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このところ上昇を続けてきていたイタリアの10年国債利回りは9日に一段と上昇して7.48%に達した(FT:Financial Times電子版、9日)。これは、決済機関LCHクリアネットが同国債を取引する顧客に求める証拠金の比率を引き上げると発表したことがきっかけだが、キャメロン英首相はイタリアの債務支払いコストが維持不能な水準に近づきつつあると述べ、欧州首脳に対し、問題波及を阻止するためにも救済基金の詳細をまとめるよう求めた(Bloomberg、10日)。こうしたイタリア債務危機の深刻化の影響で、9日の欧米市場では株価が急落(NYダウは3.19%)し、その流れは10日の東京市場にも引き継がれた(日経平均は2.9%下落)。
ギリシャのソブリン危機の解決にある程度見通しが立ちはじめる(パパンドレウ内閣の暫定後継内閣の組閣は難航しているが)とともに、イタリアの危機がクローズアップされるに至ったのはなぜか。イタリアの債務残高(2011年末でGDPの129%ーOECD2011年6月の推定)がユーロ圏ではギリシャに次いで高いことに示される同国財政の悪化をその主因としてあげるのは簡単だが、それだけでは、この比率が最悪の日本(212.7%、同上推計による)や米国になぜ危機が波及しないのか、という疑問に答えることが出来ない。 この問題は、すぐ気づくように、ソブリン危機がギリシャに始まって、まさに“ユーロ圏の国々に”次々と波及(伝播:contagion)するのはなぜか、と言いかえることが出来るだろう。そうすると、答は一見簡単で、それはこれらの国が同じ通貨ユーロを使用しているからだ、ということになるだろう。
では、同じユーロを使っていると、なぜそのように危機が伝播するのか。まさかユーロ紙幣に“危機媒介菌”が付いているわけではあるまい。 この答は、端的に言うと、ユーロ圏の国には独自の(もっぱら自国のための)金融政策を実施する権限がほとんどなく、金融政策はECB(欧州中央銀行)によって一元的に運営されていることに求められる。すなわち、圏内の個々の国にはそれぞれ中央銀行がある(ドイツにはドイツ連邦銀行、イタリアにはイタリア銀行など)が、それらは基本的には欧州中央銀行システムの下部機関である。このことは、通貨発行権についてのEU(欧州連合)運営条約において明確に示されている。すなわち「欧州中央銀行のみがユーロの発行を許可する権限を有する」のである(同条約282条、128条)。 たしかに、加盟国中央銀行もユーロ銀行券及びユーロ硬貨を発行する権限を持っている(同128条)が、それはECBの「ユーロ銀行券の発行を許可する独占的権利」(同)の下においてである。加盟国中央銀行が独自の判断で通貨を自由に発行できるわけではないのである。この点は、ユーロ圏外の米国や日本の中央銀行の権限と決定的に異なる。また、EU加盟国でもユーロ未採用の英国とも異なる。
では、通貨発行の独自権限を持たないということは、どういう問題に影響を与えているか。それは、端的にいうと、通貨発行の独自権限を持たな国の中央銀行は、その政府が発行した国債を自由に買い入れる(市場から)ことができない、ということになる。 これに対し、ユーロ圏外の国の中央銀行たとえば日本銀行は、市場から多額の国債を購入している。日銀の平成22年度(2010年度)決算におけるバランス・シートによると、日銀は77.3兆円の国債(うち長期債は59.1兆円)を保有している。これらの国債は長年にわたって買い入れてきたものの残高で、短期に購入したものではないが、それでも金額としては大きい。ちなみに、2011年度政府予算(当初予算)における国債発行額は44.3兆円である。米国では、2010年以降に実施された第2次量的緩和政策(QE2)で、Fed(連邦準備制度)は6000億ドルの国債を市場から購入した。
こうした中央銀行による市場からの国債購入は、国債を政府から直接買い入れるのとは形は異なっているが、政府発行の国債が民間で消化(購入)されたあとで、それを中央銀行が買い上げるので、政府がさらに国債を発行することが容易になる(市場に追加的な消化能力が出来る)ことは明らかだ。その意味では、これは中央銀行による直接の国債引受けと実質的な違いはない。つまり、これらの国の中央銀行は、こうした操作によって、政府の赤字財政をしやすくし、また長続きさせ、悪化させる役割をしているわけである。 ところが、ユーロ圏の個々の国の中央銀行はそうした国債購入政策を自由に実行することが出来ない。それを実行するとすれば、それは基本的にはECBの役割である。
しかし、そのECBも、Fedや日銀のようにはユーロ圏の国の国債を随時に、また大量に買い入れることはしない。ECBによるイタリア国債の購入は、同国のソブリン危機が問題になってきたこの8月にようやく始められたもので、9日(11月)にイタリア国債の利回りが7%台に乗せた際にも、ECBは市場から同国債を買い上げたが、それは少額で、市場の実勢に影響を与えるほどのものではなかった(FT紙、同上)。 ECBが個々の国の国債を買い入れることに慎重なのは、ECBの「優先的目標は物価の安定を確保すること」にあるからだ(EU運営条約127条)。つまり、国債買い入れで個々の国の財政政策がルーズ化することを避けようとしているのである。 ちなみに、去る9月9日にECBのシュタルク役員(ドイツ出身)が辞任して市場にショックを与えたが、これはECBによるスペインとイタリア国債の購入の開始(8月)が、「物価の安定を守るというECBの本来の任務を逸脱するものだ」として抗議の意思を表明するためであった(当「診断録」9月11日号参照)。
したがって、ECB運営の基本方針、及びその背後にある財政と中央銀行の役割についてのユーロ圏の考え方(その中核を成すのはドイツ)は、米国や日本のそれとは基本的に異なっているのである。その結果、個々の国の財政が悪化した時に、言葉は悪いが、その赤字の尻を中央銀行に拭ってもらうことが出来ず、国債はあくまで市場で自力で発行・調達せざるを得ないのだ。そして、市場での国債発行が困難になると、直ちに政府は歳出の執行(公務員給与の支払いを含めて)が不可能になるのである。 逆にいうと、そのように中央銀行と財政に節度を求める結果、個々の国へ財政健全化への強い圧力が加わることになる。 そういう制度と運営の考え方の下にあるので、財政赤字の増大と国債相場の下落(利回りの上昇)は、クッション(中央銀行による助け船)なしに、政府の支払危機へ直結するわけである。ユーロ圏内でソブリン危機が”伝播”しやすいのに対し、その逆に日本や米国で国債利回りが極めて低く抑えられて危機が表面化しないのもその違いによる(もちろん、これらの国の財政がいわば一斉に悪化したのは、直接にはリーマン・ショック後の景気支持策の実行によるところが大きいことはいうまでもない)。
したがって、ユーロ圏の国がソブリン危機に陥ったら、厳しい財政緊縮政策(デフレ政策)を実行して赤字を減らし、解消するのが基本の対策になる。これは、市場経済においてはむしろ正統的な政策である。だから日本や米国の中央銀行が国債を意図的に買い上げて金融の量的緩和を図った時には、自らそれを「非伝統的政策」(はっきりいえば、市場経済としては邪道)と断ったのだった。 ところが、日本や米国流の非伝統的政策に慣らされた市場は、ソブリン危機というとすぐさまそれにつぎ込む資金のことを問題にしがちだ。それはひとつの考え方であるが、いまのユーロ圏の考え方とは合わない(注)。 (注)「診断録」子は、これまでも折々述べてきたが、中央銀行の通貨発行権を廃止し、政府責任で通貨(現行の中央銀行通貨−実質は政府紙幣ーを引き継ぐ)を適切に発行してそれを直接に政府支出に振り向けるべきだと考えている。
もちろんユーロ圏そしてEUは、危機が深刻化した場合には、破綻を避けるための緊急の資金手当を考えざるを得ない。その意味で、EFSF(European Financial Stability Facility)の実質資金量の拡大にも取り組むし、ECBによる国債購入を拡大する可能性もある。
しかし、ギリシャ危機対策で債権国側(その中心はドイツとフランス)が示したように、ユーロ圏の重債務国がとり得る道は、思い切った財政再建策の実行か破綻(そしてユーロ圏からの離脱)か、そのいずれか以外にはないと言えるだろう。そして、財政再建の努力を続ける限りにおいて、ユーロ圏とEUはそれらの重債務国を支援するということだ。この道は、経済成長に対してはそれを抑制する結果を生むであろう。その意味で、ヨーロッパは景気悪化に向かっていると考えるべきだ。 イタリアもスペインも、場合によってはフランスも、紆余曲折はあっても、このような道を歩まざるを得ないだろう。 (この項 終り)
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2011年11月10日
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