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野田佳彦首相は11日の記者会見で、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉へ参加する問題について、その「交渉参加に向けて関係国と協議に入る」との方針を正式に表明し、対外的には13日のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議でその旨を表明した(各紙、14日夕刊)。
TPP交渉への参加については国内に強い推進論(主に経済界)と反対論(主に農業関係者)があり、この対立は与野党の内部にも反映した。とりわけ、与党民主党ではこの問題をめぐって深刻な党内対立が起きたが、とにかく野田首相は、党内反対派への若干の妥協(参加の方針表明に際しての一歩引いた表現で)を示しつつ、実質的には「参加」の方向を示した。 このような重要な政策課題について、与党内の難しい議論を経つつ、自らの所期の方針を貫いた点では(結論を急ぎすぎたとの批判はあるが)、民主党政権歴代の首相としては今回の野田首相が初めてであり、その点でのリーダーシップは評価できる。しかし公に表明された首相の方針には、TPP参加の目的と積極的意義が示されていない。 野田首相は11日の記者会見での冒頭発言で、TPP交渉への参加に向けて交渉に入る理由について次のように述べた。「貿易立国として、今日までの繁栄を築きあげてきたわが国が現在の豊かさを次世代に引き継ぎ、活力ある社会を発展させていくためにはアジア太平洋地域の活力を取り入れていかなければならない」と(朝日、12日)。
しかし、この説明にはごまかしがある。今日わが国が、大震災からの復興に伴う需要増と並んで、高成長を続けるアジアの新興国や新工業国への輸出増に引っ張られて景気回復を遂げつつあることは論を待たないが、わが国の最近の主要な輸出相手国(輸出全体に占める当該国向け輸出額の比率が大きく、かつその国への輸出の増加率が高い国)は、2010年の実績によると、中国(輸出比率は19.4%)、韓国(8.1%)、台湾(6.8%)、香港(5.8%)、タイ(4.4%)がアジアのトップ5であり、以上の5ヵ国合計で44.5%に達する(アジア全体は56.1%)。 ちなみに、主要な先進国である米国への輸出比率は15.4%、EU諸国計へは11.3%である。 だから、以上のようなアジアの高成長国を除外した貿易自由化交渉によって、「アジア太平洋地域の活力を取り入れる」などと言うのは、全くの見当外れである。
ここで、TPP交渉にすでに参加している主要な国、及び12,13日のAPECを機会に参加を表明した国(カナダとメキシコ)のうち、当該国への日本の輸出比率が1%以上の国についてみると、米国(15.4%)、シンガポール(3.3)マレーシア(2.3)、オーストラリア(2.1)、カナダ(1.2)、メキシコ(1.2)、ベトナム(1.1)で、以上の7ヵ国の計は26.6%である。しかも、そのうちの主要国の米国経済は停滞色が濃い。 現時点での以上のようなTPP交渉参加国について、「TPP世界経済の4割」(日本を加え)と大見出しで謳い、「世界経済の4割を占める巨大経済連携が実現すれば、成長センターであるアジア地域の生産性を一段と引き上げる中核の枠組みとなる」(日経、15日)などとはしゃぐのは、アジアの現実を無視した議論である。 もし、日本が本気で「アジア太平洋地域の活力を取り入れる」ような自由貿易圏を作り上げようとするのならば、上記のような成長率の高いアジア諸国を含めた自由貿易圏を形成する必要がある。そのためには、さしあたりTPPを出発点としつつも、それを中国、韓国などを含めたより包括的な経済圏へ発展させることを積極的な目標とすべきである。
もともと日本政府(菅直人内閣)は、2010年にAPECの議長国を務めることを機会に、「アジア太平洋を広く包含するFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の構築のためのあり得べき道筋を探求するに当たって強いリーダーシップを発揮する」との方針を「新成長戦略」の一部として決定(10年6月18日、閣議決定)した。また「包括的経済連携に関する基本方針」として、「FTAAPに向けた道筋の中で唯一交渉が開始している環太平洋パートナーシップ(TPP)協定については、その情報収集を進めながら対応していく必要があり、国内の環境整備を早急に進めるとともに、関係国との協議を開始する」との決定(10年11月9日、閣議決定。以上は内閣府ホーム・ページによる)を行っている(注)。 (注)野田首相がTPPのために協議入りを表明した記者会見(11日)において、記者から「なぜその方針を閣議決定しなかったのか」との質問があり、それに対して野田首相は「協議に入る前に閣議決定する外交交渉はない」と突っぱねた(朝日、同上)が、上述のように、菅内閣において「関係国との協議を開始する」との閣議決定をすでに行っているのである。その意味で、野田内閣は新しい方針を決定したわけではない。同内閣による決定の新しい点と言えば、TPPからFTAAPへという発展構想を無視ないし軽視したことである。
そうした点を見れば、今回の野田首相の「決断」なるものが、米国が議長を務める今回のAPECに向けた、オバマ大統領への急ぎのお土産という性格が強かったことは否定できない。また、TPPのみでFTAAPを取り上げなかったこれまでの野田首相の姿勢が、“中国外しの米国の戦略への追随”と一部から批判されたのも理由あることと言うべきだろう。 ところで、今回のホノルルでのAPEC会議で、中国、ロシアがTPPに関心を示したことは興味深い。胡錦濤中国主席は12日にホノルルで行われたアジア・太平洋地域の企業経営者らが参加した会議で次のように述べた。「多角的な貿易体制を維持し、地域経済の一体化を深めるべきだ。…(中国は―加筆)東アジアの自由貿易圏やTPPなどを基に、アジア・太平洋地域の自由貿易圏を推し進め、経済の一体化を実現させていく」と(NHKニュース、13日)。また、メドベージェフ・ロシア大統領は「TPPは興味あるプロジェクトだ」と語った。ただし、「TPPが何を達成しようとしているのかがまだ明確でない」との保留付きではあったが(FT:Financial Times電子版、13日)。
野田首相も、APEC首脳会議が終わったあとの記者会見では、「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現に向けて、唯一交渉が開始されているTPPについて、わが国は交渉参加に向けて関係国との協議に入ることを紹介し、いくつかのエコノミーから歓迎の意が表明された」と語り(NHKニュース、14日)、遅ればせながら10年11月9日の菅内閣の閣議決定(上述)通りの方針に言及、従来の言明の軌道修正を行っている。 アジア太平洋地域の自由貿易圏交渉に中国を引き入れることは、日本の貿易自由化交渉としても最も意味があるものである。なぜなら、中国こそ最も関税が高い国であり、また知的所有権の保護などの面で遅れている国であるからだ。もし、中国を多角的な貿易自由化交渉に引き入れて、関税及び非関税障壁で同国の譲歩を得られれば、日本にとってのメリットは大きいであろう。
そういうメリットを追求せず、いま程度の範囲のTPPに止まるならば、それは、極論すれば、米国やオーストラリアの農畜産物の輸入自由化(日本による)のための交渉ということになりかねない。野田首相は、抽象的に「アジア太平洋地域の活力を取り入れる」と述べるばかりで、TPPによって日本は何を得ようとしているのかについて具体的に語ることがほとんどない。たとえば、米国に対しても、公共事業の政府調達に関して外国に市場を開放していない13の州(日経、12日)について、野田首相がその開放をはっきりと要求したらどうか。要するに野田首相は“低姿勢首相”を外国に対しても貫いているようで、外交交渉における“攻め”を欠いている。 TPP交渉に関して、国内で最もきびしい論議が展開されているのは、いうまでもなく農産物の扱いである。この点については本稿では、暫定的に、総合食糧自給率が傾向的に低下してきている(カロリー・ベースで1965年度の73%から2010年度の39%へ−農水省)中で、少なくとも米(コメ)の自給率(2010年度、98%)の低下を絶対に防ぐとの政策目標を立てて、国内の農業改革と対外交渉(関税引き下げからのコメの除外)を平行して進めるべきではないか、とだけ指摘しておく。
TPP交渉とくに関税引き下げにおいて、おそらく最も重要なことは、為替相場の変動の問題である。交渉により、かりに米国はじめ多くの国の関税が引き下げられたとしても、為替相場が過大な円高になれば、数%程度の関税引き下げの効果などは吹き飛んでしまうであろう。この意味で、為替相場の引き下げは最も露骨な非関税障壁である。
米国などは、為替相場は市場の決定に委ねるべきだと繰り返しているが、その米国の金融政策がしばしば為替相場に強い影響を与えている(ドル安へ)のである。その意味で、為替相場は今日ではかなりの程度まで“政策変数”(政策によって動かされる市場での値=変数)である。日本としては、TPPの交渉で、この問題を積極的に提起すべきである。そして、もしその主張が受け入れられないならば、日本独自に、過度の為替変動から自国経済を防衛する国内措置を導入すべきである。その具体案については、別の機会に論じたい。 いずれにせよ、TPPを手始めとする今後の貿易自由化交渉においては、わが国は“外国の市場開放要求をいかに防ぐか”といった逃げ中心の姿勢ではなく、そうした交渉において何を獲得するか、という攻めの方針を併せ持つことが必要なのだ。それがあって、はじめて政府の自由化方針は国民に理解されるであろう。 (この項 終り)
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2011年11月15日
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