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今回の総選挙における民主党の惨敗の原因や、維新の期待外れ(その意味での敗北)の原因についてはすでにマスコミ等でさんざんに語られたが、まだ問題の核心に触れたものはあまりない。
ここで敗北という場合、民主の場合には単に大敗北を喫したということだけではない。真の問題は、たとえ負けるにしても獲得議席は100を割る程度と予想されていたのがわずか57にとどまり、しかも現職閣僚の8人も落選するほどの敗北となった原因は何か、ということなのだ。また維新の場合には、自民あるいは民主といった既成大政党の支配を打ち破るのが結党の趣旨だったのに、結果としては自民党の独り勝ち(単独過半数の獲得)を許してしまったことの原因は何か、が問われなければならない。そうした点が明確にされない限り、この両党の前途・未来は暗いものとなるであろう。
以上の意味での敗因を考えた場合、民主党の場合には、過去3年余の政権党としての実績不足だけではなく、加えて同党が今後に何をするかという政策・展望をほとんど提示できなかったこと、その点で自民党の「デフレからの脱却」という単純・明快で、有権者を惹きつける公約にまったく対抗できなかったことをあげる必要がある。私はその点での民主党の致命的な欠陥を選挙前に指摘しておいた(当「診断録」12月9日号)が、そうした弱点を克服する努力は何もなされなかった。
実際、投票日の16日に各新聞に掲載された民主党の全1面広告における野田首相・民主党代表のメッセージを見て仰天し、わが眼を疑ったほどだった。そのメイン・メッセージは「この国を変えたい。その思いを継続してほしい」(原文のまま)だったのだ。これは、党としての約束の表明ではなく、有権者への要望なのだ。有権者は、いったい民主党はこれから日本をどうするのか、変えるというなら何をどう変えるのかを知りたいのに、有権者に対して「この国を変えたいという思いを継続してほしい」とはいったいどういうつもりか、という気持ちになったはずだ。
この野田代表のメッセージはいわば民主党の無策(選挙に臨む)の象徴であり、代表以外のどの候補も言うことはバラバラで、党としての統一的な方針を有権者に示せなかった。その一つの象徴が菅元首相のメイン・スローガンであった「原発ゼロ」である。
たしかに野田代表も選挙が近づいてから俄かに脱原発を強調していたが、なにかとってつけたような政策の印象を拭えなかった。菅氏の場合には、その主張が与える違和感はもっと強烈だった。菅氏には、首相の時に過早かつ不用意に消費税の増税を打ち出して参院選で民主党を敗北させたこと、福島原発の大事故の際の首相としての対策に多くの疑問を残したことが有権者の印象に残っていたはずだ。菅氏はそういう一切を棚に上げて、いわばシャーシャーとして「原発ゼロを実現するのが私の使命」と叫び続けていたのだ。
本来なら、鳩山由起夫元首相と同じように、今回の総選挙を機会に政界を引退して、民主党退潮をもたらした責任をとるべきだったのだ。したがって、同氏が小選挙区で敗退したのも当然だ。同氏は比例区で復活当選したが、いまからでも遅くはない、当選を辞退して引退すべきだ。
民主党は大勝した2009年の選挙では「コンクリートから人へ」のスローガンを掲げて国民を惹きつけた。この政策は、その具体化においてさまざまな欠陥を露呈したが、要は社会保障・社会福祉の充実がその眼目であり、そこに民主党の民主党らしさがあったはずだ。また、その点が依然として国民の主要関心事であることには変わりがない。
ところが、こんどの選挙で民主党はこうした主張を強く打ち出すことはなかった。野田内閣が自民・公明両党に妥協して成立させた「社会保障と税の一体改革」の法も、その主旨は社会保障制度の安定的維持にあったはずだ。その主張を堂々と、しかも今度はしっかりした裏付けをもって主張することなしでは、民主党の民主党らしさはなくなってしまう。
尖閣問題にしてもそうだ。日本によるこの諸島の領有を脅かす中国の主張と行動には断乎として対抗すべきだが、同時にいかにして日中関係を正常化させるかを明確にすべきだったのに、その努力は希薄だった。アジア諸国との関係改善を目指すことにも民主党らしさがあったのに、日米関係の修復に気を奪われて、以上の点での党の特徴も薄れてきていた。
民主党はこの22日に新代表を選ぶ両院議員総会を開くが、総選挙結果を総括して、そもそも今後どういう政策を中心に党をまとめ国民に訴えるかを抜きにして代表選びをするようでは、同党の将来は暗いものになるだろう。いまのところは、誰を代表にすると次の選挙に有利か、といった外面的なことに党内の議論が傾いているようだが、そういうことでは、本当に先が思いやられる、といわざるを得ない。
他方、日本維新の会の選挙での敗北(上記の意味で)の原因は何か。それは、端的に言えば、維新が“橋下徹氏が率いる党”から“石原慎太郎氏を頭にいただく党”に変わってしまったからだ。もともと維新の会は、橋下氏が打ち出す改革イメージ(その中身についての賛否はとにかくとして)で多くの有権者を惹きつけていたのである。ところが「石原代表」は何といっても古ぼけた“右翼的政治家”である。その石原氏を代表に担ぐことで、維新の政策が曖昧になったこと(その点も大問題だが)以上に、なによりも維新のイメージが変わってしまったのが致命的だった。
その結果、多くの維新ファンの維新離れを起こし、また総選挙から“変化”期待の熱狂(2009年の総選挙の特徴だった)を無くしてしまったのである。選挙の投票率が59%と最低だったことの重要な一因が、維新ファンを含む多くの有権者の“白け”によるものだったことは明らかだ。
こうした維新の変質について、漫才師の西川のりおさんが実に的確かつ痛烈な批判を行っている(朝日新聞デジタル、18日による)。以下にそのさわりを紹介する。
「橋下徹さんが石原慎太郎さんと組んだことが大問題やね。言いにくいことバシーッ言うて、はっきりしているところが橋下さんの良いところやったのに、石原さんと組んでから、気ぃつこたのか何なのか方向性がはっきりしなくなった。原発はやめるんですか。政治献金は受け取らないんですか。…やるんかやらんのか、はっきりせぇ、と言いたくなりましたね」。
「ほえて、かみついてこその橋下徹やろ。石原さんを持ち上げ、愛想笑いして。自分より上の人には、そういう態度を取るというのを如実に見せてしまった。国会議員を長年務めて、都知事もやった石原さんは、大阪から見ればザ・東京や。東京に平伏する橋下徹なんか見たくない。あんた、そんなんちゃうやろ、というのが大阪人の感覚やった。阪神でバリバリやってたのが巨人で7番打ってどないすんねん。石原さんと組んで、橋下さんの良い面はひとつもでませんでしたね」。
ついでに、維新の前途についての西川のりおさんの見通しも紹介しておこう。
「石原さんは、いずれ橋下さんと別れるでしょうが、あの人のことやから、きれいに別れないはずです。自分を守るために『あいつは何も分かっとらん』とか橋下さんのことムチャクチャ言うやろね」。
「維新は賞味期限切れです。身の置き場のない『元』何とかが集まって、まとまりも意味も無い政党になってしまった。解体したほうがいい。しかし橋下さんはまだまだ意味がある。…次の衆院選に一人、無所属で出たらいい。当選したらあっちこっちの政党から引っ張りだこや。そこで政界をかき回したらいいと思います」。
以上のような西川さんの維新評は、私には、どのマスコミ、どの政治評論家の維新評より的確であったと感じたことを付言しておきたい。
西川さんの民主党評も聞いてみたくなる。(終り)
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