文太郎の日記帳

景気、財政赤字、国際経済、政治・政局、世界情勢、日米関係など現代の諸問題を広い視野で解明します。

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ギリシャは劇的に変化

 ギリシャでは、①パパンドレウ首相によるブリュッセル協定(EUによる対ギリシャの改訂第2次援助計画)の国民投票への付議の提案(10月31日)、②これに対する独仏両国首脳の反発とギリシャへの最後通告(11月2日、カンヌで。“ブリュッセル協定を受け入れない場合にはギリシャをユーロ圏から追放”するとの)、③ギリシャ最大野党のブリュッセル協定受入れへの転換、④一転してパパンドレウ首相による国民投票の断念と辞意表明、⑤その前提での議会による同首相の信任決議(11月5日未明)というプロセスを経て、上記協定の受入れとユーロ圏への残留という点での国民合意がほぼ形成されたと見ていいだろう。
 ギリシャの政治はパパンドレウ首相の信任決議可決のあと、暫定内閣(ブリュッセル協定の受入れと総選挙の準備のための)の組織の問題へ移った。その点での各政党間の話合いは難航しているようだが、この内閣がどのように形成されるかに関わりなく、ギリシャが同協定を受け入れて(少なくとも政府・議会のレベルでは)ユーロ圏に止まることはほぼ確実となった。これにより、当面、ギリシャが“無秩序なデフォルト”に陥る危機は去ったと見得るであろう。(なお、NYTimesの速報によると、パパンドレウ首相抜きの新連立政権樹立に関し、与党と最大野党との話合いが現地時間6日夜に成立したー7日午前6時20分追記)
 
 ◇ギリシャ国民の感情
 EU(及びIMF)による対ギリシャ援助に伴うギリシャ政府の相次ぐ財政緊縮措置と、それに必要な国民負担の急増(給与・年金等のカットや増税)は、多くのギリシャ国民にとっては耐えがたいものと感じられた。このため、10月からはギリシャでは相次ぐゼネストと激しいデモンストレーションが展開され、その圧力の下、政権与党(Pasok:全ギリシャ社会主義運動)からもEUによる援助とそれに伴う耐乏政策に反対する議員が増えていった。
 その際、見過ごせなかったのは、ギリシャ国民が受けた屈辱感だった。
EUとIMFによる援助に伴い、アテネにはいわゆるトロイカ(EU、ECB、IMF)の調査団が常駐し、ギリシャ政府の財政政策等を審査し、必要と感じた場合にはその改善を政府に勧告している(ほとんど強制効果を持つ)。これは、ギリシャ国民には外国(ドイツ、フランスなどユーロ圏の)による過度の耐乏政策の押しつけと映じた。
 
 そうした耐乏政策が強化されるにつれて、「国民の間には、ギリシャの主権の根幹部分とプライドが外国の資金貸し手に引き渡されたとの感情が日増しに増大した」(NYTimes電子版、10月28日)。EU等による援助額は増えていったけれども、「ギリシャ国民(とくに中産階級) はそれに感謝する気持ちを抱くよりは、自分たちは事実上のEUの保護国になったとの感情を強めた。アテネの憲法問題の弁護士(constitutional lawyer)アリヴィザトスは、もしわれわれがEUの加盟国ではなかったなら、いまやギリシャは被占領国だといわなければならないだろうと語った。」(同上)。
 注意すべきは、国民の間のそうした外国への反感がとくにドイツに向けられていることだ。なぜなら、第2次大戦中における「ナチ・ドイツによる占領がギリシャ国民に深い傷跡を残している上に、そのドイツがEUの対ギリシャ援助計画とギリシャへの緊縮政策要求で支配的な役割を演じている」からだ(同上)。
 こうしたところから、パパンドレウ首相は反緊縮政策のデモに際して大衆から「反逆者」、「売国奴」との罵声を投げつけられた(同上)。他方、債権国も市場もこうした債務国国民の心情を軽視してきたと言える。。
 
 同首相としては、国民のこうした反対、議会における反対者の増加を前に、10月のブリュッセル協定の承認を議会で取り付け、その上で国民の抵抗を排して緊縮措置を実行していくことは極めて困難だと感じたのであろう。その意味で、彼は国民の最後の判断を国民投票というかたちで求めたのだと思う。私は彼のそうした気持ちを理解する。その場合、彼にはそれなりの勝算があった(当「診断録」11月2日号参照)と思われたけれども、もし結果が“No”と出ても、それがギリシャ国民の選択であればやむを得ない、と考えたのであろう。
 しかし、彼のこの“瀬戸際政策”はドイツ、フランスをはじめとする援助国側にギリシャへの激しい反感を呼び起こし(国民投票ではNoの結果だ出るとの恐れから)、G20サミット(11月3,4日)に先立って急遽2日に行われたパパンドレウ、メルケル独首相、サルコジ仏大統領の3者会談で、独仏側からパパンドレウ首相に対して最後通告(上述)が突きつけられたのだった。
 
 この独仏による最後通牒はギリシャ国民に強い反応を引き起こした。政界では、一方では内閣と与党の内部から国民投票への反対が公然と表明されるとともに、他方ではそれまでEU・IMFによる援助とそれに伴うギリシャ政府の緊縮政策に一貫して反対してきた(NYTimes電子版、11月3日)野党第1党の新民主主義党(ND)がブリュッセル協定への賛成を表明するに至った。NDとしては、もしギリシャがユーロ圏から追放されるようになった場合に、その責任の一端を負わされることを避けたかったのであろう。
 ギリシャ国民も、“ブリュッセル協定と緊縮政策の受入れか、ユーロ圏からの離脱か”との二者択一を突きつけられて、ユーロ圏への(またEUへの)残留を選ぶ気持ちに傾いたと推察される。すなわち、緊縮政策と独仏など債権国への強い反感はあるけれども、ギリシャが“ヨーロッパの一員であり続ける”ということの価値がそれを上回るということであろう。
 
 こうして、国民投票を提案することによって債権国側とギリシャ国内の両者から孤立したパパンドレウ首相は、一転、国民投票案の撤回と自らの辞意を表明することによって、結果としてブリュッセル協定の議会承認の見通しを確実にしたと言える。
 国民の間にも、ユーロ圏への残留の見通しを歓迎する声が出始めている。あるタクシー・ドライバー(48)は、「国民の間に広がっている恐れを代弁するように、“ギリシャはユーロ圏から排除されるかも知れないし、孤立して元の通貨に戻ることになる可能性もある。しかし私はドラクマ(旧通貨)に戻ってほしくない”と語った」(ATHENS NEWS電子版、11月5日)。
 また、ある年金生活者(83)は、ギリシャとドイツ(大戦中のギリシャの占領者)を比較して次のように語った。「ドイツが去った時、われわれは希望をもった。そのドイツは敗戦で崩壊したが、懸命に働いて経済強国になった。それに対して、われわれギリシャ人は戦時の教訓から学ばなかった」と(同上)。
 
 ◇ギリシャ政局の展望
 議会で信任されたパパンドレウ首相は、連立の暫定内閣の組織に向けて動いているが、まだその見通しは開けていないし、同首相がいつ辞任するのかも不確かである(「診断録」11月5日号③)。しかし、次の内閣でベニゼロス副首相兼財務相が首班になる可能性が大きくなっているようだ。以下はATHENS NEWS(同上)が伝える政局の動きである。
 
 政府筋によると、ベニゼロス財務相は、すでに舞台裏で、自らが首班となろうと望む次期内閣への支持を少数野党から取り付けようとして、その指導者たちに接触している。
 最大野党の新民主主義党(ND)はパパンドレウ首相からの連立の呼びかけを拒否しているが、同党も次期政権への動きでベニゼロス氏が指導的役割を演じていることを認めた。しかしNDのサマラス党首はパパンドレウ首相が辞任しない限り、暫定内閣へ向けての話合いには応じないとの要求を繰り返している。
 パパンドレウ首相はかつて2004年のPasok党首選挙でベニゼロス氏を破ったのだが、ギリシャの経済危機が政治的混乱をもたらすに及んで、同氏の支持を求めた(国防相ついで財務相として)関係にある。次期政権をめぐる交渉に近い筋の話によると、パパンドレウ氏は自ら連立内閣を組織する様子を見せながら、最後にはベニゼロス氏に譲るつもりだという。二人は、パパンドレウ氏に名誉ある撤退の条件を作るとの暗黙の了解の下で別個に動いているとこの情報源は述べた。
 
 そのベニゼロス財務相が接触した極右翼のLAOS党のカラツァフェリス党首は、「われわれはNDが参加しないなら連立政権には参加しない。しかし、われわれはサマラスND党首に考え(連立不参加の−加筆)を変えるように要請した」と語っている。関連してカラツァフェリス党首は次のような政局観を述べている。「われわれは首相が不在であるという現実を認める必要がある。パパンドレウ氏は昨日(4日)議会で辞任したのだ。昨日議場で彼の演説に対して送られた拍手は、半分は演説に対するもの、あとの半分は彼の退任に対するものだった」と。
 このカラツァフェリス氏の見方(パパンドレウ氏が居座っているとのND党などの見方に対し)が当を得ているかどうかは別として、いまやギリシャ政局はパパンドレウ氏の正式の辞任表明待ち、ということのようだ。同氏が辞任すれば、ベニゼロス氏を首班とする暫定連立内閣への動きが一挙に進むのではないか。
 
 ◇イタリアの危機
 ギリシャの混乱が一段落するとともに(それと平行して)、イタリアのソブリン危機がクローズ・アップされてきている。この問題についても、ギリシャの場合と同様に、まず同国が財政再建の方策を的確に打ち出し実行できるかどうか、他方で、その過程で、イタリアに対するEUなどの国際支援が確保できるかどうかが問題であることは明らかだ。
 しかし、ユーロ圏の国のソブリン危機はなぜ簡単に伝搬するのか、それに対して、やはり財政が悪化し、巨額の政府債務残高を抱える米国や日本がユーロ圏重債務国に類似の危機に見舞われないのはなぜか、が解明される必要がある。この点については、稿をあらためて後日論ずることにしたい。  (この稿 終り)
 
(追記)日本のマスコミは、ごく最近になって、ようやくギリシャ(アテネ)へ特派員を派遣するようになったが、まだまだ独自取材が出来ていないようだ。

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