果はまったくといっていいほど現れていない。
 結局、4〜6月期に伸び率が高まったのは公的需要(政府の固定投資=公共投資など)だけで、これは前期の0.3%から1.0%へ高まった。つまり、成長加速に役だったのは、アベノミクスと言うよりは、伝統的な政府支出の増加だけだったのである。

 以上のように、4〜6月期の成長率が減速し、民間予想(期待)を下回ったため、12日の東京株式・日経平均株価は95.76ポイント、0.70%下落した(その結果、8月7日〜12日の4営業日通算《9日のみ9.63ポイントの微騰》の日経平均下落幅は881.63ポイントに達した)。
 成長の減速は、上記NYTimesが指摘しているように、安倍政権が予定の消費増税を見送る可能性を高めている。4〜6月期のGDP実績について、安倍首相は「順調に景気は上がってきている」と言い、甘利経済財政・再生相は「(消費増税に向けて)材料の一つとして、引き続きよい数字が出ている」と述べている(日経、12日夕刊など)が、決して予定通りの消費増税をする意向を示そうとはしない。それは、実際には彼らが4〜6月期のGDP実績に失望しているからであろう。

 安倍首相の経済政策上の金看板は「デフレからの脱却」であるので、同首相は成長率の引き上げを至上命題としているはずだ。その立場からすると、4〜6月期に成長が減速したことが明らかになったいま、明年度以降の成長にマイナスに作用するであろう消費増税は見送りたいのが本心だと私は推察する。だが、それを見送ると、国の内外から安倍政権の財政再建策についての熱意が疑われて、国債相場及び株価の暴落を招く恐れがある。
 その意味で、安倍首相はいま自信を失いかけ、判断に迷っているはずだ。こんご彼がどういう選択をするか、まことに興味深い。(終り)

 参院選後の東京市場の株価は、選挙(7月21日)のわずか2日後に大きく失速した後、しばらく回復していたが、8月7日(水)、8日(木)に再び失速した。
 すなわち、日経平均株価は選挙後の7月24日(水)から29日(月)まで4営業日連続で計1117.38ポイントも下落し、参院選前の7月2日(火)からその直後の23日(火)まで続いた日経平均1万4000台を割り込んだが、その後は7月30日(火)からの戻りで、8月1日(木)から6日(火)までは1万4000台を回復していた。ところが同7日(水)、8日(木)の2日でまたもや計795.5ポイント(6日の終値に対する下落率は5.52%)も下げて、8日の終値13,605.56は参院選24日前の6月27日(13、213.55)以来の安値となったのである。
 このことは、日本の株価は参院選後にはアベノミクスや自公安定政権期待によっては動かされず、「景気の実勢(企業業績を含む)や國際経済環境の動静に、より敏感に反応するようになった」(当「診断録」7月29日号)ことが再確認された、ということだ。

 具体的には、8月7日の株価大幅安(576.12ポイント、4%)は「米国の量的緩和政策の縮小観測から、市場参加者がリスクオフ(株や高金利通貨などのリスクがある資産への投資を避けること…引用者の加筆)の売り姿勢を強め、ドル・円相場が約1ヵ月ぶりの円高水準をつけたことも嫌気された」(Bloomberg、7日)からだ。また8日の株価続落(219.38、1.59%)は、「米国金融政策の不透明感を背景にした円高への警戒感が強いうえ、国内の街角景気統計(注)の減速を受け、取引終盤に売り圧力が強まった」(同上、8日)ためという。

 (注)「景気ウォッチャー調査」(内閣府の調査)のことで、「地域の景気に関連の深い動きを観察できる立場にある人々の協力を得て、地域ごとの景気動向を的確かつ迅速に把握し、景気動向判断の基礎資料とすることを目的」(内閣府ホームページ)とするもの。
 具体的にはタクシーの運転手、小売店の店長、娯楽施設の従業員、派遣従業員、設計事務所長など計2050人を「景気ウォッチャー」に任命、景気の現況、2〜3ヵ月後の景気先行きなどを5段階評価で回答してもらって指数化している。各地域(北海道から沖縄まで全国を11地域に分ける)の調査とそのとりまとめは、北海道二十一世紀総合研究所など民間研究・調査機関が分担担当し、全体を三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が取りまとめている。

 上記の内「米国の量的緩和政策の縮小観測」とは、米国の中央銀行であるFed(連邦準備制度)が行っている金融の量的緩和の第3弾(QE3)が近く縮小されるだろうという予想のことで、6日にシカゴ連銀(Fedを構成する12の地区連銀のひとつ)のエバンス総裁が「9月に連邦公開市場委員会(FOMC。Fedの政策決定機関…引用者の加筆)が債券購入プログラム縮小を開始する決定」をすることを「明確には排除しない」と語ったことが根拠とされた(ロイター、7日)。なお、エバンス総裁はFOMCの構成メンバーの一人である。
 QE3が縮小から廃止へと向うと、金融の引き締まりから株価(直接には米国NY市場の)は打撃を受けると考えられている。NY株価の下落は東京の株価の下落に連動しやすいし、前者はまたドルの下落・円高をもたらす傾向がある。ただし、前に“QE3の縮小が先延ばしされる”との観測が流れた際には、NY株価の上昇とともにドル安が起きたこともあり、QE3の縮小あるいはその延期とドル相場との関係には不確かな面がある(注)。7日と8日には、QE3縮小の具体化の観測がNY株安とドル安をもたらした。

 (注)米国の現行の量的金融緩和(QE3)が縮小されると、米株価には下げ圧力が加わる(日本の株価に連動しやすい)が、他面で金利の上昇から米日の金利差が拡大してドル高・円安をもたらす(日本の株高要因となる)という二面があるためではないか、と考えられる。

 また、8日発表の「景気ウォッチャー調査」の指数は、「52.3と前月比0.7ポイント低下」した。「低下は4カ月連続」である(ロイター、8日)。「企業動向調査と雇用関連が上昇した一方、家計動向関連が低下した」(同上)ことが影響した。このことは、“安倍政権の政策は企業にはプラスを、家計にはマイナスをもたらす”という従来からの野党などの批判を裏付けるものだと言えるだろう。
 それはとにかく、東京市場の株価に国内景気の負の面が影響を与えたことは注目に値する。

 しかし、全体的には、やはり米国の金融政策の有りようが米国及び日本の(のみならず世界の)株価に最も大きい影響を与えていることは否定できない。端的に言えば、世界の市場(株式市場だけではなく、債券、商品などの市場も)はいまFed、とくにそのバーナンキ議長の言動に振り回されているようだ。
 そうした流れの中では、アベノミクスも黒田日銀の「異次元金融緩和」も沈没してしまったとの感が強い。(終り) 

 麻生副総理・財務相は7月29日に都内で開かれたシンポジウム(注)で憲法改正について発言し、改憲は静かにやるべきだと強調した中で、「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法は変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」と述べた(朝日新聞DIGITAL、8月1日2時)。

 (注)ジャーナリストの櫻井よし子氏が理事長を務める「国家基本問題研究所が開いたもので、桜井氏が司会をし、麻生氏のほか、西村真悟衆院議員(無所属)や笠浩史衆院議員(民主)らがパネリストを務めた」(同上)。 

 ところが麻生氏は、あたかも「ナチ(注)の手口に学べ」と言わんばかりのこの発言が内外の厳しい批判を招くと、8月1日には一転して「私の真意と異なり誤解を招いたことは遺憾である」との弁明を公表した。その本文部分の全文は次の通り(同上、1日11時)。
 「私は、憲法改正については、落ち着いて議論することが極めて重要であると考えている。この点を強調する趣旨で、同研究会においては、喧噪にまぎれて十分な国民的理解及び議論のないまま進んでしまった悪しき例として、ナチス政権下のワイマール憲法に係る経緯をあげたところである。私がナチス及びワイマール憲法に係る経緯について、極めて否定的にとらえていることは、私の発言全体から明らかである。ただし、この例示が、誤解を招く結果となったので、ナチス政権を例示としてあげたことは撤回したい」

 (注)ヒトラーが率いたNSDAP(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei、ナチオナル・ゾチアリスティッシェ ドイッチェ アルバイター・パルタイ =国家社会主義ドイツ労働者党)の略称(蔑称の意味も)で、ナチスあるいはナチ党と呼ばれる。

 この弁明(弁解)で、麻生氏は「喧噪に紛れて……進んでしまった悪しき例として、ナチス政権下の…経緯をあげた」と述べているが、上段で見たシンポジウムでの発言―「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法は変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」を、「悪しき例としてあげた」とは、まさに黒を白と言いくるめようとするナチまがいの手口である。それで「誤解を招いた」などと強弁するとは、卑怯以外の何ものでもない。
 麻生氏が無知であることは、彼が前に首相であった時(2008年9月〜09年9月)に天下に明らかになったが、無知に加えて彼が卑怯者であることが今回明らかになったわけだ。

 しかし本稿では、主要閣僚である麻生氏の無知・卑怯者ぶりを弾劾するよりは、むしろナチスがワイマール憲法を改正するのではなく、それを蹂躙し、実質的に葬り去った無法な手口を振り返っておきたい(以下、主として石田勇治『20世紀ドイツ史』《白水社、2005年》による。ページ数は同書のもの)。
 「1920年代末にナチ党が彗星のごとく立ち現れた背景には、共和国末期の混乱した政治社会状況があった。世界恐慌下で失業者が急増し社会不安が増大したにもかかわらず、政府は有効な手だてをうてなかった。大衆は将来への展望を失ったが、既存政党は個別利益とイデオロギーをめぐる対立から分裂を繰り返し、かれらに政治的受け皿を提供できないでいた。こうしたなか、農民や手工業者、小規模経営者など中間層を中心に支持者を広げていたナチ党は徹底した抗議政党として大衆にアピールし、労働者や知識層を含む広範な社会階層を取り込む国民政党となっていった」(p.54)。

 ところで、ナチ党は1932年7月の総選挙で総投票の37.4%を獲得して第1党となった(共産党も得票率14.5%と躍進した)が、パーペン内閣が下野しないで議会を解散して行った同年11月の総選挙では得票率を33.1%に減らした(共産党はさらに16.9%に得票率を伸ばした)。
 「経済界の一部は、すでにナチ党の運動に陰りの見られた1932年11月にヒトラーを首班に指名するようヒンデンブルク大統領に懇請していた。選挙のたびに共産党が票を伸ばす状況にあって、ヒトラー政権は『赤色革命』を封じ込める有効な手段と考えられた。…大衆基盤を持つヒトラーを国家改造の最後の切り札と見た大統領は(33年1月に…引用者の加筆)ヒトラーを首相に任命した」(p.54)(注)。

 (注)ワイマール憲法(第1次大戦敗戦後の1919年8月に古都ワイマール(チューリンゲン州)で開催されたドイツ憲法制定議会が制定した憲法)は、当時は模範的な民主的憲法とも言われたが、直接選挙で選ばれる大統領(国家元首)に首相の任免権や憲法停止の非常大権を与えるなど、過大な権限を与えるという欠陥を持っていた。
 ヒンデンブルク大統領(第1次大戦におけるタンネンベルクの大会戦でドイツ軍司令官としてロシア軍を撃破し、ドイツの国民的英雄となった将軍。戦争末期には参謀総長、元帥)はこの大統領権限を行使してヒトラーを首相に任命したことを手始めに、数々の強権発動を行った。

 「ヒトラー政権はナチ党と国家人民党との連立政権として発足した。両党の議員あわせても国会の過半数を制することのできない少数派内閣であり、…11名の閣僚のうちナチ党員はヒトラーを含めて僅かに3名だけである。…政権を手にしたヒトラーは首相就任演説で『国民革命』を唱え、マルクス主義と民主主義の撲滅を宣言した。このときプロイセン州(当時ドイツ最大の州で、州都は国の首都でもあったベルリンー引用者による加筆)内相となって警察を配下においたゲーリング(ヒトラーの腹心で後にその第1後継者に指名された。空軍司令官も務めた国家元帥―引用者加筆)は、突撃隊と親衛隊(両者ともナチ党の私兵的軍事組織―引用者加筆)による補助警察を組織して反対派の制圧に乗り出した」。
 そうした中、33年の「2月末に何者かの手によって国会議事堂炎上事件が発生すると、ヒトラーはこれを共産党による策謀と決めつけ、弾圧した。そして大統領を動かし、『民族と国家を防衛するための大統領緊急令』を公布し、人身の自由、言論・集会・結社の自由など共和国憲法が定めた基本権を停止した」。 

 以上と平行して、「ヒトラーは首相就任直後、国会を解散し選挙日を3月5日と定めた。…だが所期の目的である単独過半数を得られず、国家人民党とあわせてようやく過半数を超えたに過ぎなかった。すべての国会議員が拘束された共産党は後退したが、社会民主党は党勢をほぼ維持した」。
 「あくまで自らの手に権力を集中させたいヒトラーは召集された国会に『授権法』(全権委任法)を提出した。これは国会や大統領の合意抜きに政府が法律を制定することを認めるもので、可決には憲法改正に必要な国会での3分の2の賛成投票を必要とした。共産党議員のいない国会で反対の立場を表明したのは社会民主党だけであった。…他党はすべてナチ党の威嚇と甘言を受けて賛成した。授権法は国会の立法権の否定を意味し、ワイマール共和国の議会制民主主義は自らその命脈を絶った。4年間の時限立法である同法は、その後繰り返し更新され、ナチの独裁支配に合法性の体裁を与えたのである」。

 上記で見てきたようなプロセスが、麻生氏が言う「ある日気づいたら、ワイマール憲法は変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった」という「改憲」の真相である。実際には、これはヒトラーとナチによる策謀と弾圧の下で、そして多くのドイツ人の抗議と怒りの中で行われたワイマール憲法の蹂躙・放棄(事実上の憲法停止)にほかならない。そして「ナチス憲法」などは制定されなかったのだ。形式的には、改憲は行われず、ワイマール憲法はその後も“死に体”で残されたのである。
 この歴史を顧みれば、麻生太郎氏が二重、三重に嘘をついていることがよくわかる。しかも彼は、そうした発言に対して国の内外から非難が集中すると、改憲の「悪しき例として、ナチス政権下のワイマール憲法に係る経緯をあげた」と白々しい弁明を行ったのである。

 おそらく真相は、麻生氏がワイマール憲法死滅化の歴史過程を自ら勉強したとは思えないから、多分、7月29日のシンポジウムを主催した「研究所」のメンバーあたりから浅はかな入れ知恵をされ、その受け売りを得々としたのだろう。
 だが、安倍政権No.2の大臣がナチ肯定の発言をしたことの重みは極めて大きい。すでに安倍首相自身、村山談話(日本の植民地支配と侵略を認め謝罪した村山富市首相の1995年の談話)や河野談話(1993年に宮沢内閣の河野洋平内閣官房長官が、第2次大戦中における日本軍の従軍慰安婦の存在と、その事実上の強制の例も多くあったことを認めた談話)について、これを継承すること(歴代首相は継承してきた)に消極的であることなどで、国内だけではなく、米国を含む国際社会で右翼ナショナリストとしての評価を招いてきているだけに、今回の麻生発言は、そのまま放置すれば、安倍首相への以上のような内外の危惧を決定的にする可能性がある。
 第一麻生氏自身、今後財務相としてG7やG20などに出席した際、まともに他の国の代表と顔を合わせられないはずだ(それも平気なほど麻生氏は厚顔かもしれないが)。

 こうした安倍政権の国際的孤立の危機(それは日本全体の名誉の危機である)を緩和するためには、麻生氏が大臣を自発的に辞任するか、安倍首相が麻生氏を閣僚ポストから解任するしかないだろう。この問題への麻生氏と安倍首相の対応を見守りたい。(終り)

 7月29日の東京株式市場の日経平均株価は468.85ポイント、3.32%の大幅安で4日続落となった。この結果、日経平均は参院選(21日)直前の19日(金)から7営業日の間の下げで、差し引きで(22日と23日はすこし戻している)1147.37ポイント、7.75%も下げたことになる。
 とくに、週末26日(金)と週初29日(月)の連続2営業日合計の下げ幅は901.80ポイントに達しており、2日間の下げとはいえ、アベノミクス・バブルへの最初の弔鐘となった5月23日の1143.28ポイントの暴落に次ぐ規模の下落であった。また、7月19日〜29日の差し引き下落幅1147.37ポイント(上記)は、5月23日の暴落幅に匹敵する。
 こうした株価の大きな下げは、参院選が終わって、巷(ちまた)の予想通りにアベノミクスの“負(マイナス)の配当”が支払われはじめたことを意味すると言ってよいだろう。

 日経(電子版、29日)は29日の下げに至る日経平均のこのような下落(ただし日経はこの間の下落を24日からの4日間続落の計1117ポイントと述べているが)について、「7月中旬まで支配的だった『過熱感』は一気に解消」し、「株式相場はしばらく冷却期間に入りそうなムードも漂いつつある」とコメントしている。この「過熱感」とは、“安倍バブル”あるいは“アベノミクス相場”の婉曲表現と見てよい。
 しかし、安倍バブルは5月22日の日経平均15,627.26をピークとして、基本的には5月23日の暴落で破裂したのである。たしかにその後株価は回復し、6月13日の12,445.38を底として7月18日の14,808.50まで回復傾向をたどった。株式関係者や多くのマスコミは(そして選挙民も)、これをアベノミクス・ブーム健在の証拠と錯覚した。しかし、実際にはそれは参院選を前にした“与党大勝前祝いの小ブーム”であり、アベノミクス・バブルの復活ではなかった(その余韻とは言えるが)。そして、予想通りの与党大勝により、“前祝い”の買いエネルギーも消え、アベノミクス推進者からその信奉者に対して、有り難くないマイナスの“配当”が支払われたというわけである。
 だが、経済実勢と株価動向を冷静に見ていたもの(投資ファンドも含め)は、“日本の株価の目立った上昇は参院選まで”と見ていたのだ。

 では、株式の“アベノミクス相場”(その余韻を含め)と参院選後の相場(実際にはその直前の19日に始まっているが)の展開の違いはどこにあるのか。
 それは、アベノミクス相場とは、景気刺激的財政と金融超緩和政策(実際は放漫金融政策)により、日本の景気実勢を超え、かつ国際的な経済環境をあまり顧慮することなく、ひたすら円安の推進をテコにして株価をつり上げてきたもの(5月の暴落後には変化が始まっていたが)であるのに対し、参院選後(いわばポスト・アベノミクス)の株式相場は、景気の実勢(企業業績を含む)や國際経済環境の動静により敏感に反応するようになった、ということである。それは、株式相場の展開としては一種の正常化である。逆にいうと、アベノミクス・バブル下(余韻を含めて)の株価上昇がそれだけ異常であったということだ。

 実際、29日に至る株価の4日続落をもたらしたものは、具体的には「為替の円高推移、中国経済の成長鈍化などから企業業績に対する楽観的ムードが後退」したためであり、その円高は、「米国の量的金融緩和が当面維持されるとの観測を背景にドル売り・円買いが進んだ前週末の海外市場の流れを受け」たものだった(Bloomberg、29日)。
 もっとも、米国の現行の量的金融緩和(QE3)が当面維持されるとの見通しは、日本の株式市場にプラスと受け取られたり、あるいはドル安・円高をもたらすのでマイナスと受け取られたりと、その影響の評価が定まらないが、とにかく最近の円相場と株価が、4月〜5月のそれが安倍・黒田流「異次元金融緩和」で動かされていたのとは基本的に異なっていることは確かだ。

 このように、安倍バブル、次いでその延長としての自公大勝前祝い景気に踊らされた大衆は、いまアベノミクス派から手痛いマイナス配当を受け取っているわけだ。安倍政権そのものは参院選大勝という結果を勝ち取ったいまは“知らぬ顔の半兵衛”を決め込んでいるようだが、このマイナスを今後まともな政策で償えなければ(多分償えないだろう)、いずれは踊らされた大衆から手痛いしっぺ返しを受けることになるだろう。(終り)


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