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10月31日にわれわれは二つの注目すべきニュースを受け取った。一つは同日朝に行われた日本政府による円高阻止のための大規模市場介入であり、もう一つは同日午後(アテネ時間)にギリシャのパパンドレウ首相が突如として、EUの改訂第2次ギリシャ支援計画(10月27日に決定)についての国民投票を実施するとの方針を発表したことだ。とくに後者は31日のヨーロッパの市場ついでNY市場を震撼させて株価の急落をもたらした(その流れは1日のヨーロッパ市場では加速したし、NYでも現時点では続いている)。
ギリシャの国民投票は、その結果によってはギリシャ国民によるEUの新援助計画の拒否と、その結果としてのギリシャの文字通りのデフォルトをもたらす可能性をはらんでいる。もしそうなれば、ヨーロッパの信用危機が一挙に拡大し、それは円相場への一層強い上昇圧力として作用するであろう。このギリシャの国民投票の行方をどう占うか。そして、そうした円高圧力を政府は市場介入によってはね返すことが出来るだろうか。本稿は、それらについての応急、暫定的な検討である(本稿末尾に追記がある)。 パパンドレウ内閣は国民投票に先立ち、11月4日に議会で信任投票(点呼記名投票)を実施し、信任されれば、国民投票はおそらく来年1月に実施される(ATHENS NEWS電子版、31日)。国民投票を実施するためには、憲法の規定に従い、政府は投票にかける文言を定め、それについて議会と大統領の承認を得る必要がある(NYTimes電子版、1日)。ただし、その文言は未定である。
10月29日に行われた世論調査によると、国民の60%弱はEUの改訂(新)第2次援助計画(総額1300億ユーロ。民間投資家による50%の対ギリシャ債権の自発的な放棄と他方ギリシャの厳しい財政緊縮計画を伴う)に反対している(ATHENS NEWS同上)。また、これまでに行われた労働組合などによる緊縮政策反対のゼネストや激しいデモなどを見ると、国民投票においては新第2次援助計画に対し「No」の結果が出そうに思える。 しかし、国民投票までに冷却期間があるので、その間に政府が新計画(EUとギリシャの協定)のメリットと国民投票の意味を訴えた場合にどうなるかは未知数だ。 パパンドレウ首相は31日に与党(Pasok=全ギリシャ社会主義運動)の議員への説明で、「新協定によりギリシャの債務は減額され、年々の利払い額は45億ユーロ少なくなる」と実利を説いた上で、「この協定はわが国から不安定さを除去し、ユーロ圏における強固な核としてのギリシャの地位を確かにする」とその積極的意義を強調した。またベニゼロス財務相は、「国民はいまや、われわれはヨーロッパ・グループに、そしてユーロ圏とユーロに引き続き属するのか、あるいはドラクマ(ユーロ採用前のギリシャの通貨)に戻り、1950年代や60年代のギリシャに戻るのかを決定すべきなのだ」と訴えた(ATHENS NEWS同上)。
ギリシャ国民の緊縮政策への反対、具体的には給与や年金のカット、増税などへの抵抗は極めて強いが、端的に“ギリシャはヨーロッパにとどまるのか、その外に出るのか”という二者択一として問題を突きつけられた時にどう反応するかは微妙であろう。 ギリシャの野党はどう反応するか。第一野党の新民主主義(ND)のスポークスマン・ミケラケス氏は、「首相による国民投票の提案は憲法と民主主義からの逸脱にほかならず、ギリシャの偉大な達成、とりわけヨーロッパ連合への参加を危険にさらすものだ」と述べ、総選挙の実施の要求を繰り返した。またギリシャ第3党の共産党はその声明において、「政府による国民投票実施の発表は、労働階級と人民をして新協定に対してイエスと言わせるための、政府とEUがあらゆる手段、脅し、挑発を行使する人民威圧のメカニズムだ」と攻撃した(ATHENS NEWS同上)。
以上のような有力野党による国民投票批判を見ると、共産党が新協定に反対していることはわかるが、その具体的な批判点は不明確であるし、NDは新協定に賛成なのか反対なのかが明確でない。そのような批判では、国民投票における新第2次援助協定への反対が強力かつ有効に組織されるかどうか疑問に思える。 他方で、ギリシャ政府が新第2次援助の是非を国民投票に訴えたことは、ギリシャ国債への民間投資者に完全デフォルトの危険をより身近に予想させることになり、むしろ自発的な50%の債権放棄というEU当局の方針へ投資家を説得する上でプラスの影響を持つことも考えられる(NYTimes同上)。
そうしてみると、国民投票に訴えるというパパンドレウ首相の意表に出た方針は、「ヨーロッパにおけるギリシャの未来をコイン投げの賭けにゆだねるようなもの」(上述のミケラケスNDスポークスマンによる批判。NYTimes同上)と言われるほどの“一か八か”の単純な賭けとは限らず、同首相としてはそれなりの計算があってのことかも知れない。 その意味では、この国民投票の結果がギリシャのデフォルトを招く可能性が極めて大きいことは確かではあるが、結果は予断を許さない。 こんごギリシャの国民投票の実施日にかけて、ギリシャをはじめとするユーロ圏重債務国の信用危機は去らず、それによる市場の動揺が続くであろう。その影響は、ヨーロッパからの資金の引き続いての逃避、とくに日本への逃避と、それによる円高への圧力の増大をもたらし続けるだろう。
いま世界的に資金は、ユーロ圏の重債務国の国債から、またそれらの国債を保有している欧米の銀行等の金融機関から、より安全な国の国債へ、より安全な金融機関へと移されているわけで、そうした資金移動が為替相場変動の動因となっている。 日本はたしかに政府債務の大きさの点では世界一だが、その債務が主として日本国民に対するものであり、かつ日本国の独自通貨によるものである(いざの場合には直接あるいは間接に日銀に購入させ得る)ためにデフォルトの危険がない。また日本の金融機関のユーロ圏重債務国への関与(exposure)も少ない。景気動向という点でも、欧米では景気後退の傾向が目立つのに比し、日本は大震災からの復興ということで景気は上向きである(最近はタイの洪水による困難に直面しているが)。そして通貨としては、円は物価の面(国内面)から見ても為替相場の面(対外面)から見ても価値下落の恐れが最も少ない。
したがって、円が国際的な資金によって選好されるのも当然と言える。しばしばマスコミは、円への資金の移動を説明する際に“消去法により”(他にこれという安全な通貨が見当たらないのでやむなく、という意味)といった説明をしているが、現在の円は実際にはまさに選好される条件を備えていると言える。 このように、円の為替相場に対しては絶えず上昇圧力が加わるわけで、そうした傾向はギリシャでの国民投票の動きと結果によって強められる公算が大きい。
そうした円高圧力に対しては、先月末に実行されたような当局の市場介入(ドル買い)だけでは効果は長続きしにくい。それを補うものとして、ユーロの買い介入も大規模に実行すべきだと思う。それによって政府(外国為替資金特別会計)が取得するユーロは、ユーロ圏の救済資金であるEFSF債券の購入(現在も実行しているが)や重債務国国債の購入に積極的に使い、ユーロ圏安定化に資することも可能である。つまり、ユーロから逃げた民間資金を公的ルートでユーロ圏へ戻すわけだ。 ユーロの場合は、中央銀行であるECBが、米国のFed(連邦準備制度)ほどはむやみに通貨の供給を増やさないので、ユーロ買い介入の効果は比較的大きいのではないか。この点はスイス・フランの対ユーロ安定化の操作(去る9月に導入)を参考に出来るであろう。 とにかく、円相場の安定を実現するためには、従来の発想を超えた対策が必要である。その点については、また別の機会に追加して論ずることにしたい。(この項 終り) 追記 本稿の投稿後、パパンドレウ首相の国民投票の方針に対し、与党内から強い反対が出たとの情報を得た。もし、その結果パパンドレウ内閣が行き詰まることになれば、それは政府が国民投票で敗れた場合と似た混乱を引き起こしかねない。
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2011年11月02日
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