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米国の有力な格付け会社S&P(Standard&Poor's)は1月27日に日本の長期国債の格付けを従来のAA(ダブルA)からAA−(ダブルAマイナス)に引き下げた。そのことは発表直後に市場で円の為替相場と国債相場の下落(国債利回りは上昇)、28日には東京株式相場の下落をもたらしたし、28日には国会での論戦のテーマとなった。
また日本の新聞は、読売(28日)が1面トップに「日本国債格下げ」という特大見出しの記事を掲載したのをはじめ、どの新聞もそれに準ずる大ニュース扱いをした。 格下げの理由は、「日本の財政赤字が今後数年にわたって高止まりし、それに伴い財政の柔軟性がさらに低下するとS&Pは予想する」(S&Pホームページ、日本語版)という点にある。 しかし、そうした可能性そのものはすでにほとんど周知のことであるから、“何をいまさら”ということになる。他方では、菅直人内閣が内閣改造(1月14日)を行い、財政健全化論者の与謝野馨氏を経済財政相に迎え、今年6月までに「社会保障と財政の一体改革プラン」を作成しようとしている矢先のことなので、“どうしてこの時期に”という疑問が起きる。 ただし、菅首相が財政再建計画の作成を優先し、デフレからの脱却と経済成長の底上げ(それによる税収の増加)を軽視していることには私は賛成できない。そもそも同首相は、昨年9月の民主党代表選挙に際しては「一に雇用、二に雇用、三に雇用」と絶叫していたが、それもすっかり忘れたかのようである。そして、もっぱら財政健全化とそのための消費税引き上げを迫る自民党、経済界、マスコミに迎合し、ひたすら保守化路線をとることで政権の延命を図っている。
したがって、 同じような保守的思想の格付け会社なら、むしろ最近のそうした菅内閣の財政健全化路線を評価すべきではないか。ところがS&Pは「民主党率いる連立与党が参議院選挙で過半数議席を確保できなかったこともあり、民主党政権には債務問題に対する一貫した戦略が欠けているとS&Pは考えている」(同上)と述べている。たしかに民主党政権には「債務問題に対する一貫した戦略が欠けている」のは事実だが、菅首相は今それを作ろうとしているわけである。格付け会社としては、すくなくともその努力を買い、またその結果を見るのが妥当なのではないか。 ところがS&Pは、菅首相が目指す「一体改革」案について、「これにより政府の支払い能力が大幅に改善する可能性は低いとS&Pは考えている」(同)と予断している。その案がまだできていないのに、である。
さすがに、そのような予断で国債の格付けを下げるのは無理と考えてか、S&Pはさらに、「2011年度予算案と関連法案が国会の承認を得られない可能性さえあるとS&Pはみている」(同)という。つまり、こんどは政局の予想にもとづく財政不安が国債の格付け引き下げの論拠とされる。それはそれで理由になるが、その程度のことなら素人でも言える。 そもそも、上述の、「連立与党が参議院選挙で過半数議席を確保できなかったこともあり、民主党政権には債務問題に対する一貫した戦略が欠けている」という文章は、意味不明である。それについては、英語の原文の日本訳が悪いのだ、と人は考えるかも知れないが、このレポートを書いた担当者は小川隆平氏(在シンガポール)で、日経との電話会見では「ディレクター」と名乗っている(日経、28日)。 いまでは多くの人が知っていることであるが、日本の国債の約95%は国内で消化(購入)されており、半分内外を外国の投資家に依存している米国やドイツとかなり異なり、それだけ外国投資家の意向に左右される度合が小さい。また日本は対外経常収支の継続的な黒字国であり、世界第2の対外純資産保有国であり、その点で、世界最大の対外債務国である米国とは決定的に異なる。この点については、S&Pも申し訳的に、日本国債の格付けは「高水準の対外純資産残高と比較的強固な金融システム、多様化された経済により『AAー』の水準で下支えされている」と付け足している。それなら格下げなどと言わなければいいのである。
他方、私が以前に当「診断録」(10年5月5日号)で書いたように、国民が税金や社会保障の掛け金として国民所得のうちのどれだけ(比率、%)を収めているかを示す「国民負担率」は39.0%(10年度)で、英国(以下は07年の数字。48.3%)、ドイツ(52.4%)、フランス(61.2%)、スウェーデン(64.8%)などに比べて格段に低い。その分だけ、今後もし危機に陥ったような場合に、国民の負担を増やして危機に対処する余裕を残していると言える。 そういう事実を市場が評価しているため、日本の国債の売れ行きに不安が生じたことはなく、その金利(10年ものの市場利回り)は年1.215%(28日)で、ヨーロッパでの最優良債と見なされているドイツの10年国債の3.192%、米国10年国債の3.41%よりも格段に低い(優良債ほど金利は低い)。
その日本国債の金利は、S&Pによる格下げが伝えられた27日には1.25%まで上昇したが、28日には上昇前の1.21〜1.22%に逆戻りした。つまり、S&Pの格付け引き下げは市場によって否定されたわけだ。 そもそも、S&Pに限らず、米国の格付け機関は08年の金融危機を生んだ米国の住宅バブルの中で、サブプライムローンといわれる信用度の低い住宅抵当債権をまとめて証券化した金融商品を、優良証券と評価するといういい加減な格付けをしたのだった。米大統領の経済報告(09年)も、「信用格付け会社は誤った前提条件を使って当初の査定を行い、その後相当数の格下げを行った」と指摘している(萩原伸次郎監訳、毎日新聞社、09年)。
また、10年のギリシャ国債の支払危機に際し次のようなことがあった(当「診断録」10年5月9日号参照)。すなわち、ユーロ圏諸国及びIMFによるギリシャ支援のパッケージがようやく取り決められ、その援助の具体的条件についての協議が4月21日にアテネで開始された矢先、27日にS&Pは突如ギリシャとポルトガルの国債格付けの引き下げを発表、ギリシャ債をジャンク債(不良債券)扱いとしたのだった。その衝撃で、27日から欧米アジアの各市場で株、債券、為替の下落が始まったのだった。 こうした無責任な行動にEU当局は激怒、その後EU諸国で格付け会社を規制する動きが起きたのである。日本でも09年に金融商品取引法の改正で「信用格付会社」の登録制が導入された(注)。 (注)格付け会社には、この金商法にもとづいて登録をした業者と無登録の業者があり、格付け会社自身の市場あるいは社会からの信用度は当然に登録業者の方が高い。実は、今回日本国債の格付けを行ったS$Pの格付けは無登録のものである。
すなわち、上記のS&Pのホームページによると、「スタンダード&プアアーズ・サービシズが提供する信用格付けには、日本の金融商品取引法に基づき信用格付け会社として登録を受けているスタンダード&プアーズ・レーティング・ジャパン株式会社が提供する信用格付け(以下『登録格付け』)」と、当該登録を受けていないグループ内の信用格付け業を行う法人が提供する信用格付け(以下『無登録格付け』)があります。本稿中に記載されている信用格付けのうち、「※」が付されている信用格付けは無登録格付けであり、それ以外は全て登録格付けです」とあり、問題の日本国債の格付け「AAー」及び従来の「AA」には、いずれも「※」マークが付されている。 つまり、今回の日本国債の信用格付けは、S&Pによる格付けと言っているが、それはS&Pグループ内の無登録会社が行ったもので、登録されている「S&Pレーティング・ジャパン株式会社」によるものではないのだ! 以上のように、今回のS&Pによる日本国債の格付け引き下げは、それを実施した格付け会社の内容や格付けを公表した時期などの点で不可解であるし、格下げの理由に関しては全く説得性が無く、とても精細な調査と検討にもとづいて結論を出したとは思えない。単なる思いつきか、民主党政権の政策批判のためのもの、さらには投機についての仕掛けなのではと疑われる。
そうした点についてFinancial Times (27日電子版)は、菅首相が財政再建を最優先課題ととらえ、改革プランを6月までにまとめる予定だと伝えた上で、「この格下げは、最低でも、税の改革についての与野党の協力を求める菅首相の呼びかけを、野党が蹴飛ばし続けることを一層困難にするだろう」と、S&Pの民主党政権批判の意図とは異なる“菅応援”の効果を持つと評価した。 また同紙は、ダボス会議(世界経済フォーラム)に出席中の野村ホールディングスの氏家純一会長の次のようなコメントを伝えた。「今回の格下げはビッグ・サプライズではない。それは財政改革の理由の助けになり得るだろうし、与謝野馨新経済財政相が財政改革のための法律を通しやすくする」。 ところが、野党は自民党も公明党もS&Pによる国債格下げを菅政権攻撃の好材料と受け取っただけのようで、28日の国会では、前日にこの格下げのニュースについて「私はその点に疎い」と語った菅首相の失言を取り上げて、例によって揚げ足とりの論議をするだけに終った。とてもFinancial Times の期待に応えるような政治感覚は持ち合わせないようだ。
それにしても、日本の政治家やマスコミはどうして外国の一格付け会社の見解、それも「無登録格付け」(どのマスコミもこの事実を伝えていない)にこれほど大騒ぎするのだろうか?それは、格付け会社と聞くだけで、とくに一般に外国(なかでも米国)の機関と聞くだけで、その言うことを単純にありがたがる性(さが)のせいだろうか。 (この項 終り) |
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2011年01月29日
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